一章2 4 話 『林間に吠える』
【初投稿作品】『心の海に潜る異能で、心の内を解く魔法で、ただあなたといる明日を願って』は現在4話まで公開できてます。どうか作品をよろしくお願いします!
“では、そちらの少年を渡していただけませんか?”
平坦な声で男は言った。
想像だにしてなかった要求に思考が乱れる。
「……トウカの知り合い、ですか?」
「はい。叔父にあたります。ご両親に捜索を頼まれてまして」
即答。いままで不動を保つ男は、ひどく凪いだ声で言う。
嘘だろうなと思った。血縁者が刀を持って夜中に林で待ち構えてるなんて状況からして破綻百出だ。───何より男は、一度もトウカの名前を呼んでいない。
そんな見え透いた嘘を声色の一切を変えず言ってのけるのだから、この男はきっと人を弄ぶことに慣れているのだろう。
「……」
ふと、左手を強く握られた。
トウカだ。
彼が男に対して見る目は、少なくとも親愛とはかけ離れた敵意だった。
それを見て、今までとは別の感情が渦巻く。
トウカをなぜ求めていて何をしたいかは知らないけれど、彼の手をここまで引いたのは私だ。彼が脅かされるなら、ちゃんと守り通さなければならない。
私を生かしてくれた彼に報いるために。
「大丈夫」
彼の手を握り返して、
私ははっきりと拒絶を告げる。
「───トウカは渡さない」
星の目が届かない檻の中、
思わぬ遭遇戦が始まった。
◇
「───!」
そう宣言するやいなや、私は近くの木に触れた。解く呪いが木の根本に干渉し、触れた箇所から鉋で削られたかのように薄く細い糸と化していく。
もはや抉られたとしか形容できない空白に大木は耐え兼ね、倒れる。向かう先は一直線、狙い通り男の方へ。
成功した!と内心喜んだのも束の間───
「そうですか───残念だ」
そう口にして、男は不動を打ち破った。
右手に持った長刀が天へ掲げられる。薄い月明かりを鈍く反射するそれは、少なくとも長身の男ほどの尺を有す。
刀の切先が完全に天へと昇った瞬間、まさしく私は超常を見た。
倒れゆく木が空中で縦に両断された空中で縦に両断されたのだ。
それがごくごく自然の摂理かのように木は男を、否、刀を避けるように真っ二つに分かれ、見事に男の両脇の地面へと着地する。
轟音を立てて地面が揺れた。
やかましいくらいの土煙が、辺り一面を覆い尽くすような葉と共に舞い上がる。
一層曇る視界に鈍色の刀だけが鮮明に映る。
超常の目撃は前に蝶番さんの仕事を手伝ったとき以来だ。──あのときは何でも剥製にしちゃう人だったっけ。
いまだ眼前の現象に理解が追いつかないまま、男は間髪いれずに行動の段階を進める。
───月光が染み渡った刀が動く。
男は天を指すそれを、男と私の間を切るように真正面に振り下ろした。
しん……と、嫌に安らかな静寂が下りる。
まるで宙に浮く絹でも断つかのごとき優雅な一太刀は、されど虚空を通過するばかりで終わっていた。
「 」その行動の意味が分からずしばらく立ち竦む。先刻の木「 」が断たれたときと似た行動。連想されるどこかしらの両断「 」などは起きていない。ただ、変な違和感が体を付き纏って「 」いる気がして穏やかじゃない。何かしらを男が実行したの「 」は事実のはずだ。それがいまだ不明なことに警戒しながら「 」、まだ息があるなら、次はそれを見極めて────あレ?「 」
違和感の正体が、段々と分かってきた。
────あぁ、これは空白だ。
右肩から左脇腹あたりにかけて次第に輪郭を帯び始めるそれは、なるほど、確かにアレは斬撃だったのだろう。
夢から醒めていくように、空白は自己を取り戻していく。空白という名の傷が────
「─────!!!」
───途方もない痛みを思い出したのだ。
「っぁあ゛ああぁあ゛あ゛!!!」
傷も血もない。
ただそこには、おそらくは胴体を袈裟斬りにされたときのような痛みがある。
急速に力が抜けていく。
ガクガクと震える体は、ただ痛みに悶えることしか出来ない。
何も損傷を受けてないはずの命が、確かに脅かされていた。
「ぃ…ゃ……」
収まることを知らない幻痛の中、耐えきれず過ぎていく意識は最後まで彼を───。
◇
「お前は呪子でもなんでもないさ──汐里」
つぶやいて男はトウカの方へ向かう。
倒れ伏した少女を庇うように立ち塞がった少年は、悲しくも男にとってなんの障壁にもなり得ない。
「……さ、こちらへ来てください、心海」
口調を戻して手を差し伸べるも、結果は睨まれただけだった。
その目に在るのは反抗、焦燥、恐怖。
「随分と心らしい心を取り戻しつつあるようですね。それも汐里の影響でしょう。……あわよくばあなたがあの家での惨劇を思い出してくれればよいのですが───おっと」
男の手の刀が急速に錆びれ、崩れていく。
先の二撃でとっくにガタが来ていたようだ。
「……!」
注意が逸れた瞬間、少年が男へ走り出した。
おぼつかない足取りで倒木から削がれた枝木を拾い、体勢を崩し半ば転ぶようにそれを男へ振りかざす。
「無理に動くと危ないですよ。まだ心が体に浸透していないでしょうに」
そんな拙い反抗を男は、赤子の相手をするように刀を失って空いた片手でいなした。
そのまま倒れ込こんだ少年は軽く男に抱えられ、容易く両手首を掴まれて拘束される。
一連の反抗がまるで最初から無かったかのように、自然と状況は在るべきところへ収束していった。
「もう八時ですか……あ、抵抗はできませんよ。動く意識があるほど動けなくなる呪いがかかっていますので」
つまらなさそうにそう付け足すと、男は有無も言わせず少年をおぶった。もう用はないと林をあとにしようとしたとき───
「…待、て」
雪辱を噛み締めた少女の声が暗夜に響いた。
【一章2 4話 『林間に吠える』 終】
次回【一章3 5話 『心の海に潜る異能』】
は明日(6/16)公開予定です。
※遅れても2日以内には出します…!