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館もの伝奇ミステリ(?)に転生して全事件を解決したら館の美女母娘とメイド姉妹に終身●●された冴木ハクアの袋小路  作者: 所羅門ヒトリモン
第1部

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File.8「伝奇憑き:美園ミウ」♥



 私には友だちがいない。

 仮にいたとしても、友だちなんて信じられない。

 美園ミウは女学園での時間が憂鬱だった。


「ダメ……また、ミスしちゃった……」


 ダーン、と。

 黒檀の間にピアノの音が響く。

 ミウの私室には母から譲り受けたグランドピアノが置かれていて、小さな頃からこれを弾くのがミウの習慣だった。


 曲は大抵、クラシック。


 今ではもうピアノを習いはしていないけれど。

 物心つく前からカラダに覚え込ませた反復動作は、完璧に調律されたオルゴールのように曲を演奏する。


 しかし、この頃は演奏途中で些細なミスを繰り返しがちだった。


 物思いに耽って。

 意識が曲のリズムや指先から離れて、違う物事へ集中してしまう。

 悩み、疑問、衝撃、神様、信頼──友情。

 最近にあった出来事を反芻するように。

 ミウの脳内では乱れた旋律が鳴り止まない。


 ダメだな、と思う。


 完璧を装うコトには、慣れていたはずなのに。

 これじゃあまるで、風邪をひいた時みたいに調子が落ち着かない。


 ふと、ピアノの鍵盤と自身の両足の隙間から、床へ視線を落とす。

 黒檀のフローリング。

 よく掃除され、丁寧にワックスがけもされているから、鏡のような艶を持つそれ。

 冷たくて硬い床。

 その暗い木目模様を、線を辿るように追っていく。


 線は壁でぶつかる。


 上半分が白漆喰で、下半分が黒木のパネルで覆われた壁。

 モノトーン調のデザイン。

 ピアノが置かれた部屋には、古典的(クラシカル)なデザインが似合う。

 少し音楽室じみた印象も覚えるけれど、白と黒で統一されているのはベッドやカーテンも同じだ。


 妹たちには「色気が無い」や「ほんとうに女子高生?」と苦言を呈されるコトもあるけれど。


 シックで落ち着いた内装や色調を、ミウは好んでいた。

 たとえ地味だとしても、常識や規範の枠組みから考えて、決してそれを逸脱しないように。

 間違っても、顰蹙を買うような個性は出さず。


 白と黒。


 二色のカラーリングが、ミウにとっては〝優等〟の証だった。


 唯一異質なものは、勉強机と本棚の間に置かれた青と黄色。


 バレーボール。


 黒檀の間の白色灯に照らされ、眩しく目立つそれ。

 これはミウが自分の部屋で、その異質さを目につく所に許した数少ない例外のひとつだ。


 バレーボールは揺れていた。


 南側の窓。

 カーテンを半分だけ開けたそこから、風が入ってくる。

 ダークグレーの分厚いカーテンは、遮光性が高いので普段から半分開けている。

 時折り、外の景色を眺めたりもする。


 ミウは椅子から立ち上がると、窓辺に近づいた。


「……っ」


 すると、ちょうど風が一段と強く吹き込み。

 カーテンが大きく膨らんだのと同時に、ピアノに置かれていた楽譜もパラパラとめくられる。


 玲瓏館へ続く丘の坂道。


 そこで、ひとりの青年が歩いているのが見えた。

 まだ距離は遠いけれど、白髪は遠目からでも目立つ。

 妹の家庭教師で、読解師という怪異の専門家で。

 どこかとぼけた雰囲気もあるのに、不思議と鋭く欲しい言葉をくれる人。


 大学からの帰りだろうか。


「……ハクアさん」


 ミウは、カーテンをズラす。

 大きく膨らみすぎて、視界を遮りかけた分厚い布を端までどかしてまとめて。

 窓の桟に手をつき、少しだけ身を乗り出しそうになっている自分を「冷静じゃないよ」と考えつつも。


 彼が途中でこちらに気がついて、手でも振ってくれないかな、と期待してしまって目が離せなかった。


「……友だち、じゃないのに……」


 彼の申し出を、ミウは自分で断ったはずなのに。

 それどころか、人のお供え物を勝手に触るような、とんでもない男の人だと分かっているのに。


「…………」


 ミウはじっと、彼へ目を注いでしまう。

 彼の姿が刻々と輪郭を大きくして、どんどん近づいてくるのが嬉しくなって。

 重そうなカバン。

 民俗学の参考図書だとかをいつも詰め込んであるそれを、軽々と持ち上げて歩くその姿勢に。


 ──背は同じくらいでも、やっぱり男女で筋力差はあるんですね……とか。

 ──私を……お姫様抱っこできちゃうくらいだもんな……とか。


 余計な思考もないまぜに。

 じりじりと手のひらの内側から、蒸し暑さを募らせる。

 白いロングワンピース。


「たまには……うちの中でくらいミニスカートにしようかな……」


 肩はオフショルダーにして、空調が効いた部屋ではストールか何かを巻いて。

 そうすれば、この頃の自身の異常も落ち着くかもしれない。


 ──ほんとうは、折り紙を持って神社にお参りしたいけど。


 彼は他人の日記を、躊躇なく読むタイプの人間だ。

 ミウの気持ちをまた、勝手に知られてしまうかもしれない。

 それは……


「……まだ」


 恥ずかしい、とミウは想う。







 私には友だちがいない。

 仮にいたとしても、友だちなんて信じられない。

 女学園での時間が憂鬱だった。


「ねえ、美園さんってさ〜、なんかソシャゲのキモキャラみたいじゃない?」


 中学生のとき、クラスの女子たちがミウを指して笑った。

 何を言われているのか、その時は分からなかった。

 ソーシャルゲームの略称が、ソシャゲ。

 まだそんな知識も無かった。

 彼女たちは校則を破って、スマートフォンを使用していた。

 ミウはたまたま、その場面に出会しただけだった。


「なに? 文句でもあるの?」

「先生に密告でもする?」

「少しくらいの息抜き、見逃してよね」


 彼女たちはミウが何も言っていないのに、どこか開き直ったような様子で言葉を並べた。

 当時、ミウが優等生として認識され、教師からの信頼も篤くなって来たコトが気に入らないらしかった。


 だから、スマートフォンの画面を指差し、陰口を叩いていたのだろう。


「ってかさ、美園さんも見る? これ」

「このゲームのキャラクター、すっごく美園さんに似てるよね〜」

「すっごい格好してるし!」

「男の妄想全開って感じじゃん?」


 アニメ調のキャラクターだった。

 そして、当時のミウには衝撃が強いイラストだった。


 頬を赤らめ、胸やお尻を強調した衣装に身を包み、過激な露出と体勢で微笑む乳房の大きい少女。


 それは、兎耳を生やし、牛柄のバニースーツに身を包んだキャラクター。

 イラストということは、もちろん人が描いた創作物なのだろう。


 だが、ミウは知らなかった。


 世の中にはこんなにも、扇状的で蠱惑的な絵が存在しているなんて。

 表現の自由。

 それにしても、すごすぎる……と思った。

 イラストを見るだけでドキドキしたからだ。

 後に、ミウはそれが美少女キャラクターと呼ばれるイラストジャンルであるコトも知る。


 が、この時はまだ知らなくて。


 どうやら彼女たちが、その美少女キャラクターとミウを重ね合わせて。

 嘲笑っているコトだけが、直観的に分かった。


「美園さんってさ〜、二次元キャラみたいな体型じゃん?」

「乳牛ってか、ホルスタインってか」

「いかにもキモい男が好きそうな感じ〜」

「ま、仕方がないよね!」

「美園さん、友だちいないんだもん!」

「女の子と仲良くするより、こういうのが好きそうな男と仲良くするほうが得意そう!」

「っていうかぁ、むしろぉ?」

「実はもう、とっくに相手してもらってたり?」

「キャハ!」

「あ〜。だからそんなに育ってるんだ〜」

「やらし〜」


 女子の世界では、容姿が整っている人間を攻撃する文化がある。

 小学生の頃から、ミウは母に教えられていた。

 中学に上がって、その実感はよりたしかなものになった。


 だからこの時。


「……皆さんも、似ていると思いますよ」

「は?」

「その女の子、とっても可愛いと思います……〇〇さんはスラッとしてらっしゃいますし、××さんはお(ぐし)が綺麗ですし、△△さんはお化粧や爪先の手入れがよく行き届いていて……ええ、ほんとうに羨ましいくらいです……」

「な、なによそれ……」

「……私らはべつに」

「こんな大きくないし……」

「……」


 ミウは敢えて相手を褒めるコトで、場を乗り切った。

 容姿が整っている人間は、コミュニケーション能力が高くないと人間関係が詰む。

 三姉妹の長女として、ミウは最も初めに処世術を覚えた。


 覚えなければ、攻撃はどんどんエスカレートする一方だったからだ。


 母はよく言っていた。


 ──美しさは呪いのようなものでもあるけれど、使い方を覚えれば武器になるわ。


 愛想を込めて。

 思ってもいないコトを口にし、ただ微笑みかける。

 そうして幾度となく、同じような場面をやり過ごしていけば。


 高校生になる頃、ミウは驚くほど人気者になっていた。


 学園の教師陣からは「さすがはジュリアさんの長女」と褒められ。

 クラスメートや後輩たちからは、憧れの籠もった眼差しで囲まれて。


 自分は正しく母の期待通りに成長している。


 そう自認していた。

 いずれは母の事業を継いで、誰からも〝愚かな二世〟とは呼ばれない。

 完璧な後継者であり、完璧な次期美園家当主候補。

 楽しくはなかったけれど。

 ミウには妹たちがいた。


 自分と同じように、容貌を理由に苦悩を抱える妹たち。


 ルリとコハク。

 ふたりを将来、充分に守ってあげられるよう、すべては姉としての責務。

 ミウには自分が家族を守るのだという強い意識があった。


 優等生の仮面は、そのために必要だったのだ。


 しかし、ミウだって十代の女の子。

 仮面を被り続け、隙を晒さず、常に気を張りつめながら完璧な優等生を演じる?

 心の中に、よくないものは積もっていく。


 ──どいつもこいつも。


 最初はミウを。

 妹たちを。

 勝手な感情から攻撃して。

 傷つけるためだけに嫌な言葉を吐いて。

 ひどいレッテルを貼って。

 ふざけた態度ばかり取っていたくせに。


 ──どうして私が、そんな貴方たちと〝友だち〟になったと……思っているんだろう……


 許しているワケ、ないでしょう?

 忘れているワケ、ないでしょう?

 怒らなかったワケ、ないでしょう?

 怨んでいないワケ、ないでしょう?


 今だってずっと、呪っていないワケがない。


 女学園での時間は、嫌悪を堪える時間だった。

 信じられる友だちなんて、ひとりたりとていなかった。

 期待もしていないはずだった。


 それでも、ミウはやっぱり何処かで希望を捨てられず。


 バレーボール部であれば、ひょっとしたら親友ができるかもしれない。


 チームスポーツ。

 一緒に汗を流して、一緒に苦楽をともにして。

 連携が要で。

 自分ひとりで出来るスポーツではないから。


 期待を、してしまった。


 無意識下で、「この子なら……」と気が緩んで。


「ひどい! あんなに思わせぶりにしておいて……!」

「なっ、ちが……!」

「美園さんは誰も、友だちだとすら思ってないくせに……!」

「──っ」


 ()()()()()()()

 告白を断り、理由を問われて。

 最初は当たり障りなく、「友だちだから」と理由をつけていたけれど。

 あまりにも、しつこかったものだから。


 ……つい、本音が。


〝鬱陶しい〟


 一瞬の溜め息となって、相手に伝わってしまった。

 その結果が、部内で始まった軽度のイジメだ。


 雑用を押し付けられ、リーダーシップも無視され。


 ミウはいつものように、それをコントロールすれば良かっただけなのに。

 言い当てられてしまった事実が。

 処世術を働かせる行動を鈍らせて。


 ──そ、っか……私……友だちがいないんだ。


 孤独感を、突きつけた。

 この先も今の生き方を続けていけば。

 ミウは一生、家族以外に心を通わせられる人間がいないまま。


 ──それって、ほんとうに〝完璧な優等生〟なの……?


 気づきは、連鎖するように己の欠点をも浮き彫りにした。

 これまで意識すらしてこなかった欠点だった。

 欠点ではない、と否定したい気持ちが強かったけれど。


 十八年間も生きてきて、ただのひとりも友だちがいないなんて。


 そんなの、もしかしなくても、ミウ自身に欠点があるからじゃないのか。


 環境が悪い。

 周囲が悪い。

 運に恵まれていない。

 理由をつけて否定したい。


 焦ったミウは、玲瓏館で仲のいい双子メイドの姉に相談してみた。


 幼い頃からの付き合いなので、九条家の面々は友だちというより家族という感覚が強い。


「ミウ様。それでしたら、趣味の合う方々のコミュニティに入ってみるのはいかがでしょう?」

「趣味の合う人たちのコミュニティ……?」

「はい。SNSやマッチングアプリなどでは、『リスト』などの機能がございまして」


 聞くと、それらは特定のテーマごとにアカウントをグループ化し、グループ内の投稿だけをまとめて閲覧可能にしてくれる便利な代物らしい。


「いきなり見ず知らずの他人と会うのは危険ですから、まずはインターネット上で共通点を持つ方々と交流してみるのもいいかもしれませんよ」

「ありがとう、ユウナさん……!」


 ミウはその日から、早速SNSで趣味の合う人たちを探した。


 ────────────


 アカウント名:みう@お友だち募集中

 ID:miu_18_jk_lovelyrabbit


 プロフィール:

 JK3|お友だちが欲しくてはじめました

 あんまり学校のひとには見られたくないから、こっそりこっちで活動します

 最近は夜に癒しを求めてます|アニメ見始めました

 優しい人と仲良しになりたいです


 ────────────


 完璧なアカウントを作成できた。

 ハンドルネームには名前と、運用目的を添えて。

 IDには可愛らしいラブリーラビット。

 ビューティフルラビットではないので、特定対策もできている。

 プロフィールも簡潔だ。


「ピアノは趣味じゃなくて習慣だし……バレーボールも、いまはそんな気分じゃないし……」


 なるべく友だちを作りやすい趣味は何だろう? と考えて。

 ミウは「そういえば」と。

 アカウントを作成する途中でおすすめされた、テンプレートプロフィール文からアニメ関連の内容をピックアップしてみた。


 ミウはあまりアニメに詳しくはなかったが、中学生の時に見たあのイラスト。


 ウサギミミを生やし、牛柄のバニースーツを着た美少女キャラクター。


 おっぱいとお尻がとにかく大きいあの女の子が、実際、他人とは思えないほど自分に似ていたコトを思い出したのだ。


 ひどい言葉と一緒ではあったが、あの日、彼女たちは言っていた。

 ミウはこういうのが好きな人と、仲良くなれそうだと。


「少し……ドキドキするけど……」


 ためしにキャラクターの名前と、作品名をつぶやいて。

 第一印象や、これから見始めるアニメの感想をSNS上でつぶやいていった。

 次第に、ミウのフォロワーは増えていった。


『現役女子高生が〇〇(作品名)を!?』

『新鮮な感想、沁みる〜w』

『かなりエッチだけど、いいのか?』

『女の子もエッチなものが好きなんだよ!』

『しかも、自認〇〇ってホントかよwww』

『いやいや、こんなのあからさまな釣り垢でしょ』

『違うもん! 希少な女の子だもん!』

『投稿内容からして、マジでいい子そうなんだよなぁ』

『しかし、見ようによっては裏垢っぽいんだが……』

『オジサン心配だよ』

『みうちゃんはワイが守る!』

『早速湧いてて草』

『中身ババァだったりしてwww』

『このまえ顔出し無しの自撮り上げてたぞ!』

『美少女やんけ……』

『これぜったい、爆乳美少女やんけ……』

『デカ女好き』

『自分、お友だち立候補いいっすか?』

『ならワイは、夜の癒し担当で』

『ぐへへ』


 気持ち悪いなぁ、とミウはうっすら思った。

 でも、それと同時にほんのり嬉しさも覚えた。


 彼らは嘘偽りのない自分を、晒している。


 他人から気持ち悪がられるかもしれなくても、自分の好きに向かって一直線に感情を打ち明けている。

 ミウは「いいな……」と思った。

 自分もそんなふうに、楽しくワイワイできたらいいな、と。

 心から、そう思った。


 ──しばらくすると、ミウのアカウントにはフォロワーのひとりから、ダイレクトメッセージが届くようになった。


『コスプレに興味ない?』

『絶対かわいいと思う』

『みうちゃんの好きな〇〇の衣装でさ』

『コスプレしてみてよ』

『んで、もしよかったらオフ会とかしない?』

『リアルでも友だちになりたいな』


 そのフォロワーはいい人だった。

 ミウがつぶやく投稿に毎回反応を返してくれて。

 作品内で分からないことがあったら、丁寧な解説付きで教えてくれて。

 キャラクター間の関係性や、細かい設定についても長文で送ってくれて。


 たまに聞いてもいないコトを話しかけてくる場合もあったけど。


 総合的に、ミウは親切な人なんだな、と思っていた。

 そんなフォロワーから、コスプレオフ会を提案された。

 勉強熱心なミウは、その頃にはネット用語にもある程度詳しくなっていたので、意味は分かった。


 が、さすがにネットで知り合った誰かと初対面でそんなコト……


「無理……」


 ミウは断った。

 当たり前のリスク判断。

 ダイレクトメッセージでは、フォロワーが衣装の実物写真も送ってくれた。 

 改めて見ると、それはとんでもない露出度で。


 ウサギミミのカチューシャと、牛柄バニースーツだけじゃなく。


『良ければ他にも、こんなのがあるよ』


 ミウがまだ知らない何らかのアニメ作品のキャラクター衣装だろうか。

 忍者と巫女を組み合わせたような、対魔〇〇シリーズだとか。

 とかく、ボディラインと露出度の激しい衣装写真を添付されて。

 当日はホテルで写真と動画撮影だとか、臨場感も持たせるために、戦闘破損差分衣装(さらに露出が激しくなる!)もあるだとか。

 第何話のあのセリフを言って欲しいだとか。

 一度にたくさん、要望されても。


「……」


 ミウに勇気は無かった。

 いくら友だちが欲しかったとはいえ、常識的に考えてそんな要求、応えられるワケなかった。


 フォロワーは怒った。


『は?』

『これまであんなに親切にしてやったのに』

『恩を仇で返すのかよ』

『どうせ裏でセフレ作ってんだろ?』

『俺らみたいな男のウケ狙って、この界隈来たんだろうが』

『誠意を見せろよ』


 それから、ミウはSNSをやめた。

 女学園でも、ネットでも。

 たしかにミウ自身にも、非があったのかもしれない。

 自分で分かっていないだけで、ミウはどこかで思わせぶりな態度や言動をしていたのかもしれない。


 ──だが。


「どうして……そんなに狭量なの……」


 ミウはこれまで、多くを耐えてきた。

 我慢強く、どんな言葉を放たれようが、表では微笑みを崩さなかった。


 自分勝手すぎる。

 冷たすぎる。

 情なんて、通っていないんじゃないのか。


 鬱屈は苛立ちを募らせた。

 腹が立って、折り紙に不満をぶちまけた。

 神様に怒り、恨み、憎しみを聞き届けてもらって、少しでもストレスを発散するのが目的だった。






 玲瓏館には小神社がある。

 地下のトンネルを抜けて辿り着けるそこは。

 亡くなった祖母曰く。

 美園家が先祖代々、異界の扉の向こう側に棲まう神々を祀ってきたお社らしい。


 そして、玲瓏館のどこかには。


 封印された『扉』が、今もどこかにあるのだとか……






「ほんとうに、そんな扉があるのかは分からないけど……」


 氏族の神様がいるというのは、ミウには嬉しい話だった。

 なんというか、自分たち専用の神様がいるみたいで。

 美園家だけを、玲瓏館だけを、見守ってくれている神様がいるのなら。


 そんな優しい神様には、よく感謝をしてお参りをしよう。


 折り紙にお祈り言を書いて、お供えする。

 アイデアは祖母からのものだ。

 小さな頃から、ミウは他愛のないことを書きながら、小神社に通った。


 母はあまり小神社の管理に関心が無いようで、屋敷の敷地内では唯一廃れた雰囲気が強かったけれど。


 ミウは何日も、何年も。

 トンネルを潜り抜ける度に、神様への想いを強くした。

 友だちがいないミウにとって。


 相手がたとえ、物言わぬ木像だったとしても。


 だからこそ、神様は寛大で。

 家族には言えない相談もできる。

 口が無いからこそ、信頼もできる。


 呪いも、秘密裏に共有できる。


 掛け替えのない癒しの象徴として、完成していった。

 きっと、だからなのだろう。


「……私、神使に選ばれたんだ……」


 事件を起こす前。

 夜の小神社で自らの異変を知ったとき、ミウはどんどん〝あちら側〟に引き込まれていくようだった。


 ただでさえ大きいカラダが、完全に人間離れした大きさになって。

 頭の側面からは、悪魔のような巨大な牛の角が生えて。


 ──神様が、ついに応えてくれたと思った。


 最初は些細な、ちょっとした意趣返しのつもりで。

 バレーボール部の女子たちを、迷い家に閉じ込めてお灸を据えるつもりだった。

 けれど、自分に宿った不思議なチカラが、想像していたよりも強いものだと分かって。


 〝完璧な優等生〟を取り繕うために。


 妹の家庭教師を利用して、事件の解決を図った。

 不思議なチカラについても、もう手放そうと思った。


 ……その後の顛末は、まんま子どもに語って聞かせる教訓めいた童話と同じ。


 ミウは罰を受けて、呪いは自らのもとに返り。

 神域をみだりに利用した報いとして、ミウもまた迷い家に閉じ込められる。

 冷たく硬い部屋のなかで、永遠にひとりぼっちになる。


「……そう。彼が、助けに来てくれるまでは……」


 ほんとうに、ミウはそうなると思って泣いていた。

 周囲には精神喪失状態で、意識の半濁化したバレーボール部の女子たち。

 自らの悪行を見せつけられながら、後悔が影のようにしがみついて離れなかった。

 頭から生えた角が、重たくて。

 オマエはもう悪魔なんだぞ、と戻れない実感を押し付けられて。


 なのに。


 冴木ハクア。


「よかった。間取りも玲瓏館と、ほとんど一緒だね」

「……え?」


 彼はミウを助けるため、わざわざ神隠しの領域に自ら飛び込んできた。

 自分が利用されていたと気づきながらも、心広くミウに許しを与えた。

 そのうえ、


 ──僕で良かったら、友だちになりたいんだけど。


 あんなに暖かい言葉をかけてくれた。


 にもかかわらず。


「素直になれない私は……」


 拒絶を、した。

 許せない気持ちも、たしかにあった。

 でも、あの日、あの時、あの場面では。

 そんなコト、こだわっていていい状況ではなくて。


 首を縦に振れば、それだけで自分が長年求めていた物を、贅沢に与えられる予感でいっぱいだったが。


 ミウは歪んでいる。


 捩じれてしまっている。


 心の底が捻くれて、「どうせこの人も……」と彼の器を決めつけ。


 他人を、寄せ付ける選択肢を取れなかった。


 ──拒絶を受け入れられたのは、だから不意打ちだった。


「学校で出来た友だちなんて、大人になったらほとんど会わなくなるものなんだ」

「縁はその時だけ」

「むしろ、大人になってから出来た友だちのほうが、一生の友だちになったりする」

「大人になってからの人生のほうが、長いだろ?」

「ミウちゃんとここで、友だちになれないのは残念だけど」

「そう考えると、いまのを断ってもらえたのはラッキーだったかもしれないね」


 歳なんて、そこまで離れているワケでもないのに。

 彼は妙に説得力のある響きで、ミウを助け起こした。

 手を引いて、肩と膝裏に手を回して。


「えっ、あ! そんな──」


 持ち上げられるはず、ないと思った。

 ミウの身長は男性にも負けない。

 デカ女、牛女、ゴツすぎる。

 陰口は深く深く染み込んで。

 実際、体重だって重いほうだと思っていたのに。

 怪異に変化していれば、なおさら無理だと声を発したのに。


 お姫様抱っこを、された。


 すごく、ドキドキした。


 あの瞬間、自分がひどく単純な生き物のように感じられ、ミウの妖怪変化はパッと姿を消していた。

 まるで、時計の針が回ったシンデレラの魔法。


 彼はバレーボール部の女子たちも無事に家に帰した。


 彼女たちの精神喪失は、翌日には治ったそうだ。


 不思議な話で、行方不明になっていた間の記憶が彼女たちには無く。

 それどころか、攫われる直前に部内で何があったか。

 ミウをイジメていた理由も忘れていて、すべては神隠しに遭ったように平穏な日々が戻った。







〝大人になってから出来た友だちのほうが、一生の付き合いになる〟

〝断ってもらえて、むしろラッキーだったかもしれない〟


 窓から見下ろしていたハクアの姿が死角に入り、ミウは窓から離れる。

 頭の中にあるのは、「それって……そういうコトですよね……?」という彼への問いかけ。

 神社へのお参りは控えているけれど。

 折り紙への祈り言は続けているから、その想いは大量だ。


 黒檀の間のクローゼットには、すでに八千枚を超える折り紙が兎になって保管されていた。


「ハクアさんは私と……つまり、大人のお付き合いをしたい……」

「一生の覚悟で……ふふ……重すぎますよ……」

「でも……私も重い女だから……ある種お似合いなのかなぁ……」

「大人のお友だち……やだ……すごくいかがわしい……」

「神様にバレたら、罰をくだされちゃいそう……」

「……ああ、でも」


 神様に怒られたところで、ミウの想いはもう止められそうにない。

 彼は知っている。

 ミウが抱えるすべての闇を知っている。

 知ったうえで、あんな大胆な発言をした。


 ──それって。


 ある意味で、()()()()()()()()()()()()()()()()()コトにならないだろうか?


 生まれたままの自分。

 ありのままの自分。

 包み隠さず、すべてを曝け出した自分。


 人は他人に、ほんとうの自分を受け入れてもらいたい生き物だから。


 ミウの喜びは、天より高い。


「私、決めました……」

「まだ友だちって……何なのか分からないけど……」

「ハクアさんとは友だち以上の……恋人に、なります……」

「大人のお付き合い、教えてください……」

「……カラダは、大人です」

「私……ハクアさんのせいで、単純な動物みたいになっちゃいましたから……」

「ハクアさんが望むなら……」


 男性がミウに望む、どんな要望にも応えられるだろう。

 悩みも孤独も何もかも。

 ハクアにお姫様抱っこをされた瞬間に、頭の中から吹き飛んでしまったのだから。

 あの時の高揚を、忘れられない。


 それこそ、痴女みたいなコスプレをして、写真撮影だって動画撮影だって、卑猥なセリフだって言って見せる。


 だって、神様以上のハクアには、召し使いとして仕えるのも当然なのだ。


 ミウはクローゼットを開けて、八束の千羽兎をどかす。

 そこには、


「……♥」


 すでに。

 種々様々な〝召し使い〟装束がかけられていた。

 ミウ自身の趣味も、多分に反映されたチョイスかもしれないが。


 ウサギミミのカチューシャと、牛柄のバニースーツを基本に。


 それらをバリエーション豊かに取り揃え。

 通常Ver、逆Ver、網タイツVer、巫女風Ver、クノイチ風Verなどなど……


 いずれも、扇状的で蠱惑的なコスチュームを用意していた。

 なぜ?

 そんなの、アニメにも美少女キャラクターにもちょっとエッチなコスプレにも、ミウは興味津々なままだからだ。

 ネット注文って便利。


「ああ……ハクアさん……♥」


 ミウは恥じらい、頬に手を添えながら陶然と願う。

 これらの衣装を、早く身につけ、彼の言いなりになってお仕えできる時が、一刻も早く訪れない物だろうかと。


 寂しがりの兎を構ってしまったのだ。


 言うまでもなく、彼はミウに懐かれる覚悟あってのコトだろう。


「んっ……ぁ……いけません、ハクアさん♥」

「そんな強引に、カップの部分を引っ張らないで……」

「ンっ、はぁ♥ お望みなら、いくらでもベロンって剥がさせてあげますから……♥」

「え? サイズ……ですか……?」

「……恥ずかしい、です」

「でも……ハクアさん……いいえ」

「ハクア様のご命令でしたら……特別に、申告いたします……ね♥」

「私の……バレーボールより大きいおっぱいは……♥」

「──バスト121せんち♥ R寄りのQかっぷ♥ です♥」


 ミウは目蓋を閉じ、そのときを想像する。

 ウサギに扮し、はしたなくも二次元キャラクターみたいなバニースーツに身を包んだミウを見て。

 彼は当然、驚くだろう。

 驚いて、しかしすぐにミウの気持ちを汲んで。

 大人のお付き合い、を教えてくれるだろう。


 あるいは、読解師としての冷静な分析能力で。


 ──ミウちゃんは、僕を神様の代わりにしたいのかな。

 ──それとも、まだ自分を神使だと……?

 ──分かったよ。

 ──また取り憑かれても、困るからね……

 ──キミが望むなら、しばらくのあいだ僕を代替にしていい。

 ──お参りは禁止しちゃったからね。

 ──ミウちゃんの精神状態が落ち着くのなら、喜んで協力する。

 ──でも、これだけは伝えておくよ?

 ──僕が〝本命〟になったら、すぐに言うんだ。

 ──責任は取る。


「ふぅ……ふぅ……っ♥」


 次第に荒くなる呼吸。

 ミウは目蓋を閉じたまま、身震いした。

 たかが妄想。

 所詮はミウの勝手な理想に過ぎないというのに。

 彼はどこまで、ミウ好みの言葉を返してくれるのだろう?


「代わり、なんかじゃ……ありません……」

「私は……んっ♥ ハクア様の……ハクア様だけのものです♥」

「ウサギはお好きですか……?」

「バニーはお好きですか……?」

「精いっぱい……んふぅっ、お仕えいたしますぴょん♥」


 気づけば語尾が、頭の悪いものに変わっていく。

 ミウは自分の胸を服の上から撫でながら、想像のなかでバニースーツのカップ部分をつまむ。

 彼の両手がそれを引き剥がそうと力を入れて。

 ミウもまた、優しく両手でそれを手伝って。


 べろん! どったぷゅん♥


「はぁぁ……♥ はぁぁ……♥」


 彼の腰の上で、捲り剥がされる。

 露わになったミウの両胸。

 自分でも牛みたいだ、と否定できないそれら。

 先端に視線が集中して。

 ミウの興奮も肉体の反応を止められなくて。

 思わず赤くなって顔を俯かせるこちらに、彼が言う。


 ──止まってるよ。

 ──ウサギなんだよね?

 ──バニーなんだよね?


「はいっ♥ 私はハクア様のウサギですっ♥」


 ──じゃあ、どうするの?


「っ、ぴょんぴょん……♥」

「ハクア様、んっ、お願いしますぴょん♥」

「卑しいウサギに、ミウバニーに、ニンジンさんをくださいぴょん♥」


 仰向けになったハクアの腰の上。

 ミウは彼の胸板に両手を着きながら、発情期の兎のように腰を振る。

 ただ、そういった経験はもちろん皆無なので、あくまでカラダの動かし方はバレーボールで培った足の筋肉頼りだ。

 180センチという体格もあり、彼はきっとミウの()()をとてもダイナミックなものに感じてしまうだろう。


 ──こんなに大きいウサギはいないよ。

 ──フレミッシュジャイアント種どころの話じゃない。

 ──やっぱりミウちゃんは、牛だ。

 ──次はモーって鳴いてごらん?


「オッ♥ オオォッ♥」


 妄想が悦すぎて、ほんとうに動物みたいな声が漏れてしまった。

 ミウは口を押さえながら、床に膝をついて前傾に倒れている自分に気がつく。

 クローゼットに上半身を倒れ込ませ、下半身だけ半女の子座りで外に出ている格好だ。

 誰かに見られたらマズい。

 マズい、が。


「ご、ごめんなさい、モォ……♥」


 口元を押さえる手とは別の手で。

 ミウは胸を触るのを止められなかった。

 服の上から、撫でて、揉んで、捏ねる。

 ブラジャーの内側が少し、沁みて来ているかもしれない。


「あは……ははは……私、これじゃあ……」


 ほんとうに、牛だ。

 冴木ハクアという男性に、すっかり狂ってしまった。

 でも、それが気持ちいい。

 彼になら牛扱いされてもいい。


 だって牛なら、彼に搾ってもらえる。


 吸ってもらえる。


「ええ……そうです……♥」

「いつでもどこでも……ハクア様のお好きなコスで……思う存分ご堪能いただけますモォ♥」

「ミウのウシさんおっぱいと……ウサギさん並みの性欲……♥」

「……どちらも、ハクアさんのためだけに使わせてください……ね♥」


 なんて。

 ミウはそこで、一段と強く身を震わせ終わると、クローゼットの折り紙が熱気で湿っているのに気がつきながら。


「──ふふ」

「こんなコト、実際に言う勇気は、まだありませんけど……」

「……ぜったい、逃しませんからね……」


 密かに、呟くのだった。







 美園ミウは、冴木ハクアに恋している。

 祈るように、呪うように、攫われるように。



 その恋は、孤独の闇では覆い隠せないほど高く突き抜ける。




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