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一章6 8話 『思わぬ会遇』

「あ、ウラミィ。昨日はどうしたのぉ?」


 おっとりとした声が裏海わたしを呼んでいる。

 喧騒の中、彼女の声だけが耳へ届いた。


「ん……優奈ゆうな、おはよ」


 激動の夜が明けて、私はというと今は学校にいる。

 

“トウカはうちで引き取ることになった”


 今朝の蝶番さんの爆弾発言に頭がやられ気味だが、昨日親にも学校にも無断で休んだ分、私は登校せざるを得なかった。

 その一件に関しては蝶番さんが双方に取り合ってくれていたらしく、騒ぎにはなっていない。


 朝のホームルームが終わった直後、私の席へ話しかけにきてくれたのは幼馴染の竜胆優奈りんどうゆうなだ。

 “安穏”と検索すれば画像欄にこの子が出てきそうなくらいには、おっとりとした目の少女。


 毛先だけ跳ねたほわほわとした長髪が、左右に傾く彼女と合わせて揺れている。



「昨日は───色々あってね……来れなかった」


 言い淀んで、苦笑する。

 昨日のことは優奈とは別世界の話だ。

 異能だとか魔法だとかの話しをして嗤う人じゃないことは十年も前から分かっているが、いたずらにこの魔境に巻き込みたくない。



「また言えないお話?」


「ごめん……いつか全部話すから」



 呪いが発現して蝶番さんと関わり始めてから、私は周囲への秘め事が増えてしまっている。


 例えばこの黒い手袋。


 『解く呪い』が暴発するようになってから、学校に行けなくなった私に蝶番さんが渡してくれたのがこれだ。

 “手で触れる”ことが起点となる呪いを抑えてくれるもので、これを付けている間は人を解く心配はない。


 おかげでまた学校に行けるようにはなったのだが、あまりに不自然な手袋は注目され、なおかつ曖昧な理由しか答えられなかったために、一時は変に流布された噂に苦労させられた。


 以降、私と周囲の溝は広がっていっている気がする。



「なんにせよもったいなかったねぇ。昨日は新任の先生が来て大変だったんだよぉ」


 浮かせた手をぶるぶる震わせて、きゆっとした顔で優奈は言う。

 話題を変えてくれたことをありがたく思いつつ、私は疑問をなげかけた。



「6月に?どんな人?」



 新任とは珍しい。

 ただでさえ変化がない田舎だ。新任教師と転校生は革命のように盛り上がる。



枯野原秋也かれのはらあきや先生。若くて大きな人でぇ…ほらぁ、ここ若い先生少ないでしょう?」


「なるほどね……」


「しかも“イケメンだ〜”ってみんな大はしゃぎ」


「役満じゃないか」



 さぞ昨日は大盛り上がりだったのだろう。

 新任にイケメンとは……それこそ革命のような混沌だったに違いない、とは優奈の疲れ果てた表情で察した。


「放課後にでも見てみようかな、私も」


「わたしは行かないからねぇ。轢殺れきさつされないよう気をつけてぇ……」


 なかなか彼女の口から出ない物騒な言葉と共に、一時間目のチャイムが鳴った。



  ◇



「気をつけ───礼」


 担任の号令と同時。

 さようなら、と帰りのホームルームが空ける。


 放課後を告げるチャイムを合図に、生徒たちは押し詰められていた水のように、一斉に教室というはこから解き放たれていった。


 そんな濁流を気にも留めず、ゆっくりと帰り支度をしてから、私はここから一階上、三階にある国語科の職員室へと向かう。

 枯野原秋也、という国語の教師を一目見るためだ。


 特段顔や体躯に興味があるわけではない。

 ただ優奈に言われたとき、男の特徴が少し引っかかって。


 ざわめく心が杞憂だと信じ、私はいつもなら寝静まったような放課後の廊下を歩く。


 一本道の廊下はところどころ端が苔むしていて、教室の前に設置された水道の蛇口は上がったまま放置されている。


 年季が入っているこの高校は、何気ない風景でも注視すればなんだか廃墟に見えてくる。


 風情といえばいいのか。

 ただ、そんな雅さは階段の上から聞こえてくる黄色い声たちが見事にぶち壊してくれた。


「そんなに人気かね……」


 少し呆れ気味に、いい感じに緊張がほぐれたところで、階段を上っていく。


 優奈が萎れてたのも納得だ。


 階段の折り返し地点、二階半とも言える場所から見上げた三階は人口密度がすごいことになっていた。


 これは人混みが苦手な彼女には酷だろう。


 三階に降り立って、私はどうにか手袋が外れないよう気をつけながら人混みを掻い潜った。



 ────廊下の奥に、人影が見える。



 それは優奈がいうように長身で、人混みの隙間から垣間見ても分かるくらいの大男で。



 ─────声が聞こえる。



 やかましいくらい甘い女生徒の声に紛れて、異質な音がある。

 まるで感情らしい感情があるように振る舞う、機械のような声だった。



 少し後ずさった。



 決定的に、男の全体像が見えたからだろう。

 喧騒が遠のいていく。

 血が引いていく感覚がした。


 そこには暮れ始めの日に照らされた、



 黒い外套を纏った男が立っていた。





【一章6 8話 『思わぬ会遇』 終】


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