File.17「第七事件:白面裂美(前半)」
「それはそうと」
[ん?]
「第六事件の解決によって、玲瓏館の闇はすべて晴らされた──なんて」
師匠はまだ、思っていませんよね?
[なに?]
「スミノさんのおかげで、玲瓏館に隠されていた因習の秘密は暴かれました」
美園家と九条家が、どうして伝奇憑きになりやすいのか?
玲瓏館がパワースポット化していたのは、何故だったのか?
答えはようやく、白日のもとに。
驚くべき事実が明らかにされた。
[ふむ]
[怪異の器]
[美園家と九条家は混血の一族]
[〝完全に怪異化してしまった伝奇憑き〟の血が流れる家系だった]
[ゆえに、尋常の人間に比べればバケモノとの親和性が高いのは明白で]
[遺伝的にも、人外に近い精神的素質がある]
[性格の約40〜60%は遺伝で決まるって研究もあるくらいだからね]
[残りは環境で左右されるにしても]
[その環境すらも代々同じなんだ]
[彼女たちは生まれつき伝奇憑きになりやすい]
短期間で事件が立て続けに起こった理由にも、これで答えが与えられる。
[ああ。そして]
[彼女たちのそうした素質は]
[始祖と呼ばれる裏切り者の読解師]
[すなわち、玲瓏館に因習を作り上げた者によって]
[意図して作られ、継承されてきたものだった]
[玲瓏館がパワースポット化していたのは]
[地下二階に、異界と化した儀式場を擁していたから]
[この世ならざる異境の門]
[恐らくは曰くつきの呪具──鏡を利用し]
[バケモノが入りやすい環境を整えていた]
[だが]
異界は消えた。
玲瓏館に巣食っていた闇の眷属たちは。
冴木ハクアという新たな憑代・器を得たことで。
玲瓏館よりも僕をよすがに。
極めて強固な〝こちら側〟との縁を結んだのだ。
ただし。
その結びつきが、あくまでも〝読解師と怪異〟の関係性であるため。
通常の伝奇憑きとは違って。
彼らは取り憑いても祓われる。
祓われても、何度でも取り憑く。
そうした在り方になった。
集積される怪異譚。
……いや、本格的に集積されるのは、まだまだこれからなんだろうけれども。
ともかく僕にとっちゃ、願ってもない『呪い』になったのだけは間違いない。
これは怪異にとってもメリットがあった。
何故なら、一度祓われてしまえばそれで終わりの単発怪奇現象ではなくて。
彼らは今後、僕に付きまとっていれば幾度でも物語化のチャンスを得る。
どんな物語にも千変万化。
しかも三代の間など必要ない。
だから、僕自身を固定化された化け物にしてしまうよりも。
[〝冴木ハクアを主人公にした怪異譚〟──そのものになる未来を選んだワケだ]
これによって、僕は人間のままに人間ではない。
こちらにとってもあちらにとっても、実に都合のいい存在になったと言える。
言うなれば、極めて緩やかな非人間化。
きっと九十九個の物語を蒐集するまで、僕はこの好都合を享受するだろうね。
逆に言えば、それまでは何の問題も無い。
したがって。
今代の美園家と九条家は、怪異の器にならなくてもいい。
自分たちのなかから、誰かを選んで生贄に捧げなくても構わない。
仮に僕が、人間として寿命を迎えた後。
僕に取り憑いている〝いまはまだ名も無き怪異たち〟──呪いが。
玲瓏館に再び巣を作るかどうかは、分からないけど。
宿主の心から乖離した悪さは、彼らにできない。
宿主というか、その頃には僕と彼らは同じ存在、と言ってしまっていい状態かもしれないけど。
だったとしたらなおさらに。
今代に限らず、問題は無いんじゃないかな? と思う。
もちろん、そこには冴木ハクアが彼女たちの一員として迎え入れられる。
そういうスタート条件はあるんだけどね。
幸いなコトに。
すでに七人中、六人が僕を受け入れている状況ではある。
一番の障害とも言えたスミノさんでさえ、もう僕を拒絶しようとはしなくなったので。
あとはもう、最後のひとりだけをどうにかすれば、冴木ハクアの玲瓏館入りに障害は無い。
正攻法で攻略するか、あるいは奇を衒って攻略するか?
まぁ、そんなナンパ師的な思考も、僕の脳裏に過ぎらなかったと言えば嘘になる。
「スミノさんに連れられて、地下二階から秘密の抜け穴──ええ、地下一階へ通じる別の隠し階段があったんです──を使って地上へ戻っていくとき」
僕の頭のなかには、差し当たっての展望をどうしたものか? という問いが氾濫していた
なにしろ相手は、ジュリアさんだからね。
生半可な説得じゃ、どうにもならない立派な大人だ。
反面、おかしなモノの話から離れてしまえば、僕は至って無力な男子大学生である。
雇用主と被雇用者の関係でもあるし。
町の権力者を相手に、いったいどう説明すれば娘さんたちとの同時交際を許してもらえるのか?
普通に、頭とお腹が痛くなってきた頃合いでもあった。
何故なら、
「三日間の拷問明けでもありましたし、いろいろ疲れていたのもあって……っていうか、仮にそうじゃなくても」
これでやっと、事件のすべてが解決した。
流れ的に、誰もがそう思って仕方の無い状況だったと思う。
[……ああ]
[かわいそうなハクア]
[無理もない]
[玲瓏館の闇は暴かれた]
[因習の継承者だった九条スミノは、ハクアに陥落した]
[バケモノどもの巣も消えて]
[因習の悲劇には終止符が打たれ]
[ハクアがいる限りは安泰]
[玲瓏館の繁栄さえも維持される]
[なら、この夏の怪異譚]
[玲瓏館を舞台にした物語としては]
[このあたりでちょうど]
[ハッピーエンドのファンファーレが鳴り響いても良いはずだからね]
「……ええ、そうなんです」
言葉とは裏腹に、師匠には油断が無い。
まぁ、もともと七つの事件と前置いているんだから、当然だけども。
第六事件の解決は、終わりを錯覚するのに充分な謎解きだった。
だから、ほんとうに──
「あと、たったひとつの謎さえ残っていなければ……」
僕の仕事も、ここで「ふぅ」と一息つける一区切りになるはずだったのだ。
第六事件の解決は、その裏で同時進行していた第七事件と地続きだった。
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【第七事件の伝奇憑き】
-フルネーム:美園ジュリア
-愛称:ジュリィ(ごく親しい間柄の人間だけに許される)
-性別:女性
-年齢:34
-身体:T176 B132(V寄りのUcup) W60 H95
-容姿:
・髪:黒に近い艶のあるダークブラウンで、緩やかなウェーブがかかったロングヘア(場面によって、簪で後ろを結い上げたり下ろしたりも)
・眼:包容力のある大きなタレ目(常に柔らかく微笑んでいるように見えるが、感情が揺らぐと途端に不安と怯えが滲み、相手の安心を揺さぶりながら「守られたい」と訴えているかのような弱さも宿す)
・肌:年齢を感じさせないモチモチヤングスキン(夜会や社交の場では光を反射するほどの艶を持つ)
・顔:母性と妖艶さを同時に備えた完成度の高い美貌(笑顔は慈愛に満ち、無表情になると近寄りがたい威厳を帯びる)
-属性:[美園家当主][女主人][女社長][母親][セレブ][人妻][未亡人][良妻賢母][ファム・ファタール][悲劇のヒロイン][異性に臆病][管理願望][尽くし体質][愛妻願望][痴情のもつれ][料理教室主宰][和洋折衷][病蕩的]
-服装:
・正装:パーティ出席のための上流階級に相応しい格式高いドレスや、フォーマルなスーツまたは和装(白・黒・桜を基調とした装いが多い)
・私服:上品なブラウスにロングスカートを基軸に、やや独特な和洋折衷デザインの少女趣味チックなコーディネートを好む(身体の線は貞淑に隠しつつも否応なく目を引く暴力的スタイル)
-好物:練乳いちごとシャンパン風味のミルクチョコレート
-苦手:愛する人の破滅
-一人称:私
-誕生日:4月4日
-家族構成:
・長女 美園ミウ
・次女 美園ルリ
・三女 美園コハク
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「彼女の名は、『白面裂美』──」
美貌を呪い、男に破滅をもたらす口裂け九尾。
「ベースとなった伝奇は、【白面金毛九尾の狐】と【口裂け女】です」
[────大妖怪]
[それはどっちも、大妖怪クラスだ……]
[前者と後者を比較すれば]
[口裂け女のほうが格は見劣りするけれど]
[現代日本で誕生した都市伝説]
[言うなれば最新の怪異のなかじゃ]
[口裂け女は下手すれば、九尾の狐よりも知名度が高い!]
その特性上、口裂け女は小学生でも知ってる可能性が高い。
子ども同士の口コミで広まった都市伝説。
ブームは過ぎただろうが、一度全国的な社会現象になり、警察すら巻き込んだという大騒動。
それは親から子へ、今でも充分に語り継がれる怪異譚だ。
口裂け女はあまりにパブリックな存在になり過ぎたために、これを題材にした創作物も多く。
最近だと少年マンガのキャラクターモデルにもなっている。
〝ワタシ キレイ?〟──マスクを外し、裂けた口を見せる女が問う。
〝ポマードポマードポマード!〟──問われた者は助かるために呪文を唱える。
もはや説明するまでもなく、これらフレーズは日本人にとって共通認識。
常識と呼び変えても構わないほどに。
それでも敢えて説明しておくと、口裂け女はその昔、整形外科手術に失敗して口が裂けてしまった女性の怨霊で。
そのときの手術の執刀医が、とんでもない量のポマードをつけていたからポマードが苦手になった、というあらすじがある。
問いかけにキレイだと答えれば、〝ならオマエも同じようにしてやろう!〟と顔を切り裂かれ。
否定や沈黙でも、やっぱり襲われてしまう。
逃げるにはポマードと唱えるしかなく、あるいはベッコウ飴を投げるしかないとも。
口裂け女はベッコウ飴が好物らしい。
ちょっとした可愛らしさ、ユーモアがあるのは子どもが作り上げた物語だからだろうか?
ともあれ何にせよ。
口裂け女は現代の大妖怪と呼んで、何ら支障の無い存在だ。
──もっとも。
それを言うなら、白面金毛九尾の狐だって同じではあるが。
むしろ、こちらのほうがマンガやゲームなどで、数多く大ヒットタイトルに登場している。
師匠は唸っていた。
[ぬぅぅ〜!]
[中国の妲己、インドの華陽夫人、日本の玉藻御前]
[九尾の狐に関する伝説は、いずれも国を傾けるもの]
[すなわち傾国!]
[一国を滅亡に追いやったと伝わっているもので]
[美女に化けるor美女に取り憑く狐は]
[その美貌と色香によって、時の権力者を魅惑し]
[驕奢淫佚、酒池肉林を愉しんでは]
[男を破滅させる!]
千年狐狸精。
長い年月を生き続け、九本の尻尾を生やした狐や狸は。
霊力をたくわえ神にも等しい妖怪となり。
事実、日本では三大妖怪にも数えられている。
古くは瑞獣──鳳凰や麒麟などと同じ縁起の良い神獣と信じられていたが。
中国は殷王朝。
インドはマガダ国。
日本では平安朝と。
三つの国で邪悪な所業を働いた伝説が残されていて。
人が苦しみながら死んでいく姿を好む気質から。
殷王朝では妲己を喜ばすため、様々な方法の処刑法が執り行われ。
人をサソリやヘビに襲わせたりだとか、銅柱に縛り付けた後で火をつけ熱しただとか。
マガダ国では一千人の僧侶が殺害され、平安町では鳥羽上皇が衰弱死しかけたらしい。
殷王朝は実際に滅亡。
ただ、マガダ国と平安朝に関しては、狐は正体を見破られて逃げ出している。
インドから日本へ、遣唐使だかの船に潜り込んで密入国し。
最後は那須で退治され、殺生石という石になったそうだ。
近年、その殺生石がヒビ割れ「すわ大妖怪の復活か!?」とネット上で話題になったのも、まだ記憶に新しい。
[美園ジュリアは]
[そんな大妖怪クラスの伝奇をふたつもバックボーンにして]
[玲瓏館七番目の伝奇憑きになったって言うのかい?]
[──いや]
「それを言うなら、ジュリアさんは零番目」
[伝奇憑きになったのではなく]
[もうとっくに]
[十二年前の時点で、伝奇憑きになっていたのか……]
「スミノさんの契約によって、ジュリアさんの伝奇憑き化はスリープ状態だっただけです」
彼女は化け物を祓われたのではなく、一時的に化け物を眠らされていただけ。
地上に戻り、玲瓏館の大広間。
一階のエントランスホールで目の当たりにした彼女の姿は、まさに大妖怪にふさわしい姿カタチだった。
白無垢姿の獣人。
九本の狐尾を揺らし、裂けた口元は血に濡れて。
空中には何丁もの出刃包丁を浮かせていた。
人狼、ジェヴォーダン、ルー=ガルーとも見紛う外見は。
まさに狐狸野干。
イヌ科の怪異としか言えない恐ろしさで。
美女と野獣ならぬ、美女野獣。
そこに、包丁というやけに現実的な脅威も混ざった『流血の擬人化』だった。
「スミノさんは顔を青ざめさせて、震えながら〝そんな!?〟と叫びました」
[十二年前とまったく同じ]
[美園ジュリアの妖怪変化が]
[九条スミノの記憶と寸分違わず一致していたなら]
[その愕然は必然だ]
「これは後から気づいたコトですが」
ジュリアさんに取り憑いていた化け物の来歴が。
白面金毛九尾の狐と口裂け女だと分かったとき。
スミノさんの契約がどうして成立したのかも、何となく分かった。
物語となって不滅の存在になる。
これを怪異の本能だとしたならば。
知名度が高く、あまりにも有名すぎるネームバリューを持った存在は。
他の怪異にとって、自分たちの存在を矮小化しかねない強敵だ。
不謹慎な例え話にはなるけれど。
殺人事件が起こった町で、盗難事件が目立てるか否か。
答えは否だ。
人々はいつだってセンセーショナルな物事のほうに、目を向ける。
聞き耳を立て、注意を払う。
心の揺れ幅も大きくなる。
怪異たちにとって、白面金毛九尾の狐と口裂け女はそういう存在だった。
だからスミノさんの申し入れは、聞き届けられた。
[始祖とやらの目論見からすれば]
[玲瓏館にはひとり、伝奇憑きが生まれてくれればいい]
[だが貪欲で無節操なバケモノどもからすれば]
[美園ジュリアのほかにも]
[まだ極上のエサが六つも残っているのに]
[ひとつだけで満足しろだなんて、とても耐えられない話だった]
[というか]
[有名どころの怪異がまたしても幅を利かせようとするのを]
[危険視したんだろう]
その完成を見過ごせば、この町では今後、他の物語の入り込む余地が少なくなると。
本能によって、リスクヘッジが取られた。
[だけど、どうしてだい?]
[どうして美園ジュリアは、九尾の狐と口裂け女に取り憑かれたんだろう?]
[ハクアが教えてくれたプロフィールには]
[ファム・ファタールや痴情のもつれなんてフレーズがあるけど]
[十二年前の事件]
[夫を刺し殺されたトラウマ]
[そこに、美園ジュリアとバケモノとを繋ぐ鍵がある?]
如何な美人といえども、現代で傾国級の悪事を働くコトは人間には不可能だ。
絶対君主による社会統治は廃れ、いまは仮初であっても民主主義の時代。
口裂け女にしたって、ジュリアさんの美貌を思えば親和性は無いように思われる。
でも、伝奇憑きっていうのは、ベースとなった【伝奇】そのものじゃない。
人間の心の複雑さ。
そこに潜んだ闇の奥深く。
家庭内での立場や、職場での肩書き。
そういった幾枚ものペルソナに隠された。
入れ子構造のような精神性。
ジュリアさんの心は、大妖怪を宿すに相応しい異形だった。
真実はいつだって、ただそれだけ。
「……注目して欲しいのは、主に恋愛面での特徴です」
[ふむ]
[尽くし体質、愛妻願望といったあたりかい?]
「ええ。そのふたつは、ジュリアさんの恋愛的な価値観を表す重大な柱です」
[分からなくはないな]
[美園ジュリアは娘たち同様]
[この町では由緒正しい女学園の卒業生だ]
[現代では時代錯誤とも言える大和撫子像を美徳に]
[男の後ろを三歩下がって歩くような]
[そういう女性であるコトを良しとしているのなら]
[パートナーには尽くす行為で、愛されようと望んでいても不思議は無い]
「そうですね。ジュリアさんのなかでは大和撫子っていうのが、かなり理想になってるみたいです」
[理想、か]
[ただ、彼女がそうして善かれと思っていたコトが]
[娘である少女たちにとっても、同じように善いコトだったかと言われれば]
[それは第一事件と第三事件を振り返ってみるに]
[なんとも言えない感じだね]
「……若いとはいえ世代の差はありますから、そこは仕方がないですよ」
師匠のシニカルな指摘に苦笑しつつ、話を戻す。
ここで重要なのは、ジュリアさんの恋愛的な価値観が異性に対して、極めて大和撫子的なアプローチを行わせる点だ。
[大和撫子的なアプローチ?]
「たとえば、手作りの料理を振る舞うとなったら重箱を用意するだとかです」
ほら、ラブコメ漫画でよくあるシーンだ。
学校の屋上とかで、黒髪ロングの和風美少女ヒロインが主人公にお弁当を披露すると、それはおせち料理かと見紛うほどの重箱入りだった、ってやつ。
[いや……まさか]
[ほんとうに、そんなコトを?]
「あくまで事件解決後の話ですけど、ちょうどこのまえ、実際に体験したので間違い無いですね」
あとは、プレゼントなども頻繁に用意するタイプだ。
最初は些細なお菓子などから始まり、次にハンカチやネクタイ、靴下、肌着、腕時計や懐中時計、スーツなどなど。
比較的安価な品から、高価な品へとランクアップしていく。
それだけじゃない。
ジュリアさんは意中の男性が口にするもの、身につけるもの、寝る時間、身だしなみ、生活スケジュール、体調管理、健康への気配りに至るまで。
何もかもを〝喜んでもらえる〟体勢で整えようとするのだ。
──あの、ハクアくん?
──……もし良かったら……
──歯を磨いて、あげましょうか……?
──どうせなら耳かきも、してあげるわよ……?
──爪も切ってあげるし……
──あ、身だしなみがなってないって言いたいんじゃないのよっ?
──……その。
──私が、お世話をしてあげたいの……
──朝から晩までと言わず……ずっと。
──きっと、ええ、ぜったい喜んでもらえるようにするわ?
──だから、ねえ……ハクアくん?
[……]
[あー]
[うん]
[とりあえず、分かったよ]
[事件が解決された後で、美園ジュリアは恋に落ちた]
[そのときのアプローチ姿勢から、キミが彼女の管理願望]
[尽くし体質や愛妻願望を目覚めさせるに至った原因]
[彼女のなかに理想として存在していた、良妻賢母像を見抜いたのはね]
師匠の反応はシラ〜っとしたものだったが、我慢してもらうしかない。
実際、事件解決の前まででは、ジュリアさんのそうした恋愛的価値観はひどく見えづらかったのだ。
当然である。
夫を亡くした妻として、彼女は自らのそうした部分を固く封印していた。
僕が読解師でなければ、事件解決前にヒント。
片鱗らしき部分を見つけるコトさえ、難しかったに違いない。
[なに?]
[その口ぶりだと、事件解決前にも薄々察していたみたいに聞こえるけど?]
[ハクア]
[もったいぶらないでくれ]
「すいません」
師匠に謝り、説明を補足する。
第五事件発生時点で、僕はあらかた玲瓏館の住人全員のプロファイリングを終えていた。
そのため、悪いコトだとは思っていたが、ジュリアさんの私室『春霞の間』からアルバム写真なども盗み見ていたのだ。
[アルバム写真]
「ルリちゃんの件で、十二年前の事件は知っていましたからね」
当事の詳細を調べておくのは、読解師として当然ではないだろうか?
[さすがだよ]
[美女と美少女のプライバシーを侵害するコトにかけちゃ]
[ハクアの右に出るものはいない]
「不名誉すぎる」
が、言われても仕方のない犯行なのでうなだれるしかない。
師匠はそんな僕にクスクス笑いの顔文字を出しながら、
[それで?]
[美園ジュリアの私室から十二年前のアルバム写真を見つけて]
[ハクア]
[キミは何が分かったって言うんだい?]
続きを促した。
「……僕が見つけたアルバムの写真は、料理教室の記念写真です」
[料理教室?]
「当時のジュリアさんは、玲瓏館の食堂を使ってセレブ用の料理教室を主宰していたみたいで」
写真には彼女が中心となって、多くの夫人が美味しそうな料理に舌鼓を打っていた。
年齢層は比較的若めで、どの夫人も品のいい身なりをしていたが、雰囲気は緩いものだったのか。
それぞれの夫や子どもと思しい姿も少なからずあった。
「亡くなってしまった旦那さんや、幼い日のミウちゃんたちも何枚か映っていましたね」
[ふむふむ]
「ただ、僕が気になったのはある男性でした」
名前は仮に、X氏としておこう。
当時の新聞やニュースを調べれば、実名で報道されているから名前は分かる。
しかし、今この場で彼の名前を明言する理由は無い。
[ほう]
[つまり、そのX氏が犯人なのか]
[美園ジュリアの夫を刺し殺し]
[十二年前の玲瓏館に短くない陰を落とした原因]
X氏は写真のなかで、ジュリアさんの夫を睨んでいた。
夫婦仲睦まじく、アーン、などをしているふたり。
少々バカップルっぽいが。
他にも、ジュリアさんが夫の口元を、ナプキンで拭ってあげている姿や。
乾杯の音頭を、さりげなくサポートしている姿などもあった。
だからこそ、余計にだろう。
X氏は傍にいる自身の妻や子どもたちに向けて然るべき注意をおざなりにし、激しい嫉妬と憎悪に駆られた顔でその光景を凝視していた。
[──痴情のもつれ]
[男女間の感情的なトラブル]
[独占欲や嫉妬]
[好きや嫌いの気持ちが合わずに]
[感情的になって対立が激化]
[美園ジュリアの美貌は既婚者ですら魅了し]
[その結果が──]
殺害事件。
嫉妬に駆られたX氏による、玲瓏館押入りに繋がった。
X氏は逮捕され、然るべき法の報いを受けている。
だが、ジュリアさんが受けた衝撃は十二年経とうとも癒え難い傷だった。
「ジュリアさんは料理が得意です。日頃の服装もそうですが、和洋折衷バランスよく」
美味しくて品のいい食事を作る。
料理教室は趣味も兼ねていたのだろう。
当時は三人の娘も生まれたばかりで、子どもに友だちを作ってあげる機会や、ママ友との交流を楽しみにしていた部分もあるに違いない。
写真を見れば、格調高い玲瓏館をファミリームードに飾り立てていたのが分かる。
折り紙の輪っか飾りや、犬や猫などの動物を形どったバルーンアート。
こういったお屋敷では、パーティなどのイベントごとを取り仕切るのは女主人の役割だそうだ。
それを知った後だと、痛ましいの一言しかない。
当時の写真からは、ジュリアさんがどれだけ心を注いで料理教室を主宰していたか。
それが、ありありと伝わってくる。
[にもかかわらず]
[美園ジュリアは愛する夫だけではなく]
[そのとき構築していた人間関係や]
[楽しかったはずの料理教室さえ同時に失った]
凄惨な事件が起こった殺害現場で。
人々は料理など楽しめない。
「以来、ジュリアさんの精神は少しだけ〝病みがち〟になります」
事件の重要参考人であるジュリアさんは、警察の捜査に関わるなかで自然と事件の原因を知るコトになった。
町の権力者という事実もあり、彼女の耳には上流社会特有の情報網から次々に聞きたくない噂話も飛び込んでくる。
曰く、X氏の夫婦関係は良好だった。
しかし、X氏夫妻の子どもは養子であり、夫妻は不妊が悩みだった。
それを切っ掛けにX氏は細君への熱情を失い。
若くして三人もの子をもうけた、美園ジュリアに焦がれるようになった。
道ならぬ恋情は、理性によって封じられているべきだったが。
X氏は妻の付き添いで料理用室へ参加していく内に、悩みの原因が伴侶の性的魅力不足。
つまり、美園ジュリアほどの魅力が備わっていないコトだと、強く信じるようになり。
恋情は執着に、執着は劣情に、劣情は狂気へと変わっていったらしい。
その後、X氏は事件現場で正気に立ち戻り。
警察の取り調べでは、「ほんとうに申し訳ありません……はじめはただ、羨ましかっただけなんです」と供述したそうだが。
「それが事実だとすれば」
[美園ジュリアは、男を破滅させる]
[彼女は自分自身を、そのような人間だと捉えるようになった?]
「YES」
ジュリアさんは思っただろう。
──もしも私が、あんなふうにあの人を愛していなければ……
人前で、人目も憚らずにはしゃいでいなければ。
事件は起こらず、夫は死なず、X氏が狂気に歪むコトも。
三人の娘が父親を知らず育つコトだって、無かったかもしれない。
──私は、私が愛したものをこそ台無しにしてしまうんだわ……!
[美しさは刃となった]
[彼女にとってそれまで自分の美貌が]
[どんな価値を持つものだったにしても]
[十二年前の事件を機にして]
[彼女は自らの美貌を刃と認識したんだろう]
刺し殺された夫。
凶器となったのは料理教室でも使われていたシンプルな道具。
つまりは包丁。
凄惨な事件の記憶は、強烈な印象を刻みつける。
「──ゆえに」
[伝奇憑き『白面裂美』]
美貌を呪い、男に破滅をもたらす口裂け九尾。
裂けた口元は己が美貌を呪い、悔恨を露わにする事件の精神的外傷。
九つに分かれた尻尾も、見ようによっては九つに裂かれているようで。
それでいながら、伴侶もいないのに白無垢をまとい。
異形の花嫁姿は、愛への未練を覗くに足りる。
白面金毛九尾の狐から、金毛を取り除いて霊格を落とし。
代わりに、口裂け女のエッセンスを継ぎ接ぎすれば。
現代の大妖怪。
その迫力と妖力は、第一から第六までの伝奇憑きとはまるで比にならなかった。
「ジュリアさんは、始祖の亡霊に唆されて再伝奇憑き化したんです」




