序章(1/2) 1話 『今際の際に逢う』
人を殺した帰路につく。
帰路と言ったって、こんな私が居ていい場所などそう多くない。
独り雨に晒されながら、私の足は線路の上で止まった。辺り一面の農道を両断するこの線路は、山に囲まれた僻地じゃ唯一の路線だ。閉塞感あふれるこの場所から、いつも私を連れ出してくれる。だから今日も頼ってしまう。
ここに来るまで人には遭わなかった。今頃みんなは授業中だろうし、この悪天候だ。稲穂の農家たちも家に籠もっているのだろう。何の変化もないただ円形に開けたここは、山間にできた空洞のようだ。
”良いことをしたら、生きる理由になるのかな。
悪いことをしたら、死ぬ理由になるのかな“
少女が最期に問うたそれが、頭の中で木霊する。呪いのような純粋な言葉にちゃんと答えてはあげられなかったけれど、私は悪い人だから、死んで「そうだよ」と言えるだろう。
「多分、会えないだろうけど」
ひどく感情の削がれた呟きはいとも容易く雨に打ち消される。
伽藍洞の中心で緩やかに死んでいく私を、錆びついた遮断器が見下ろしていた。
◇
「奏……優奈……蝶番さん……」
───雨天の下、30分ほどは過ぎただろうか。私は特徴的な枕木に知人の名前をつけて時間を潰していた。
カタカタと線路に弾かれる雨音や、蛙の鳴き声に耳を傾けてもみたけれど、それじゃ無思考の隙間にあの惨状が入り込んでしまうから駄目だ。
できるだけ考えて、考えて、考えないようにして死のう。木偶の坊のように、ただ在るだけでいいのだ。
しばらくして、無口を貫いていた踏切が不協和音を奏ではじめた。振り返ってみてみると、遠くの2対の灯りがこちらへ向かってきている。
───だいたいあと30秒くらいだろうか。
もう逃げ場はないぞとでも言うように、遮断器が獣のうめき声のような低音で降下し、線路内と外を隔てた。
一定のテンポで鳴り続ける警告音は、まるで拍手みたいだ。自ら死を選んだ私を祝福しているような、そんな歪さがあった。きっと踏切は動けずじまいで、ずっと退屈だったのだろう。
踏切のために死ねるならまあいいかなんて、外れた思考は変に納得してしまう。
準備は万端。あとは線路に突っ立ってる私を電車が通り過ぎればいいだけだ。悔いはないとは言えないが、仕方ないだろうと地面を見つめて───ふいに、目下のそれに目が留まった。
一番きれいな形をしたそれは、奏と名付けた枕木だ。かつての少女のように無垢で整っていて、すぐに傷ついてしまうと分かっていて。
目を瞑ると、少しだけ昔を思い出した。走馬灯にも満たない過去の世界は、確かに綺麗な色をしていた。そんな感慨が私を突き動かす。
もう一度、最期にこの世界を見届けたくなって。
目を開いた。
変わりない今だ。
前を向いた───道の奥に、人影が見えた。
【序章(1/2) 1話 『今際の際に逢う』 終】
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