前編・火おこし
新シリーズ”春はあけぼの”です。
数えてみれば、およそ2300文字!進化したものです。
前編・後編に分けて作ります。
拙い文章ですが、読むのが苦でなければ、どうぞお楽しみください。
四月八日・水曜日
突然の葬儀。私の知らない親戚の葬式は、退屈であった。そうであっても、帰ると言えばたちまち、厄介な老人どもに大声で「薄情者が!」なんて囁かれるだろう。どっちが、という話だが。
死因がそれであることが、より気まずい。心地の悪い粘性の、重たい空気の上に、私は浮き上がってしまっていた。心なしか遺影の黒がしみ込んで、さながらモノクロームのようだ。私の煙草の煙のほうがずっと鮮やかに感じられた。
私は、やる気のない、顎髭の目立つ中年であった。家のベッドと会社のデスクを往復する日々を過ごしていたら、あるとき煙草にどっぷりはまり、今では貯金とヘモグロビンを絞りつくされ、いつの間にか、気力も自信もなくなってしまっていた。
このそこはかとなく無駄で、退屈な時間は、私に考える時間を与えた。
「このままでいいものだろうか。」
と、ただひたすら、思い詰めていく。
そんな中、ひそひそと話す薄情者の声が、私の耳に入り込んできた。
「―――私たちじゃ養えないわよ?」
それを聞くたび、肩身を狭くしている1人の少女がいた。決して泣いているわけでもなく、ただうなだれて、長めのツインテールで顔を隠した。
何を思ったのか、私はライターで最後の煙草に火をつけてくわえ、少女の所までずかずかと、大股で歩いて行った。そして、最大限、かっこよく、頼れる大人であれるように、言った。
「……譲ちゃん、家に来ねぇか?」
2度とない機会。少女は、私をまた人間のように変えてくれる気がした。ただ、変わりたくて、少女にその責務を押し付けた。
少女の涙が、灰になって落ちた。言葉は告げず、ただ頷いた。
四月九日・木曜日
葬儀の後、晩御飯を近くのファミレスで食べ、少女を家に連れて帰った。寝るだけの住処であるが、お世辞にも綺麗とは言えない。
「……俺が使ってない部屋に案内しよう。」
出会ってから結構な時間が過ぎた。にもかかわらず、少女は口を開かずにいた。相当困惑しているのだろうが、信用してくれているのだろうかと不安になる。
「ベッドはないが……布団を用意しよう。ヤニ臭いだろうが、今日だけだ。」
布団を用意し、部屋に敷く。今日は寝なさい。と一言だけ言って部屋を出た。
その夜、私は人生で1番といえるほど頑張った。コンビニなんかを回って掃除用具をかき集め、埃とヤニの溜まった部屋を掃除し、風呂を天井の隅から排水口まで磨いて、体を洗って、髭を剃って、服を洗って、気づけば朝。初めて炊飯器とフライパンを使って料理をした。あたふたしながら、キッチンをせわしなく動き回っていると、少女は部屋から出てきた。少女は油の跳ねるフライパンの目玉焼きを、その湯気を見つめている。見られてしまった。
羞恥と同時に、おかしさがこみ上げてくる。こんなにも、あの煙の香りを忘れて動き回ったのはいつぶりだろうか、こんなに一生懸命だったのはもう何年前だろうか、自堕落が徹夜して何をやっているんだろうか。すべてがおかしかった。楽しかったんだと自覚した。
「……朝ごはんにしようか。」
座って。と、ただ一度も使われていないテーブルに料理を置いた。
「みそ汁は、ちょっと、難しくて、断念したんだ……インスタントでもいい?」
ダサいという考えが、煙のように肺に充満する。まともな生活してないことなんて、傍から見ても丸わかりだった。頷いた少女は、椅子に座って待っていた。
ポットでお湯が沸くと、待たせるわけにはいけないと、すぐ茶碗に注いだ。
「ごめんね、お待たせ。じゃぁ、ええと…いただきます。」
食事の前に、手を合わせたのは、いつぶりだろう。誇らしく、こっぱずかしくて、頬をかいた。
「どうして、俺についてきてくれたんだ?」
「……ほかにいなかったから。」
やっと口を開いてくれた。が、やっぱり、私はよい人間に見えていなかっただろう。世間的に見れば、子供の前で煙を吐き出すような迷惑な輩だ。そう思われていても不思議じゃない。
「―――」
ぼそっと、少女は何か言ったが、私は聞き取れなかった。
「―――そういえば、名前言ってなかったね。篠原 誠です。よろしく……。」
「……紫春です。」
仲を深められた気がして、飯は質素だが、有意義な時間に思えて、いつもより時が長く感じた。
四月十一日・土曜日
引っ越しのために家具を持ってきた。紫春のベッドがようやく運び込まれ、布団は片づけた。二度目の大掃除をした。ネットで必死に動画を見漁って、出来そうなことをした。そのあとは、紫春と昼食を食べに行き、家に戻ってから、スーパーに食材を買いに行った。
帰ってきたころには、ずいぶん時間が経っていた。ロクに買い物をしていなかったのだ。少し大きいスーパーでも、随分と迷ってしまった。刻一刻と過ぎてゆく時間に焦っていた。
「―――しまった…じゃがいもが無い……。」
カレーに挑戦する予定が、じゃがいもを買い忘れていた。慣れていないのだから、こうなる前に、チェックシートでも作ればよかった…と、後悔した。
「……紫春ちゃん、その……」
「…?」
息をのむ、夕食のカレーごときの問題であったが、私はひときわ縮こまっていた。
「今日カレーなんだけど……じゃがいも買い忘れちゃって……。」
「―――いいよ?べつに…。」
丸くした背筋が、ちょっと痛く感じて、伸びをした。
無理やり上げた口角がほぐれていった。
「―――ごめんね、ありがとう。」
出来上がった甘口のカレーは、じゃがいもがなくても美味しかった。大きさがバラバラな野菜も、我ながら愛おしく感じられた。
「おじさんのカレー、おいしいよ。」
「じゃがいも無くても?」
「―――うん!」
どうでしたでしょうか?
この作品が気に入っていただけましたら、
メインの作品である、「シアター」も見てくださると大変うれしいです。
意見・感想・誤字脱字等ありましたら、気軽に書き込んでいただけると幸いです。
※登場人物は、ロ〇コンではありません。