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館もの伝奇ミステリ(?)に転生して全事件を解決したら館の美女母娘とメイド姉妹に終身●●された冴木ハクアの袋小路  作者: 所羅門ヒトリモン


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File.1「主人公:冴木ハクア」



 ひとりの青年が、洋館の一室で椅子に腰掛ける。

 部屋はホテルのような様相で、一言で言えば客室だ。


 小さな机ですらアンティーク感があり、椅子も重厚感のある木製。


 床には絨毯が敷かれていて、庶民感覚では「なんかもうすごい」としか言えないデザインと質を備えている。

 ペルシャ絨毯かな? と青年はいつものように首を傾げながら、それ以外に高級そうな絨毯の名前を知らない。


 夜。


 真鍮性の古風な燭台に明かりを灯して、白髪の青年は古びたノートパソコンを開いた。

 燭台のオレンジ色と、ノートパソコンのブルースクリーン。


 照らされた顔つきを見るに、歳の頃はちょうど二十歳を過ぎたばかりか。

 あるいは、二十一歳くらいといったところだった。


 若白髪なのか、敢えて強めのブリーチをかけているのか。

 由縁は不明なれど、とにかく白髪のせいで後ろ姿だけだと老人にも誤解されかねない。


 しかし、よくよく注視してみると、青年の横顔はシュッとしていて眉なども流麗だった。

 ただ、少しやつれている。疲れているのかもしれない。


 身体つきは何らかの武道でも嗜んでいるのか、肩回りと脚などは意外にもガシッとしていて、精悍だった。


 青年は風呂上がりなのだろう。

 ややだらしないが、パンツ一丁と薄手のTシャツだけを身につけ、寝巻きとしているようだ。


 そのせいで、普段は着痩せしてしまい分かりづらい筋肉が、今はハッキリと外気にさらされている。


 まぁ、()()()()()()()()()()()()()()

 部屋のなかには青年ひとりだけ。

 そのうえ時刻が深夜三時過ぎともなれば、不思議も無かった。


 ただし、青年が見下ろすノートパソコンには不思議があった。


 奇妙な点と言い換えてもいい。


 ノートパソコンには、怪しげな()()がこれでもかと貼られている。

 ドーマンセーマン(陰陽道などでは有名な五芒星の印と格子印)、それにお墓の後ろに立てかけられている卒塔婆(そとば)などでよく確認される梵字の羅列。


 もしもこれが自分で選んだステッカーなのだとしたら、ハッキリ言ってセンスが無い。


 オカルト趣味は、ややマニア的なニュアンスを含んでいる。


 一般の趣味嗜好からしたら、少々ズレてると言わざるを得ない枠組みだろう。


 が、そのノートパソコンが奇妙と言わざるを得ないのは、そういったビジュアル面の特徴というよりも。


 どちらかと言えば、現在進行形で映し出されている()()にあった。


 ノートパソコンはずっと、ブルースクリーンのままだったのだ。


 ブルースクリーン。


 普通、パソコンというのは電源を入れて起動すると、しばらくしてサインイン画面が映し出される。

 セキュリティ設定を入れていない場合は(今時かなり珍しいと思うが)、デスクトップ画面に遷移(せんい)するだろう。


 なのに、そうではなくずっとブルースクリーンというのは……パソコンが極めて重篤な状態にある証だった。

 特に、古ぼけたノートパソコンともなれば、いいかげんに寿命。

 故障を覚悟していい「うわマジかよ」状態である。


 しかしながら、青年は慣れているのか。


「……」


 特に動揺もせず、ノートパソコンのキーボードに両手を添えた。

 再起動を試すのだろうか?


 ──カチ、カチカチ。


 違った。

 青年はどういうワケか、タイピングを始めていた。

 すると、ノートパソコンのブルースクリーンに点滅したホワイトカーソルが浮かび上がり、0と1の世界で端的な文字列が形作られていく。


[こんばんは、冴木(サエキ)白亜(ハクア)


 青年がタイピングしたタイミングとは、ズレた出力だった。


 もし、この場に注意深く青年を観察している者がいれば、さらに妙な事実にも気がついただろう。


 青年がタイピングしたキーと、実際に画面上に映し出された文字列とで内容が異なる点にだ。


 いや、さらにさらに言うのであれば。

 そもそもブルースクリーン状態で、文字入力などはできないはずだった。


 キーボード入力は無効化されていて、OSはクラッシュしていて、ただ単に何の役にも立たないエラーコードが表示されるだけ。


 それが、ブルースクリーンの常識なのである。


 なのに。


[久しぶりに会えて嬉しい。調子はどうだい?]


「フッ」


 ついには、ひとりでに映し出され始めた白色の文字の内容に、青年は親しみを込めた笑みさえ溢していた。


 ()()()()()


 ──カチ、カチカチカチ。


[そうか。少し疲れているんだね。夜更かしは健康に良くない]

[もっとも、こちらにそちらの感覚は分からないんだが]

[……ふむ。無理をしていないようなら結構。では喜んで、久闊(きゅうかつ)(じょ)するとしようか]


 久闊を、叙するとしようか?

 新時代のAIテクノロジーでも、ここまで()()()()()反応は返さない。

 少なくとも、なんのプロンプト(事前打ち込み)も無しには、久闊を叙するなんて気取った言い回しは選ばないはず。


 となると、一見ブルースクリーンのように見えているだけで、実際には誰かとのチャット画面なのだろうか?


 否。ありえない。


 ノートパソコンは有線接続されておらず、また古びた外観(分厚く重厚感がある)から、WiFiやBluetoothなどが無かった時代に生産された品なのではないかと思われた。


 推理をしよう。


 ならばこれはきっと、あらかじめそういうプログラムが組まれたアプリケーションに違いない。

 青年はIT関連に強く、自分で開発したアプリに、敢えてブルースクリーン状態(に見える)で人間らしい応答をさせている。

 だから一見、このような画面が映し出されているのではないだろうか?


 反論をしよう。


 なんだそれは。

 無意味すぎてワケが分からない。

 いったい何の意味があって、青年がそんなアプリを深夜三時過ぎの風呂上がりに起動する必要があるのだろうか?


 ベッドに行け。


 仮にこの推理があっていたとたら、あまりにも青年が寂しくて可哀想である。


 機械に友だちのフリをさせるにしても、それならいまどきWebで無償使用できる大手企業のAIでいい。


 つまりだ。


「さすが、()()。この理性、並の()()()じゃないですね」


 感嘆混じりの呟き。

 口元を綻ばせ、目元さえもわずかに弓形(ゆみなり)にした青年──冴木ハクアの頭が正常であるならば。


 ここまでの状況証拠から、ノートパソコンは謂わゆる『(いわ)くの品』なのだと認める他なかった。


 冴木ハクアは、()()()()、超常現象と相対しているのだ。




 ────────────

 ────────

 ────

 ──




〝どうも、冴木ハクアです〟

〝館もの伝奇ミステリADV(?)の世界に転生しました〟


 初めて師匠にタイピングした時、打ち込んだ一文をいまでも覚えている。


 僕の名前は、『冴木白亜』


 そう、サエキ・ハクア。

 この音の響きが、物心ついた頃から妙に気に掛かっていた。

 なんというか、初めて聞いた気がしなくて、どこかで何度も耳にしたような気がしたのだ。


 珍しい名前だから、そんなはずあるワケないのに。


 小学校低学年くらいから、ずっと妙な既視感(デジャブ)に付きまとわれていた。

 既視感(デジャブ)は名前だけじゃく、成長するのと同時にどんどん他の物事にも広がっていった。


 住んでいた孤児院。

 暮らしている町。

 地元の人はみんな知ってる崖の上のお屋敷。

 普段から何気なく通い詰めている古書店。

 高校卒業を機に、初めて自分で契約したボロ賃貸アパート。

 大学でハマった民俗学。


 どれも初めましてのようで、初めましてじゃない。


 要所要所でそんな既視感(デジャブ)が訪れるものだから、これまで何かを心から新鮮だと感じられた経験は、イマイチ無かった。


 そんな大学一年生の折に、運命の転機(ターニングポイント)がやって来た。


 師匠──あのときは単なる廃品間近のラップトップだと思っていたけれど。


 呪いのノートパソコン。


 そんなノリで売りに出されていた中古品を、まるで導かれるようにして何故か古書店で購入してしまって(古書店で中古PCが売られていた理由は謎)。

 電源を入れたら、案の定うんともすんとも言わないブルースクリーンで。


 僕はこれと言って深い考えがあったワケではなく、ただの気まぐれだけでキーボードを叩いた。


 どうも、冴木ハクアです。


 そしたら、


[はじめまして、冴木ハクア]

[よくこんなわたしを手にしてくれたね]

[どうか気味悪がらず、安心して欲しい]

[あなたに危害は加えないものと、約束する]

[お喋りをしないかい?]


 ブルースクリーンに次々、文字が浮かんだ。

 あの瞬間、冴木ハクアこと僕の脳には、駆け巡るように直観が冴え渡った。


 知っている。

 なんとなくだけど、知っている。

 ゲームのプレイ経験は無い。

 アニメやマンガもTVコマーシャルで知っている程度。

 小説を手に取ったコトもない。


 それでも、結構な人気作だったから大まかなジャンルとあらすじ、SNSで受動喫煙する程度の幾つかのシーンは知っていて。


 この世界はきっと、『伝奇憑きの館』って云うタイトルで知られた創作物。

 館もの伝奇ミステリの世界なんじゃないかと、閃きに確信を覚えた。


 その直観があまりにもアハ体験すぎたせいで。

 思わず興奮から我も忘れて打ち込んでしまったのが、さっきの〝どうも〟の後に続けた一文だ。


 僕は自らを、前世で架空とされていた登場人物(キャラクター)──それも、()()()


 と、自認している異常青年になってしまった。


 しかし、この確信と自認が覆るコトはないだろう。


 新本格ミステリや新伝奇の系譜である『伝奇憑きの館』は、冴木白亜という生まれつき白髪の男子大学生が、地元で有名な()()()()にひょんなことから足を運ぶようになり。


 そこで巻き起こる現実離れした事件。

 館の住人たちが見舞われる怪奇現象。


 心の闇に巣食う怪異の存在。


 そしてそんな怪異に取り憑かれてしまった、『伝奇憑き』を対象に。

 彼女たちが何故そんな目に遭ってしまったのか。

 どうして怪異が宿ったのか。


 謎を解きながら、事件と一緒にヒロインの悩みをも解決するというストーリーラインだったはずで。


 冴木白亜には、サポートキャラとして〝師匠であり相棒、憑藻神〟のノートパソコンがいる設定だった。


 ──これで、自認を覆せと言われても困る。


 なので、そこからの僕は行動した。

 オカルトが現実に存在している今の世界を受け入れて。


 来たる物語の開幕、美女屋敷──『玲瓏館(れいろうかん)』にて無事にハッピーエンディングを迎えられるよう、骨董品レベルのノートパソコンを師匠と仰いで怪異と伝奇憑きについて学んだ。


 念のため、おさらいしておこう。


 伝奇とは文学や物語のジャンルのひとつで、歴史・神話・伝説・怪異・超自然現象などを題材にした奇想天外な物語を指している。


 で、この世界の『伝奇憑き』っていうのは、そういった空想の文脈下で語られる〝お話〟を背景にした怪異が、人間に取り憑いた存在を指しているんだ。


 ストーリーの詳細は知らなかったけど。


 僕が主人公をやろうと思った動機は、とても単純。


 超常現象に対する少年のような好奇心。


 それと昔から、地元で美女が住んでいると噂されていた玲瓏館に、男としてうっすらとした下心があって〝冴木白亜である自分〟を受け入れただけ。


 妖怪とか好きだったし。


 大学では引き続き民俗学・怪異学を専攻して。


[もしわたしのような存在と、伝奇憑きについて今後も関わる気があるなら]

[ハクア。キミは『読解師』になるといい]


 師匠の勧めに従って、恐らく原作のハクアと同様、いわゆる専門家の道も歩み始めた。

 身体も鍛えて、空手道場と剣道道場にも通った。


 二十一歳。


 およそ、十九歳から二年の歳月をかけて。

 やはり運命なのか。

 嘘のようにすんなり、物語の舞台にも身を投じるコトになった。


 ああ、ほんとうに──





「……ほんとうに、懐かしいですね」


[そうだね。キミが転生者だの何だのと言い始めた時は]

[これはまた、ずいぶん奇矯な人間に拾われてしまったと思ったものだけれど]

[話を聞けば面白かったし、読解師としても成長して、ちゃんと事件も解決できたようで良かったよ]


「はい。ありがとうございます」


[だけど、ずいぶんと待たされてしまったな]

[館の住人、七人分の事件を解決するんだから、ここ三ヶ月間、忙しかったのは分かるけれど]

[なにもすべての事件を解決するまで、待たせずとも良かったんじゃないかい?]


「ハハハ……すいません、師匠」


 呟きながらキーボードを打鍵して、苦笑する。


「何しろこれまで、ほんとうに立て続けに事件が起こっていたので、彼女たちからあまり目を離せる時間が無かったんです」


[ふむ。玲瓏館の住人は、そんなに心の闇が深かったのかな]

[とはいえ、全事件の解決と同時にきちんとわたしを思い出してくれたんだ]

[疲れていて、眠いだろうにね]

[だから、本気で拗ねているワケじゃないとも]


「師匠は優しいですね。いやぁ、久しぶりに癒されます」


 後半は打ち込まず、前半だけ返して反応を待つ。

 すると、ノートパソコンは少し逡巡したタイムラグを挟んで、堪え切れなかった様子でおずおず切り出してきた。


[で、では……悪いがさっそく、聞かせてもらっても構わないかい?]

[七つの事件と七つの怪異、七人の伝奇憑き]

[およそ二年前にハクアから話を聞いた時から、わたしもずっとこの時を待っていたんだ]


 古ぼけたノートパソコンの憑藻神は、誰かとの会話に飢えている。

 そしてその会話が、こと怪異や伝奇憑きにまつわる話であるのなら、特別強い興味と関心を示す。


 自身を探偵的な趣味嗜好の持ち主だと語るのが、僕の師匠だ。


「ええ。構いませんよ。僕もそのために疲れた身体に鞭打って、こうしてるワケですから。ただ──」


[ただ?]


 言葉を途切れさせ、わずかに言い淀む僕に師匠は矢継ぎ早だった。


[ただ、どうしたと言うんだい?]

[なにか問題があるのなら、万難を排して話を聞こう]

[わたしとキミの仲じゃないか]

[どんなことでも、相談に乗るよ]


 優しい。

 そしてほんとうに無害。

 この二年間と少し、冴木ハクアの傍でずっと頼りになる相棒であったノートパソコン。


 だからこそ、余計に言いづらいものを感じてはいる。


 怪しげな趣味と白髪という外見。

 貧乏苦学生でもある冴木白亜には、友人がいない。

 ほんとう、おもしろいくらい人付き合いが上手くいかない。

 どうにも敬遠されてしまう。

 親兄弟もいないので、一年以上も親交があるのは目の前の所持品だけだ。


 言うなれば、唯一の気安い関係である。


 男友だちのような感覚だ。


「でも、こんなコトやっぱり、師匠にしか相談できないし……」


 意を決して、相談内容を打ち込む。


「実は」


[実は?]


「事件を解決したら……」


[解決したら?]


「玲瓏館の七人全員から……」


[うん]


「告白を、されてしまって……」


[──え?]


「彼女たち、噂以上にすっごい美人で……僕、事件を解決するコトばっかに集中してましたから、どうしたらいいのかなぁ……って」


[……えっと]


「師匠。僕はどうしたらいいんでしょう?」


 尋ねると、ノートパソコンは三十秒ほどカーソルを点滅させた。


[…………あー、なるほど?]


 ご丁寧に三点リーダで困惑も表現しながら、師匠はフリーズしかかっている。

 やがて、こちらが根気強く反応を待っていると、


[……つまり、ハクアの悩みは恋愛相談というコトかな?]


「そうなります」


[ただのノートパソコンには、荷が重いな]


「師匠は、ただのノートパソコンじゃないじゃないですか」


[それはそうなんだが、人間ではないからな。しかし、うん。なるほど……]


「師匠?」


[少し待ってくれ。キミの問題を理解したい]

[この相談はつまるところ、七人の異性のうち、誰を選ぶべきかという点で悩んでいる]

[そういう理解でいいだろうか?]


 僕は首を振った。


「違います」


[違うのか]


「七人全員とは、できるコトなら付き合いたいです……」


[この時代に、なかなか思い切った発言だ]


「オープンマリッジとかセカンドパートナーとかある時代ですよ? 何もおかしくないと思います」


[たしかに?]

[恐れ入った]

[わたしとキミの仲だから、敢えてコメントは控えさせてもらおう]

[では、キミが抱えている問題について再確認の時間だ]

[いまの発言から察するに、相手方の女性陣が、当然、反対した]

[それが問題なんだね?]


「違います」


[違うのか]


「反対はされてないんです……」


[嘘だろう?]

[バカな]

[そんな与太話があってたまるか]

[これは現実か?]


 憑藻神が現実を疑い始めた。

 しかし、紛れもない現実だった。

 冴木ハクアは玲瓏館の美女たちから告白され、しかも、彼女たちの間で同時交際さえ問題ないと結論が出されている。

 それを正面から伝えられてもいる。


[理解に苦しむが、では何が問題なんだろう?]

[ハクア。キミは一般的な男性の心理からしたら、非常に羨望されてやまない立場にいるようだが]

[世間体を気にしているのかな?]


「……まぁ、世間体を気にしていないと言えば、嘘にはなるんですけど」


[ハハハ]

[さっきの発言を受けて心配していたけれど]

[安心したよ]

[とはいえ、当然だね]

[オープンマリッジもセカンドパートナーも、世間ではまだまだ風当たりが強い]

[常識があって良かった]

[つまり、さっきの発言は半分冗談だったと捉えておこう]

[男の子なら、そういう欲求があるのは仕方がない]


 理解のある彼女みたいなレスポンスだった。

 しかしながら、問題はまだ何一つとして解決していない。


「僕が悩んでるのは、男の甲斐性についてなんです」


[男の甲斐性?]


「はい。僕はまだ学生で、稼ぎもないじゃないですか」


[そうだね。バイトはしているけど、ほとんどが学費と生活費で消えているんだものね]


「そうです。しかも、読解師って安定した収入があるとも言えないでしょう?」


[それは、まぁ……]

[世間一般からしたら、インチキ霊媒師くらいの認識だろうからね]

[けれど、今回の玲瓏館での事件解決]

[依頼達成に伴って、かなりの収入があったはずじゃないのかい?]


()()()()()


 問題はズバリ、そこにあるのだと僕は唸った。

 キーボードの打鍵を、気持ちじっくりと行う。


[ねっとりとタイピングするのはやめたまえ]


「いいですか、師匠? 今回の一連の事件で、僕は玲瓏館からかなりの報酬を受け取りました。向こう六年分の家賃が支払えるくらいです」


[おお。それはすごいね]


「でも、これは一時的な収入であって、今後も続くものじゃない」


[うん]


「さらに言えば、玲瓏館の彼女たちからしたら、僕の住んでるボロ賃貸(アパート)六年分の家賃なんて、大した額じゃないんです」


[ふむふむ]


「僕は、男なら自分の女くらい、自分で養いたいワケですよ……」


[あー……]

[ようやく、キミの悩みが分かってきたよ]

[要するに、こういうコトだね?]


 ブルースクリーンに、箇条書きが映し出される。


 ①冴木ハクアは玲瓏館の美女七人から告白された。

 ②冴木ハクアは彼女たちの告白をすべてOKしたい。

 ③玲瓏館の彼女たちも、ハーレムを容認している。

 ④だが冴木ハクアには、貧乏人なりに男のプライドがあった。


[このままでは自分が、単なるヒモ野郎になってしまうのが嫌だというワケだ]


「だって、そうですよね? 世間の風当たりも考えるのなら、僕はなおさら男として甲斐性を磨いて、彼女たちが安心して身を任せられる()を持ってなきゃダメじゃないですか」


[その考え方自体は立派と言えなくもない]

[けれど、だからといって、読解師をやめるつもりも無いんだろう?]


「はい」


 非日常の味を一度知ってしまったのに、今さら元の日常に戻れる気がしない。


「だから困っているんです。しかもですよ?」


[まだ何かあるのか]


「玲瓏館から今日、言われたんですよ。」


[言われた? 何を?]


「今後も引き続き、玲瓏館で雇われてくれないかと……」


[……]

[……]

[……]

[え? ん?]


 師匠は困惑した様子だった。


[それはえーっと、事件がまだ解決していないから……とかではなくて?]


「はい。事件は解決したんですが、どうもまた取り憑かれるかもしれないからとか……不安なんです、とかってみんな言ってて……」


[──キミ。囲い込まれそうになっているのか]


「やっぱりこれ、そういうコトですよね……?」


 物の見方によっては、飼われそうになっているとも言える。

 相手は金銭的にも社会的地位でも上。


「なんなら、いま住んでるアパートも引き払って、玲瓏館に住めばいいとかまで言われてて……メイドさんには朝から晩までずっと甲斐甲斐しくお世話されて……まんまホテル暮らしみたいな生活で綺麗な女性に囲まれて……ドキッとする会話とかもあって……正直この客室とかも、もっといい部屋に変えていいらしくて、今でもめっちゃ居心地良いのにマジかよってグラついてて……」


[おいおい]

[相談されているのか、幸せ自慢をされているのか分からなくなってきたぞ?]


「そう捉えられても仕方がないとは思っていますが、だからこそ、それはそれで真剣な悩みなんですよ」


[ふむ]

[じゃあ聞くが]

[全員が全員、そんな調子なのかい?]


「はい。毎日毎日、美人母娘四人と美人メイド三姉妹に、都合がいいコトしか言われなくて……」


[そうか]

[……たしか玲瓏館の主といえば、三人の娘の母親で良識的な人物だったと聞いていた気がするが]

[まだ若いとはいえ、大人である彼女までもが……大学生であるキミをそこまで……なんだね?]


「そうですよ? だからこのままじゃ僕、ダメ人間になりそうで怖いんです……」


[……]


 師匠は沈黙した。

 僕もタイピングをやめて、数分が経つ。

 そうしていると、


[彼女たちの精神状態が、すこし気になるな]

[事件を解決したというハクアの話は信じるが]

[もしかすると、伝奇憑きになった影響で、後遺症のようなものが残っているのかもしれない]


「え? ど、どういうコトですか?」


[たとえば、ベジタリアンの子どもとステーキ肉の話だ]

[ベジタリアンの両親のもとに生まれた子どもは、幼い頃から菜食しか知らない]

[しかし、あるとき必ず肉食の存在を知る]

[そして子どもは、人生のどこかで生まれてはじめて肉を食べる機会を得るだろう]

[──そのとき、大多数の子どもがどうなると思う?]


 ()()()()()()()()()、と師匠は断言した。


[同じ館で暮らしている七人の人間が、同時期に伝奇憑きになるなんて]

[なにかよっぽど鬱屈とした原因があったのだろう]

[そう。とても強いストレスが]

[彼女たちは言うなれば、肉食の存在を知りながら菜食を強制され続けていた状態に近い]


 そんな時に、彼女たちにとって救いとなる存在が現れてしまった。


[冴木ハクア。キミは玲瓏館の彼女たちにとって]

[まさしく、最高級のステーキ肉に映ったんじゃないかな?]


「……僕が、ステーキ肉に?」


[彼女たちはキミに、()()()()になっている]

[ともすれば、伝奇憑きだった時よりも激しい感情を抱えて]

[わたしはなんだか、そんな気がしてきた]


「え、ええ……?」


 実際に伝奇憑きの起こした事件を目の当たりにしたばかりなコトもあって、僕はいささか懐疑的な反応を返してしまった。

 いくらなんでも、そこまで自惚れられるほど僕は自信を持たない。

 師匠も、そこは理解したのだろう。


[とはいえ、さすがにただの憶測だ]

[これ以上の考察と推理は、詳しい情報が無いと難しいね]

[恋愛相談に対するアドバイスも、どうしようもない]


「……ってコトは、やっぱり話は最初に戻りますか……」


()()

[キミに告白したという玲瓏館の七人について]

[それぞれのプロフィールを詳らかにし、どんな女性なのかを改めて教えてくれ]

[ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それはやはり、と師匠は接続詞を繋げる。


[彼女たちが起こしたひとつひとつの事件についても、なるべく詳しく触れるよう頼むよ]


 読解師(専門家)の仕事とは。

 怪異に憑かれた人間の心象を解き明かし。

 取り憑いた怪異のバックボーンとなる【伝奇】を読み解き。

 新たな物語(解釈)を紡ぐことで、憑き物の苦しみを解決するコト。


[伝奇憑きの生い立ちや背景、精神状態]

[そういったものをつぶさに観察し、調査しながら、時には超常現象そのものから人生観さえ読み解き、取り憑かれた原因を祓うものこそ、読解師だ]

[ならばやはり──まずはひとつひとつの事件を、振り返ってみるべきだろうね]


 冴木ハクアが玲瓏館の七人に告白された原因も、そうなれば自ずと明らかになる。

 師匠は名探偵のように、キメた。




 ────────────


【美女屋敷『玲瓏館邸』の住人たち】


 ♦︎美園(ミソノ)

 美園珠梨愛(ジュリア)|母|34歳|玲瓏館の主人

  T176 B132(V寄りのUcup) W60 H95

 美園美兎(ミウ)|長女|18歳|女子校の優等生

  T180 B121(R寄りのQcup) W59 H94

 美園瑠璃(ルリ)|次女|17歳|共学校の元スポーツ特待生

  T163 B119(Q寄りのPcup) W57 H88

 美園琥珀(コハク)|三女|16歳|女子校の不良生

  T150 B116(P寄りのOcup) W58 H78


 ♦︎九条(クジョウ)

 九条澄乃(スミノ)|長女|24歳|玲瓏館のメイド長

  T167 B129.5(U寄りのTcup) W57 H91

 九条優奈(ユウナ)|双子姉|19歳|玲瓏館の女子美大生メイド

  T164 B126(T寄りのScup) W58 H88

 九条柚姫(ユズキ)|双子妹|19歳|玲瓏館の女子短大生メイド

  T164 B124(S寄りのRcup) W58 H88


 ────────────




[……ハクア]

[たしかにプロフィールを詳らかにしろとは言ったけど]

[スリーサイズまで把握しているのは、どういう……]


「事件解決のため調査を進めていく内に、偶然、知る機会がありまして」


[……そうか]

[深くは訊くまい]

[にしても──]

[ずいぶんと、平均を逸脱した数値だ……]


 人間ならざるノートパソコンの憑藻神でさえ、驚嘆を示さずにはいられないらしかった。


「ええ、ほんとうに。僕も心からそう思います」


[キミ、こんな爆乳美女七人に慕われているのか]

[しかも、母娘丼に姉妹丼、双子丼までよりどりみどり]

[ここまで来ると、逆にどうやって惚れられたのか]

[普通に知的探究心が湧いてくるよ]


「奇遇ですね」


 僕もそれは、どうしてなんだろう? と未だ戸惑っていた。

 師匠曰く、僕は彼女たちにとってステーキ肉らしいが……


[まあ、いい]

[ではそろそろ、始めるとしよう]

[七つの事件、七つの怪異、七人の伝奇憑き]

[すべて俎上(そじょう)に並べ、其の幻想と心の闇を解体する]


 重要な証拠品や、参考となる記録物があれば適宜提示するように。

 ブルースクリーンに簡潔な指示文を浮かべ、ノートパソコンの憑藻神は電源アダプタとも繋がっていないのに、熱を発していた。



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