File.20「伝奇憑き:美園ジュリア」♥
十二年前の夢を見る。
暖かな陽だまりに優しく溶けるような、春の野の丘のような。
家族でピクニックに行って、穏やかな爽風と桜を楽しむような。
満ち足りて、それ以上など何も望んでいなかった忘れじの日々。
しかし、それは一瞬で。
たった一夜にして奪われた。
木漏れ日の温もりに照らされていた肌は、残酷な不意打ちとなって冷えた夜気に突き刺され。
甘やかな幸福を食んでいた口の中には、灰となった喜びが突き込まれた。
美園ジュリアは夢を見る。
夫を失った日。
凄惨な事件の前と後。
様変わりしてしまった自分の人生に、それでも守るべき娘たちが残されているから。
毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩、毎晩。
枕を涙で濡らさない夜は無かったけれど。
身の回りの人間に心配をかけてはいけないため、強い女を意識して平気なフリをし続けた。
女手ひとつで家族を養い、守り、育てる。
美園家は当然、九条家ももちろん。
そんなジュリアを世間は、薄幸の未亡人だとか。
苦労を背負い込むには若すぎるがゆえに、支えとなる新しい男手が必要だとか。
好き勝手にレッテルを張り、噂を流して。
──辛いでしょう。
──苦しいでしょう。
──その気持ちはよく分かります。
──なので、俺であれば。
──儂であれば。
──XXグループの社長や理事であれば。
──貴女の助けになれます。
表向きは善意と親切心、真心を装いながら。
実態は野心と下劣な欲望。
全員が全員、悪人だったとまでは言わないが。
ビジネスの世界で、彼らはジュリアの気持ちを知ったように口を叩いた。
時には商談と称した縁談、お見合い紛いの根回しまで仕組んで。
ジュリアは知った。
夫を失った不幸せは、ただそれだけで終わるのではなく。
これからもずっと、死ぬまで続く人生の呪い。
玲瓏館は狙われている。
ジュリアを含んだ美貌の女たちは、多くの男たちにとって優勝トロフィーのようなものだった。
少なくとも、ジュリアが足を踏み入れたビジネスの世界では、そういう気質の男たちばかりが決まって商売敵となって立ち塞がったのだ。
すべて、潰した。
──アナタたちに私の、何が分かるのかしら?
──玲瓏館を、娘たちを、二度と脅かされないよう、私は戦う。
──この美貌が、すべてを切り裂く呪いと云うのなら。
──迂闊に触れようとした人間をこそ、真っ先に破滅させると知ればいいのよ。
夜、ベッドに入り枕に頭を乗せる瞬間まで。
ジュリアは気丈に、憎悪を燃料にして〝強い女〟であり続けた。
そんな生活が日常となり、十二年も歳月が経過すれば。
表向きの仮面、社会生活上で必要なペルソナ。
仕事のできる遣り手の女社長だとか。
由緒ある家柄の町の名士だとか。
家庭内では如何にも真っ当な母親であるかのような振る舞いも、そつなくこなせるように変化する。
しかし。
「──油断を、していたんでしょうね……」
玲瓏館二階、『春霞の間』
淡い桜色を基調にしたジュリアの私室には、夏の終わりも近づいた季節とはいえ、残暑の朝日が差し込んでいる。
カーテンの隙間からその光に炙られ、ジュリアは目を覚まし。
スッと起き上がっては、換気のため窓を開けた。
途端、遠い町並みを挟んで、海風が微かに香り。
カーテンが涼やかな風と、太陽に熱された空気を孕んで膨らむ。
柔らかな揺れ。
それはまるで、ここ最近のジュリアが抱えている〝もどかしさ〟を象徴するようで。
波が一時的に引くことはあっても、すぐに大きく膨らもうとして落ち着きが無い。
原因は分かっている。
子どもではないのだ。
ジュリアは大人で、良識を持ち備えているつもりでもあって。
こんな気持ちが今さら、許されていいワケないと。
この夏の事件からしばらくの間、意図して感情から目を逸らし続けて来た。
男性を愛するコトは、二度と無い。
だって、三人もの娘をもうけた夫と死別しているのだ。
それも、このあたりの町の古い家の生まれにしては、かなり珍しいと言える恋愛結婚でもあった。
夫を失ってからのジュリアは、最愛という言葉の意味を娘たちに置き換えている。
娘たちには九条家も含まれ、事実、ミウ、ルリ、コハク。
三人の娘たちと、九条家の双子は然して変わらない年齢だ。
歳の離れた妹のような、メイド長を努めてくれているスミノを除いてしまえば。
ユズキとユウナも合わせた五人の娘を持つ母親。
それが、ジュリアの自認である。
強い女、強い母親でいなければ。
いったい誰が、愛しい娘たちを守れるというのだろう?
最愛の家族を第一に。
十二年間、ジュリアはずっと陰で枕を濡らしながら平静を装い続けた。
無論、再婚を一度として考えなかったと言えば嘘になる。
娘たちには父親が必要かもしれない。
父親を知らずに育った少女は、その自我形成と精神的成長の過程で、さまざまな問題を抱えがちだと教育機関からも話を聞いた。
同性だけの家庭環境では、将来的に異性との接し方で不慣れゆえのトラブルが生じるかもしれない。
自分に声をかける男性のなかから、亡き夫とは言わないまでも良さそうな人を見つけられたら。
子どもたちのためにも、再婚する選択肢は存在していた。
迷いはあったが、ジュリアとて常に強くいられたワケではない。
一日の内、ベッドの上で。
わずかに目蓋を閉じる刹那。
それだけの時間しか、弱さを覗かせない気の張り詰めようでは。
どこかで無理が生じるのも当然で、時々、ひどく泣き叫んで暴れ回りたい衝動に駆られてもいた。
それでも、頼りにできる相手は現れなかった。
社交界で近寄ってくる男たちは、いつも同じ。
玲瓏館の財産を目当てに。
ジュリアの美貌や娘たちを狙って。
うんざりだった。
だから、ジュリアも自分から良い人を探そうと。
誠実そうな人物がいれば、興信所の人間を雇って探りを入れたりした。
しかし、ほんとうに良い人は全員、すでに誰かのものだった……
もしくは単純に良い人なだけで、玲瓏館を預けるに足る男らしさ、頼りがいという面で欠点を抱えていた……
「私は……だからひとりで……」
あの夜の刃のように、研ぎ澄まされた女として緊張を維持していたのに。
ベッドに振り返ると、どうしようもないほど現実を突きつけられる。
枕が濡れていない。
涙の跡がどこにも無い。
それどころか、毎晩必ず決まって同じ悪夢を見ていたのに。
最近は、違う夢を見ていた。
夢の内容を思い返すと、ジュリアは生娘のように頬が熱くなる。
冴木ハクア。
二十一歳、町の男子大学生。
末の娘の家庭教師として雇い、最初はただのお目付け役。
コハクの火遊びを抑える、ストッパーとして招き入れただけだったのに。
いつの間にか、玲瓏館では不可思議な出来事が連続していて。
彼はそういった事件を、鮮やかに解決する専門家だと発覚もして。
娘たちとそう変わらない、世代の違う男の子だというのに……
白髪という見かけや、民俗学・妖怪学専攻の学生という怪しい素性。
そういった記号に、ある意味ではとても相応しいミステリアスな雰囲気。
最近の若者の間では、〝メロい〟なんて評される魅力を、あんな事件の後ではどうしても感じてしまうから。
ジュリアは日に日に、理解させられていく。
ハクアに惹かれてしまっている自分。
女として、彼を欲しがってしまっている自分。
いまの玲瓏館を見れば、ジュリア以外の六人も、同じようにハクアを想っているのは瞭然だ。
母親であり、一家の長であり。
良識と貞淑さ、身分と立場に相応しい振る舞いをすべき一番の人間であれば。
ふしだらな気持ちには蓋をして、むしろ応援や祝福の気持ちをこそ抱くべきにもかかわらず。
夢が。
「どうして……毎晩──」
十二年前に失ったはずの温もりを。
暖かな陽だまりに優しく溶けるような、春の野の丘にも似た安らぎとなって。
ハクアの隣に寄り添う自分を、映し出してしまうのか。
胸の前で両手を握り、ギュッと心臓の鼓動を確かめる。
「……原因は、分かっているでしょう? ジュリア」
子どもではない。
青春を謳歌していた年齢でもない。
ジュリアはもう、人生が花を愛で浸れる幸福一辺倒だけではないコトを知っている。
自分の気持ちに整理をつけて、答えを導き出すのだって冷静に。
落ち着いて、ゆっくり考えれば理路整然。
ハクアは言った。
惨劇に見舞われた結婚を、ジュリアは周囲を巻き込んだ災害みたいな不幸だったと決めつけているが。
誓いの言葉を口にして、愛し合う者同士が結ばれた結婚において。
伴侶から与えられた不幸せは、果たしてほんとうに不幸せだったのか?
少なくともそれを、不幸せを与えた側が断定していいものなのか?
〝キミとなら不幸になっても構わない〟
〝けれど困ったな〟
〝キミといる限り、ぼくは不幸にはなれないみたいだ〟
かつて、夫も同じことを言い放った。
ああ、なんて口説き文句だろう……!
ジュリアは撃ち抜かれたし、当時は首っ丈になって夫を愛するようになった。
ハクアはそれを思い出させてくれて。
この十二年間、ジュリアに近づこうとした男たちの誰とも違う優しさと真摯さで。
俺が俺がという、図々しい押し付けではなく。
ただジュリアの傷に、そっと見舞いの品を送ってくれるような。
真に心温まる情をかけてくれた。
気づけばジュリアは、ハクアの身の回りの世話を焼きたくなって。
娘たちもいるのに、年甲斐もなく手料理なんかでアプローチもして。
愛される妻でありたい。
夫にも向けていた気持ちを徐々に溜め込んで。
そんな自分に愕然としながら、蓋をしようとすればするほど、どんどん膨らみ続ける恋心に歯止めがかけられない。
ハクアではダメだ。
彼は頼り甲斐があって、とても優しい青年だけど。
社会的な身分では苦学生に分類されるし、読解師という専門家の仕事にも不安がつきまとう。
ジュリアは当然、他の六人とすら交際を許可するのは躊躇いがあって。
「ああ……でも」
最近は、スミノが中心になって新しい事業を始める準備が進んでいる。
それが成功すれば、ハクアは玲瓏館を預けるに足る相応しいステータスを得るらしい。
詳細はまだ聞いていないけれど、だったら……とジュリアはグラついてしまう。
少し前まで、ベッドは悪夢と隣り合わせだった。
でもいまは、寝起きにもう一度、夢のなかに戻りたいと感じるほどで。
暖かな誘惑がジュリアの後ろ髪を掴んで、まだもうしばらくだけ……とカラダを寝具に沈ませてしまった。
……どうせ今日は、休日である。
二度寝なんて久しぶりだが、微睡みはすぐにジュリアを望んだ通りの場所へ連れて行ってくれた。
夢のなかで、ジュリアとハクアは美園家が保有するリゾート施設にいる。
真っ青な海と、白い砂浜。
燦々と照りつける真夏の太陽の下、一般客が利用できる区画からは隔離された完全なプライベートビーチ。
そこはジュリアが、まだ二十代の初めの頃にハネムーンをコンセプトにして建てたコテージを擁していて、庭には白熊が横たわれそうなサイズのサンベッドが置かれている。
ベッドの横にはシャンパンやカクテルも用意し、ハクアはサンベッドでオーシャンビューを楽しんでいた。
海パンを履き、夏のリゾート地で日焼けを楽しもうという魂胆である。
ジュリアが招待したのだ。
玲瓏館を救ってくれたハクアには、きちんとしたお礼をしなければならない。
身の回りのお世話や、ささやかな贈り物だけでは感謝を表すのに不十分だし。
意を決したジュリアは、ハクアに格別のサービスを堪能してもらおうと思い立ち、大胆にも娘たちと同年代の男の子を旅行に誘ったのだ。
コテージに着いてすぐ、ハクアは早速サンベッドに目をつけ早々に着替えを済ませた。
さすがは男の人だ。
やはりそのあたりの身支度や準備には、女よりも時間をかけない。
着替えに時間をかける必要があったジュリアは、先に楽しんでいて、とハクアを見送り。
いま、ようやく支度が済んだため、コテージから庭へと姿を現す。
足音に気がついたのだろう。
「遅かったですね、ジュリアさ──」
青年が振り返り、意表を突かれた様子で固まった。
が、それも無理もない。
ジュリアの着替えは、ハクアのように海辺に相応しい水着姿になったのではなく。
あくまでも、リゾート地に相応しい装いに変えていたからだ。
薄いピンク色をした、ベアトップのサマーワンピース。
胸元にはフリルがあしらわれ、スカートの前側にもフリルが飾られたスリットつき。
裾のほうは自然と風を受け入れて広がって、チューブ状の胴衣はゴムで腰を締めているだけだ。
玲瓏館で最大のバストも、それは同じ。
ベアトップとは「むき出しの上衣」を意味するため、肩紐などは存在せず。
ぴったりと素肌に張り付く形で、上半身は筒状になっている。
しかし、それをジュリアほどの爆発的スタイルの持ち主が身につければ。
ベアトップの伸縮性にも限界があり、辛うじてウェストはキュッと窄まっているが。
132せんちV寄りのUカップを覆うとなると、それはもはや両胸の先端に引っ掛けていると言うべき衣服への責め苦。
チューブの直径は最初から決まっているため、背中の下の方からギリギリ斜めに伸ばされて、ジュリアの胸部を隠すに至っていた。
なので、上から見下ろせばジュリアの乳房は先端周りと下乳しか、ワンピースの内側に無かったし。
フリルに縁取られたゴム紐の上に、それでもまだ横乳や上乳が乗っかりかけている始末でもあった。
必然、脇も腋も丸見えで。
背後に立って腋の下から手を差し込めば、簡単にベアトップがずり落ちそうだった。
無論、前からフリルを掴んで、豪快に引きずり下ろしたり。
露わになっている谷間の中央。
わずかな窪みに指先を引っ掛けても、Uカップは〝ボインっ♥〟とまろび出るに違いなかった。
ゆっくり片乳ずつ、丁寧に外気に晒して重さや柔らかさ、弾力を確かめてもいい。
──そんな、男の欲望を刺激して止まない可憐な格好。
頭には麦わら帽子をかぶり、ジュリアは気恥ずかしそうにはにかむ。
「……ごめんなさいね? ちょっと、待たせすぎちゃったかしら」
ハクアはとんでもないです、と答え、年頃の男の子らしく目のやり場に困った様子を見せる。
サンベッドの上で、ジュリアはそんな反応にキュン♥ キュン♥ とときめき、「なんてカワイイの!」と興奮が止まらない。
今年で三十四歳になるジュリアは、たしかに年齢不相応な若さを保っている。
テレビで美魔女と称される女優さんや、元グラビアアイドルのタレントさんなどと比べても。
よく外見を褒められるジュリアは、貴女のほうが若いし綺麗だ、との評価を得ている。
肉体年齢的にも、二十代の半ばと変わらないらしい。
かかりつけの医師からは、そのように羨望されるのも珍しくない。
(スミちゃん曰く、私たちは〝そういう生き物だ〟って話だったけど……)
よく分からないし、やっぱり年齢による衰えは必ずあるはずだと思っている。
それでもまだ、ハクアがこんなふうにドキドキした反応を見せてくれると、なんだか自惚れたい気持ちと「こんなオバサンを捕まえて、どうしちゃうつもり?」とムッとしたくなる気持ちが両立する。
もちろん、ハクアにならどうされてもいいし、むしろどうにかされたいのだが……
それは大人として、理性を総動員して口をつぐんでいる。
と、そこで。
「あ、ダメじゃないハクアくん……」
「え?」
「サンオイル、塗ってないでしょう」
いくら男らしく肌を焼きたいからと言って、皮膚に何も塗らず太陽に炙られてしまうと、時にはひどい火傷になってしまう。
見咎めたジュリアは、「ちょうどよかったわ」とサンダルを脱ぎ、サンベッドに上がった。
困惑し、戸惑った様子のハクアはますます身を強張らせる。
そこに、ジュリアは後ろ手に隠していたサンオイルを取り出して、
「楽にして? ハクアくんにはたっぷり、お礼をしたいの」
「私、こう見えてエステティシャンの資格があるから……」
「マッサージも兼ねて、サンオイル塗ってあげるわね♥」
返答は待たず、仰向けに倒したハクアの胸板へ、ボトルから〝とろぉ♥〟とオイルを垂らす。
ハクアは顔を赤くしながらも、歳上の女の強引さに慣れてはいないのか。
あるいは、素直に甘えていいものか迷っているのか、なすがままに受け入れていた。
「じゅるりっ♥」
ジュリアは無意識のうちに舌なめずりをし、たっぷりオイルまみれになった青年の胸板へまずはサッとオイルを塗り広げた。
硬い。
そして、よく締まっている。
着痩せしやすいタイプなのだろう。
改めてその裸身を目の当たりにすると、数々の怪異を祓ってしまえるのにも納得の筋肉があった。
胴体の前面を塗り終えると、ジュリアはハクアをうつ伏せにした。
面積の広い背中もオイルでヌルヌルにして、まずはきちんと日焼け対策。
それから腕と足にもまんべんなくオイルを塗って、ハクアはすっかりヌルヌルベトベトに。
ふくらはぎから膝、海パンの裾へ手を滑らせた時はゾクゾク♥ と背筋が震えかけた。
「……ちょっと、塗りすぎちゃったかしら?」
「でも、ここからのマッサージは時間をかけて、丁寧にやるから……」
「途中で渇いちゃう心配をするより、ちょうどいいわよね……♥」
ジュリアは一生懸命、ハクアが疲れを癒せるように青年のカラダを揉みほぐしていく。
ひとつひとつの部位を、宣言通りに丁寧に指圧して血流を良くし。
凝り固まった筋肉があれば、女の細腕ながらも丹念に力を込めた。
不思議な話ではあるけれど。
マッサージをしている側であるジュリアのカラダも、ハクアに触れ続けることでツヤツヤと潤いに満ちていく感覚があった。
肌を触れ合わる都合上、自然とジュリアのカラダにもオイルが付着したからかもしれない。
とにかく、外見的にも内面的にも、非常に気持ちの良いリラクゼーションタイムを過ごせている。
しばらくして、一通りのマッサージが終わると。
「マッサージ、ありがとうございます」
「とても気持ちよかったです」
「なのでお礼に、僕にもジュリアさんをマッサージさせてください」
「え?」
ハクアがジュリアに、そう申し出てきた。
これはジュリアからハクアへの、玲瓏館を救ってくれたお礼だったというのに。
青年はお礼のお礼をしたいと言って、まっすぐにジュリアを見つめてくる。
「ジュリアさんは普段から、たくさん頑張っています」
「女手ひとつで皆を育てて、仕事でも立派に働いて」
「きっとお疲れでしょうし、僕なんかの手で良ければ」
「ぜひとも、お礼をさせて欲しいんです」
「そんな……困るわ……私、そんなつもりじゃなかったのに……」
ジュリアは俯いて迷うも、誘惑は大きかった。
社会に出て働くすべての女性に共通して言える話だと思うが。
セクハラなどのストレスは未だに耐えない。
ジュリア自身が被害に遭うことはほとんど無くなったが、部下や社員からの相談などでストレスを感じることは度々ある。
誰かに甘えたい。
ジュリアだって、たまには誰かに癒して欲しい。
「その……じゃあ、お願いできる……?」
ハクアは頷き、快く「任せてください」と胸を叩いた。
不覚にも、その動作が如何にも男らしいものだったので、ジュリアはまたしてもキュン♥ キュン♥ してしまう。
しかし、ハクアからのマッサージを受け入れるというコトは。
ジュリアがハクアにしたのと同じように、カラダをまんべんなくオイル塗れにされて触られる、という事実を意味した。
ジリジリと熱い陽射しが降り注ぐなか、ふたりの男女が肌を汗ばませる。
サンベッドの上で立ち上がったジュリアは、斜めに顔を逸らした。
というのも、これからすぐに、同じように立ち上がったハクアがジュリアの衣服に手をかけるからだ。
「はぁ……はぁ♥」
自然、荒い呼吸が胸を上下に弾ませる。
目の前には、体温を感じさせそうなほど近づいた歳下の男の子。
たくましい胸板や隆起した血管が目立つ両腕の持ち主。
ジュリアは気がつけば、自然と両腕を頭の後ろで組んでいた。
正面から向き合い、ハクアがベアトップのサマーワンピースを脱がしやすいように、無抵抗のカラダを差し出す姿勢。
だが、ハクアはボトルを手に取ると。
ジュリアが最初にそうしたように、サンオイルをたっぷり絞り出した。
ワンピースが汚れてしまうのも意に介さず、ジュリアの胸に〝とろぉ♥〟と粘液をかけ始めてしまう。
そればかりか、
「……ジュリアさんのおっぱい、やっぱり一番大きいですよね」
「ンっ♥ ぁ……♥」
「サイズはいくつなんです?」
「っ……♥ 132せんちの、V寄りのUカップ……よ♥」
まるで、ふわふわのパンケーキに何重にもシロップとハチミツでもかけるみたいに、オイルを往復させた。
おかげで、ジュリアの上乳はすっかりデロデロになり。
谷間にはオイルの水溜りができるほどで、水溜りから流れ込んでいく粘液は中央の窪みにも向かって滴り落ちる。
フリル全体からも、溢れてしまったオイルがネバネバした滝みたいに、ベアトップをベチャベチャにしていった。
ハクアはそんなジュリアの乳房を、両側から掴むように揉み始める♥
「っ! あっ♥ ンンんっ!やぁ♥」
まだ脱いでいないのに、どうやらマッサージが始まってしまったらしい。
青年の両手は大きかった。
なので、ベアトップの上からでも乳房を鷲掴みにされると、容易に上乳にまで指が届く。
もっとも、初めから先端まわりと下乳くらいしか隠せていなかったので、青年の手の平の感触は、どうあれ素肌で感じる面積のほうが大きい。
両側からむんずっ♥ と揉み掴み、左右から押し上げてのおっぱいバウンス♥
男性特有の女体玩弄。
甘く痺れる快感。
加えて、十二年間も封じ続けていた想いに。
ジュリアは知らず知らず、白目を剥きかけるほどの気持ち良さに震える。
とてつもなく長い期間、それはご無沙汰だったがゆえの多幸感大放出。
それを知ってから知らずか、青年は次第におっぱいを揉む手を斜め下から前へと移動させて。
ジュリアの爆乳を、今度は左右からではなく正面から押し揉み始める♥
「ッ──ハッ♥ オッ、ちょっと、ンっ!♥」
男性の分厚い手のひらで、先端を押し潰される快感。
押し潰された後に生じる、掌底によるぐりぐり♥
三人の娘を育てた母にして人妻のおっぱいが、若い男の思うままに弄ばれる。
サンオイルのダムは決壊し、ぎゅぅ〜♥ と押されていたおっぱいが〝ばいんっ!♥〟と元の位置に戻る頃には。
ベアトップは力なく、ずり落ちてしまっていた。
スリット入りのワンピースが、それでストンとお尻まで落ちる。
下着は? とハクアが静かな声で訊ねた。
「ン、ハァ、ハァ……♥ 着けて、ません♥」
「上も下も……今日はここに来てから……ずっと……」
「ええ……そうなの♥」
「ハクアくんにっ、ハァ♥ お礼をしたくて……」
「ノーブラ、ノーパンだったの……♥」
敬語が混ざり始めているのは、急速に顔を出し始めたメスのサガゆえか。
答える間にも、青年はまろび出ている特大雫を手のひらで転がしている。
両手を左右それぞれの餅乳の下に差し込んで、だっぷ♥ だっぷ♥ と器用に指先を用いて下から突き上げ弾ませて。
親指を使ってさらにホールドすると、ぷるんぷるんな質感具合を楽しむように横に揺らしもした。
ジュリアの両胸は、さすがに授乳経験があるからか。
ごくわずかに、垂れてしまっている。
132せんちもあって、逆に言えばわずかにしか垂れていないなど。
おかしな話もあったものだが。
爆乳を超えた超乳……やはり、あやしの血の混ざった魔乳ならば不思議は無いのかもしれない。
現にジュリアの双眸は魔的な輝きを秘め始め、全身から魅了のフェロモンが溢れ出している。
けれども、ジュリアに取り憑いていた狐の怪異が、神格にも通じる上位存在であったことを考えると。
それは魔乳をも超えた、神乳。
奇跡のおっぱい。
美園家当主にして玲瓏館の女主人は、まさに神域を犯す乳房の持ち主に他ならなかった。
「ハクアくん……ハクアくぅん♥」
「ジュリアもぉっ、げん、かいぃぃぃっ!?」
「なんか、なんかキちゃう──オォッ」
「っ、ンン♥ んんにゃぁぁ〜〜〜!♥♥♥」
……それがいま。
夢のなかとはいえ、恋する女のトキメキに満たされてか。
青年の手のひらの内で、ドクン♥ ドクン♥
早鐘を打ち始めた心臓の鼓動と同時に、ムクムク♥ と更なる大きさに膨らんでいく♥
先端からは例に漏れず、充溢した女の気質がダクダクとオイルに混ざり始め。
ジュリアは腰を痙攣させると、両手を頭の後ろで組んだまま腰を抜かして倒れ込んだ。
──すごいな。
──まるでドウブツみたいですよ。
つま先をピンと伸ばし、だらしなく膝を曲げたまま足を広げ。
ジュリアはワンピースがスリット付きで、下着も履いていないことを忘れてしまうくらい激しく仰け反ってしまう。
青年に見下ろされたジュリアは、白熱に明滅する視界のなかで、一瞬の恐怖を覚えた。
これまで、冴木ハクアという青年を夢に見るとき。
それは亡き夫に感じていたのと同じ、暖かな陽だまりのような安心。
安堵感が切っ掛けで、気持ちを昂らせてしまっているものと考えていたが。
違ったのだ。
十二年間は、人を変えるのに充分すぎる時間。
あの日々と同じような幸せなど、ジュリアはもう信じたくても信じられないし。
たとえ仮初であっても、ハクアを夫と同じように想ったりはできない。
闇は無かったことにはならない。
ゆえにいま。
この日々、この一瞬一瞬に加速度的に膨らみ続ける気持ちとは。
すべて、もうあの時とは違う現在のジュリアが欲求しているモノ。
愛される妻でありたい。
たとえ時代遅れでも、良妻賢母と喜んでもらえる女でありたい。
一度失うしかなかったがゆえに、その願望は強い渇望となって歪んでいき。
好いた異性をまるまる、ダメ人間にしてしまいかねない管理願望・お世話願望の発露は。
その裏側に、もう二度と愛するモノを失いたくないという絶対的な執着心を潜ませた。
何もかも、ジュリア無しでは成り立たなくなるくらい、ハクアの人生を傾けてしまいたい。
どこまでも倒錯的に。
ジュリア自身も、ハクアには癒しを求めているから。
(……あぁ、そうなんだわ♥)
(私は、私という女の肉園にハクアくんを閉じ込めたい♥)
(ハクアくんという〝男性〟に、私自身も凭れかかってしまいたい!)
夢はたちまち、情景を変えた。
次に気がつくと、ジュリアは玲瓏館で社交界用のイブニングドレスを身につけていた。
ただしドレスのデザインはカンヌ国際映画祭でたびたび見受けられる、セレブ女優が身にまとうような代物だ。
ほとんど裸同然の、頭のおかしいドスケベドレス♥
肩紐から吊り下げられているのは、高級レース素材のU字状の布。
先ほどのベアトップと同じく。
蝶模様があしらわれたそれは、ジュリアの神乳の先で引っ掛かっているだけ。
だがボディラインへの密着はなく、バストの先端からはまっすぐに布が垂れ落ち。
股間前でカーブを描いてU字状になっている。
Uは腰回りの紐と結ばれていて、わずかに内側に折れ曲がり。
その結合部分から、さすまたの柄のような帯布が垂れ下がっていた。
ベアトップのサマーワンピースは、両足の真ん中にスリットが入っていたデザインだったが。
しかしこれは、逆に真ん中以外をカットしてしまった常軌を逸したデザイン。
腕には同じく、蝶が羽ばたくレースのアームグローブが装着されていて、ジュリアはネックレスなどもつけている。
もっとも。
そんな異常をさらに置き去りにするのが、イヌ用の首輪だ。
ジュリアは大きい首輪を嵌めて、頭にはイヌ耳のカチューシャを被っている。
そしてシャンパングラスを片手にしながら、自分のリードを引っ張るハクアの三歩後ろを従順について回っていた。
──喉が渇いたな。
青年がリードを引っ張り、ジュリアは首を絞められる息苦しさを覚えながら、急いでシャンパンを口に含む。
そしてそれを、ハクアの上半身に勢いよく飛びついてから、口移しで飲ませる。
「んっ♥ チュゥ♥ ジュルッ♥ ンレェ♥」
濃厚な大人のキス。
青年は〝だいしゅきホールド〟状態のジュリアのお尻を強く掴み、その美体を受け止めていた。
胸もいいが、お尻もいい。
ジュリアは自分がシャンパンを飲んでいるワケでもないのに、ますます顔を赤らめ惜しみなく素肌を押し付ける。
異性の首に両腕を回して、胸板にはおっぱいをプレスして。
歳下の男の子に口腔内を捧げている快感に酔う。
やがて、シャンパンを飲み干したハクアは。
シャンパン混じりの唾液で糸を引かせたジュリアに、「這って歩け」と命令する。
玲瓏館のホールには、ミウ、ルリ、コハク、スミノ、ユウナ、ユズキ。
六人も集まり、イヌのようにお散歩させられるジュリアを、羨ましそうな目で見ていた。
「いいなぁ……ミウもペット扱いされたいです……♥」
「シャンパンプレイ……そういうのもあるのね♥」
「ママの次は、アタシがセンセイに躾けてもらうんだからね♥」
「ずっる〜い♥ じゃあじゃあ、末の妹特権ということでユズキも♥」
「シャンパンのおかわりなら、いつでもこのユウナに♥」
「つけ耳だけではなく、肉球の手袋もございますよ……♥」
美園家と九条家の女たちが、ハクアにこぞって従属している。
羨望の眼差しを受けるなか、ジュリアは優越感に震えて「くぅん♥」と鳴いた。
ご主人様に発言の許可を求め、その足に頬ずりした後、ゴロンと転がっておねだりをする。
ハクアが頷き、許可を得たジュリアは見せつけるようにおっぱいを自分で揉んだ。
「フゥゥ♥ フゥゥ♥」
「ざんっねんだけどっ、ハクアくんのペットの座は私のものよ♥」
「玲瓏館の女主人、美園ジュリアは今日から社長業とペット業を兼任するの♥」
「ね? ハクアくん!♥」
「ハクアくん専属のメスイヌペットは、ジュリアだけでいいでしょう?」
「身分も立場もある女が、貴方の前ではドウブツみたいにバカになっちゃうんだから♥」
「ケモノみたいに上下関係を刻みつけて♥」
「ジュリアがただの『メス』だったって、アナタの『オス』で分からせてください!♥」
「わんわん♥ わんわん♥ くぅ〜んっ!♥」
服従の姿勢を見せながら、ジュリアはメスイヌコトバに戻って甘えた。
そうすると、ハクアが優しく頭を撫で、顎先をペットにするみたいにくすぐってくれた。
いろんな意味でそれが良すぎて、ジュリアは啼いてしまう。
「くぅぅ〜ん!♥」
「もっとイイコイイコしてぇ〜♥」
「わんわぁ〜ん♥」
直後、ジュリアの嬌声に堪えきれなくなった六人が、堰を切ったようにハクアのもとへ雪崩こんだ。
仕方がないので。
ジュリアは夢から覚める前、自分が「ボスイヌ」であるとして六人をしぶしぶ受け入れるのだった。
「そうだわ」
二度寝から起き上がり、熱の篭もったベッドの上で。
ジュリアはその後、天才的なアイデアを閃いた。
社会制度の上で、誰がハクアの妻になるかはさておいて。
結婚式は全員分、挙げてしまおう。
どこかの無人島でも見繕って、七人全員がハクアと結ばれる内々の結婚式を執り行うのだ。
「スミちゃんもきっと、似たような計画を立てているんでしょうし……」
それがいい。うん、そうしよう。
新たな事業は、宗教法人を設立する手筈になっていることを、ジュリアは把握していた。
美園ジュリアは、冴木ハクアに恋している。
三つ指をつく妻のように、病み蕩けた刃のように、主人を操る賢い獣のように。
その恋は、いずれ国をも傾ける。




