仮初めの婚約なのに、旦那様が甘すぎます!
父の借金を返済するため、私は公爵との契約結婚を受け入れた。
その相手は、アルベルト・フォン・クロイツェル公爵。
彼は戦場で数々の武勲を立てた英雄であり、冷酷無比と噂される男だ。
◇◆◇
「クロイツェル公爵って、本当に冷血漢なのかしら?」
「戦場では鬼神のようだったって聞くわ。人を愛する心なんて持ってるのかしらね」
「そういえば、彼が笑っているところなんて誰も見たことがないらしいわよ」
華やかな舞踏会の片隅、貴族令嬢たちのささやく声が聞こえてきた。
煌びやかなシャンデリアの光が揺れる中、彼女たちは扇を口元に添えながら、まことしやかに噂話を続ける。
その言葉を聞きながら、私はそっと拳を握る。
(……本当に、そんな人なのだろうか?)
不安と恐れが胸を締めつける。それでも、私はもう後戻りはできないのだ。
◇◆◇
婚約の席。
大理石の床が磨き上げられた豪奢な応接室で、アルベルト様は静かに私を見つめていた。
「お互いに干渉しない。これは形式上の婚約だ。愛情を期待するな」
低く響く声が部屋に満ちる。深い瑠璃色の瞳は冷ややかで、まるで氷のようだった。
私の胸に、チクリと痛みが走る。
(……分かっていた。分かっていたけれど、こうもはっきり言われると、やはり……)
唇を噛みしめ、ただ静かに頷いた。
◇◆◇
妻として当然のこと——そう思っていた。
朝、陽の光が差し込む広大な寝室。私はベッドを整え、埃ひとつないよう部屋を掃除する。
長い廊下の窓を開けると、ひんやりとした風がレースのカーテンを揺らした。
(誰も褒めてくれなくてもいい。ただ、私はこの屋敷で生きるために——)
昼、広い食堂の片隅で、執事や侍女たちと共に献立を考える。
豪奢な食卓が並ぶ中、私はメニューにさりげなく栄養のバランスを配慮したものを取り入れた。
(アルベルト様はいつも食事を淡々ととられているけれど、ちゃんと召し上がってくださっているのかしら……?)
夜、月光が差し込む書斎。彼が仕事に集中している間、私は彼のそばで静かに本を読んでいた。
(ここにいてもいいのだろうか……?)
ただ、それだけ。
妻として、当然のことをしているつもりだった。
◇◆◇
「……毎日、そんなに働いているのか?」
ある日、不意にアルベルト様の声が響いた。
彼の視線が、私の手元へと落ちる。少し赤くなった指先に気づき、私はぎこちなく微笑んだ。
「はい? ええ、普通のことです」
そう言うと、彼は何かを考えるように目を伏せた。
(今の表情……まるで、何かに気づいたような……?)
◇◆◇
それからというもの——
「寒くないか?」
夜、静かな寝室で毛布をかけられる。
(……え?)
「俺の妻なのだから、護衛をつけるのは当然だろう」
出かけるたびに、彼の騎士団がついてくる。
(そこまでしてくださらなくても……)
「お前の好きな花だと聞いた」
ある日、庭には私の大好きな花が一面に植えられていた。
私は思わず息をのんだ。
(……こんなことをしてくださるなんて)
冷酷なはずの旦那様が、なぜか甘すぎる。
◇◆◇
最初は契約だったはずのこの婚姻。だけど、彼の態度に、私は次第に心を揺さぶられていった。
「……アルベルト様、なぜこんなに優しくしてくださるのですか?」
震える声で問いかけると、彼はふっと微笑んで——
「決まっているだろう。最初は契約だったかもしれないが……もう、そんなものはどうでもいい」
——静かに、だけど確かに、彼の唇が私の手の甲に触れた。
(ああ、もうこれは……)
これはもう、契約なんかではない。
それを、私はようやく理解したのだった。
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