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館もの伝奇ミステリ(?)に転生して全事件を解決したら館の美女母娘とメイド姉妹に終身●●された冴木ハクアの袋小路  作者: 所羅門ヒトリモン


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File.3「第一事件:蛇舌焔煽」



[美園コハクのプロフィールを更新してくれ]


 僕はカチカチ、情報を打ち込んだ。


 ────────────


【第一事件の伝奇憑き】


-フルネーム:美園琥珀

-愛称:コハ、コハクちゃん

-性別:女性

-年齢:16

-身体:T150 B116(P寄りのOcup) W58 H78

-容姿:

 ・髪:金髪ロング(地毛)でよくツーサイドアップにしているが、気分屋なのか変更も多い

 ・眼:ツリ目がちでクリっとした明るいブラウン猫目

 ・肌:姉妹のなかでも一際白く、先祖の隔世遺伝を思わせる

 ・顔:アイドル並みに可愛い小顔

-属性:[女子高生][ギャルお嬢様][不良][落ちこぼれ][幽霊部員][妹][サボり魔][チビ][派手][明るい][自撮り好き]

-服装:

 ・制服:女学園の制服は基本的に着崩しており、アメスク系に改造されている(赤や黒など派手な下着が覗いており大変目に毒)

 ・私服:露出度が高く過激で挑発的な服装を好む(レースアップのホットパンツや胸以外ほぼ露出のシースルーショート丈トップスなどを合わせていて超絶目に毒)

-好物:クリームチーズ

-苦手:運動や勉強、学業全般

-一人称:アタシ

-誕生日:11月11日

-家族構成:母子家庭

 ・母親 美園ジュリア

 ・長姉 美園ミウ

 ・次姉 美園ルリ

 

 ────────────


[ふむ。美園家は母子家庭なんだね]

[父親はすでに他界かい?]


「はい。姉妹三人ともが幼いうちに、前当主は亡くなっているそうです」


[ま、それもそうか]

[夫がいるのに大学生に告白するほど、美園ジュリアは貞節を弁えない女性ではないだろうしね]

[しかし、このプロフィールを見る限りだと]

[末の娘はだいぶ、そのあたりが奔放な性格に見受けられる]

[学業全般が不得意なのも、遊んでばかりいるからだと推測したくなってしまうな]


「多くの人が、実際、いまの師匠のようにコハクちゃんを判断します」


[ふぅん?]

[というと、じゃあ、実際には違うのかい?]

[わたしのこれは、偏見だったかな?]


「いいえ」


 僕は短く、ハッキリと否定を告げる。

 美園コハクという少女に関して、短い時間ながらもプロファイリングをさせてもらった。

 最初の事件を解決するにあたって、僕は彼女を出来る限り調べた。


 だから言える。


「師匠が抱いた印象は偏見じゃありません」


[なんだ。てっきり、反省を促される流れかと]


「たしかに、コハクちゃんはジュリアさんに比べたら、奔放と言ってしまっていい女の子です。けど」


 ほんとうに〝そういう遊び〟をしてしまうほど、美園コハクは軽薄な女の子ではなかった。

 むしろ逆だ。


「不真面目なのも事実で、学校もサボりがちなのも事実で、風紀を乱しかねない格好をしているのも事実ですが」


 彼女のそういったギャルらしい振る舞いのすべては、ある種の()()であり()()に過ぎないコトが後から分かったのだ。


[逃避。それに、防衛]

[実に興味をそそられる分析だね]

[ハクアがそう考えるに至った過程を]

[是非とも聞かせて欲しい、が]


 その前に、と。

 ブルースクリーンは敢えて改行を挟んだ。


[まだ肝心の、()()()()()()()を聞いてない]

[美園コハクは何に取り憑かれ、どんな怪異を宿したのか]

[もったいぶらず、教えてくれたまえ]

[何事も、結論から話し出したほうが分かりやすいのだから] 


 言われるまでもない要望だった。

 僕ら読解師は、現代に姿を現す怪異に必ず名前をつける。

 理由は単純だ。

 高度に複雑化し情報が大量に氾濫する現代社会では。

 そこで生きる人間の心も、シンプルではなくなっている。


 つまり、既存の名のある怪異ひとつだけじゃ、説明のしようがない超常現象ってやつが、この世界にはたくさん息づいているんだよ。


「美園コハク。伝奇憑きとしての彼女の名は──」


 『蛇舌焔煽(ジャゼツエンオウ)


「燃え盛る赤い舌、毒を吐き散らして獲物を追い詰める蛇」


[ベースとなった伝奇は?]


「大まかには二つ。【赤舌】と【蛇女】、ただし、蛇女のほうは類系が多すぎるので、ここでは逸話を抜き取って【火を吐く蛇】と【蛇変化】に分けたいと思います」


[じゃあ、三つだね]

[へえ。なかなか、おもしろい組み合わせだ]

[蛇の舌は二股に分かれているものだけど]

[美園コハク]

[彼女はギャルだから、スプリット・タンにでもしているのかな]


「いいえ。ですが、怪異化が進んでいた時、コハクちゃんの舌べろは──」


 そう。それこそスプリット・タンさながらに。

 蛇のように長く、舌先が二つに分かれていた。

 色は真っ赤で。

 燃えるように赤く、炎のように揺れて。


 玲瓏館邸を、彼女の私室から、()()させる寸前まで行きかけた。


[……舌だけが、蛇のように変化(へんげ)したのか]

[そして、彼女のソレは火を吐いた?]

[蛇は昔から竜とも同一視される存在だし、世界には火を吐く蛇の伝承も多い]


「はい。ギリシア神話のヒュドラー、ロシア伝承のオーグ二二ェー・ズメイ、日本でも安珍・清姫伝説なんかがあります」


[そうだね。だからそこに、そこまでの違和感はない]

[変化に関しても、いまハクアが挙げてくれた清姫伝説がまさにそうだ]

[近頃じゃ姦姦蛇螺(かんかんだら)なんてのもいる]


 人が蛇に変身してしまう怪奇譚は、珍しいものじゃない。


[でも、【赤舌】は何だろう?]

[その妖怪は、蛇とは関係ないはずだ]

[それに、単に舌が赤いからって理由で名前を出すには]

[いささか、不吉すぎる存在だね]


 僕を読解師として鍛え上げたノートパソコンは、さすがに妖怪に詳しい。

 

 赤舌。


 古くは江戸時代の絵巻などに描かれている妖怪だ。

 獣のような顔と大きい口、真っ赤な舌べろだけの妖怪であり、具体的にどんな存在なのかは分かっていない。

 絵そのものはWebで検索をかければ、すぐ出てくる。


 水門と一緒に描かれているから、水に関する妖怪だと考える説もあれば。


 それはただの絵解(えほど)き(シャレのようなもの)であって。

 赤は(あか)──水あかや垢などの汚れを表し。

 舌は下──心の奥、下心などを表すという考え方から。


 口は災いのもと。

 舌は禍の門。


 そして、陰陽道において〝羅刹が支配する日(吉日の反対)〟の意を持つ赤舌日(しゃくぜつにち)との関連も示唆されて。


 〝汚い言葉〟


 それそのものの妖怪変化だと考えられたりもしている。


「もちろん。ただ単に舌が赤かったから。そんな理由で赤舌の名前を出したワケじゃありません」


[聞こうか]


「僕がコハクちゃんにつけた伝奇憑きとしての名前、蛇舌焔煽は」


 現代社会。

 とりわけ、ソーシャル・ネットワーク・サービスに密接していて。

 まさに、年頃の少女らしい心の闇が原因だった。


 闇。


 いや、ここは敢えて、若者らしく()()と表現するべきなのかもしれないけれど。


「端的に言うと、〝誰かを炎上させる怪異〟だったんです」






 美園コハク。

 目鼻立ちが整っていて、生まれつき金髪。

 美園家は過去に異人──海外の血が入っているため、日本人離れした風貌は母親からの遺伝の証。

 母親のジュリアという名前自体も、異国情緒を思わせる。


 だから、家族のなかでひとりだけ髪色が違くても、そこには何も不思議が無かった。


 しかしながら、家の外に出れば話は違う。

 髪色が黒ではない。

 たったそれだけの理由で、学校では奇異の目線を受け、時にはいくら地毛だと説明しても校則違反だと頭ごなしに罰せられる。

 偏見でものを言われる。


 よくある話だった。


 特に、彼女が通う学校は長姉と同じお嬢様学校で。


 いわゆるセレブ女学園であるそこでは、大和撫子が美徳とされていた。

 十代の多感な時期。

 そんな環境で周囲から幾度か不理解が続けば、少女の内心には諦めと反発心が湧き上がる。


 ギャル風の明るい外見。

 派手で挑発的な格好。


〝どうせ誰にも理解してもらえないなら〟


[いっそ、ほんとうにグレてしまえばいい]

[勉強も運動も苦手。学業全般で良い成績を出せない]

[だったら、真面目にやったって仕方がない]

[サボって、手を抜いて、楽な方向に流れてしまったほうが]

[美園コハクには居心地が良かった]


「ええ。そうなんだと思います」


 初めて会った時の第一印象は、僕も師匠と変わらない。

 露出度が多い金髪の女子高生ギャル。

 首元にはチョーカー。

 シルバーのピアス。

 手首で揺れる金輪のアクセサリー。

 夜な夜なクラブで踊り明かしていそうな感じがしたし、メイクも濃く、とても遊び慣れてそうな要素でいっぱいだった。


 いまにして思うと、そんなギャルらしい外見は意図的に作り上げられたものだったんだと思う。


「家庭教師として雇われたので、最初の内は形だけでもそれらしくしようと、僕はコハクちゃんの勉強を見てあげたんです」


 科目は国語。

 僕は文系だから。

 それに、古文でも漢文でもなく、現代文の勉強ならそこまでハードルは高くないと思った。

 最初は簡単な漢字テストや慣用句の問題を出した。


「そのとき、たまたまミウちゃんやルイちゃんも居合わせて、彼女たちも同じプリントを欲しがりました」


 恐らく、ただの暇つぶしでゲーム感覚だったのだろう。

 問題数は十問で、実際、勝った姉妹が冷凍庫のアイスをもらうだとか、そんな他愛のない話をしていたように記憶している。


 コハクちゃんは顔を曇らせた。


 美園ミウ、10点。

 美園ルリ、8点。

 美園コハク、3点。


「彼女たち姉妹のなかで、コハクちゃんは一番成績が低かったんです」


 ──えっ、3点? ちょっとコハ、このくらい簡単なんだから、もう少し勉強しなさいよ……

 ──わ、分かってるって! でもこれはたまたま! たまたま苦手分野だったの!

 ──そ、そっか。ごめんね、コハクちゃん。なんだか悪いことしちゃったね……

 ──べつに、ミウ姉が謝る必要ないし! それより、さっすがミウ姉! 満点なんてすごい!

 ──そうね。悔しいけど、アイスは譲るわ。

 ──……そう? でも、みんなで食べたほうが美味しいから、一口ずつあげるね?

 ──やった! ミウ姉好き! ありがとう!


 仲睦まじい会話だった。

 だが僕は、あのときコハクちゃんが一瞬だけ、ひどく顔を歪めていたのを見逃さなかった。

 優秀な姉たちに対するコンプレックス。

 それがはじめて、見え隠れした瞬間だった。


「お姉ちゃんたちがその場を去った後、コハクちゃんは誤魔化すように言いました」


 ──あはは。また負けちゃった。

 ──でも、こんなのいつものコトだし!

 ──ハクセンも知ってたでしょ?

 ──ミウ姉もルリ姉も、ママ譲りのサイショクケンビ!

 ──アタシはデキが悪いから、ビジュくらいしか取り柄がないの。

 ──でも、それだけでも充分すごいって知ってるから、べつにいいんだ〜。


[なるほど]

[美園コハクはギャル風の明るい外見で]

[傍目には家族と同じく、恵まれた美少女に見えるが]

[実際には学力も運動能力も姉妹の中では劣っており]

[強い劣等感を抱えている]

[幼い頃から自ずと突きつけられて来た差異]

[ひとりだけ金髪という違いもあって]

[少女はむしろ、〝ギャルらしさ〟を身にまとうコトで、自尊心を守って来たんだね]


 そう。

 それが逃避であり防衛の手段だった。


 誰だって、自分ひとりだけ惨めだなんて思いはしたくない。


 ──どうせ学校では、金髪が原因でレッテルを貼られる。

 ──学校の授業も、どれも楽しくない。

 ──だったら、アタシはギャルでいい。

 ──髪だって絶対染めない。

 ──ギャルだから、デキが悪くても仕方がないんだ。


[理解したよ]

[普通なら、そこでもっと努力をすれば現状を変えられるかも]

[と、思うところだけど]

[美園コハクの場合は、努力をしたところで認めてもらえない]

[家の外の世界に対して、不信感があった]

[そんな心理状態では、真面目さを保つのは難しい]


「ええ。髪を染めなかったのも、それをしたらコハクちゃんのなかで、家族との繋がりが切れてしまう恐怖があったからだと思います」


[ほほう]

[それは奇しくも]

[隔世遺伝こそが、彼女にとって〝美園家の一員〟というアイデンティティになっていたからか]

[本人はどこまで、自覚的だったのかな?]


「さあ。それはコハクちゃん自身じゃないと分かりませんが、ひとつだけたしかなコトが言えるのは」


 彼女はデキが悪いのかもしれない。

 勉強もできず、運動もできず、学校では品行に問題があると白眼視されているのかもしれない。


 それでも、彼女は最初から不真面目だったワケでもなければ、どうしようもないほどに怠け者だったワケでもない。


 証拠は先ほども例にあげた国語のテストだ。

 本当に不真面目で素行に難がある不良だったら、椅子に座って問題を解こうとすらしないはず。

 もちろん、最初にテストを受けさせるのにはそれなりに苦労した。

 見知らぬ男子大学生がいきなり家庭教師を名乗っても、年頃の女の子からしたら警戒心が勝つからね。


 ──頼むよ、コハクちゃん。この通りだ。

 ──土下座ってマジ……?


 だが正面から向き合えば、彼女はきちんと応えてくれる優しい女の子だった。

 不機嫌になるとピアスの数が増えて、付け爪も鋭くなって、威圧的で攻撃的な外見になるし。

 逆に機嫌が良ければ、可愛らしい髪型に変えて、心なしか胸元から覗く下着(ブラ)の色やデザインもソフトになる。


 見ようによっては、とても素直だ。


「コハクちゃんと同じ歩幅で、同じ速度で、辛抱強く付き合い続ける。大事なのはたったこれだけで、そうやって放課後、一緒に過ごす時間を重ねていけば、ほんとうに少しずつですけど成績だって向上の兆しが見えて来ましたよ」


 玲瓏館南西の角部屋。

 低めの天井と大きな西向き窓。


 夕暮れになると夕陽が差し込み、室内が赤と橙の光で染まる。


 床は濃い栗色の木目のフローリングで、太陽の光が反射して。

 淡いクリーム色の壁には、古典的な和紙張りの部分と、ステンドグラス風の窓枠がアクセント。


 天井は梁見せの和洋折衷デザイン。


 吊り下げられたランプは、アンティーク調でほのかな光を灯し。

 同じくアンティーク風のローサイドボード、書棚、写真立て、装飾用の小箱や置物が飾られた部屋。


 名前は紅陽の間と云う。


 コハクちゃんの私室で、僕は彼女としばらくのあいだ同じ時間を供にした。

 だから気づいた。


[何に?]


「当たり前の話ですけど、コハクちゃんには〝こういう環境〟こそが必要だったんだって」


 誰かに寄り添われ、誰かに付きっきりで見てもらいながら、誰かに努力を認めてもらえる。

 家の中ではなく、家族や九条家のメイドでもダメ。

 幼い頃から顔見知りの身内だけじゃなく、外の人間に信頼を寄せられるコト。

 そんな、些細なコトでいい。

 人は誰だって、些細な喜びを糧に自信を作り上げるのだから。


[なるほど]

[なら、ついでに補足しておこう]

[美園コハクには長年植え付けられた怠惰な性質があり]

[自分を強制的に縛って、追い込んでくれる誰かがいないと努力できなかった]

[そういう見方も、できる]


「ええ。僕がお目付け役……監視者の役目を持っていたのは事実です」


 否定はしない。

 コハクちゃんもそれは分かっている。

 実際、僕が玲瓏館で家庭教師業に従事する際には、彼女が肌身離さず持ち歩いているスマホも一時的に没収していた。

 SNS依存の兆候があったからだ。


 というか、彼女にはSNSの発信力があった。


[発信力?]

[ネットでは有名?]

[インフルエンサー?]


「そこまで有名なワケじゃありません。せいぜいがこの町の、僕よりももっと若い子たちのあいだで人気な程度です。昔風に言うと、学校裏サイト的な空気感の界隈で」


[学校裏サイト?]

[やれやれ、これまた陰湿な匂いが漂ってきたね]

[実名アカウントではないんだろう?]

[当然ハンドルネームアカウントのはずだ]

[だが、だとしたら美園コハクはうまいことやったワケか]

[女学園では人望も人気も無い]

[それでも、SNSでは仮初の名前と素性を被って]

[正体不明の人気者になった]


「ハンドルネームは、ナデシコ@裏の顔。コハクちゃんはネット上では、いわゆる愚痴アカウントを運用していました。女学園の厳しい校則や古風な価値観の教育に対して、鋭く毒のあるツッコミを入れる感じで、今どきの女の子の素直な気持ちをブチまけるノリで、多くの共感を得ていたんです」


[ははぁ]

[表では皆、良い子ちゃんを演じつつも]

[裏ではやっぱり、窮屈な想いをしてストレスを抱えている]

[そんな本音の部分にスポットが当たって]

[美園コハクの愚痴垢はバズってしまったんだね]


 古ぼけたノートパソコンのくせに、最近のネット用語に強い憑藻神。

 どうやってインターネットと接続しているのか分からないが、僕の師匠は「霊界電波通信だよ」などと以前(うそぶ)いていた。

 さて。


「事件はそんなある日、コハクちゃんが学校で()()()と噂を立てられたことに起因します」


[ビッチ!?]

[そんなはしたない言葉を使う生徒が、女学園にいたのか]

[……いや、おかしくはないのか]

[ナデシコ@裏の顔、なんてアカウントが人気を集めるくらいだ]

[包み隠されていた本音ってヤツは、いっそ包み隠されていたままのほうが]

[綺麗でありがたいものだったりする]


「まさしく、その通りです」


 一度ブチまけられてしまった汚い言葉は、噂を立てられた本人を当然、傷つけた。


「コハクちゃんが通っている女学園は、全生徒が何らかの部活動に所属することを義務付けています」


[ふむ]


「噂の出所は写真部で、そこはコハクちゃんが名前だけ登録している部活でもありました」


 中学からSNSに強かった少女は、高校進学と同時に写真部に入部した。

 入部した志望動機は、SNSでのバエや自撮りテクニックも、写真部でなら活かせるのではないかと考えたからだ。


 だが、そこで待っていたのは……


[いつもと同じ偏見と排斥、か]

[ギャル風の外見とノリのせいで、同級生や先輩と馴染めず]

[異物として扱われた彼女は、幽霊部員になった]


 最初に更新したプロフィールで、師匠もすんなり正解を言い当てる。

 しかし、解せない点もあったのだろう。


[幽霊部員なら、写真部との関わりは薄かったはずだね]

[なのに、どうして写真部から]

[そんな口さがない噂を、立てられてしまったんだろうか?]

[いやまぁ、噂を立てられても仕方がない格好をしているとは思うけれども]


「それですよ」


[ん?]


「切っ掛けなんて、些細なことです。ある時、何気なく誰かがコハクちゃんをビッチみたいだと言った。それがたまたま、写真部の部員だっただけです」


[……ふむ]

[わたしの言った通り]

[美園コハクはいつ噂を立てられても、おかしくない女子生徒だった]

[噂が広がったのは、つまり必然?]


「あるいは、コハクちゃんが運営していた愚痴アカウントの影響を受けて、ついポロッとリアルでも言ってしまった」


[……]


「そんな悲しい因果もあるかもしれませんが、どうあれ事件はここからです」


 美園コハクは、SNSでも自身が誹謗中傷されている事実に気がついた。

 彼女にとってSNSは、決して手放せない心のオアシス。

 耐えられるはずがなかった。


「コハクちゃんはナデシコ@裏の顔を使って、噂の出所と思われる少女のアカウントを発見すると……」


[仕返しを行ったのか]


「そうです。が、その手段が執拗的でした」


[なに?]


「ネットストーカーをしたんです」


 しばらくは静観し、相手の過去の投稿や、フォローしている誰かのアカウントまで調べた。

 弱点を探すために。

 ただひたすら、それだけのためにスマホ画面に目を落とした。

 まるで、蛇のような執念深さ。


「やがて、コハクちゃんは写真部の子には学外に彼氏がいて、その彼氏と不純異性交遊している状況証拠も見つけ出します」


[状況証拠?]


「所詮はネット上での〝つぶやき〟ですから」


 確たる証拠なんて無くても、一度大勢に「そうかも」と思わせてしまえば噂は飛び立つ。


 ──近頃ビッチの噂が出回っているけど、噂を立てた当人がビッチだったなんて!


[反撃は成功したワケだね]

[SNSで人気者のナデシコ@裏の顔には]

[大勢のフォロワーがいる]

[フォロワーは弾丸だ]

[数が多ければ多いほど、獲物に向かって勝手に飛んでいく]

[恐ろしいね]

[そうして美園コハクは──]


「怪異に取り憑かれました」


 誰かを炎上させる行為。

 当然、褒められた話ではない。

 しかし、復讐は昔から蜜の味と云う。

 仕返しができれば、誰だって胸がスッとすく。

 気持ちが良くなる。


 頬が緩んで──その隙間に、バケモノは這入り込んだ。


「以降、彼女は精神的に強い負担がかかると、密かに同じような行為を繰り返しました」


 学外で突きつけられる不理解と偏見。

 姉たちに対する劣等感。

 ネット上で目立ってくると、アンチも湧いてくる。

 だからアンチに攻撃されて、攻撃を仕返して。


「いつしか、スマホを握りしめる自分の横顔から、チロチロと鼻先を焦がす蛇のような舌べろが覗いている事実に気がついたんです」


 紅陽の間。

 真っ赤に燃える夕暮れに照らされて。

 斜めに伸びる二股の影。

 書棚や写真立てなど、家具を舐めるように揺らいで。


 ──最初は気のせいだと思ったの。

 ──錯覚? っていうか、だって、ありえないじゃん……!?


「そこで、急に怖くなった彼女は、罪悪感も思い出します」


[罪悪感?]

[自分が炎上させてしまった相手に]

[罪の意識を覚えたのかい?]


「そんなに不思議な流れではないでしょう」


 美園コハクはギャルの仮面を被って、自身の逃避や防衛を正当化している側面があった。

 そんな自分の怠惰な性質を、姉たちと比べて余計に劣った点だと認識していたし。

 家庭教師がいなければマトモに努力もできない自分を、内心で恥ずかしく思っていた。


「それに、異様に長くて膨らんだ真っ赤な蛇の舌ですよ? 外見に自信を持っている彼女が、ガラス窓に映った自分の横顔を見て、そんな自分を醜いと思わなかったはずがありません」


[他者を炎上させて、破滅に追い込む行為]

[それを眺めて、口角を歪める自分とフォロワー]

[──たしかに、ふと我に返るのも無理はない()()だったろうね]

[けれど、それで終われたワケがない]


「そうです。コハクちゃんの心の闇。病んだ心の奥底。毒舌に宿りながら醜く肥え太った()は、宿主がいまさら止まろうとしても許さなかった」


[伝奇憑きの典型だ]

[成長した怪異は、物語になって不滅の存在になるために、より多くの耳目(じもく)を集めたがる]

[蛇舌焔煽は、次にどんな事件を起こしたんだい?]


「火事ですよ」


[火事]


「と言っても、どれも幸いボヤ程度で済みましたが」


[キミが、止めたのかな?]


「最後の火事だけは、そうです。それ以前の二件の火事については、まだ蛇舌焔煽が強い怪異じゃなかったから、大惨事になりませんでした」


[誰かを炎上させる怪異は]

[ソーシャル・ネットワーク・サービスの枠を飛び越え]

[ついには現実の、人間を燃やそうとしたのか]


「コハクちゃんが気づいたのも大きいでしょう」


 スマホから手を離し、SNSでの投稿をやめても。

 彼女のフォロワーたちは取り憑かれたように、他者を炎上させる行為に耽っていた。

 それが人気者の真似をしているだけの、単なる〝影響〟に過ぎなかったのか。

 もしくは人ならざる怪異によって、〝呪い〟が伝播した結果だったのか。


 彼女には分からない。


 それでも、彼女は恐怖に(おのの)きつつも、目を逸らさなかった。

 きっと伝奇憑きゆえの、予感があったからだろう。


 このままでは実際に、誰かが燃えてしまう。


 そんな予感に突き動かされて、SNSの動向を注視し続けた。

 予感というより、確信だったのかもしれない。

 だから気がついた。


「一件目は、落雷です。公園でお昼を食べていた中学生が、真昼間にそばにあった木のおかげで直撃を免れました」


[ネットにも記事が載っているね]

[青天の霹靂(へきれき)。珍しい気象現象と書かれてる]

[二件目は……これか]

[川辺の不審火。原因はまだ分かっていないようだが]

[火薬らしき粉が、付近で見つかったとも書かれている]

[どちらも死傷者は出ていない]

[成長途上の伝奇憑きは、これだから困るな]

[超常現象と断じるには、偶然の要素が強すぎるよ]


「ですが、どんな都市伝説も偶然の積み重ね、ちょっとした不幸の重なりが物語を大きく育てていきますよね」


[──その通り]

[じゃあ美園コハクは、この二件の火事を知って]

[それを自分のせいだと、思ってしまったのか]

[最後の火事は?]


「自宅ですよ」


[自宅]

[そういえば、言っていたね]

[彼女はこの玲瓏館そのものに、危うく火をつけるところだったと]


「そうです。強い罪悪感と自己嫌悪に駆られたコハクちゃんは、最後に()()()()()()()()選択をしました」


[!]

[まさか、ほんとうに──?]

[十六歳の女子高生が、よりにもよって]

[焼身自殺を?]


「だって、方法だけならコハクちゃんは知っていたんです」


 誰かを炎上させる。

 ナデシコ@裏の顔というアカウントに対して、別アカウントから攻撃を仕掛けるだけで良かった。

 たった一言。

 然れど一言。

 些細なつぶやきだけで、彼女には事足りた。


 ──あなたって、わざと炎上を煽ってますよね?


「アカウントが違っても、怪異に取り憑かれているのはあくまでコハクちゃん自身です」


[そうか!]

[蛇にはアカウントの違いなんて分からない]

[いや、もしくは──]

()()、か?]

[宿主がアカウントを切り替えても]

[バケモノにはそれが、脱皮にしか思えなかった!]

[だから、超常現象が成立したのか!?]

[新規作成されたばかりで、フォロワー数ゼロのアカウントでも……!]


「はい。その投稿は瞬く間に拡散されて、ナデシコ@裏の顔を炎上させました」


 炎上と同時に、紅陽の間には炎が踊った。

 コハクちゃんは自分自身を、そうやって罰そうとしたのだ。


[なんという話だ……]

[これが現代社会の伝奇憑き]

[少女の心の闇]

[実におもしろい──]


「……お気に召しましたか。ま、第一の事件はこんな感じです」


[気に入ったよ]

[でも、おいおい]

[最後のピースが欠けているぞ?]


「はい?」


[冴木ハクア]

[キミは美園コハクを救ったはずだ]

[燃え盛る炎の波のなかから]

[読解師たるキミは、如何にして蛇舌焔煽を退治したのかな?]


「おっと」


 いけないいけない。

 たしかに、そこを言うのを忘れていた。

 しかし、べつに特段、大したことはしていない。

 コーヒーで唇を湿らせ、肩を竦める。


 読解師(専門家)の仕事とは。


 怪異に憑かれた人間の心象を解き明かし。

 取り憑いた怪異のバックボーンとなる【伝奇】を読み解き。

 新たな物語(解釈)を紡ぐことで、憑き物の苦しみを解決するコト。


 で、あるならば。


「今回の場合、僕はコハクちゃんに言い聞かせただけです」


[言い聞かせた?]


「叱った、と言うと偉そうな感じもしますが……仮にも家庭教師でしたからね」


 生徒が悪いコトをしたら、叱る。

 それに、まだ蛇舌焔煽が人を燃やす前だったのも幸いした。


「一件目の火事は、自然現象。二件目の火事は、まだネットニュースには上がってないかもしれませんが、実は火事じゃなくて花火だったと説明したんです」


[花火?]


「もうじき夏ですからね。花火大会に向けて、地元の花火職人さんが川原で小さな花火をリハーサルしていたんですよ。まぁ、安全管理に少し問題があったのは事実みたいですけど、とにかく火事じゃあなかった」


[なんだって?]


「だから、僕はコハクちゃんの思い込みを解いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 すべては思い込み。

 燃える炎も西日の錯覚。

 人の心が怪異を生むのだと諭した。


 ──疑うなら、口を開けてご覧?

 ──え?

 ──ほら、僕が確認してあげる。

 ──え、えっと……こう(ほぉ)

 ──うん。やっぱりそうだ。


「〝他人より少し長い舌かもしれないけど〟」


 ──色は綺麗なピンクだし、女の子らしくてとても可愛らしいものだよ。

 ──!

 ──コハクちゃんは外見に気を遣っているから、きっと、気にしすぎちゃったんだろうね。


「って、叱った後で安心もさせましたし」


[……]


「人を呪わば穴二つ。今回の件は十代の貴重な教訓として刻んでもらって、今後はオイタをしないよう充分に言い含めもしました」


 蛇の毒牙は二本。噛まれたらちょうど、穴は二つだ。


[……蛇舌焔煽は、それでアッサリ?]


「うん、祓えたと思います。あれ以来、経過観察を続けていますが不穏な様子はありませんし、ジュリアさんが言っていたコハクちゃんの火遊びっていうのも、要するにSNSでのアレコレでしたからね」


 親は子どもが思っているよりも、子どもをちゃんと見ている。


[ふーむ……]

[劣等感に苛まれ]

[日頃の鬱屈を毒にして吐き]

[自らの惰性に嫌気を抱きながら]

[異物を認めぬ外の世界を憎んで]

[その破滅に快感を覚えながらも]

[最後には罪の意識に駆られ]

[これまでの怠慢や悪態に罰を求める]

[実に人間らしく、ありきたりな少女だった]


「でしょう? だいたい、コハクちゃんはまだ学校っていう狭い世界しか知りませんしね」


[ああ]

[奇しくも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも考えられる]


「え?」


[自分を助けてくれて]

[長い時間、放り出さずに付きっきりで面倒を見てくれて]

[怠けそうになったら厳しく監視してくれて]

[努力を認めてくれて]

[悪いコトをしたら怒ってくれる]

[正面から向き合い、反省を促してくれる男性]

[そんな、信頼できる()()を得て]

[母子家庭で育った美園コハクは]

[ハクア。キミに、父性を見出しているのかもしれない]


「父性……ですか」


[末っ子なら、きっと甘えたがりだ]

[だが彼女は、上の姉ふたりには劣等感から素直になれない]

[母親である美園ジュリアにも]

[きっとデキが悪くて、申し訳ないという負い目があるだろう]

[女手ひとつで働く彼女は、忙しくしているしね]

[あとは美園家の一員だから]

[主人の一族として、九条家にも弱いところは見せられない]

[──そこに、キミが現れた]


 玲瓏館では唯一の男性で、頼り甲斐のある歳上。


[美園コハクが長年求めていたものを]

[キミはすべて与えたんだよ?]

[告白されたのも、こうしてみると納得しかない]

[だが覚悟したまえ]

[彼女の恋心は、十中八九、蛇のように執念深くて苛烈なはずだ]

[それこそ、燃え上がるようにね]


「……ハハハ。さすがです、師匠」


 脅しに、乾いた笑みを溢すしかなく。

 冷静な分析結果に、僕は舌を巻いた。




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