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一章7 9話 『危点』

 生徒たちに囲まれていたのは、大正時代を模ったかのような黒い外套を纏った男だった。


 枯野原秋也かれのはらあきや、という新任の教員。


 その立ち姿があまりにも、あの夜私たちを襲撃してきた男に似ていた。



「────」



 目の前の教員は確かに整った顔立ちをしていた。漆黒の髪は重たく切れ長な右目にのしかかっており、どことなく高貴な印象を感じさせる。


 面が割れても確証は得られない。

 あのときの林は暗く、私は男の顔がよく見えていなかった。


 人違いならいい。

 けれどもし男と枯野原秋也が同一人物であるのなら、彼の目的はトウカと私に関しているだろう。



 周囲の歓声と自身の恐怖の差に気味悪さを覚えながら、私は後ずさる。

 明らかに不自然な逃走に見えないように、ゆっくりと人混みに潜っていく。


 前線を抜けると、視界がまるで水が流れて隙間を埋めていくように生徒たちで塞がれていった。

 僅かな隙間から途切れ途切れに、興奮気味な生徒たちを対応する無表情な男が見える。




 完璧にその姿が見えなくなるほんの一瞬だけ、男の視線が私に向けられていた気がした。




  ◇




「野暮用がある。すまない。

 今日はこれで失礼する」


 嘆く生徒たちの声を無視し、黒衣を翻して男はその場から離れる。


 思わず力みすぎた一歩で廊下が沈み、衝撃と風圧を置き去りにして廊下の端にまで到達してしまったが、風圧で上がった背後の悲鳴ごと些細な失敗として気にしないようにした。


 何事もなかったかのように振り返り、職員室に再び向かおうとすると────



「む」



 衝撃波か、突然人が目の前に現れたショックか。気づけば隣で、一人の男子生徒が倒れていた。


 これは流石に気にせざるを得ないと、依然無表情のまま男は生徒の対処を始める。


 淡々としたその光景に周囲は立ち尽くすばかりだ。精密機械のような無駄を感じさせない流動は、他者の介入を拒むようだった。


 男が男子生徒を抱えた頃、ようやく他の教員や生徒が慌てて駆け寄りだす。



「すまない蝶番ちょうつがい。やってしまった。

 遅くなりそうだ」



 そう呟く男の脳裏には、あの怯えたような生徒の顔がこべりついていた。




   ◇




「はぁ…はぁ……」


 沈みゆく太陽に焦らされながら、私はあのあと一心不乱に足を動かし、蝶番邸に到着した。

 蝶番さんにこの件を報告するためだ。


 湿度と暑さで汗だくになった体で、底をつきかけている体力を振り絞り、私は思いっきり扉を開いて────

 


「蝶番さん!!

 学校にあの男みたいな人……………が?」



「ほらこっちだトウカ。目で追うんじゃない。未来を視るんだ」


「?…?…!…!?」



 ───そこに広がっていたのは、廊下で縦横無尽に駆ける蝶番さんと、それを捉えようと真ん中でしどろもどろになりながら、ボールを構えているトウカの姿だった。


 この光景があまりに突飛だったもので、私の勢いは一気に削がれていく。


 二人を見やったあと、蝶番さんの一方的な状況になんだか嫌気が差してきたので、私はトウカにアドバイスを送ることにした。



「───右いくよ!次、木の上!」


「!!???」


「トウカ、予測地点を見極めるの!

 ──シャンデリア!からのひだっ…右か」


「…………えい!!」



 助けになればと思ったのだが、結局出来上がったのは背後からの謎の応援でさらにあたふたするトウカだった。


 満を持してトウカが放ったボールは結局見当違いのところへ飛んでいき、蝶番さんに回収される。



「あぁ、汐里か。下校後はそのまま家へ帰れと今朝言ったろ」


 と、揺れるシャンデリアの上で蝶番さんが。


「おかえ、り。すごいね。速いの見えて……」


 次いで目が回ったのか、よろめきながらトウカが言った。



「懐かしいことしてますね。私なんて当てられるまでに数ヶ月……ではなく蝶番さん大変です!学校に例の男に似た新任教師が赴任してきたんです」


 あやうく脱線しかけた本題を、蝶番さんにようやく告げる。

 一応似ているだけで断定はしていないのだが、トウカはかなり衝撃を受けたようだ。



「そいつ、何をしていた?」


 少しだけ真剣な顔持ちになった蝶番さんに聞かれ、少し気圧される。


「………女生徒に囲まれてました」


 思わずありのままを答えてしまう。

 その返答になにをやってるんだ、とため息をつくと、蝶番さんはシャンデリアから私の目の前に飛び降りて言った。


「まぁいい安心しろ。そいつは知ってる。男とは人違いだ」


 予想だにしなかった返答に虚を突かれる。


「知り合いなんですか!?枯野原かれのはら先生と蝶番さん」


「あぁ。秋也あきやとは学校の同期だ。じきに紹介することになるだろう」


 学校、というのは普通のそれとは違うのだろう。おそらくは前に所属していた研究機関かなにかの話だ。トウカの前だからか蝶番さんは明言していない。


「まぁ杞憂ということだ───ほら、そろそろ家へ帰ってやれ。親御さんが心配している」


 そう言われスマホを開くと、もう時刻は四時半になろうとしていた。

 確かにそろそろ帰らなくては、また親が不安がってしまうだろう。


 枯野原秋也とあの男。

 他人の空似にしては似すぎだと思うが、まぁ人違いならいいかと一旦あらゆる情報を飲み込んで、私は軽く二人に挨拶をしてきびすを返した。


 なんだか蝶番さんに手のひらで転がされているような感じだな……とぱっとせずに歩いていると、丁度玄関を出た頃に一つ言い忘れていたことを思い出して、振り返る。


「いい加減家に電話置いてくださいねー!!」


 釈然としない思いごとそう吐き出して、

 私は再び帰路についた。




  ◇




「お前たちに頼みごとがある。

 心が壊れた人間の修復依頼だ」


 そう私とトウカが蝶番さんに告げられたのは、それから一週間が経った頃だった。



【一章7 9話 『危点』 終】

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