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館もの伝奇ミステリ(?)に転生して全事件を解決したら館の美女母娘とメイド姉妹に終身●●された冴木ハクアの袋小路  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部

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File.18「第七事件:白面裂美(後半)」



[始祖の亡霊に、(そそのか)された?]

[ん?]

[どういうコトだい?]

[わたしはてっきり、美園ジュリアが再び伝奇憑き化したのは]

[九条スミノの契約が破棄されて]

[自動的に彼女のなかのバケモノたちが]

[休眠状態から解除されたからだと思っていたけど?]

[ハクアもそういうふうに説明してなかった?]


「ミスリードです。引っかかりましたね」


[なんだとぉ!?]


 師匠は驚愕したのか、怒りの絵文字を連続させた。


[〝スミノさんの契約によって、ジュリアさんの伝奇憑き化はスリープ状態だっただけです〟って]

[ほら、ちょっと前にキミが言ってるじゃないか!]


 驚かされた腹いせなのか。

 わざわざ画面をスクロールして、僕が打ち込んだ文章の該当箇所を太字化&アンダーライン二重線添えで強調してくる。

 でも、だからと言ってそこから契約破棄と自動再覚醒を連想するのは、師匠の早とちりだ。


「師匠。思い出してください」


 玲瓏館に巣食っていた怪異たちは、ジュリアさんの伝奇憑き化を望んでいなかった。

 なら、スミノさんの契約が破棄されたからといって、それでジュリアさんを伝奇憑きとして再び覚醒させてしまうのは愚かしいにもほどがある。


「それに、スミノさんの契約は破棄というより、僕によって更新されたっていうのが正しいです」


[む、むぅ……]

[たしかにそうだけど]

[ミスリードを使ってくるなんて]

[ハクアもなかなか生意気になったね]

[で?]

[素直で可愛いわたしを騙してまで]

[アッと驚かせたかった真実の続きは?]


 始祖の亡霊とは、どういうコトなのか。

 師匠は然るべき説明を要求した。


「では、時計の針を少しだけ巻き戻して、僕がスミノさんに監禁されていた頃の玲瓏館(地上)に焦点を移します」


 そこでは、五人の女の子が強いストレスに晒されていた。


 ──センセイ、どこ行っちゃったの……?

 ──冴木さんが出て行ったなんて嘘よ……

 ──ハクア様……ミウを置いていかないで……

 ──センパイが消えた……? アハハ、鬱。

 ──……これは幻です。きっと薬の悪い効果です。


 美園コハク。

 美園ルリ。

 美園ミウ。

 九条ユズキ。

 九条ユウナ。


[なるほど]

[ハクアが拷問されていたのは三日間]

[その間、彼女たち五人はキミのいない玲瓏館で強い精神的負荷を受けていた]

[何故なら、キミの消失はあまりに突然で]

[五人の視点からすれば、脈絡なく起こったように思える]

[怪異の存在を事実だと認識してしまった状態であれば]

[〝もしかしたら神隠しに?〟]

[と、人間の力ではどうにもならない理不尽に対し]

[悲嘆と慟哭]

[強い動揺を迫られても無理は無い]


 スミノさんも、僕がいなくなった理由を表向き〝消えました〟としか説明していなかったようだ。

 詳しい説明をすれば、監禁の事実がバレると思ったのだろう。

 スミノさんは敢えて口数を少なくするコトで、自分も戸惑っているかのような演出をして、地上の六人を騙していた。


 そして、ジュリアさんを除いた五人は。


 すぐにジュリアさんに直訴した。

 ジュリアさんは僕の住所を知っている。

 五人は僕の個人情報を聞き出し、僕がまだ契約中の賃貸アパートなどの様子も調べたらしい。

 だが、そこで判明したのはアパートがもぬけのカラだという事実だけ。


 人間がまるで、パッと消えてしまったみたいに痕跡を残していない。


[そりゃあそうだ]

[ハクアは実際、玲瓏館の外には出ていない]

[外をいくら探したところで、ハクアの痕跡が見つかるはずないよ]

[と、なると]

[五人の女の子が悲しみに暮れ]

[シクシクと現実に打ちひしがれてしまうのは]

[彼女たちの精神性や性格を考えると、ちょっと違和感を覚えるものの……]

[それが怪異の仕業だと思い込んだ結果だとしたなら、納得はできる]


 特に、ミウちゃんは神隠しと一番関係が深い。

 この頃になると彼女たちは、自分が体験した怪異現象を共有し合っているようだったので。

 実例が存在する事実に、どうすればいいのか分からなくなってしまったようだ。


[にしても、たった三日だよね……]


「たったって……」


 日数的には、たしかに大したコト無いように思えるかもしれないけれど。

 僕としてはきちんと、拷問され切った三日間でもあるのだ。


[うん、そこは悪いと思うんだけど……]

[普通の人間だったら、ちょっとした小旅行程度の日数だろう?]

[キミは大学生だし]

[三日くらいじゃ警察だって本腰を上げない]

[家庭によっては、ちょっとした家出くらいの感覚で]

[〝ま、そのうち帰ってくるだろう〟]

[と考えるんじゃないかい?]

[なのに、彼女たちにとってはそうはいかなかった]

[──妬ましいけど、ハクアが愛されていて嬉しいよ]


「お、おぉ……」


 師匠の好感度が限界値を突破している気がする。

 三ヶ月前まで、こんなふうにストレートに好意をぶつけてくるコトは無かったのに。

 ちょっと照れながら、恐る恐るキーボードに手のひらを戻した。


「コホン。えっとですよ? つまり、ジュリアさんはそんな五人を見て思ってしまったんです」


 ジュリアさんのトラウマは、〝自分が良妻として男性に尽くそうとすると、その男性や周囲が傷つけられ壊れてしまう〟という恐怖心に根付いている。

 であれば、ミウちゃん、コハクちゃん、ルリちゃん。

 自分の娘たちと、娘も同然である九条家の双子。

 ユズキちゃん、ユウナちゃんまでが、僕を失ったと思って悲しんでいる姿を見て。


[──そうか]

[美園ジュリアは我が事のように、感情移入しちゃったのか]


 悲嘆に染まった玲瓏館は、まるで十二年前の事件直後の暗澹(あんたん)そのもの。

 ジュリアさんのなかで否応なくトラウマが刺激され、当時の記憶がフラッシュバックする。


「そこに、玲瓏館の闇の始祖」


 美園家と九条家に、怪異の血を混ぜることを掟とした異端の読解師。

 始祖の亡霊が現れたのだ。


[始祖は怪異化していたってコト?]

[子孫を器にして、実際に伝奇憑きにするだけじゃなく]

[己自身もバケモノに変わっていた?]


「名のある怪異と呼べるほど、()()はたしかな存在じゃありませんでした」


 死者の妄念。

 妄執の澱み。

 玲瓏館というパワースポットに染みついた穢れの一部。

 と同時に、掟の存続を第一に動くシステムみたいなものだったと思う。


[実際に対峙したのかい?]


「ええ」


 ソレは一階のエントランスホールで、白面裂美と化したジュリアさんの背後から、浮かび上がるように出現したのだ。


「姿かたちは、ごく普通の男性のように思えました」


 ただし、顔はどうしても思い出せない。

 服装もありきたりな背広だったような気もすれば、執事服のような上級使用人らしい出立ちだった気もするし、身なりのいい紳士のような雰囲気もあった気がする。


[曖昧な存在ゆえに]

[曖昧な姿かたちしか持たない]

[世にあふれる幽霊の目撃談が]

[下半身を透けさせていたり]

[カラダのごく一部だけしか、目視されなかったりするのは]

[それらが名前もなければ、然したる物語も持っていないからだ]


「そうですね。けれど、始祖の亡霊は玲瓏館の地下二階に潜んでいた怪異たちとは明確に別個の存在でした」


[なるほど?]

[なら、ハクアが更新した契約とは関係が無い]

[始祖の亡霊は独立した怪異として]

[玲瓏館の闇を維持しようとする存在だったんだね?]


「ヒントは、たしかに出ていたんです」


 九条家の双子姉妹は、どちらもその幼少期に正体不明の男に会っている。

 ユズキちゃんはその男を、当時玲瓏館で働いていた男性使用人。

 ユウナちゃんはその男を、当時玲瓏館に訪れていた芸術に造詣の深い客人。

 そのように認識していたが、共通していたのは男の正体があやふやだった点だ。


 僕がふたりから話を聞いたとき、幼少期なら不思議も無いと見過ごしかけていた点だけど──


「奇しくも、ジュリアさんの横にソレが立ったときに──ハッと真相に気がつけました」


[玲瓏館には二種の闇があった!]

[玲瓏館の人間に取り憑くバケモノと!]

[玲瓏館そのものに取り憑いていたバケモノ!]


 始祖は自らが定めた掟を遵守させるため、己が末裔の心に〝怪異に取り憑かれるキッカケ〟を埋め込み続けていたのだ。

 ……いったい何が、そこまでして始祖を突き動かしていたのかは分からない。

 それでも、ジュリアさんの横に立った、ソイツの目的だけは明らかで。


「ジュリアさんは囁かれたようです」


 亡くしたはずの夫に似た男が、突如として目の前に浮かび上がり。


 ──娘たちが苦しんでいるよ。

 ──玲瓏館にまた、苦しみをもたらす男がやって来たせいだ。

 ──ジュリィは男を破滅させるんだろう?

 ──だったら、オマエの力で冴木ハクアを殺せ。

 ──破滅させてしまえ。

 ──このボクを、破滅させたように!


 その囁きが、果たしてどんな絵面で行われたのか。

 当事者ではない僕らには想像するしかできないが、ジュリアさんのトラウマが強制的に抉り起こされるような代物だったのだけは間違いない。


「僕とスミノさんは、エントランスホールで伝奇憑き化したジュリアさんと遭遇した際に亡霊の哄笑を聞きました」


 ──ハハハハハハハハハハハッ!

 ──イイゾ!

 ──ナント欝クシイ!

 ──サァ完成シロ!

 ──完成シ、我ラ玲瓏館ニ富をモタラセ!

 ──サスレバオマエは、ワタシが可愛がってヤルトモ!

 ──ハハハ!

 ──ハハハハハハハハッ!

 ──ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!


[ゲスが]

[裏切り者に相応しい性根だな]

[けど、相手が品格の伴わないゲスなら]

[その末路は古来より多くの物語で知られている]

[さぁ、ハクア]

[聞かせてくれ]

[キミはここから、どうやって玲瓏館最後の事件を解決したのか]


 僕は頷いた。

 師匠の言う通り、これが最後。

 この世界がほんとうに『伝奇憑きの館』という世界なのかは、さておいて。

 玲瓏館で起こった不可解な怪異事件。

 それらの有終の美を飾るのは、まさに包丁の嵐を掻い潜った先に。


 亡霊はすぐに姿を消した。

 妖怪変化した状態のジュリアさんは、トラウマが強すぎて正気ではなかった。

 理性を保っている様子ではなく、ただひたすらに僕へ向かって刃を振り翳すだけ。


[緊迫のクライマックスだ]

[嵐のように飛んでくる出刃包丁だなんて]

[物理的にもこれまでの事件とは危険度合いが違う]


「ですね。僕はただでさえ拷問明けで本調子じゃなかったっていうのに」


 あの瞬間は、ほんとうに冷や汗が止まらなかった。

 だが、アドレナリンは出ていた。


 大広間の片隅にあったラウンドテーブルをひっくり返し、それを一時的なバリケードとして活用。


 すぐそばにいて、棒立ち状態だったスミノさんを強引に放り込んで。

 間一髪、潜り込んだ。


「そこで、僕はスミノさんの頬を引っ叩くと、彼女から情報を聞き出しました」


[頬を引っ叩いたのか]

[まぁ、拷問された仕返しにもなるし]

[緊急事態の最中にフリーズされたままなのも困るもんね]

[美園ジュリアを影から支える玲瓏館のメイド長]

[九条スミノであれば、主人の正気を取り戻すために必要な何か]

[起死回生の一手を知っていておかしくないはずだもん]


「その通りです。僕もそう考えて、スミノさんを問いただしました」


 ──しっかりしてください、スミノさん!

 ──ジュリアさんは僕が助けます!

 ──貴方も他の皆も、僕が必ず助ける!

 ──だからいまは、いつもみたいに落ち着いてください!

 ──ジュリアさんが狙っているのは僕だけです。

 ──僕がこのテーブルの裏から出れば、スミノさんは狙われません。

 ──だから、教えてください。


 読解師が怪異を祓うには、まずは取り憑かれた伝奇憑きと対話する必要がある。

 話ができなければ物語は続かない。

 新しい解釈を紡いで、絶望を希望にすり替えることはできない。


 ただの暴虐と化してしまった怪異は、厄災としてしか認識されなくなる。


 ジュリアさんを元に戻したいと思うのなら。

 九条スミノには答える責任があった。


「──〝この十二年間、ジュリアさんが何を助けに心を守ってきたか〟」


 病みがちだった精神を、何を支えに奮い立たせて来たのか。

 彼女を助けた九条スミノにこそ、その真実は答えられる。

 スミノさんは緊張した面持ちで、唾を飲み込みながらも必死に思考を巡らし──


「──返答は、〝指輪〟でした」


[指輪?]


「ジュリアさんの結婚指輪です」


 ──春霞の間には、ジュリア様の指輪がございますっ

 ──ジュリア様は指輪を、十二年前からつけておいでではありませんが……

 ──毎日必ず、指輪を取り出しては話をされているのです!

 ──ミウ様、ルリ様、コハク様のことを。

 ──〝大丈夫、大丈夫、私が必ず守るわ〟と。

 ──……あれはきっと、亡き旦那様へと向けられた誓いだと思います……!


「そこからの僕の行動は、一択でした」


[指輪を取りに、春霞の間へ向かったのかい?]

[だけどそれは、かなり難しいだろう]

[私室フロアは二階だ]

[一階のエントランスホールから階段を使うには]

[どうやったって、白面裂美の前を横切らなきゃならない]


 よく訓練された特殊部隊員でもない人間が、まともな装備も無しに包丁の嵐を掻い潜る?

 それは普通に考えて、どう考えても自殺行為だ。


[ちなみに聞くけど]

[包丁の数は?]


「一秒間にだいたい、十丁程度ですかね。狙いは多少粗かったですが」


[多いよ]

[一秒間に十丁は多い]

[やれやれ]

[この手の怪異は、物理的な危害を与えるクセに]

[弾数は無限なのがイヤなところだ]


「激しく同意します」


 しかし、僕も勝算が無かったワケじゃない。

 一階のエントランスホールは、結構な騒ぎだった。

 包丁が空を飛び交って、ザスザスと壁やテーブル、床に突き刺さる音と。

 包丁同士がぶつかりあって、耳に障る甲高い音をキンキン響かせる音。

 そこに僕が、ラウンドテーブルをドガァァ! とひっくり返した音なども合わされば。


 ──うわっ、なにこれ!?

 ──アレって、ママ……!?

 ──危ない! ふたりとも出ちゃだめ……!

 ──センパイだ! センパイがいる!

 ──お姉様も……!


[五人が気がついたのか!]


「そうです。そしてもう一度言いますが、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 玲瓏館の住人は狙われていない。

 なら、五人は自由に動ける。

 僕とジュリアさんの間に入り込まず、包丁の弾道に注意さえしていれば。

 彼女たちは僕をサポートするコトができた。


「カッコ悪いかもしれませんが、僕はアクション映画のキャラクターじゃないですからね」


 叫んだのは一言、〝助けて欲しい〟の六文字。

 五人はすぐさま、僕の要求に応えてくれた。


[クライマックスに相応しい総力戦だ!]

[でも、サポートってどうやって?]


「妨害や撹乱による時間稼ぎです。というか、それくらいしか頼めるコトなんてありませんよ」


 彼女たちもただの人間だ。

 身体能力はごく普通の女の子。

 ジュリアさんは正気を失っていたので、堂々と作戦内容を話しても問題なし。

 だから最初に、


「コハクちゃんがロケット花火を撃ちました」


 ──ママ、あとで怒らないでね〜!?

 ──もし怒られたら、センセイにも一緒に謝ってもらうから!


 ほんとうの火遊び。

 色とりどりに輝く火花の熱と光。

 火薬の匂いと焦げ臭い匂いが、たちまち充満して。

 驚いたジュリアさんは包丁の射出にタイムラグを生じた。


 その隙を僕は駆け抜け、柱の陰やモニュメントの台座に隠れながら階段を目指した。


 ──コハ! 天井を狙って!

 ──え!?

 ──大丈夫よ、私も後で一緒に怒られてあげるから──!

 ──っ、オッケー! ルリ姉!

 ──私たちも濡れちゃうけど、冴木さんも私たちも、後でお風呂であったまれば問題ないわ……!


「次に、ルリちゃんが住宅用スプリンクラーを作動させました」


 火災の熱を感知し、自動的に散水して火を消し止める安全装置。

 ロケット花火の熱と煙で、他にも火災報知機が作動して。

 ジュリアさんは天井からの散水とけたたましい音に、獣のような唸り声を上げて怯んだ。


 水のカーテン。

 まるでそれは、人魚の尾鰭のようで。


 僕は階段に到着し、花火とスプリンクラーで散々な状態になっている絨毯の値段に戦々恐々しながら、二階へ駆け上がった。


「包丁はすぐに背中を追ってきましたが、そこに折り紙の吹雪が目眩しの壁を作ってくれました」


 ──ハクア様っ、こっち……!

 ──三千枚しかないから……!


 ミウちゃんが扇風機を使って、大量の紙吹雪を飛ばしてくれたのだ。

 玲瓏館にはエアコンが完備されているけれど、少し前までは業務用の大型扇風機も使われていたらしい。

 バレーボール部で鍛えられているミウちゃんは、それを自分に持ち運べる限り利用してくれた。

 恐らくは一日一千枚のペースで用意していた折り紙を。


[だが二階に到着しても、そこから先は長い廊下じゃないかい?]

[美園家の私室は南側]

[春霞の間がどこにあるかは、まだ聞いていないけど]


 南西の角部屋はコハクちゃんの『紅陽の間』

 南側中央の部屋はミウちゃんの『黒檀の間』

 南東側バルコニー付きの部屋はルリちゃんの『翠泉の間』


[予想してやろう]

[美園ジュリアの私室『春霞の間』は]

[南東の角部屋]

[一番奥にあったんじゃないかな?]


「……正解です。だから、普通に走るだけじゃ真後ろから狙い撃たれるだけでした」


 廊下は南側に曲がれば、一本道だ。

 紙吹雪を切り裂いたジュリアさんは、恐ろしい声をあげながら迫って来ていた。

 目眩しや音での妨害行為も、ここからはあまり意味が無い。

 ジュリアさんからすれば、包丁はとりあえず真っ直ぐ前へと飛ばすだけで良くなったからだ。


「だから、ユズキちゃんが人形を使ってくれたんです」


 ──やっぱり本物のほうがサイっコウ〜!

 ──センパイっ、まっかせてっ!


[人形?]


「よく分かんないんですけど、ユズキちゃんってマネキンまで持ってたみたいで」


 彼女は僕と背格好の似た男性型マネキンを、三体ほど廊下に立てておいてくれた。

 しかも、空き部屋から糸を使って、手足を動かしたりもしてくれたのだ。


[すごいな!]

[ハクアはマネキンを盾に隠れるコトもできたし]

[九条ユズキはマネキンを操り、さながらそれを]

[囮として操るコトもできたのか!]


 おかげで、僕の走行距離はかなり稼げた。

 射出される包丁はターゲットを分散させ、三体のマネキンは無惨な死体になった。

 しかし、それでもジュリアさんの部屋にたどり着くには、あと一息が足りず。


「最後に時間を稼いでくれたのは、もちろんユウナちゃんです」


 用意周到な女子美大生は、僕の〝あと一息〟を完璧に計算し尽くしていた。


 ──キャンバスの盾です。

 ──マネキンなんかより、よっぽど使い勝手がよろしいかと。


 分厚くて硬い真っ白な画材。


[ハハっ!]

[そりゃたしかに、人形よりかは〝盾〟らしく使えるだろうね!]


 僕の背中は守られ、春霞の間に入り込むのには成功した。

 高そうなキャンバスがズタズタになる。

 それを背後で生じる惨たらしい音で察しながら、僕に残されたタスクはあと少し。


[指輪を見つけて]

[白面裂美と化した美園ジュリアの正気を]

[取り戻す]


 結婚指輪は、毎日必ずどこかから取り出されている。

 なら、そうそう見つけにくい場所には保管されていない。


 部屋の机の引き出し。

 桜色を基調にした案外少女らしい空間。

 気丈な女主人が、毎日亡き夫を想って子どもたちの未来を祈るなら。


 そこに相応しいのは、必然的に厳かな場所だ。


 春霞の間で一番厳粛で、神聖な場所を探せばいい──!


 人間が祈りを捧げる時、その姿勢と取り得る体勢は限られる。


「仏壇」


 ジュリアさんの私室には、亡くした旦那さんの仏壇が置かれていた。

 指輪はそのすぐ近く。

 家族の写真が飾られたキャビネットにあった。


 大粒のダイヤが嵌め込まれた結婚指輪。


 僕はそれを「緊急時代につきすみません!」と謝りながら取り出して。

 勢いよく振り向いた。

 もう完璧に追いつかれていたし、春霞の間の出入り口にはちょうどジュリアさんが立っていたからだ。


「僕が片膝を着くのと、ジュリアさんが包丁を振りかざすのは、ほとんど同時でした」


 同時、であるがゆえに。

 十丁の内、最初の一丁は射出されてしまった。

 頬を掠め、運よく的が外れてくれたのにはラッキーとしか言えない。

 だが、二丁目から先は無い。


[なぜだい?]

[ハクアはただ、()()()()()()()()だろう?]


「師匠」


 現代社会で、男が指輪を手にして片膝をついたのなら。

 それが意味するのは、たったひとつ。


[──結婚の申し出(プロポーズ)か]


「あのときの僕じゃ、姿勢(ポーズ)だけで心までは伴ってなかったですけどね」


 だが、暴走状態のジュリアさんの心には。

 その姿勢だけで空白が生まれた。

 宙に浮かんでいた何丁もの包丁は床に墜落し。

 十二年前のトラウマしか映していなかった目には、ようやく〝現在(いま)〟が戻って。


「……そこから先は、当たり前の愛のお話です」


 ──愛した人が、自分のせいで不幸になる。

 ──不幸になるどころか、命すら落としてしまうなんてのは。

 ──ツラいしキツいですよね。


 でも。


「〝亡くなってしまった旦那さんが、最期の最期に不幸だったと決めつけるのは〟」


 ひどくないですか?


 ──ハクアくん……?

 ──なにを……なにを、言ってるの?

 ──私は、ダメな女よ……?

 ──いまはやっと、私に戻れたけれどっ

 ──さっきまでの、酷かったでしょう?

 ──覚えているわ、ちゃんと覚えているの……

 ──あの人だって、こんな私と結婚してしまって……っ

 ──っ、最期にはぜったい!

 ──不幸だと思ったに決まってるわよ……!


「〝女性の勝手な思い込みですね〟」


[言うね]

[かなりの強気だ]

[死者の気持ちなんて分かるはずがない]

[なのに、ハクアは言い切るんだ]


「言い切りますよ」


 だって、ジュリアさんの旦那さんは安心したはずなのだ。

 玲瓏館に押し入ってきたX氏が、妻や娘たちを襲うのではなく自分を襲った。

 その結果は悲劇であり、生物として無念としか言えない惨劇だったとしても。

 彼は、〝自分でよかった〟と思ったはずだ。


 〝なぜ、そんなコトが言えるの?〟


 ──ジュリアさんにも分かるはずです。

 ──男っていうのは、ほんとうに愛している女性と一緒になったなら。

 ──不幸になったって構わない。

 ──不幸を一緒に分かち合って、一緒に乗り越えたい。

 ──病めるときも健やかなるときも。

 ──そう、誓うじゃないですか。


 そして、愛する女性と一緒にいる限り。


 ──男っていうのはなんだかんだ、()()()()()()()()生き物なんです。


 これはなにも、男に限った話ではなく。

 女性にも当てはまる話のはずだった。


「〝ジュリアさんは、旦那さんと一緒になって不幸せでしたか?〟」


[彼女は、なんて?]


「……〝そんなワケない〟」


 ぺたりと床に座り込んで、両手で顔を覆いながら泣きじゃくった。

 涙が溢れるたびに、九尾の数は減った。

 裂けていた口元は元の綺麗な顔に戻って。

 未練に染まっていた白無垢は、霞のように消えて。

 包丁の刃は、仏壇から香るお線香の匂いに混じって桜風となった。


「伝奇憑き『白面裂美(ハクメンレツビ)』は祓われました」


[……最後はしんみりだ]

[まさかこのお話が、こんなふうに締めへ向かうとはね]

[未亡人の心を救う]

[キミはほんとうに、女の内奥に侵入するのが上手い]

[茶化しているんじゃないよ?]

[これは賞賛だ]

[師であるわたしから、もはや一人前の弟子へ向けた]

[申し分ない賛辞だとも]


 誇りに思うよ、と。

 師匠は最大級の言祝ぎをくれた。

 が、多少照れ臭かったのか。

 すぐに話を次に移してしまう。

 いや、元に戻したのか。


[さっき、プロポーズに心が伴っていなかったと言ったね]


「え? あ、はい」


[あのときの僕、と前置いてもいた]

[つまり、いまのハクアは?]


「……ジュリアさんと結婚する覚悟があるのか、ってことですか?」


[いや、そうじゃない]

[もう聞くまでもない質問かもしれないけど]

[キミは玲瓏館の七人から同時に好意を向けられている]

[その好意に、同時に全て応えようともしている]

[国の法や社会常識に反抗してまで]

[だから、とっくに覚悟を済ませているのは理解したうえで]

[改めて問いたい]


 玲瓏館の全員と男女の関係になって、冴木ハクアはほんとうに後悔しないのか?

 師匠は優しい。

 ほんとうに、優しい。

 この期に及んで、まだ人間としての冴木ハクアの人生に気遣いをしてくれる。


「ああ──」


 それでも。


「ありがとうございます、師匠。でも安心してください」


[……]


「僕ってほら、イカれてるんで」


 彼女たちを愛している自分を想像したとき。

 その選択をした自分の人生を想像したとき。

 それって不幸じゃないよな、と思えてしまった。

 ジュリアさんに言い放った言葉は、まんま僕自身にも突き刺さるトドメでもあったのだ。


[……そっか]

[なら、わたしもいいんだ]

[キミの幸せを祈っている]

[キミがもっともっと、幸せになれるように手伝いもする]


 実を言うとね?

 師匠は驚くべき言葉をこの後に続けた。


[ハクアが気にしていた男の甲斐性についても]

[解決する手立てだけなら、割と最初のほうから思い浮かんでいたんだ]


「え?」


[美園ジュリアがキミに惹かれるようになった以上]

[──というか、あんなやりとりをしておいて惹かれない理由なんて無いだろうけれど]

[おもしろい話をしてあげよう]


「おもしろい話ですか?」


[うん]

[狐って昔の日本じゃ、野干(やかん)射干(しゃかん)とも呼ばれていたんだ]

[これは元は、ジャッカルを表す言葉で狐とは違う動物を指しているんだけど]

[昔の日本に、ジャッカルなんていないだろう?]

[だから、ほとんど狐の異名扱いだったんだよ]

[で、この野干だけど]

[密教じゃ、荼吉尼天(だきにてん)の化身でもあるんだ]

荼吉尼天(だきにてん)は日本では、豊穣や福徳をもたらす神様でね]

[稲荷神──おいなりさんとも習合してる]


 能面の一種にも、野干と呼ばれるお面があって。

 そのお面は、『殺生石』など狐(玉藻御前)が登場する曲目で使用されているらしい。

 日本では狐と野干は同じ存在(モノ)だった。


[じゃあ、その同一化が具体的に]

[いつから始まったかだけど]

[だいたい弥生時代までの日本では、蛇神信仰が人気だったそうだよ]

[狐の神様が人気を集め出したのは]

[どういうワケだか、平安時代からで]

[九尾の狐が渡って来たのも、ちょうどこの時代だって言われてるよね]


 以来、日本における狐神信仰は全国的に広まっていく。

 狐にまつわる神仏は、様々な共通点を見出されて習合されていった。


[伏見稲荷や、ウカノミタマ]

[現代にも伝わる、豊穣と商売繁盛を司る神様たち]

[こんなふうにして、狐って動物はとても親しまれていくんだよ]

[だから、ほら]

[そんな縁起のいいバケモノに取り憑かれた彼女と]

[親類縁者とも縁を結んで]

[どんな形であれ契りを結ぶのならさ]


 〝ハクアは美園ジュリアのツテを頼って、上流階級専門の霊能者になればいい〟


[ほら、相手がお金持ちなら]

[報酬だってたくさんもらえる]

[玲瓏館がその前例で証拠だよ]

[キミはキミが誇れる仕事で、大いに稼げるはずだ]

[古い一族には謎めいたお話が憑き物でもあるし]

[実際、腕はたしかなんだ]

[一度名前が売れ始めれば、テレビにも呼ばれちゃうかもよ?]


「師匠!」


[わっ!?]


 思わずノートパソコンを鷲掴みに、勢いよく立ってしまった。

 師匠は驚いているが、これはもう仕方がない。


「──さすが、師匠です。まさか最後に、読解師らしくそんな〝解釈〟をくれるなんて!」


[ふ、ふん……]

[弟子が優秀だからね]

[わたしも師匠として負けられないんだ]

[それに、わたしたちはふたりでひとつの]

[『九十九譚(ツクモノガタリ)』──なんだろう?]


 これからも、いつまでも。

 僕らは怪異に魅せられ、魅入られ続ける。





 気づけば夜は明けていた。


 闇の物語は光に包まれた。





 ……これが物語のあるべき結末だったのか。


 正史か、IFか、あるいは偽史か。

 答えは誰にも分からないけれど、どうあれ僕らはハッピーエンド。

 伝奇憑きの館、玲瓏館を舞台にした七つの怪異事件。

 七人の美女を中心にした怪しくて異なる話としては、これにておしまい。


 本題も本筋も終わった。


 最初から最後まで、これは僕の運命を表した物語だった。


 そんなところで、今日はタイピングをやめるとしよう。

 師匠は電化製品だから、熱くなりすぎるとマズいしね。


 あとはほんの少し、後日談を語るだけでも。


 さすがにそろそろ、眠たい。

 伏字の意味と、始祖の亡霊がどうなったについては。

 少しだけ、間を挟んでから話そうかな。


 オマケみたいな後日談にはなるだろうけれど。


 最後に少しだけ、驚く話もあるかもしれないね。



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