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一章1 3話 『思わぬ遭遇』



 灯りの乏しい田舎道の外れを歩いて数十分ほど経った。考えなしに家を飛び出してきたものだから、私は懐中電灯の一つも持っていない。


「暗いな」


 頭上には本格的に夜が広がってきている。幸い私は夜目が利く方なので、相変わらずトウカを先導するかたちで帰路を進める。


 しばらくすると林に当たった。道なりに進めば向かう先は小さな集落と神社くらいだが、この林を抜ければ多少は栄えた住宅地に出られる。


「突っ切…るか」


 なにせ私の自宅はその住宅地にある。実際、ここに来るときはいつもこの林を抜けてきた。そう時間もかからないし、獣も見たことはないから夜でも何とかなるだろうと、トウカに断ってから私たちは、底なしの闇に足を踏み入れた。



  ◇



 葉が雨を弾く音のする静寂に、がさがさと無遠慮な物音が二つ。進退を繰り返しながら林の奥に潜っていく。


「ごめんトウカ、多分あと少しで抜けられるから!……はずだから……」


 こんな茂みあったっけと、手探りに自然を進んではや三十分ほど経った。いつもなら十分林を抜けていてもおかしくない時間だ。


 入ってから違和感はあった。舗装されていないとはいえ数年使い続けた道のりは、もはや目を瞑っていても踏破できるとさえ思うほど慣れていたのだが、今回は感触が違ったのだ。

 不安を感じて戻ろうとしてもこの視界だと軌跡を正確になぞれる気がせず、仕方なく前進した結果がこの体たらくだった。


 夜風が濡れた体に障る。あちこちの枝木でできた擦り傷と合間って、流石に体力の限界を感じていた。


 せめてどこか開けた場所で休みたいとしばらく彷徨さまよった後、私たちは林内にしては比較的開けた場所に出た。木々の葉が帳のように頭上の月を隠す様子は、どこか鳥籠を想起させる。


 月光がまばらに差し込む箱庭で休息を取ろうとしたその時。


「────っ」


 踏切のときと似た、酷く冷たい感覚が全身を奔った。何かを見逃している気がして辺りを見回すと───奥の方に、確かな歪を見つけた。


 うっすらと、影に紛れて、人が、いる───


 段々と輪郭を帯びていくそれの正体を暴いたとき、思わず私は息を呑む。


「こんばんは、お嬢様」


 夜に似た黒い外套がいとうを纏った、長刀を携えた男がそこに立っていた。



  ◇



 その威圧感に全身がすくむ。

 不自然な状況に不釣り合いな言葉を発する男は、その姿が闇と溶け合って何かとてつもなく大きな存在に感じた。

 本能的にこの男から無理矢理逃走するのは不可能だと悟る。

 それほどまでの異常。

 それほどまでの支配感が、この男にはあった。


 不安と焦りで混乱する頭を必死に回転させる。

 誰だ何だという疑問は些事さじだ。明らかに尋常じゃない不審者を前にして、今考えるべきはここから生きて帰ることだけだと思考が切り替わって───


「……何が目的ですか?」


 ───できるだけ早く要件を済まさせようとして、二段階は飛んだ台詞を吐いてしまう。


「話が早くて助かりますが、どうです?少しお話でも」


 未だ全身像が掴めない男の声はひどく丁寧で、無感情だった。まるで感情らしい感情があるように振る舞っているような、機械的な声がそう提案する。


「すみません急いでるので」


 不審者と長話なんて冗談じゃないと私は拒絶した。多少強引にでもここから安全に立ち去ることが優先だと判断してのことだった。

 これからアレとどんな応酬を積み重ねていけばいいのだと極限まで張り詰めた心は。


「そうですか。では、そちらの少年を渡していただけませんか?」


「……え?」


 その一言でひどく簡単にほつれたのだった。



【一章 第3話 『思わぬ遭遇』 終】




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