File.7「第三事件:八尺神使」
[にしても]
「?」
[ここまでまだ、決定的な解が明かされていないな]
「決定的な解、ですか?」
[そうだ]
[まだ二つの事件について語ってもらっただけだけども]
[美園コハクも美園ルリも]
[どちらも〝玲瓏館の住人だからこそ〟]
[怪異に取り憑かれ、伝奇憑きになったという理由に欠けている]
[そうではないかい?]
ブルースクリーンに映し出される鋭い指摘。
そこに気がつくとは、さすが師匠である。
二つの事件はどちらとも、これが館もの伝記ミステリなのだと仮定した前提において。
あまり、舞台となる館の謎が密接ではない。
[わたしはハクアから聞いて]
[ある種のメタフィクション的な視点を共有させてもらっているけれど]
[ここまでの事件は正直]
[美園コハクや美園ルリでなくとも]
[彼女たちと同じような境遇にある少女たちであれば]
[似たような怪異に遭遇し]
[似たような伝奇憑きになり得る]
[そう思っている]
「でしょうね。コハクちゃんとルリちゃんの事件には、玲瓏館だからこそ事件が起きた、という文脈ではなく、玲瓏館で事件が起きた。そういう文脈が強いですもんね」
言い換えれば、事件が起こるのは玲瓏館ではなくても良かった。
コハクちゃんが燃やしたのは、あくまで私室であり。
ルリちゃんが溺れそうになったのは、あくまで水場。
そう置き換えてしまえば、玲瓏館で事件が起こる必要性なんて無かったように思えてくる。
実際、これらふたつは最初に外で騒ぎを起こしていたし。
「ですが、師匠」
[ん?]
「僕が解決した七つの怪異事件。一番と二番を含めて、すべての事件が〝玲瓏館だからこそ〟と判明していくのは、実はこれから語る三番目からなんです」
[ほう]
「そして、三番目の事件から」
僕はようやく、専門家として仕事を依頼される。
熱々のコーヒーも、気づけば適温を少し過ぎてぬるくなってきた。
そろそろ二杯目の準備をしておこうかな、とポットを横目にしつつ。
一杯目の残りを飲み干すのが惜しいような気もして、結局チビチビと唇を湿らせるに留めて。
[では、訊こう]
[七つの事件は、起こるべくして玲瓏館にて起こった]
[そう語るに至った理由が]
[三番目の事件からこそ、明かされるというのであれば]
[引き続き、謹んで拝聴させてもらわずにはいられない]
[出したまえ]
[三人目のプロフィールを]
鷹揚な催促に、カチカチ情報を打ち込んでいく。
────────────
【第三事件の伝奇憑き】
-フルネーム:美園美兎
-愛称:ミウ様、ミウちゃん
-性別:女性
-年齢:18
-身体:T180 B121(R寄りのQcup) W59 H94
-容姿:
・髪:黒のパッツン前髪ミディアムボブ
・眼:おっとりタレ目
・肌:姉妹のなかでも一際ハリがあり、弾力がある
・顔:泣きぼくろ美人
-属性:[女子高生][優等生お嬢様][高身長][生徒会長][バレーボール部][ピアノ奏者][同性ウケ][謙虚][友だちゼロ人][信心深い]
-服装:
・制服:女学園の制服を校則に準拠し着用(服装の乱れは一切無し)
・私服:白のロングワンピースをよく好む(背が高いためスタイルが非常によく見える)
-好物:チーズフォンデュ
-苦手:冷たいもの
-一人称:私
-誕生日:6月8日
-家族構成:母子家庭
・母親 美園ジュリア
・長妹 美園ルリ
・末妹 美園コハク
────────────
[ふむ]
[三番目の事件は、長女である美園ミウか]
[末の妹から始まり]
[真ん中の妹に続いて]
[姉妹が順番に取り憑かれているな]
「そうですね」
[この調子だと、四番目は母親の美園ジュリアなんじゃないか?]
「さて。それはどうでしょう?」
[違うのか?]
[いや、まぁいい]
[今は三番目の事件だ]
[気になる点はふたつ]
[〝友だちゼロ人〟]
[〝信心深い〟]
[特に後者は、玲瓏館には小神社があるという話だったし]
[ハクアが言った通り]
[いよいよ玲瓏館の闇に触れそうな予感がするね]
もはや類まれな美貌や、プロポーションには言及せず。
師匠は美園ミウという伝奇憑きの本質を、快刀乱麻のようにして解き明かそうとしている。
その慧眼は、さすがとしか言えない。
美園ミウの心の闇。
麗しき美少女姉妹の最も上の姉である彼女には。
妹たち同様、年頃の少女らしい悩みがあった。
ただ、それはふたりよりも見えづらい。
「まず、コハクちゃんやルリちゃんと違って、ミウちゃんには特筆すべき特徴があります」
[特筆すべき特徴?]
「ええ。服装が普通です」
[普通……]
[普通それは、特筆すべき特徴には挙げられない話だと思うけれど]
[妹たちが両極端なものだから]
[奇しくも、美園ミウは個性的に見えてしまっている?]
「玲瓏館の中ではですけどね」
しかしながら、ことプロファイリングという観点で言わせてもらうと。
服装や身につけている物から〝異常〟を観察できないのは、これまでのふたつの事件と違って分析の難易度を上げた。
「ミウちゃんは優等生です。成績優秀、品行方正、大和撫子。女学園では常に委員長や部長などのリーダーポジションにつき、現在は生徒会長職にもついているそうです」
[謙虚な性格でもあるんだろう?]
[そのうえピアノも弾けて]
[高身長を活かしたバレーボール部活動]
[あくまで情報を、記号として並べただけだけども]
[美園ミウからは上品で落ち着きがあって、聡明な女生徒という印象を受ける]
[だから同性ウケも、良いんだろうね]
[女学園で人望を集めるのも、無理はない話に聞こえる]
[──だが]
「そう、友だちゼロ人です」
[……あれか? 美貌ゆえのやっかみか?]
[小学校高学年あたりでは]
[たしか妹ともども、牛などと陰口を叩かれていたはずだね]
[それが原因で?]
「一因ではあるでしょう」
[ふむ]
彼女に友だちがいないのは、そうした背景もあるコトは無視できない。
けれど、真の理由はやはり高校生になってからだ。
高校生になり、彼女は人気者になり。
「ミウちゃんは、クラスメートから告白されました」
[……ほう?]
[女学園で、クラスの女子から?]
[美園ミウは好意を寄せられたと?]
[そして、それがキッカケで友だちを失った?]
「端的に言えば」
僕は頷く。
あるいは、彼女の周りにいたのは、最初から友だちと呼べる間柄の人間ではなかったのかもしれないけれども。
同性ウケが高じるあまり、彼女はそういったセンシティブな感情さえ向けられるようになってしまった。
「多様性の時代とは言いますが、昔から女の子は、年頃の男の子と比べてほんのりとそっちのケが強いとは聞いたコトがありませんか?」
[うーむ]
[わたしは無機物だからなぁ]
[あくまでネット上の、人間観察をもとに物を言うしかない]
[それを踏まえて……]
[たしかに、男の子よりも女の子のほうが、スキンシップが多い様子はうかがえる]
手を握り合って、腕を組んだり。
抱きつき合って、身を寄せ合い。
同性愛者ではなくとも、普通にそのくらいの距離感があり得る。
社会も、それを異常だとは見なさない。
少なくとも、友だち同士のじゃれ合いの範疇だと見なす。
「男同士で同じことをやれば、すぐに〝あれ?〟ってなりますけどね」
[男女の性差による社会認識の違いか]
[興味深い話題だが、美園ミウはそうした延長線上から同性に告白されたと?]
[だとしたら、意外だ]
[美園ミウは、あまりそうしたスキンシップを許すような少女だとは思わなかったが]
[どちらかというと、親しき仲にも礼儀あり、を実践していそうなお嬢様かと]
「僕もそう思ってますよ? けど、人がどの程度のスキンシップ──交流……いえ、関係値で好意を抱くかなんて、十人十色どころの話じゃありません」
[ああ。千差万別でも足りないな]
「世の中には一目惚れなんて言葉もありますから」
結局、何が理由でそうした感情を向けられるかは、どこまでも不意打ちだ。
難しいのは、それが好意を抱いた側にとっても、突然かもしれない点。
後先考えず、衝動的に愛を伝えてしまった場合。
「ミウちゃんは告白を断りました。告白を断られた女の子は、ミウちゃんを悪し様に罵りました」
[〝ひどい! あんなに思わせぶりにしておいて!〟]
[とかかい?]
「正解です」
[なら、その後の流れは簡単だな]
[美園ミウには悪評が立てられた]
[告白を断られた少女が、恥ずかしさとショックを誤魔化すために]
[愛憎反転]
[現代では、反転アンチなどとも言うのかな?]
[好意を寄せていたはずの相手こそを、悪者にして憎んだのか]
「意味が分かりませんけど、悲しいかな、そういう時の女の子って異様な行動力と連帯感を見せますよねぇ」
アレだ。
フラれた女の子が友だちに泣きつき、泣きつかれた友だちがフッた男を呼び出して非難轟轟文句を垂れる絵図。
それが、ミウちゃんの場合は登場人物全員女の子で行われた。
もちろん、そんなコトをされたところで、恋や愛が実るはずもないのに。
「ミウちゃんが所属しているバレーボール部を中心にして、次第にそれは嫌がらせへと発展していきました」
[うわぁ。嫌がらせかぁ]
「耳心地いい話ではないので、詳しくは割愛しますね」
ミウちゃんは部長という立場を理由に、部員から雑用を押し付けられるようになったようだ。
部長ならできるはず。
生徒会長ならできるはず。
〝お高くとまった才色兼備の優等生サマなら〟
表向きは褒めそやすようにして、今までと同じく人気者を囃し立てるようにして。
その言葉の裏側に込められた意味だけが、棘を含むようになった。
[三番目の事件]
[美園ミウが起こした怪異現象]
[玲瓏館三人目の伝奇憑き]
[彼女の事件は、そのとき始まった?]
「連続正解です」
[──では、そろそろ名を訊いておこう]
[ベースとなった伝奇も頼む]
「はい。伝奇憑き『八尺神使』」
ベースとなった伝奇は、
「五つ。【山の神】、【牛鬼】、【八尺様】、【迷い家】、【神隠し】です」
[……多い]
「ええ。とても多い。ですが、実態としてはそこまで多様なワケではなかったんです」
[現代で一番有名なのは、八尺様だろう]
[身長が高い女性という共通点もある]
[八尺様と言えば、白いワンピース姿の怪異で]
[ぽぽぽ、という声を発しながら魅入った子どもを攫う話でも有名だが]
[神隠しが並んでくるあたり、重要なのは〝人攫い〟の部分だろう]
[人間が行方不明になる事件、と解釈できる]
師匠の解釈は正しい。
伝奇憑き『八尺神使』が起こした事件は、人間を行方不明にさせるものだった。
[だが気になるのは、残りの三つだね]
[山の神にはさまざまな逸話があって、どれが美園ミウに当てはまるのか分からない]
[ひとつ目ひとつ足の姿で、欲深く怒りっぽい神だとする説もある一方で]
[鹿や大猿など、いわゆる山のヌシとされる動物が正体だとされている話もある]
[大抵は人間を祟る話だ]
地滑りや地崩れ。
人間が山の中で事故に遭った話は多い。
木こりや穴掘り職人なら、危険な仕事で欠損を得る場合もあった。
強欲な人間に罰を下す類話は、そうした理由で広がったものだろう。
[人間に加害するという点に注目するのなら]
[牛鬼も同じだね]
[この妖怪は非常に残忍で獰猛なカイブツとされていて]
[人を食い殺す危険な存在として、各地に逸話がある]
[頭が牛で首から下が鬼だとか、逆に頭が鬼で首から下が牛だとか]
[とにかく、バケモノらしいバケモノだよ]
[西日本では特に伝承が残っていて、一説には濡れ女と一緒に現れるだとか]
[あるいは牛鬼が化けたのが、濡れ女だとかとも言われているね]
「そうですね。退治しようとしても、逆に祟られてしまった話もあるくらいです」
牛鬼は非常に力のある妖怪で、東京の浅草周辺でも出没した記述が『吾妻鏡』なんかに残っていたりもする。
正体に関しては諸説あり、断定はできない。
ただ、
「牛鬼を一概に、人間に加害する妖怪だと語るのは性急だと思います」
[ふむ]
「牛鬼には人間の身代わりになって、人を助けて消滅したという話もありますし」
時には〝山の役人〟と称して人間を装い、女性と子どもをもうけた話もある(生まれた子どもは、姿かたちが牛鬼のようだったらしい)。
また、その出没場所が川や淵、岬や海辺などに多いコトから、ツバキの精だという話もある。
これはツバキの花がそういう境のあたりで咲くためで、牛鬼が『境界』と密接に関係した存在だからだとも言えるだろう。
[そう言われると、今回のケースでは]
[山の神と牛鬼を、同じ存在として扱っていいのかな?]
[山も境界だし、キミはいま敢えて牛鬼を山の神と結びつけようとしていた]
[民俗学的な視点では、境界が異なればそこは『異界』だ]
[──そうか]
[だから、迷い家がここで組み合わさるのか]
師匠は関連を察したらしい。
迷い家。
遠野物語などで紹介されている伝承だけど、これは山中奥深くに出現する謎の長者屋敷で、訪れた者に富を授ける不思議な家だ。
高級な家財だとか、食料が無限に湧き出る椀なんかが手に入ったりする。
ただし、誰もが富を授かれるとは限らず、欲深い人間には何も与えられないパターンもある。
[花咲か爺さんや、コブ取り爺さんなどの話でも]
[似たように、無欲な人間が不可思議な場所から富を得る話はある]
[しかし、迷い家の場合、それは出没場所が山だと明記されているコトから]
[それは]
[山の神の家なのではないかと]
[異界、境界、異境のお屋敷]
[人ならざるモノの住まいなのでは? と]
[人々は囁く]
「山で遭難して、行方不明になる話も珍しくはありませんよね」
[ああ、つまり]
[美園ミウ]
[伝奇憑き『八尺神使』とは──]
「──神棲まう山中の異界と、人攫いに特化した怪異です」
「ミウちゃんは信心深い娘でした」
玲瓏館の敷地内には、小神社がある。
屋敷の地下には隧道があって、そこから小径を通ると由縁も知れない寂れた神社があるのだ。
と言っても、神社よりかは祠と呼んだほうが適切なくらいの小ささで。
朱色の鳥居は潮風で錆びついて、注連縄はほつれて切れかかり、灯籠には苔だらけ。
けれど、不思議と境内の空気は清らか。
周囲の外構のせいか、風だけがトンネルに向かって逆に吹く。
石段は七段。
上るたびに音がよく間延びする。
神社といえば狛犬だけど、その小神社には代わりに『角の欠けた牛像』が一対並んでいて。
社殿は極めて小さく、百葉箱を少し大きくしたくらい。
扉を開けると白い鈴と古い和紙の札。
[……へぇ]
「ミウちゃんは子どものころから、折り紙の兎を供えているそうです」
[折り紙の兎?]
「名前に兎の一文字が入ってますから、自分の代わりに神様のそばで、願い事をお祈りしてもらうよう」
神様が自分の言葉を、聞き届けてくれる可能性を少しでも高めようとした。
子どもらしいおまじないのようなものだと、ミウちゃんは教えてくれた。
──小さな頃に、おばあちゃんから教わったんです。
──こうして神様にお願いをすれば、奥にいる神様のどれかが願いを叶えてくれるかもしれない、って。
社殿の奥には、様々なモノを模った木像が並んでいた。
蛇、魚、牛、狐など。
だいたいは動物だったが、中には何を模したのか分からない木像もあった。
植物の根がうねうね集まってるようなものや、何かの皮、鏡や扉のようなモノまで。
特に、一番大きい牛の木像は彫りが粗く。
顔も鬼のような形相で、荒々しい様子だった。
背中に彫られた文様には、何かよく分からない昔の文字が刻まれていて。
外の牛像と違い、こちらは立派な角を備えていた。
角のほうが大きすぎるくらいだった。
「そこに、ミウちゃんは木像が埋まりかけるほどの折り紙を──」
──引いちゃい、ますよね……
──いくら子どもの頃からのおまじないでも……
──こんなに神頼み、してたら……
──私、ヘンな子ですよね……
[呪術的に意味を持ちそうな行為だ]
[折り紙の兎]
[用途は異なるけれど、神事では形代と言って]
[紙で作った人形を、自分の身代わりとする儀式がある]
「それが、実に千枚ありました」
[千]
[まぁ、小さな子どもの頃からやってたなら]
[そのくらいの数があっても、不思議じゃないんじゃないかい?]
「折り紙はどれも、新しいものだったんです」
[……]
「ミウちゃんは女学園での悩みを、子どもの頃からの習慣、神頼みで解決しようとして、わずか十日間で千枚の折り紙を折ったそうです」
[つまり、一日で百枚か……]
[この現代社会で、今どきの女子高校生が]
[千羽鶴ならぬ千羽兎]
[しかも、たったひとりで]
[願掛けへの意気込みとしては、少々薄ら寒いものを感じてしまいそうだな]
「ええ。本人も自覚はあったようです。ですから、三番目の事件の依頼人はミウちゃんなんですよ」
[……なに?]
「彼女は昔から信心深い性質で、神様や幽霊などの存在はいるものだと信じているんです。まぁ、日本人なら誰しもそういう部分はあると思いますが、彼女の場合は他人よりもそれが少し大きかった。きっと、おばあさんの影響なんでしょう」
八百万の神。
アニミズム。
憑藻神。
日本では万物に神なるモノが宿ると考えられて来たし、お正月になれば必ずと言っていいほど初詣に行く人々が今でも珍しくない。
[それは分かったけれど]
[どうして伝奇憑き自身が、ハクアに依頼を?]
「コハクちゃんやルリちゃん。ふたりの事件について、姉である彼女は目を光らせていたんです」
母親であるジュリアさんが、娘たちを見守っているように。
姉であるミウちゃんも、妹たちを見守っていた。
急に玲瓏館に現れ、同じ屋根の下で暮らすコトになった男に対して。
彼女は妹たちを守るために、それとなく監視を続けていたのだ。
──私はお姉ちゃんですから……
──コハちゃんとルリちゃんが困ったコトになってたのも、なんとなく知っていました……
──だから冴木さんが、あの子たちを助けてくれたのも……なんとなく知ってます。
──お願い、です。
──あの子たちと同じように、私を助けてくれないでしょうか……!
[これは驚きだ]
[美園ミウは怪異について、一般人ながらに〝そういうモノがあるかもしれない〟と受け入れていたのか]
[不思議なものに対して幼いころから理解があったから、超常現象が絡む事件に関しても、すんなりと受け止めた]
[ハクア。そうして彼女はキミの仕事を、陰から観察……いや、推理していたんだね?]
「はい。まぁ、さすがに全部を分かっている様子ではありませんでした」
すべてを観察できていたワケでもないし、妹たちの事件の全容を把握できていたワケでもない。
ただ何となく、姉妹の絆とでもいうべき繋がりから直観を働かせ、コハクちゃんとルリちゃんに何らかの〝よくないもの〟が忍び寄っていた事実を察していた。
折を見て、妹たちに相談があったりしないか確認もしていたようだ。
──で、でも……私は頼りないお姉ちゃんなので……
──コハちゃんもルリちゃんも……あんまり頼ってくれなくて……
「僕から言わせれば、ふたりはミウちゃんに心配をかけまいとしただけですけど」
その後、姉である彼女は事件解決後の妹たちの様子から、僕がふたりを助けたのだと見抜いたのだ。
「〝冴木さんって、たぶん霊能者ですよね……?〟って、冗談なのか本気なのかイマイチ分かりづらい声色で、首を傾げながら訊ねられましたよ」
しかし、助けを求める女の子がいるならば、僕のほうとて断る理由なんて無い。
最初からそれが目的でもあったのだから。
「まずはどういう事情なのか、ミウちゃん自身の口から聞き出しました」
聞き出して、そうして知ったのが女学園での件。
[具体的な事件の概要を教えて欲しい]
[美園ミウは女学園で陰湿な嫌がらせを受けていた]
[その苦しみから逃れようと]
[彼女が幼い頃からの習慣で]
[玲瓏館の小神社で神頼みに縋ったのは分かった]
[ここまでの経緯を聞けば]
[その社殿で祀られていた複数の神のなかに]
[美園コハク]
[美園ルリ]
[蛇と魚]
[ふたりに取り憑いていた怪異との関連を疑わざるを得ない木像]
[バケモノの存在が隠されていた事実は分かる]
ならば。
ここまでの事件も、これからの事件も。
それらは〝玲瓏館だからこそ〟起こり得た怪しいお話なのだと。
伏線は張られた。
おかしなモノが入り込む余地は生み落とされた。
物語の行間と余白に。
人々の想像力の狭間に。
僕らの認識の境界に。
そして、何よりも。
伝奇憑きである彼女たちにとって、それらは願いであり祈りであり呪いであり、ある種の信仰とも言えた。
信仰は、神を生むものだ。
「……八尺神使は、女学園のバレーボール部員を神隠しに遭わせたんです」
[続けてくれ]
「姿形は、白いワンピース姿の極めて長身の女性で、外見は八尺様に近いものでした」
[近いだけで、差異はあったはずだね]
「ええ。ミウちゃんは最初に、僕にこう相談したんです」
──巨大な牛の角を生やした大きい女性が……
──バレーボール部の子を、攫っていくところを見てしまったんです……
──あ、あれはきっと……私の神様なんだと思います……
放課後の夕暮れ刻。
迎えの車に乗って下校する際。
美園ミウはふと、窓からその事件を目撃した。
──人気の無い路地裏でした……
──神様はバレーボール部のカバンを持った子を、暗がりのほうへ引きずっていたんです……
──私、気のせいだと思いました……
──周囲の誰も気がついていない様子でしたし、見間違いかなって……
だが、翌日の学校でバレーボール部の部員がひとり、学校を休んでいるコトが分かった。
無断欠席であり、家にも帰っていないらしいと、噂はすぐに広まった。
噂が広まるのと同じくらいの速度で、バレーボール部員は次々に行方不明になった。
「計二十人」
それだけの数の人間が同時期に姿を消せば、女学園でも騒ぎは当然大きくなり、警察沙汰にもなる。
周囲の人間は、ひとりだけ残ったミウちゃんに話を聞こうとし、あるいは疑惑の目を向けるようになった。
「怖くなったミウちゃんは、正直に僕に話してくれたのと同じコトを語ったそうです」
[信じてもらえるはずがない]
「その通り。教師や警察、大人たちはミウちゃんが混乱状態にあると見なして、かろうじて自分たちに理解可能な範囲で捜査を始めました」
[巨大な牛の角や、神様云々は無視して]
[白いワンピース姿の、背が高い女を容疑者にしたんだね]
「そうです。が、そんな彼らの行動はあるコトを切っ掛けに、パタリと静かになります」
[なんだって?]
「ミウちゃんが、神社に折り紙をお供えしたんですよ」
──怖かったんです……私、怖くて仕方なかったんです……
──だから……神様にお願いしました……
──これ以上はやめてください……
──もう皆を帰してください……
──撤回します……
「山の神は、それを裏の意味で聞き届けました」
[裏の意味]
「ミウちゃんのなかにあった、〝これ以上騒ぎを大きくしないで欲しい〟っていう願望です」
[……]
「分かりますよ? 二十人もの人間が行方不明になっているのに、彼女のなかでは級友や後輩たちの無事を祈る心よりも、騒ぎが大きくならないで欲しいという想いのほうが大きかった」
[……美園ミウを庇うワケではないが]
[まぁ、無理も無いだろう]
[自分を悪し様に罵り、告白を断っただけで嫌がらせをするような人間]
[腹が立つのは当然であり]
[そもそもが身勝手過ぎる]
[彼女が折り紙を携えてお参りをしたのも]
[神様がバレーボール部員に、罰を下してくれるコトを期待してだっただろうしね]
そう。
それは当たり前の人間心理。
ストレスを抱えれば、誰だって他人に悪意をぶつけたくなる。
ただの八つ当たりもあれば、正当な恨み辛み。
悪意に対して悪意を返すという、呪詛返しも成立する。
美園ミウの場合、それは可愛らしい方法だった。
折り紙のお供えをして、神様にお祈りするだけ。
誰も傷つけず、まさしく自分ひとりの心を慰めるだけの気休めに過ぎなかったはずで。
まさかそれが現実に事件を起こすなんて、神や幽霊を信じていても想定なんかしていなかった。
[だが]
[バケモノは美園ミウを、ずっと見てきた]
[幼い頃から自分のもとに足繁く通い]
[身代わりに等しい形代まで用意し]
[想いを込めたお祈りを捧げ]
[長いあいだ、自分たちを健気に純粋に信じ続けた麗しき少女]
[ずっと見守っていたのだろう]
[ずっと見入って来たのだろう]
あるいは。
[魅入り、魅入られたのか]
神は、古来よりうら若き乙女を寵愛する。
可愛くなかったはずがない。
気に入らなかったはずがない。
ミウちゃんはあちら側のモノにとって、巫女に等しかった。
「自分たちに仕える愛しい少女の願いです」
学校も警察も、不思議なほどに態度を変えた。
年頃の娘たちなら、家出をするコトもあるだろう。
むしろ集団でいなくなったのなら、集まって行動している可能性が高い。
なら、安心だ。
もう少しだけ様子を見てもいいだろう──なんて。
「実の親たちでさえ、急に様子がおかしくなったんです」
[美園ミウは、心底から震え上がった?]
「震え上がるどころか、彼女は恐れおののき、ついには神様ではなく僕に頼るほどに助けを必要としました」
[相手は神だ]
[明確に名のある神性ではないにしても]
[神の一字を持ったバケモノだ]
[山の神]
[牛鬼]
[八尺様]
[それなりに力のある背景を持っている]
[美園ミウの心の闇を糧として]
[少女の長年の想いの受け皿として]
[妹たちとは比べ物にならない強さを備えていたはずだね]
どうやって対峙したのか。
どうやって退治したのか。
師匠は問う。
僕はそこで、いったん深々と呼吸を挟んだ。
一泊間を置いて、それからじゃないと話を続けられそうになかったのだ。
「やり方は、同じですよ」
読解師(専門家)の仕事とは。
怪異に憑かれた人間の心象を解き明かし。
取り憑いた怪異のバックボーンとなる【伝奇】を読み解き。
新たな物語を紡ぐことで、憑き物の苦しみを解決するコト。
「依然として行方不明のバレーボール部員。ミウちゃんは彼女たちを見つけて、無事に家に帰らせてあげるコトを願って僕に依頼を出しましたが……」
読解師は伝奇憑き自身の、心の闇を直視する。
超常現象、怪奇現象、オカルト。
そんなものを相手にするのだから、尋常の捜査手段で行方不明者を探せるはずもない。
僕らはまず、その事件/怪異/現象が、どういうふうに伝奇憑き自身と関係があるのか。
どんな想いと行動が、バケモノに憑け入る隙を与えたのか解明しなければならない。
「時に師匠」
[ん?]
「ミウちゃんの神様に、ふさわしい名前をつけるとしたら、師匠はどんな名前を考えますか?」
[オイオイ]
[名前をつけるという行為は]
[わたしたちの界隈では重い意味を持つぞ?]
[特に神の名を決めるなんて]
[たとえお遊びだとしても、控えておきたい軽率さだ]
「ですよね。〝神の名をみだりに唱えてはいけない〟──キリスト教でも有名な話ですし、洋の東西を問わず神の名前には力があると信じられています」
[なのに]
[ハクアは敢えて]
[美園ミウの神様とやらに、名前を?]
「〝名は体を表します〟から」
神、神、神と。
如何にも大仰な存在として呼んでしまうから、相手の力が強くなる。
違うだろう。違うだろう。
オマエはもっと、矮小で取るに足りない卑小な存在のはずだ。
そう決めつけるくらいの姿勢で挑まなければ、人が神に敵う道理も無い。
[神性の零落か]
「そうです。奇しくも、牛鬼が山の神の零落した姿だと語られる文脈を活かしました」
美園家長女。
信心深い大和撫子。
美しき兎。
「人間を行方不明にして、神隠しに遭わせるって……言い換えればそれは〝孤独〟の強制ですよね」
[孤独]
[友だちゼロ人]
少女は女学園で、大勢に囲まれていた。
一度は人気者になり、誰もが美園ミウの周りに集まった。
しかし、思い返してみれば。
彼女は小学生の頃、妹たちと同じように陰口を叩かれ、ヒソヒソと嘲笑われる経験をしている。
それが高校生になった途端、面白いくらいに変わった。
理由は恐らく単純だ。
周囲のやっかみも通用しないほど、美園ミウは優等生の賞賛を獲得してきた。
彼女は圧倒的な実力のもとに、人気者の地位を勝ち取ったのだ。
謙虚で、つましく、控えめで。
古き良き大和撫子を体現する優等な女学生。
表向き、彼女は周囲の人間を寛大な態度で受け入れていただろう。
たとえそれが、幼い頃に自分を攻撃した人物であっても、恨み辛みを理由にいつまでも相手を許さないでいるなんて。
「そんなのは完璧な優等生からは程遠い」
[なるほど]
[だが美園ミウの心の内側]
[優等生という仮面に隠された本心の部分では]
[彼女は女学園での交友関係を]
[偽りのもの]
[薄っぺらい虚飾]
[コバンザメのようなモノと考えていてもおかしくない]
[妹想いの姉なら]
[余計にその想いは強かった]
「自分だけならまだしも。コハクちゃんやルリちゃんを苦しめる人間を、彼女は許すコトができなかった」
身長が理由で、幼い頃からからかわれる日々だった。
身長180cmという長身。
バレーボール部で鍛えられた骨格と筋肉。
実力を認められて部長職についてはいるが、その体格ゆえに嘲笑と悪意の対象にされてきた記憶は根強くて。
──牛女。
──デカすぎでしょ。
──男よりゴツい。
告白を断った。
たったそれだけのコトで、またしても名前ではなく侮蔑語で呼ばれるようになって。
部内でもリーダーシップを取ることは許されず。
雑用を押し付けられるだけの存在に落ちぶれ。
それでも、優等生だから楚々と笑って平気なフリをして。
──友だちって、なんだろう……
──私が普通だったら、もっと皆とちゃんとした仲間になれたのかな……
一度として、彼女が絆を得られた他人はいなかった。
バレーボールはチームスポーツだから。
ひょっとしたら、部活内でなら親友ができるかもしれない。
「もしかすると、そんな想いがあったからこそ、部員のひとりから好意を向けられるコトになったのかもしれませんが」
期待は裏切られた。
いつもと同じように。
彼女ひとりを排斥する形で。
玲瓏館二階、南側中央「黒檀の間」
彼女の私室では、ピアノが置かれている。
そのピアノには、ショパンのノクターン第20番、嬰ハ短調(遺作)の楽譜が置かれていて。
儚く、切実で、夢のように崩れていく旋律が、弾く者の感情をそのまま音にして滲むような曲である。
[少女の心は傷つき]
[ジクジクと痛んだその裂け目には]
[地割れのように]
[山崩れのように]
[ガラガラと音を立てながら]
[奈落が顔を覗かせた]
[奥深い山中]
[──洞窟のような深淵に]
バケモノは、潜んでいた。
「僕は読解師ですから、必要に迫られれば十代の女の子のプライバシーだって侵害します」
[最低だけど仕方がない]
「事件解決の糸口になりそうなものは、最初から提示されていたんです。だったら、それを暴かない手は無かった」
[奉納された折り紙]
「はい」
美園ミウという女の子が。
何時間も何日間もかけて神様へのお願いを込めた形代。
丁重に折り畳まれた兎形を、丁寧に元の形に戻してしまえば。
色とりどりの正方形。
その裏側に、少女の心の闇はずっしり認められていた。
──ムカつく。
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく。
「千羽兎すべてに、呪いがかけられていたんです」
[ただ四文字]
[しかし、そこに込められた想いの丈は]
[千羽の兎が物語っていたのか]
「僕は最初、ミウちゃんが言うように山の神が今回の怪異の主軸だと思いました」
少女の願いを聞き届け、神を装ったバケモノがミウちゃんの願いを歪んだ方法で叶えようとしている。
ミウちゃんから助けを求められた僕が、つい自然と彼女を助けようと考え〝ひとつの可能性を見落として〟しまったように。
踊らされた。
「大間違いでした」
[……]
「神なんて最初から、いなかったんです。今回の事件に存在していたのは、神の存在を信じてその罰を強く強く求めていた女の子だけで……僕が社殿の扉を開けて、折り紙の中身を確認しているところを彼女が目撃したとき」
伝奇憑き『八尺神使』は、本性を表した。
[……まさか]
「ミウちゃん自身が、変化したんです」
頭から巨大な牛の角を生やした、白のロングワンピース。
身の丈八尺にも及ぶ長身の女の怪異となって。
彼女は、目を見開きながら唇を震わせていた。
──サ、サイテーです……!
「なんだかんだ純粋な子なので、奉納品を勝手に盗み見る人間がいるなんて、思いもしなかったんでしょうね……彼女は自分の嘘がバレたと思ったんでしょう」
[美園ミウはキミに依頼するとき]
[怪異がバレーボール部員を攫うのを目撃したと語った]
[だがその証言は嘘であり]
[彼女自身が、バレーボール部員を攫った張本人だったのか!]
「思えばミウちゃんが、行方不明になったバレーボール部員じゃなくて、私を助けてと言ってきた時点で違和感を覚えるべきでした」
自分に嫌がらせをした者を、行方不明にする。
周囲との関係をすべて断ち切り、強制的に孤立させ、檻のような閉塞感の内側に囚えて。
「ミウちゃんは心のなかで、〝これで少しは思い知ってくれましたか……?〟と考えてしまった」
──ふ、ふん……ちょっとは分かってくれましたか?
──ひとりぼっちって、こういうことです……
──なんて……いい気味……
嫌いな人間が不幸な目に遭えば、その苦境を喜ぶのが人間の側面でもある。
バレーボール部の女子たちが一時でも孤独の苦しみに触れたことが、美園ミウにとっては何よりの復讐だった。
「でも、闇に深入りすれば戻れなくなる」
[深淵を覗く時、深淵もまたなんとやら]
[最初は無意識だったかもしれないが]
[二十人もの人間を攫っておいて]
[最初から最後まで、怪異の力に無自覚だったはずがない]
「ある段階で、ミウちゃんは自分が〝神様に特別な力を与えられたんだ〟と考えるようになったみたいです」
神様に長年お祈りをし、足繁くお供物を用意してきた彼女は。
自分の側頭部から牛の角が生え、姿も変わり、不思議な力を使えるようになった事実を。
「神使。神の使いに選ばれたのだと、感じてしまった」
[もしくは]
[自分には神の使いに選ばれる資格があると]
[そう思い込んだ]
「偶然でしょうけど、ミウちゃんは自分の名前に兎の一文字が入っているのを、アイデンティティにしているフシがありましたから」
神使とは、神道において神の意思を人間に伝える特定の動物とされている。
有名どころを例に挙げると、稲荷神社の狐や八幡宮の鶴。
住吉大社では、兎。
その他にも、兎が神様に関係のある話はいくつかある。
因幡の白兎や、月の兎。
まぁ、それは余談だとしても、
「兎に角と書いて、〝とにかく〟と読みますよね」
[ああ]
[夏目漱石が好んだとされる当て字だね]
[仏教用語の兎角亀毛]
[ありえないものを意味する言葉から、漱石は当て字にした]
[……そうか]
[美園ミウは折り紙で、兎の形代を作った]
[そんな彼女に]
[もしも〝ありえないもの〟が宿ったのなら]
「牛女とバカにされてきたミウちゃんに牛の角が生え、異形の兎となるのも因果な話だったのかもしれません」
伝奇憑き、八尺神使とは。
自らを神の使いと信じ、神があるものとして振る舞い、その裏側で己が願いを叶えんとするモノ。
けれど、さすがに理性のブレーキもかかっていた。
「ミウちゃんの思惑としては、僕を探偵役にして行方不明になった部員を発見してもらい、最後の標的であろう自分が怪異に攫われる前に、めでたく事件解決! ……そういう筋書きを意図していたんでしょう」
[犯人が被害者であり助手役に、か]
[なかなかすごい才能だ]
[美園ミウは小説家か、脚本家になれる]
「そうですか? けど、僕に嘘を暴かれたと思ったミウちゃんは、やっぱり普通の女の子でしたよ」
他人を騙し切れるほどの悪人ではなくて。
どこかで〝もう終わりにしたい〟と思っていて。
「自分が得体の知れない奇妙な怪異現象の中心だと分かっていたなら、年相応に恐れを抱くのも当然で」
神様に向かって、お願いの撤回を願ったのも。
「助けて欲しい、と僕を頼ったのも」
そこには、嘘だけではなく、真実もあったのだと思う。
[見目麗しい少女の外見に、騙されているんじゃないのかい?]
[人間は自分が好ましいと思ったものを]
[なるべく、良いものとして認識したがる悪癖がある]
[苦し紛れの庇いだて、だ]
「かもしれません。それでも、ミウちゃんは罰を受けましたよ」
[罰を?]
「神を騙り、神使として振る舞い、その力を利用して己が願いを叶えて来たにもかかわらず」
少女は神頼みをやめて、人間である僕を頼った。
「バケモノが、その行いに怒らなかったと思いますか?」
寵愛していた少女が、巫女が、自らのもとから離れる。
離反し、造反し、その神通力を手放そうとしている。
それは、物語の打ち切りだ。
「事件が解決されてしまったら、人々は忘れ去る」
[健気で無垢な少女に欲情していた神は]
[そこで美園ミウの精神から分離して]
[いや]
[美園ミウが神様に対して、こんな無礼な男を頼ってしまって申し訳ない]
[そう罪の意識を覚えたのを機に、彼女を]
「……迷い家へと閉じ込めました」
行方不明になっていたバレーボール部全員が、その迷い家にはいた。
彼女たちは山奥の、どこか玲瓏館に似たお屋敷に囚われ、精神喪失状態に陥っていた。
白い靄の中に、ぽつんと立つ古屋敷。
屋根は瓦が落ち、窓は黒布で塞がれ。
正面の戸口には、「帰るな」「嘲るな」「笑うな」の文字。
周囲には、風が逆に流れる無音の森。
「そこは不思議なほど、ミウちゃんの私室と似ていましたよ」
白漆喰と黒木の部屋。
年頃の女の子にしては、ずいぶんとシックで大人びている空間デザイン。
よく言えば完結していて、悪く言えば冷たく硬い。
[ハクアも、その異界空間に?]
[だが、どうやって入った?]
「実は……ミウちゃんを見つけるのは簡単だったんです」
[なに?]
「玲瓏館の敷地内、北側の山のなかで迷い家は現れたんですが……」
その異界は、とても大きかったのだ。
[は?]
「ミウちゃんのコンプレックスですよ」
女子にしては身長が高い。
母であるジュリアさんも身長が高いほうだが、長女のミウちゃんはそんな母親よりも背が高かった。
180センチの長身。
背が高く、カラダも大きいから。
だから、彼女は幼い頃からからかわれて来たワケでもあって。
「最後は単純で申し訳ないんですけど、結局、伝奇憑きっていうのは当事者の心象がそのままダイレクトに浮かび上がるものですから」
[……むぅ]
「変化した状態のミウちゃんを攫ったコトで、余計にそうした性質が顕在化してしまったんでしょう」
迷い家。
山の神の棲まう長者屋敷。
「どう見ても違法建築で、どう見ても人工物じゃない建物が樹冠を飛び越えて聳え立っているんです」
玲瓏館の三階には、展望塔がある。
それに似た尖塔が、すぐそこでドドンと突っ立っていたのだ。
「後は正面から訪問して、高級な家財道具なんかを持ち帰る代わりに──」
[女学園のバレーボール部員]
[二十一人の少女たち全員を、キミは連れ帰った]
[そういう結末か]
[綺麗と言えば綺麗な流れだが]
[美園ミウは、どうやって納得を?]
怪異は、どうやって祓われたのか?
憑き者の苦しみは、どうやって救われたのか?
師匠は肝心な部分を聞き逃さない。
僕はコーヒーを飲み終わり、口いっぱいに広がる苦味を楽しみながらタイピングした。
「〝僕で良かったら、友だちになりたいんだけど〟」
[ふむ]
[孤独な少女の心を癒すのに]
[その悩みの大元を断とうとしたのか]
[これまでの事件と同じく]
[少々クサい気はするが]
「なんでですか」
ひどいなぁ、と頭を掻きつつ。
僕は続きを打鍵した。
「それに、ミウちゃんは断りましたよ」
[え]
「〝人のお供え物を勝手に触るような非常識な人とは、友だちになりたくないです〟」
[正論だ]
[意外にもここで、彼女はキミに堕ちなかったのか]
「堕ちなかったって」
ひどいなぁ、とツーテイク目を演じつつ。
僕は背もたれに寄りかかって、窓の外を見つめた。
夜はまだ深い。
空の黒さと、沁み入るような静けさを感じていると。
不意に恐ろしいほど、自分が孤独なような想いに駆られかける。
どこかで、ピアノの音が聞こえた気がした。
その旋律が、あの時の言葉を想い起こさせる。
──……でも。
──ありがとう、ございます……
──これまで私に、正面からそう提案してくれたのは……
──……冴木さん、だけです。
「僕は、〝そっか〟と頷いて」
──じゃあ、キミよりも少しだけ歳上の先輩として、アドバイス。
──アドバイス、ですか……?
──学校で出来た友だちなんて、大人になったらほとんど会わなくなるものなんだ。
縁はその時だけ。
──むしろ、大人になってから出来た友だちのほうが、一生の友だちになったりする。
──…………
──ミウちゃんとここで、友だちになれないのは残念だけど。
「〝そう考えると、いまのを断ってもらえたのはラッキーだったかもしれないね〟」
うずくまる少女に手を差し伸べて、僕はその身を助け起こした。
[ははぁ]
[人気者だった時には、擦り寄られるばかりで]
[ほんとうの友だちと呼べる人間はひとりもいない]
[にもかかわらず]
[親愛を誤解され、手前勝手に好意を寄せられて]
[告白を断ったら]
[またしても勝手な理由で嫌がらせをされて]
[美園ミウは、だから陥落したのか]
「え? 陥落?」
[分からないか? ハクア]
[彼女はむしろ、拒絶を受け入れてくれるキミに好意を覚えたんだよ]
「……それは」
[ああ]
[人間の心情は、とても複雑でとても奇怪だ]
[だが、だからこそおもしろい]
境界で揺れ動く人の心の正と邪。
神なるモノを見出し。
霊なるモノを幻視し。
万物に異界の存在を認めてきた僕たちは。
ある意味で、人間という怪異と言えなくもないのかもしれない。




