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館もの伝奇ミステリ(?)に転生して全事件を解決したら館の美女母娘とメイド姉妹に終身●●された冴木ハクアの袋小路  作者: 所羅門ヒトリモン
第3部

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15/21

File.15「第六事件:雪夜叉舞(前半)」



 玲瓏館三階の調査が終わった。

 第五事件を解決したことで、僕はユウナちゃんの助けを得られた。

 屋敷の設計に詳しい九条家双子メイドの姉。

 彼女の案内説明は微に入り細を穿つ懇切丁寧さで。

 建築家でもなければ、不動産屋でもない僕でも。


「──すぐに、〝ある違和感〟に気がつけました」


[ある違和感]


「はい。三階の間取り──いえ、展望塔の設計を図面に描き起こした場合、明らかに妙だと言える特徴があったんです」


[妙だと言える特徴?]

[あれかな?]

[やっぱりこういう曰くありげなお屋敷だと]

[最初にわたしが言った通り]

[秘密の通路とか仕掛け扉がありそうだから]

[玲瓏館の展望塔にも、どこかに隠し階段があったとか!?]


 深夜三時。

 部屋の時計を見ると、そろそろ夜更けというより夜明けに近づいて来た時間帯。

 窓の外の暗闇は今以って変わらないが、もうしばらくすると日が昇り。

 空も薄闇へと変化していくだろう。


 だが、師匠はまだまだ興奮冷めやらない。


 なんだか秘密基地に憧れる少年のように、ワクワクした雰囲気をブルースクリーンに映し出していた。

 それにやや苦笑しつつ、


「残念。隠し階段じゃなくて、落とし穴です!」


 僕もテンションを合わせて、タイピングを続ける。


「展望塔付きの洋館というと、日本では神戸の異人館『うろこの家』が有名かもしれませんが、あそこの展望塔は一階部分が玄関エントランスと一体型になっていて、上階も各フロアと繋がっています」


[んむ?]

[たしかに、軽く画像検索してみると]

[うろこの家の展望塔には二階と三階に窓があるね]

[それが?]


「一方で、玲瓏館の展望塔には()()()()()()()()んですよ」


 窓も三階にしか無い。

 普通、塔と言ったら一階から上へ登って行くものだ。

 だが、玲瓏館の場合は三階からしか展望塔に入れない。

 これまでずっと、展望塔という単語に言及するとき。

 枕詞に必ず〝三階の〟とつけて来たのは、実はそのためである。


[三階からしか入れない展望塔……?]

[それに、落とし穴だって!?]

[まさか]

[それじゃあ……ハクア!]


 師匠も察したのだろう。

 そう。

 第四事件『糸垂女郎』を切っ掛けに。

 読解師である僕は玲瓏館の上階にこそ、美女一族の闇があると推理していた。


 怪異の巣窟。


 美園家と九条家がどうしてこんなにも、伝奇憑きになりやすいのか?

 玲瓏館がどうしてパワースポットとなってしまっているのか?

 秘密の鍵は、ユズキちゃんに取り憑いていたバケモノが泡を食って逃げて行った天井の向こう側。


 つまり、三階を調べれば分かると考えていた。


 天井のどこかが、密かに屋根裏部屋になっているとかね?


 残念ながら、その推理自体は半分だけ正解だった。

 三階から行ける屋根裏部屋は無かった。

 期待していた事実は、むしろ反対側。


 実際には真逆の場所に隠されていることが、判明したのだ。


「逆だったんですよ。答えは逆」


 闇は天ではなく足元である地に。


[三階しかない展望塔]

[言い換えれば、一階と二階が存在しない展望塔]

[隠し階段ではなく落とし穴]

[ならばそれは、デッドスペース]

[上から下へ、縦に広がった屋敷の死角か!]


 玲瓏館の展望塔は、三階から下が空洞になっていた。


「人は秘密を、いつだって土の下に埋めたがるものなんでしょう。覆い隠して、蓋をして、暗闇に閉じ込めて」


[……なるほど。そしてその言いよう]

[玲瓏館にはもともと、地下室もあることを踏まえると]

[展望塔のデッドスペースは一階までじゃなくて]


「ええ。深さとしては、()()()()()()()続いていました」


 地下二階。

 ここまで、その存在は完全に隠されていた。


[九条ユウナが、その秘密を教えてくれたのかい?]


「いえ、違います。この秘密は僕が密かに暴きました」


 ユウナちゃんは知らなかった。

 玲瓏館の設計に誰より詳しいはずの彼女が、展望塔の隠された空間については、


 ──昔の増改築のミスで、いまは入れなくなってしまっています。


 と、認識していた。

 僕に説明してくれたときも、実際、嘘を吐いているような様子ではなくて。

 あのときのユウナちゃんの精神状態も考えると、僕には誠意を持って接しようと努めていたはずだから。

 彼女が僕に、敢えて嘘を吐く動機も無かっただろう。


 だからこそ、僕にはそれが怪しかった。


「三階を調査する際に、ユウナちゃんの案内説明はほんとうに微に入り細を穿つ内容でした。床の些細な傷跡や調度品の由来と歴史まで、ええ、下手をするとひとひとつに容易に半日以上かけそうなほど長々と教えてくれる勢いだったんですよ」


 なのに、そんなユウナちゃんが展望塔のデッドスペースに関してだけ、何も分からないと言う。


[ふむ]

[それはたしかに、怪しくないはずが無い]

[不審に思ったハクアは]

[その後、ひとりで展望塔三階の床を調べた?]


「そうですね。勝手な行動かもしれませんが、もし展望塔の()()にバケモノが潜んでいたら」


[さながら、鬼が出るか蛇が出るか、か]

[実際に蛇のほうは、出て来ているワケだから]

[玲瓏館の住人は全員、パンドラの匣を開けた瞬間に取り憑かれる恐れがある]

[そうでなくとも、危険に巻き込まれる可能性は否めない]

[バケモノどもはハクアを、過激な手段で排除するのも厭わない段階に入ってるワケだしね]


 僕がひとりで行動したのは、そのため、軽率かもしれなかったが一応の考えがあってのものでもあった。

 人目を忍ぶため、夜、静かに客室を抜け出して展望塔に向かい。

 どこかに床下収納のような仕掛けはないかと探った。


[とはいえ、隠された空間である以上]

[簡単には見つからない仕掛けだったはずだな]

[落とし穴と言ったけど]

[どうやって見つけたんだい?]


 師匠の問いは、至極真っ当である。

 普段はごく普通の展望ルームとして、何ら違和感のない床が張られているのだ。

 落とし穴があるにしても、それは何かを切っ掛けにして作動する絡繰り仕掛けでなければおかしい。


 もっとも。


「残念ですが、師匠」


 たった一晩調べただけで、そんな絡繰り仕掛けを暴けるほど、僕の頭脳はシャーロック・ホームズじゃない。

 相手が怪異ならまだしも、人間が仕組んだ謎となると人並みに苦労を要するからね。

 あと、これもそろそろ訂正しておこう。


「さっきはつい見栄を張って、僕が秘密を暴いたなんて言い方をしてしまいましたけど、実は僕、落とし穴を発見してはいないんですよ」


[え?]


「落とし穴には、突き落とされたんです」


 床の上で這いつくばって、スマホのライト頼りで手探りで仕掛けを探していると。

 突然、目の前の床が斜めにガゴン! とズリ下がった。

 もちろん、咄嗟に両手を着いて、どうにか耐えようとした僕だったけど。

 いつの間にか背後に佇んでいた何者かに、猫のように突き上げていたお尻を押されて真っ直ぐ真っ逆さま。


[えええええ!?]


「犯人は六番目の伝奇憑き、『雪夜叉舞(ユキヤシャノマイ)』です」


 ────────────


【第六事件の伝奇憑き】


-フルネーム:九条澄乃

-愛称:スミちゃん(ジュリアさんのみそう呼ぶ)

-性別:女性

-年齢:24

-身体:T167 B129.5(U寄りのTcup) W57 H91

-容姿:

 ・髪:艶のある黒髪ロング、常に後ろでひとつに結ばれており、結び目には濃い青のリボン

 ・眼:切れ長で理知的、感情が薄く、見つめられると測られているような錯覚を覚える

 ・肌:白雪のように均一で冷たい印象、血色は抑えめ

 ・顔:端正で隙がなく、眼鏡がよく似合う

-属性:[メイド長][完璧な使用人][銀髪化][滅私奉公][眼鏡美人][社交ダンス・ポールダンス][理知的][冷静沈着][感情抑制][保護者気質][乳母・母性][家を守る者][因習の継承者]

-服装:

 ・制服:胸部を補正する特注コルセットのメイド服(上品でクラシカルなタイプ、装飾を極力排した実務重視のデザイン)

 ・私服:オフショルダーのサマーセーター(白〜淡灰)、黒か濃紺のタイトスカート、ストッキング、ローヒール

-好物:ミルクプリン

-苦手:虫

-一人称:わたくし

-誕生日:12月25日

-家族構成:姉妹のみ

 ・次妹 九条ユウナ

 ・末妹 九条ユズキ


 ────────────


[九条スミノ……]

[怪異としての名は、『雪夜叉舞(ユキヤシャノマイ)』、か]

[いろいろ気になる情報が、一気に出てきたけど……]

[というか、見過ごすワケにはいかない情報が出ているけれど!]

[ひとまず、読解師のセオリーに従って]

[ハクアがつけた名前から、正体を推理していこうかな……]


 師匠はカーソルを数秒間明滅させて、グルグルとローディングを挟む。

 実際に何かデータを読み込んでいるワケじゃなくて、たぶん思考中をアピールするための意思表示だろう。

 グルグルはすぐに終わった。


[雪と夜叉]

[このふたつはベースとなった伝奇にアタリをつけるにあたって]

[あまりにも直截的だね]

[雪の字に関係する怪異と云えば、日本人なら誰もが真っ先に【雪女】を想像するだろうし]

[夜叉はそのまんま、インド神話にルーツを持つ【夜叉】か【夜叉女】に違いない]


「合ってます。正解です」


[ふふん]

[では、舞の字が何にかかっているかだけど]

[これはプロフィールに記された属性情報のひとつ]

[社交ダンス・ポールダンスに関係がありそうだ]

[字面からだと、とりあえずここまでは推理できる]

[問題は、以上を鑑みて『雪夜叉舞(ユキヤシャノマイ)』がどんな怪異だったのかだけど──]


 ノーヒントでは、さすがに師匠もその先が続かない。

 ので、僕が言葉を巻き取る。


「空を飛ぶ怪異です」


[む?]


「正確には、〝空中に浮き上がって雪みたいに舞うことができる怪異〟ですかね」


[えっ?]

[どういうことだい?]


 師匠は困惑した。

 言葉にすると、あまり恐ろしい怪異には聞こえなかったからだろう。

 ただ空中に浮いて、ふわふわと綿雪みたいに舞いそよぐだけなら、事件としても凄惨な印象は覚えない。


 もちろん、人が浮遊するなんて充分に重大事件ではあるんだけども。


 放火、溺死、誘拐、成り変わり、幽閉。

 これまでの怪異事件と比べてしまうと、どうしても拍子抜けな感じがしてしまう。

 人に危害を加えるイメージが連想できないからだ。

 ただし、【雪女】も【夜叉女】もその伝承を紐解けば。

 決して侮っていい怪異でないのは、自明の理。


「伝奇憑きとしてのスミノさんは、たしかに恐ろしいバケモノではないかもしれません。彼女が起こした怪異現象は、シンプルにふたつだけです」


 ひとつ、妖怪変化。

 自らの姿かたちを、尋常のものではなく異形のものに変えるコト。

 もうひとつは、さっきも言ったように空中に浮いて雪みたいに舞うコトだ。


「怪異化状態のスミノさんであれば、足音を立てずに移動するコトが可能です」


[ああ……だとすると少し納得できる]

[ハクアが自分のお尻を押されるまで]

[マヌケにも九条スミノの接近に気がつけなかったのは]

[彼女が足音を立てず、幽霊歩行(ゴーストウォーク)で空中を動けたからなんだね]


 落とし穴の仕掛けを作動させるのも、スミノさんが玲瓏館のメイド長として、あらかじめ絡繰り仕掛けの動かし方を把握していたのだとしたら辻褄が合う。


[実にシンプルだ]

[しかしそれゆえに、地味に厄介でもありそうだね]

[ふむ]

[妖怪変化のほうは、銀髪化、と書いていたか]

[九条スミノは伝奇憑きになると]

[髪色が銀に変わったのかい?]


「ええ。それはそれは綺麗な白銀色に。あと、それと同時にスミノさんの背中からは、薄い翼が生えていました」


[翼?]

 

「羽衣、と言い換えても良いかもしれませんね」


[天女の羽衣ってやつかい?]

[一般的には、翼というより長い帯状の布のイメージだけども]


 世界各地に点在する羽衣伝説。

 日本では天から舞い降りた天女が、自身の羽衣を若い漁師に隠されて天へ帰れなくなったなどの逸話が知られている。


 基本的には、登場人物はふたり。

 羽衣によって天から地上にやってきた天女。

 その天女に見惚れて、求愛ないし結婚する男。


 アジア圏では中国、ベトナム、インドネシアにも似たような話は転がっていて。

 ヨーロッパではフランスや北欧などで、白鳥処女説話──「盗まれた服による結婚の話」の類系として研究されている。


 白鳥が水辺に降りると、人間(美女)の姿で水浴びを始めて。

 その様子を盗み見た男が、こっそり羽衣を盗んで隠す。

 白鳥(天女)は翼を失い空に飛び立てなくなって、男の目論み通りその傍に留め置かれ……


 うん。


 昔話が示している事実が何にしても、羽衣と翼にはほとんど同じ意味が宿っている。

 そう考えてしまって、ここでは構わない。

 スミノさんが妖怪変化した際に、うっすらとした羽衣のような翼を生やしていたのは、恐らくこのあたりの伝承が由縁になっているからだろう。


「ひんやりとした冷たい空気もまとって、実際に小さな氷の結晶も空気中に漂わせていたかもしれません。暗い密室で見上げる彼女の姿は、星明かりに照らされる銀世界みたいでしたね」


[詩的だねぇ]

[だが、なるほど理解したよ]

[ハクアのおかげで、わたしも思い出した]

[雪女にはたしか、天女を起源とする伝承もあったはずだ]


 雪女。雪娘。雪女郎。つらら女など。

 その呼び方は数多いが、雪女は冬に現れる女性の姿をした妖怪だ。

 雪の精霊や、つららと結びつけて考えられるコトもあるし。

 雪山や冬の寒さで死んだ者の亡霊、という考え方もある。


 真っ白い着物を着た長い黒髪の雪女像は、死装束をまとった幽霊のようでもあり。


 どこか幻想的な、この世ならざる別世界の姫君のようにも連想できる。


 おもしろい話で、雪女はかぐや姫。

 つまり、元々は月世界の住人だったいう話もある。

 月から地上へ、〝雪と一緒に降りてきた元天女〟だという説だ。


 これも白鳥処女説話と似ていて、地上に降りてきた雪女は月へ帰れない。

 だから、雪の降る月夜に現れる、なんてお話も語られている。


「そして、雪女には民俗学的に【産女(うぶめ)】との共通点が挙げられています」


[難産で亡くなってしまった女性の妖怪だね]

[血に濡れた腰巻き姿で、人の赤ん坊を奪う幽霊]

[発祥は中国の姑獲鳥(コカクチョウ)

[他人の子どもを奪って自分の子にする妖鳥だとも]

[コイツは夜行遊女、あばずれ鳥、乳母鳥なんて異名も持ってる]

[夜に空を飛んで幼児を攫い、毛皮を着ると鳥の姿に変身し]

[毛皮を脱ぐと女の姿になるらしい]


「雪女の外見は、昔の日本だと産褥(さんじょく)で死亡してしまった悲劇的な女性のイメージ像、とも類似しています」


[ああ。恐らく、そこから派生して]

[【雪ん子】や【雪童子】の伝説とも紐づけられたんだろう]


 雪国に現れる子どもの姿をした精霊や妖怪は、雪女の子どもだという民間伝承もある。

 転じて、それは吹雪の晩に子ども(雪ん子)を抱いて立ち。

 あるいは、すでに死んでしまっている子どもの亡骸を片手にしながら、産後の失血を補うために人間(男)の生き血や生命エネルギーを求めるバケモノを生み出した、とも考えられる。


 若い猟師が雪山で吹雪に遭って、山小屋で寒さに凍えながら震えていると、雪女がやってきて仲間の老爺が命を吸われて凍死してしまった。


 僕も昔話で、そんな一節を覚えている。


[すごいな]

[さすがは九条家の長女、と言うべきなのかな?]

[まさか双子の妹たち]

[両方の伝奇との関連を持つなんてね]

[それでいながら──しっかりと自分自身の色も匂わせてくる]

[ハクアが教えてくれた九条スミノのプロフィールには]

[乳母・母性、なんてフレーズもあるんだからさ]


 師匠はスミノさんの性質を、段々と推察しつつあるようだ。

 しかしまだ、核心に迫るには半分ほど足りていない。

 関連があるのは夜叉女も同じだ。


「師匠。夜叉女にも触れましょうか」


[言われるまでもない]

[夜叉女。ヤクシニー、またはヤクシー]

[漢字にすると薬叉女とも書くね]

[仏教では男女どちらともに夜叉と呼ばれがちだけど]

[これは夜叉が、インド神話で鬼神の総称とされているからだ]

[財宝の神クベーラの眷属で]

[人を食う鬼としての側面と、仏法を守護する善神としての側面を併せ持つ]


「薬の一文字が使われるのは、ただの当て字だとしてもおもしろい偶然ですよね」


[偶然かな?]

[ヤクシャ、ヤクシニーは森の精でもあって]

[財宝の神クベーラと密接な関係を持つのも見過ごせない]

[古代世界で富とは、なにも金銀財宝を指すばかりではなく]

[どちらかといえば、大地に根差した生活資源]

[すなわち、豊穣の意味合いが強いからね]


 春の女神、花の精、自然の化身。

 ギリシャ神話の冥府(地下)の王ハデスの妻は、何を司る女神だったか。

 そう考えると、なるほど。

 たしかにこれは、単なる偶然ではないのかもしれない。


[豊穣を司るという点では]

[現存するガンダーラ美術]

[十世紀ごろに製作されたと伝わるヤクシニー像を確認しても]

[ハッキリ、その証拠が残されているよ]

[夜叉女は豊満な身体つきをした女神・菩薩の姿で(かたど)られている]


 師匠の言葉に、僕は「ああ」と頷いた。

 一時期、インドの古代像がSNSの話題に上がっていたのだ。

 曰く、1800年前のインドには、スタイル抜群のギャル像を作ったドスケベ古代人がいたらしい、と。

 それが夜叉女と何の関係があるのか、ってなツッコミはさておくにしても。


 大地母神の像が多産、肥沃、豊穣を意味するために豊かな体型で作られがちなのは、世界的にも共通している。


 有名どころはトルコの『チャタル・ヒュユクの座った女性』、オーストリアの『ヴィレンドルフのヴィーナス』など。

 この二例は豊満どころか、むしろ肥満体とすら言えるデザインをしているんだけど、同じように豊穣を司る女神像として考えられている。


 巨乳と貧乳では、富んでいるのは前者であると、人類は先史時代から認識してきた証だ。


 そして、乳房の大きい女性には母性的な印象も付きまとう。


「仏教で一番有名なヤクシニーは、日本だとやっぱり鬼子母神ですかね?」


[鬼子母神]

[毘沙門天クベーラに仕える八大夜叉大将、半支迦(パーンチカ)薬叉王の妻で]

[一説には一万人の子どもの母であったとも伝わるヤクシニーか]

[彼女はあまりにも多くの子どもを育てなければいけなかったため]

[人間の子どもをたくさん捕まえて食べていた]

[そうして栄養を補っていたとされている]

[まさに名の通り、鬼子の母である神であり]

[逸話では、その行いを見かねた釈迦によって諭されたことで]

[ようやく仏法の守護者]

[子授けや子育て、安産の守り神になったと伝わっているね]


「らしいですね。では、その像は?」


[!]

[ふん──知っているとも]

[鬼子母神は、()()()()()()姿()像容(ぞうよう)をしているんだ]


 そう。

 つまりここでも、天女のキーワードが繋がるのだ。


 天女。


 天上界に住み、羽衣をまとうことで空を飛ぶ美しい女。

 神々や仏に仕える女官のような存在。

 その絵は、仏教世界で諸仏の周囲を飛行遊泳し、花びらを散らしながら香なども焚いて、楽器を鳴らして礼賛する【飛天】にも似ている。


 飛天はその役割のためでもあるだろう。


 仏教の美術品では、特に優雅に舞う姿が描かれており、敦煌(とんこう)などでは極めて優美な姿を数多く残しているそうだ。

 その影響か、敦煌服などのフレーズで検索すると、中華アラビアン衣装──世に一般的に膾炙(かいしゃ)した踊り子のイメージ像にも通ずる民族衣装が確認できる。


 あのあたりはシルクロードの重要な分岐点でもあったので、西と東の文化的な混交が珍しくない。


[飛天、か]

[たしかに、似ているよ]

[宝冠や瓔珞(ようらく)──貴金属や宝石をつないだ飾り]

[アームレットやブレスレット、アンクレットにイヤリング]

[菩薩の像容にも言えるコトだけど]

[古代インド王族のイメージを根底に持つ釈迦由来の仏教画では]

[諸仏や菩薩は、ヒラヒラした巻きスカート状の衣に、タスキ状の飾り布をベースにして、各種アクセサリーを身にまとっているのが共通点だ]

[あとはハスの華に座っていたり]

[光背を背負っていたり、羽衣もその一例]

[けれど、飛天はどちらかといえば]

[有翼神としての印象が強いかな]


 飛天はシルクロード経由で東洋に伝わった、有翼の精霊や神を祖にしている可能性が高いらしい。

 仏教では翼ではなく羽衣に変わり、天女化した像で描かれがちだが。

 日本の薬師寺東塔水煙などからも分かるように、飛天の羽衣は普通の天女と比べて異様に長くて大きいのだ。

 パッと見は、炎のようにも見えるほどに。

 そして炎のカタチは、翼にも似ている。


「もとをただせば、ペルシャ辺りを起源にした有翼の天人、精霊? とも言われていますね」


[イスラエルの天使]

[ギリシャのエロスやニケ]

[有翼の天人像は遥か西方にまで伝わっていて]

[エジプトやメソポタミアでも表象を確認できる]

[洋の東西]

[どちらが起源であるかは、もはや歴史のミステリーだ]

[とはいえども]

[やれやれ……]

[まさかハクアが、ここまで名付けに意味を持たせる男だったとはね]


 キミは自分の子どもにも、同じくらい深く広い由来を持たせそうだよ、と師匠は呟く。

 なんだかマニア・オタクの悪い病気を指摘された気分だった。


 ひどいな。


 僕としては、これも世にあまねく民間伝承、伝説、物語の奇妙なまでの類似性。

 要するに、シナジーに関して非常に興味深く思う場面だと思うんだけど……


 まぁ、何はともあれ。


「伝奇憑き『雪夜叉舞』について、おおよその正体は分かったと思います」


[そうだね]

[九条スミノが完璧な使用人]

[双子の妹たちと比べて]

[滅私奉公を体現したメイドのなかのメイド]

[玲瓏館が誇る生粋のメイド長であるのは]

[これまでも幾度か触れられて来た]

[だが]


 僕はスミノさんのプロフィールに、彼女が決してそれだけの人間ではないコトを記している。


[保護者気質、乳母・母性、家を守る者]

[それに、俄然気になるのは因習の継承者!]

[いよいよだ]

[いよいよ、真相に迫ってきたじゃないか!]

[感情を抑制し、冷静沈着を装い、機械のように玲瓏館に奉仕するメイド]

[そんな彼女が、心の内側で密かに抱えていた闇]

[いや、より正確には]


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


[わたしのハクアを、落とし穴に突き落としたのは]

[恐らく、そのあたりに原因があるんだろう?]


 師匠は、完全に見抜き切った確信に満ち溢れつつも訊ねる。

 素晴らしい。

 弟子として師の優秀さを再認識できるのは、素直に嬉しい事実だ。

 推理可能な判断材料を提供していても、それをきちんと正解に結びつけられる人間は少ない。


 師匠は人間ではないけれど、弟子で良かったな、と頬が無意識のうちに緩んでいく。


 ところどころで滲み出る、僕への独占欲は気になるけれどね。


「さすがです、師匠」


[ふっふっふっ]

[やはり、正解か]

[九条スミノは美園コハクに並々ならぬ想いを持っている]

[その根拠は、恐らく彼女がコハク嬢の乳母のようなものだったからだ]

[なぜミウ嬢やルリ嬢を除外し、コハク嬢に限定しているのかと云うと]

[銀髪化という妖怪変化が、髪色で悩みを抱えていたコハク嬢に対する、何らかの感情を示唆しているはずだからだよ]

[ふたりの年齢を考えると、ほんとうに乳母だったとは思えない]

[歳の差は八つ]

[しかし、それだけ離れていれば]


「スミノさんから見てコハクちゃんは、可愛くて仕方がない娘のようなものでもあるでしょう」


 歳の差が八歳。

 これは絶妙な数字である。

 単純に考えて、スミノさんが八歳のときにコハクちゃんはゼロ歳。

 スミノさんもまだまだ幼い子どもだけど、十歳にもなれば自我形成もしっかりしてくる。

 そこから成長して、いまのコハクちゃんの年齢である十六歳。

 高校生になったスミノさんの目には、未だ八歳のコハクちゃんが映るのだ。


 コハクちゃんが赤ちゃんだった頃を、スミノさんは覚えているし。

 コハクちゃんが初めて立って歩いたときや、初めて学校に登校した日。

 七五三も記憶しているだろう。


 歳の離れた兄弟姉妹。

 兄や姉からしたら、弟と妹はいつまでも可愛いまま。

 だって、小さかった頃の姿を覚えているのだ。


「十代の頃はメイド長ではなく見習いだったとも思いますし、スミノさんは使用人としてコハクちゃんのお世話をする機会も多かったそうです」


[ははぁ]

[じゃあ、九条スミノにとっては愛娘にも等しい女の子を]

[ハクア、キミはたぶらかしたワケだね?]

[九条スミノはゆえに]

[玲瓏館に悪い噂が立つのを嫌った──というよりかは]

[ハクアを追い出そうと企んだほんとうの理由]

[実のところそれは、母心に似たコハク嬢への愛情からだった、というコトになりそうだけど]

[じゃあ、仕方がないよ]


 もう完全に、僕が悪者みたいな言い方である。

 否定しづらいのが何とも言えないが、しかし、だからと言って人間を落とし穴に突き落として良いものだろうか?


 地上三階の高さから、地下二階へ。

 国土交通省の試算に照らし合わせれば、優に10メートル以上はある。


 そんな空洞を、命綱無しでバンジージャンプ?


 一歩間違っていれば、僕はあのとき死んでいた。

 ザクロのように脳味噌をぶちまけて、落下死していただろう。

 だって頭から落ちたからね。


[……む]

[けど、にもかかわらずキミは助かった]

[こうしていまも無事でいる]

[それは、なぜだい?]


「……まぁ、単純な話ですよ。僕を落とし穴に突き落とした犯人が、そのまま僕を空中で掴み上げたからです」


 床に落下するギリギリで。

 僕はふわりと重力のくびきから解き放たれた。

 タマヒュンしすぎて死ぬかと思っていた直後に、ドッと安心したのを覚えている。


 伝奇憑き、雪夜叉舞。


 スミノさんはあの時、すでに取り憑かれていた。

 それどころか、ある程度バケモノとしての自分の能力を、把握・コントロールしている様子でもあった。


[──なんだって?]

[じゃあ九条スミノは、これまでの玲瓏館の伝奇憑きと違って]

[自身の意思で怪異現象を起こし]

[あまつさえ、そのチカラを利用したって言うのかい……!?]


「彼女は言いました」


 ──もう追い出すのはやめです。

 ──貴方は深入りしすぎました。

 ──当館は貴方を、もはや二度と外には出さないでしょう。


 凍える声で、冷たい眼差しで。

 ひやりと底冷えのする敵意すら滲ませて。

 白銀の天女は夜叉女のごとく、極めて感情を排斥した声音で告げた。

 僕を、


「〝監禁して差し上げます〟と」




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