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一章5 7話 『泣いたら消えてしまうから』

 蝶番邸の内装は特殊だ。

 簡単に言えば、和洋折衷の極みと言える。

 

 玄関を抜ければ一直線に石でできた廊下があり、右手を見れば長々と山が描かれたふすまが、左手を見れば荘厳な石柱と扉が出迎えてくれた。


 それぞれの建具たてぐの奥には対応して完璧な和と完璧な洋の世界が広がっている。家具から食器までそのこだわりようは半端じゃない。


 和と洋が完全に隔たれてる点を見れば和洋折衷とはまた意味が少し違うかもしれないが、この屋敷は完全に対極を内包していた。



 どっちの部屋がいいかと聞かれて、私は迷わず左を選んだ。洋室の方がベッドの心地よさが段違いなのだ。それに和室は至る所に日本人形の視線があって落ち着かない。



「害のない視線はかえって安全保証になるんだけどな……」



 不服そうな蝶番さんに連れられ、私たちは華美な扉をくぐる。

 その境界を越えた瞬間、まるで別世界を訪れたような感覚に包まれた。


「………わ」


 静かにトウカが感嘆を漏らす。


 そこはまさに芸術品だった。

 雪景色をかたどった純白が広がる空間に、枯れ木を思わせる趣深い褐色の家具が暖かみのある光に照らされている。


「トウカ、先に風呂でも入ってこい。その扉の奥にある。………一人で平気だよな?」


「え!?あ、……平気」


 すっかり見惚れていたトウカはどうやらその一言で我に返り、指示通り風呂場へと向かっていった。


 そんなやりとりが交わされながら、流れるように蝶番さんは私を赤いソファーへ降ろしてキッチンに移動する。


「魚でいいな。貰い物の鮭があるんだ」


 この雰囲気で和食なんだ、という台詞は言い飽きてしまった。この屋敷ではなぜか常に相反するものが共在するようになっている。


 

 ───しばらく、食器同士がぶつかり合う音だけが部屋に響いていた。

 優雅な雰囲気に似つかわしくない、なんだか居心地の悪い沈黙だ。



「………聞かなくていいんですか。私が何をしてたか」


 耐えきれずふと、私は彼女にそう尋ねる。

 だってあまりにも、無関心すぎる。


 出会ってからずっと、私は彼女が機械か何かじゃないかと本気で考えていた。

 全てを見通してるかのような態度と、いつかみた人情味のない思考が、私をそう思わせる。


 食事の用意をしながら、ついでと言わんばかりに彼女は言う。


「────気は晴れたか?」


 ………………やっぱり知っているんじゃないか。

 私がどこに行って、誰を殺してきたか。



「晴れませんよ」



 努めて冷静に、返せたと思う。

 人殺しの罪過は私にあるのだ。

 蝶番さんに八つ当たるのは、違う。

 だからここからは、ただの独り言で。


「あいつは奏を殺してなかった。………分からない。なんで死んだか、なにで死んだか。

 だってあの子は自死を選ばない。

 殺されたんでしょう?」


 火花が散っているようだった。

 脳が感情についていけずに引きずられていく。


「痕跡はあったんだ。あの場所には他に人がいた。

 殺意があったのかどうかなんて知らない。

 奏を殺したのなら死なせなきゃ。

 私が。

 私が、そいつを──────」



 飛躍する思考がとめどなく白熱して、行き場のない怒りは加速していって────



「あの、シャンプーとリンスって、どっちが先だっ………け?」



 ───ひょっこりとドアから顔だけのぞかせたトウカの声で、簡単に失速したのだった。


  

  ◇



 トウカが出た後は私もお風呂に浸かった。

 今日の苦悩が全部解かれていくようだった。

 

 宣言通り夕食は鮭の定食で、トウカは内装とのギャップに目を丸くさせつつも美味しそうに食べていた。


 激動の一日のバランスを取るかのように、

 その夜は、ひどく安らかで。



 ─────私は夢を見るのだった。



  ■



 ぼんやりとした風景は、

 絵の具で塗られたような草原。

 色とりどりの花が咲いていて、

 わたしたちはなんだか嬉しくなってきました。


 「かなで……はい、これ!」


 わたしはお花を摘んで、

 輪っかを編んであげました。


 とても喜んでくれたので、

 作り方を教えて、一緒に輪っかを編みました。

 

 かなではわたしのは不格好だって落ち込んでたけど、わたしはとても綺麗だと思いました。 


 こんな暖かい日が続くのだと、

 私はずっと信じてました。


 わたしたちは笑い合いました。

 わたしたちは笑顔でした。

 泣いたら絵の具が消えてしまうから。




 わたしはずっと笑顔でした。



  ■



 「んむ………」


 扉の開く音で私は目を覚ました。

 どうやら朝がやってきたらしい。 


 知らない鳥の鳴き声が聞こえて、ありえないくらい快適なベッドから身を起こす。


 「なんでふか蝶番さん……トウカも…?」


 まだ曖昧な意識の中、目には二人の姿が映っている。

 どうしたのだろうと思っていると、彼女がいつもと変わらない平坦な口調で言った。



「トウカはうちで引き取ることになった」


「なった、らしい」



 …………その言葉を飲み込むのにたっぷりと時間を使った後で────


「えええええええ!?」


 ───驚きとも落胆とも言える声色で、朝っぱらから私は叫んだ。




【一章5 7話 『泣いたら消えてしまうから』 終】

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