第2話 偽の涙
目の前でむざむざと見せつけられるルーカスの裏切り行為にエステルはショックを受けていた。
「殿下……」
やはりルーカスがまた自分を見てくれることはもうないのだと、エステルは実感して涙する。
「エステル。ここで君の罪をつまびらかにし、君から婚約者の権利を剥奪する!」
ルーカスのその言葉に周囲はまたザワつく。
王太子となって日の浅いルーカスは成人して間もなくであり、次の公式行事で未来の王太子妃が発表されるのだろうと目されていた。
だから誰が婚約者なのかというのはまだ正式には発表しておらず、周囲も想像するのみであったのだが……誰もがエステルがなるものだと噂していたのだった。
そんな中でのこの騒動である。
「お披露目の前で良かった……。王太子である私がいらぬ恥をかかなくて済んだというものだ」
ルーカスの両腕で包まれるようにして抱かれているエマは悲しそうに俯いていた。
「お姉様……」
寂しげにポツリと呟くもそれは演技。
しかしそれを演技と見抜いているのはエステルだけであり、ルーカスも周囲もすっかりと『優しい女』という幻に騙されていた。
「そうだ! 今ここで決めてしまおうか、エマ。君が正式な私の婚約者だと」
「まぁ!」
「これでもう誰も君に手出しはできないからね。だからもう、泣かないで。ね?」
ポケットから取り出したハンカチでソッとエマの涙を拭うと、エステルを険しい顔で見下ろした。
「……となるとだ。貴様は未来の王太子妃に手を出したことになるわけだが……それがいかに大きな罪となるか分かるかね?」
エステルの顔は強張り、体はビクリとはねる。
「ヴィラルドワン家にとっても縁談の望みの薄い貴様はもう邪魔な存在であろう? ギロチンにかけたって――」
「お――」
「おやめになって!」
エステルが口を開いたと同時に発言を制止するようにしてエマが喋りだす。
「ギロチンなんてそんな怖いこと――なさらないで」
「しかしだね、エマ……」
止めに入ったエマの発言にルーカスは難色をしめす。
「私は大丈夫なの。だから……お姉様を死罪になんて……」
ボロボロと涙をこぼすエマの姿にルーカスも弱り、困ったものだという顔をしてしばし考えこむが……。
「ならば……王城にある離れの1つ、冬の館に幽閉するというのでは――どうかな?」
「えぇ! お姉様が生きてさえいるのであれば……」
ルーカスから出された新たな案にエマはパァっと顔を明るくさせてニコリと微笑んだ。
その様子にルーカスはホッとして胸をなでおろすと、周囲の人らも少し落ち着きを取り戻したのだった。
「幽……閉…………?」
「罪を犯した歴代の女性王族が暮らしてきた由緒ある場所だ。王族と同じ扱いにしてやるんだからありがたいと思えよ」