魔王、脱出する(後編)異世界三十三日目
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小屋の前で壁に背を預けたカインが、閉じていた眼を開き立ち上がった。他の小屋から一人また一人とリザードマン達が出て来る。背がコケに覆われたリザードマンが、二人の槍を手にした部下を連れてカインの前に来た。数個のソフトボールぐらいの革袋をテーブルに並べた。
「こんなものでよいのか。」
「地上では香辛料は高価なアイテムだからな。」
「あれだけの肉ならもっと沢山、これらを渡さねばならぬと思うが。」
「これぐらいで充分だ。それに教えたレシピにも必要だろ。」
何度も例の言葉を繰り返すリザードマンを、カインは片手を上げて遮って帰した。その後、集落の共同調理場で食材を取り出したカインは、手際よく数種類の料理を作ってテーブルに並べた。カリカリに焼いたベーコンと炒り卵の乗った皿を持って、ニーナ達の寝ている小屋の扉を少し開いた。暫くすると、寝間着姿のニーナとティアが、枕を抱いて夢遊病の様に出て来た。すぐ後に、メイド服に身を包んだミリアンが、緊迫した表情を浮かべてニーナ達の前を遮った。
「ま、お嬢様。はしたないです。」
ミリアンはニーナとティアを引き摺る様に小屋に戻り、激しい音を響かせるとニーナとティアを小屋から吐き出した。革鎧と武器を綺麗に装備した二人と、少し忙しなく息をするミリアンがいた。
カインの用意した朝食を食べ終えたニーナが、カインをじっと見つめてティアと頷き合った。
「何故、お主は朝が来たと判るのじゃ。」
「そっちも正確に朝と昼、夜の三回、腹を鳴らすだろ。俺も似た様なもんだ。それよりもだ。」
カインはこれからの階層にいるモンスターについて話し始めた。不敵な笑みを浮かべるニーナとティアと、少し不安気な表情になったミリアン。
「四階層にはクモとカマキリのモンスターに、後はコボルトだな。」
「昆虫系は炎が弱点なのじゃ。ふっふっふ、爆炎の魔王の恐ろしさを見せてやるのじゃ。」
「カマキリはアサシンエッジでしょうか。気配察知も必要です。」
「ん、ティアにお任せ。」
リザードマン達に礼を言って別れを告げたニーナ達は、四階層に到着してクモのモンスターに遭遇した。クモと言っても大型犬を捕食出来そうな体躯を持っていた。
不敵な笑みを浮かべたニーナが前に出て、右手を突き出して詠唱を始めた。
「漆黒の炎よ。ニーナリーアの命に従いて、我が敵を焼き尽くせ。ヘルファイヤーっ!」
ニーナの右手の前に魔法陣が広がると、ライターの火よりは少し大きな火が灯った。最期の言葉と同時に、小さな火は数センチ進むと地面に落ちて消えた。石化した様に動かなくなったニーナを庇う様にミリアンが出ると、ニーナと同じように右手を突き出して詠唱を始めた。
「雄々しき風の刃よ、古の契約に従いて敵を切り裂け。ウィンドインフェルノっ!」
ミリアンの前に魔法陣が広がると、カインのマントを風が揺らした。ティアも同じ魔法を唱えると、ミリアンの髪が微かに揺れた。
「うにょっ!魔法が・・・術式が発動しておるのに、威力が全くでないのじゃ。」
「ん、しょぼしょぼ。」
「魔法は・・・諦めろ。物理はどうだ。」
溜息を吐いたカインがナイフを振るい、あっと言う間にクモを討伐して見せた。その後、ミリアンが水属性の魔法を唱えたが、足元に小さな水溜りを釣る程度だった。
暫く歩くと、今度はニーナ達より頭一つ低い、二足歩行の犬のモンスターに遭遇した。
「ふっふっふ、妾達は剣技も凄いのじゃ。紅の剣姫と呼ばれた妾の妙技を見るのじゃ。」
腰から細身の剣を抜き放ち、ニーナは渾身の突きを放った。次の瞬間、小枝が折れる様な音と共に、ニーナの細身の剣が折れてしまった。ニーナに襲い掛かるモンスターを、ミリアンが独楽の様に回ってナイフで切りつける。モンスターの後ろから凶悪な鉄球を振り下ろしたティア。二人の武器も鈍い音を立ててぐずれた。見かねたのかカインが再び、ナイフの一閃でモンスター倒した。カインはニーナ達を小部屋の様な場所へと導き、入り口に香を焚いて置いた。
「妾のレイピアが折れたのじゃ。」
「ん、相棒が砕けた。」
「あれは昔、使っていた武器なのか。」
「そうなのじゃ。あのレイピアと共に数々の敵を倒して来たのじゃ。」
武器が壊れた三人は肩を落として、寂しそうに膝を抱えて座っていた。誰かの腹が鳴ると、ミリアンとティアがニーナを見た。顔を上げたニーナが力無く笑みを作ると、再び項垂れた姿勢へと戻った。小さな溜息を吐きながら、カインは三人にハンバーガーを渡した。食べ方が判らないのか、手に持ったハンバーガーをとカインを交互に見る三人。直に口を付けるカインを見て、ニーナ達もハンバーガーにかじりついた。
「魔法陣は高位の術式だったが、威力は生活魔法程度。以前は武器にも魔力を通していたのではないのか。鉄製の武器だったしな。」
「はい、普段から自身の身体強化と、武器と防具は魔力を通して強化していました。」
「魔法の方は俺の専門外だが、魔力の密度が低すぎると感じたな。それと、鉄製の武器を数百年も放置していたら、錆びるに決まっている。原型を留めていた事こそ驚きだ。鎧の素材は高レベルのモンスターなのか。破損が無いな。」
「妾は魔力をレイピアに流したのじゃ。なのに・・・はっ、コボルトではなく、バトルビーストだったのじゃ。だから、強かったのじゃ。」
正真正銘のコボルトだと告げられ肩を落とすニーナに、カインは一振りのレイピアを渡した。ミリアンに二振りのナイフと、ティアにフレイルを渡した。喜んで受け取ったティアが持つ盾が、鈍い音を立てて地面に落ちたのを見てニーナ達は目を剥いた。カインから盾を貰ったティアが、深々と頭を下げた。
その後、ニーナ達は三人で一体のゴブリンを、辛うじて討伐して見せた。
「あれは強化種なのじゃ。」
「ただのゴブリンだ。復活してからどうしていた。食糧はあったのか。」
「はい、食糧は時間停止の魔法を施していたので、問題なく食べる事が出来ました。」
「驚いた。時間魔法まで使えたのか。何故、武器庫にも時間停止魔法を掛けなかった。」
「武器は腐らんのじゃ。」
「すぐには腐らんが、数百年は無理だろ。」
そして、ニーナ達は秘密の通路を辿り、外に出ようと試みたがモンスターがいた為に挫折したと語った。カインが訪れるまで、何をするでもなく暇を持て余していたとも語った。
「と言う事はだ。三人は飯食って寝ていただけと言う事だな。」
「ん、喰っちゃ寝。」
「そりゃ、紅の剣姫が屑鉄の剣士になる訳だ。かつては膨大な魔力と、高密度の魔力錬成を持ち、時間魔法まで駆使していた。魔力操作も練習していなかったのだろ。緩んだ筋肉と魔力器官、よく、太らなかったものだ。」
「うにゅう。」
カインの厳しい指摘に、ニーナは口を蛸の様に突き出した。それからのモンスターはカインが、危なげなく倒して四人は地上へと辿り着いた。
「帰って来たのじゃ。妾は帰って来たのじゃ。」
空♂:やっと、地上へ出た。
ア♀:合流までは行かなかったのね。
空♂:うにゅう、次回になります。
ア♀:また、変な伏線を作っていないかしら。
空♂:ダンジョンボスは次回・・・近々、登場します。
ア♀:楽しみにしているわ。
空♂:まだまだ、続きます。あ~、腰が痛い。