第3話 遠い空
「空って……こんなにも遠いものだったかしら」
エステルの他には自分の世話をするメイドがたった1人いるだけの質素な館の窓から外を眺め、今までよりも格段に狭まった世界を嘆いていた。
ギロチンにもされず、修道院送りにもされず――なぜか生かされた命。
憎いと思って義姉をハメたはずのエマはなぜ、演技をしてルーカスに懇願してまで私を生かしたのだろうかとエステルは何度も考えていた。
この館に連れてこられたその日からずっと……。
「母違いの――正妻の娘である私なんて生きているだけで邪魔で仕方ないはずなのに……」
エマの心情は分からないが境遇にはエステルだって同情していた。
父であるヴィラルドワン公爵が外に作った子供、それがエマであった。
エステルとは1歳違いであり、初めて会ったのはエステルが十二歳の頃。
父は秘密にしていたが、とある子爵家の遠縁にあたるほぼ庶民に近しい身分の女の子供であり、エマ自身も貴族としての教育は一度も受けたことがない庶民育ち。
母親に似て美人なエマを可愛がっていたヴィラルドワン公爵は、母親が亡くなったことを知るやすぐに引き取ったのである。
「かわいそう……なんて思って、仲良くしようと思っていたのにな……最初は」
スキャンダルとなるが為に、実子ではなく世間的には養子としてヴィラルドワン公爵に引き取られたエマは常に周囲の者らから気遣われ、可愛がられていた。
だが義姉であるエステルの前でだけは違ったのだった。
「お姉様~。私、もう貧乏は嫌ですの。ひとの顔色をいちいち窺って生きるのも、もうご免だわ。だ・か・ら! 私、この国で一番偉い人になることに決めましたの!!」
そう、エステルと二人きりになるとエマは飢えた獣のような顔をしてよく話していた。
「好き勝手が許され、皆がかしずく……それが夢。いいえ、私が必ず叶えるべき野望ですのよ!」
始めはエマが何を言っているのかエステルにはチンプンカンプンで分からなかったが、大勢の人が集まる中で断罪された時、それが明確に解った。
「本性を唯一知っているはずの私まで騙されてたなんて……ね」
ネコを被ったエマは周囲の者を巻き込めるだけ巻き込み、遂には王太子妃の地位まで手に入れようとしている。
いや、今やもう確実に手に入れたと言っても過言ではないだろう。
「今の国王様が退位なされば次は王妃――。跡継ぎが生まれれば国母となり……次はどうなるのかしら」
考えるだけで恐ろしく、エステルはこの国の未来に身震いがした。
だが世間から隔絶されたこの冬の館から死ぬまで出ることはもうなく、貴族の義務からも遠ざけられたのに未来を考えるなんて……と、同時に空しくもなるのだった。