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一章4 6話 『何者』

 不自然な振動で私は目が覚めた。

 ……誰かにおぶられてる?


 「私だ。目覚めたか」


 女傑のように鋭さと聖女のような温かさが共存するその声に、私は聞き覚えがあった。


蝶番ちょうつがい…さん?」


「頭は働くようだな、し。」


 にも関わらず声色から感情が読み取りづらいんだからこの人はたちが悪い。


 辺りはまだ暗い。

 傘が水を弾く音がするから、まだ雨は降っているらしい。

 蝶番さんが懐中電灯をつけて道路を照らしていた。


 世界を見て、だんだんと自分が認識できるようになる。比較対象がなければモノはモノとしていられない……そういう論理を利用した魔法もあるって、蝶番さんは言ってたっけ───



「…!トウカは!?」



 現在いまを見れれば浮き出てくるのは過去になる。無駄な思考を回したと後悔し、一番の心配事を思い出した。



「ここだ、よ。シオリ」



 透き通った声はすぐ後ろから聞こえてきた。

 声の方へ向けば、ちゃんとトウカがそこにいた。

 口数が増えたことは、良い兆候だと思いたい。


「良かった……」


 緊張の糸が緩んでいく。あの状況で二人とも生き残れたことを喜ぶと同時に、その事実は一つの結論に繋がった。


 また殺したんだ。


 男に触れたとき、私は殺そうと思って呪いをかけた。それが正当防衛でも、人殺しに間違いはないわけで───

 

「……懸念が例の男のことなら、トウカ曰く奴は逃げたらしいぞ。あぁいや、正確には目覚めた瞬間消えたらしいが」


「………………………?」


 怒涛の情報に目眩がした。

 目覚めた?消えた?いやそれよりも、あの呪いからどうやって逃れたのだ。トウカとは違う。はっきりとした手応えがあったのに……。


「受けたうえで抑えてたんだろ。トウカが不意をつけるほど集中してたようだしな」


 淡々と彼女は述べる。あれができる、これができるを彼女はいとも容易く言ってのけるので、いつしか驚くことも少なくなった。


「抑えてって…じゃあ今も抑えたまま?」


 彼女は片手を上げて“さっぱりだ”みたいなジェスチャーをして言う。


「分からない。おそらくトウカが帳消しにしたようだが……それは魂の同期か共在か、それとも別の領域からの干渉だったりするのだろうか。要検証だな、心海しんかいについては」


 勝手に彼女の脳内で進んでいく話に私はついていけずに、雨音の心地よさで眠気が高まっていたとき私はふと違和感を覚えた。


 ───片手が空いてる?

 懐中電灯は依然彼女が持っているので、なら傘は誰が………あ。

 

「トウカに傘持たせてたんですか!?」


 そこでようやくトウカが傘を両手で持ち上げて私たちを雨から凌いでくれていたことに気づいた。


「仕方ないだろ。私の腕は二つしかない」


 一つは灯りで一つはお前だ、と言われたらぐうの音もでず、じゃあ私歩きますと言うと速攻却下された。


「ごめんね……トウカ」


 暗闇でよく表情は見えないが、彼は多分困ったような顔をしてたと思う。


「重症者が何言ってるんだ。何本骨が折れてたと思ってる───ほら、着いたぞ」


 彼女の言葉で顔を上げると、そこは蝶番さんの屋敷だった。


 郊外の森にひっそりと佇む和風の外観は、雨夜と相まってどこか魔女の館のような不気味さがある。


 正直私の家に帰るかと思って母への言い訳を沢山考えていたのだが、どうやら猶予ができたようだ。


「今日は一旦うちで泊めるから、休め」


 そう言う蝶番さんに連れられ、私たちは今夜はここにお邪魔することになった。



  ◇



 ゆっくりと少年が倒れ伏す少女へ近づく。

 ………息はあるようだが、弱い。


 瀕死の人間への対処法を、少年は思い出せずにいた。ただ死へ向かっていく少女を眼前に、少年は無力だった。


 ────同じようなことが、あった気がする。


 それはまだ自分が知らないこと。

 苦しみの在処も不明瞭なまま少年が立ち尽くしていると───


 ガサッ、という音が視界の外で鳴った。

 振り返れば、そこには先程まで気を失っていた男が立っている。よくは見えないが、その目はきっとすごく虚ろで。


「───視たのですね、わたし心海しんかいを」


 ぽつりとそう問われると、少年は頷いた。


「………どんな景色でしたか?」


 その声は、男が発した中で最も弱々しい声色をしていた。何かに怯えているような、そんな声。


「ふし、ぎ。昼と夜が、一緒にいた」


 少年は、見たありのままの景色を伝える。


「───そうですか」


 そう短く男が返すと、瞬きの間に姿が消えた。最期に見た男の背中に、少年は寂しさを感じた。


 再び暴力的な静寂が降る。

 だんだんと林の様子が歪み、もとのあるべき姿に戻ったことに、少年は気付かない。


 ────今度は音がしなかった。


 男と入れ替わるように、いつの間にか目の前には長い人影が降りている。


「お前は何者だ」


 鋭さと穏やかさが共在した声が、少年にそう問いかけた。



【一章4 6話 『何者』 終】




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