過ぎゆくもの
ああ、すべて過ぎてゆく。
何もかも、感じられなくなっていく。
縋りつこうと藻掻く右手を、必死に押さえる左手が、僕の弱さを言葉よりも雄弁に語っている。
明日だったはずの今日も
次だったはずの今も
遠く霞んでいたはずの未来も
アスファルトしか覚えていない青春も
地面に映る天国に、救われた気がして飛んだ思いも
無機質な部屋の寂しさも
この身体がよじれるようなあの痛みも涙も
あの胸を焦がしたあの日々も
世界が変わったあの一言も
恥じらいあったあの瞬間も
唇の柔らかな感触に、此処が天国だと思ったあの夜も
地面が揺らいだあの一言も
白い巨大な病棟の一角にあの娘が見えたその瞬間の、どうしようもない虚しさも
涙がこぼれた帰り道も
今でも耳鳴りのように身体を引き裂くあの言葉も、
あの磯の匂いも、波風も
飛ぶようにすぎる車窓も
すべてを紙に吐き出すときの、世界を作るがごとくの高揚感も
全部全部、今はもう「無い」のだ。
この手のひらのその中で、確かなのは血潮だけ。
僕を流れる血潮だけ。
それを感じるこの瞬間すら、言葉を吐く間に、過ぎゆく。
名残を惜しむなどという、言葉は多分、知らないんだろう。
過去なんて、僕の頭の中の話で
それがこの世に確かに在るという、確証なんて、所詮幻想。
だってこの手にないんだから。
だって存在するという、確証なんてないんだから。
だったら、ひとつ、言わせてくれ。
そいつらのせいで未だ夜、ベットにうずくまる僕はなに?
そいつらのせいでいまもなお、未練が捨てられぬのはなぜ?
そいつらのせいでどうしても、今が尊く感じられるのはなぜ?
今此処でこうやって、痛みに、視界を歪ませて、言葉を紡ぐ、僕はなに!




