魔王、理不尽と会談す 異世界三十一日目
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最深部にいた全てのモンスターを危なげなく討伐し終えたカインは、目の前に建つ崩れかけた中途半端な城を見上げてギルドカードを取り出した。
「何かいる。」
「貴方の眼を共有するわね。」
暫くの沈黙の後、カインはギルドカードを持って歩き始めた。城の外周を歩くカインを、上から三対の視線が追掛けていた。
「うにゅう、歩き回っておるのじゃ。もう、モンスターは全部、討伐したのじゃ。」
「魔王様、あの少年は私達に気付いているようです。」
「ん、勇者。怖い。」
ニーナ達はカインを勇者だと思っていた。強大な力を持つと言い伝えられる勇者は、凶悪なモンスターを退け悪魔王や邪神と戦うと伝わっていた。見た事も無い凶悪なモンスターを一つの傷を負う事も無く討伐したカインは、ニーナ達の目に伝説の勇者として映っていた。
「人間がいるが魔力量が多いな。まだ子どもの様だ。」
「今は私達も子どもよ。しかし、裏ルートの最深部にいる子どもね。」
「厄介ごとにしか思えん。放置して帰る。」
「助けてあげなさいよ。貴方、本当に冷たい人ね。」
ギルドカードを見ていたカインの眉が縒り、眉間に深い皺が刻まれた。門と言うには小さめの、扉と言うには大きすぎる入り口にカインは立った。
城の中ではニーナとティアが慌て始め、ドタバタと埃を舞い上げる中でミリアンが考え込んでいた。ドタバタが阿波踊りに変わった頃、ミリアンが閉じていた眼を開いて手の平を打った。
「あの少年は勇者ではありません。狩人になろうとしています。」
ミリアンの一言で踊っていたニーナとティアが立ち止まって、お互いの顔を見合わせて笑顔でハイタッチをした。
「そうなのじゃ。勇者ではないのじゃ。ならば、助けてもらうのじゃ。」
「ん、名案。」
ミリアンが扉の開閉レバーに手を掛けた瞬間、轟音が三人の足元を揺らした。慌てて外を見ると、刀を振り降ろしたカインの前で、大きな扉が轟音とともに砕け散っていた。
「うにゃあ、あの男はバーサーカーなのじゃ。助けてはくれないのじゃ。」
慌てるニーナと阿波踊りを踊るティアの横で、ミリアンは何かに気付いたのか耳を澄ませていた。どれくらいの時間が経ったのか、慌てていたニーナ達の耳にも足音が聞こえ始めた。
徐々に大きくなる足音が、ニーナ達の部屋へと続く扉の前で止まった。三人はごくりと喉を鳴らして、不気味にきしみながら開く扉に視線を止めた。
示し合わせたように喉を鳴らす三人の前で、開き切った扉は闇色の剣士を吐き出した。
「はぁ、子どもが増えるのか。」
「うにゃあ、お主も子どもなのじゃ。」
露骨に顔をしかめるカインに、ニーナは地団駄を踏んで返した。冷静に観察するミリアンと、武器に手を掛けたまま動かないティア。カインはニーナを一瞥すると、ミリアンとティアに鋭い視線を送った。
「望なら地上まで護衛するが。」
棒読みのセルフの後に、面倒だとか子守だとか聞こえた。ニーナ達は石化した様に動かず、カインは再び大きな溜息を吐いた。
「地上まで護衛すると言った。」
「はっ、喋ったのじゃ。」
「ん、驚愕。」
「まお・・・お嬢様、ティア。失礼です。」
少し違う状況に驚くニーナとティアを窘めたミリアンが、カインを大きな円卓に案内して座らせた。無言で全員にお茶を淹れたミリアンが座ると、カインは静かにお茶を口にしてカップを置いた。
「毒を警戒しないのですか。」
「お前達に殺気はないし、俺に毒は効かない。」
「私達を地上まで護衛すると信じても良いのですか。」
「このレベルのダンジョンならお前達の安全は保障できる。」
「しばしお待ちを。」
緊張しているのか表情の硬いミリアンが、少し震えの残る声でカインと短い会話を交わした。手にしたギルドカードに指を滑らせるカインを見ながら、ニーナとティアと頭を突き合わせて小声で会話し始めた。時折、俯いてギルドカードを操作するカインを見て警戒もしているようだ。
「ま、お嬢様。地上まで護衛をしてもらいましょう。」
「うにゅう、信用できないのじゃ。もし、勇者なら妾達は討伐されるのじゃ。」
「恐らく、大丈夫ではないでしょうか。彼は狩人になろうとしています。勇者であれば成人前に、高レベルのモンスターを討伐している筈です。」
「城の外にいたのは、高レベルどころか、災禍級ばかりだったのじゃ。」
ミリアンの言葉に心配事を並べるニーナ。そのどちらにも頷くティアを見ながら、カインはギルドカードでアデルと連絡を取っていた。
「ニーナは魔王種よ。ミリアンはガーディアンで、貴方と違って物理だけでなく、魔法も使えるみたい。職業にアサシンもあるなんて凄い逸材ね。ティアもアサシンだけど、サブにシーカーとスカウトもあるわね。こっちも逸材ね。」
「連れて帰らなければならないのか。出来れば、面倒な事は避けたいのだが。」
「本当に冷たいのね。幼気な少女が三人。ダンジョンの深層で震えているのよ。」
「魔王が幼気なのか。」
三人を解析したアデルに、眉間にしわを寄せたカイン。ギルドカードでチャットしているため、ニーナ達に気付かれる事は無かった。
小声で話し合っていたニーナ達は、結論が出たのか俯いたままのカインを見た。
「私達を本当に護衛して、地上まで連れて行って貰えるのでしょうか。」
「それが雇い主の依頼だ。」
「信用していいのでしょうか。」
「信用はするな。絶えず、最悪の状況を想定しながら着いて来い。レベルが低かろうが、ここはダンジョンだ。出来るだけ護衛の役目は果たすが、死神にエンカウントしないとも限らん。」
再び、ニーナ達は頭を突き合わせて、小声で話し合い始めた。時折、小さくせき込むカインの耳には、三人の会話が聞こえている様だった。
「死神なんかにエンカウントすれば死亡決定です。」
「ここにそんなモンスターはいなかったのじゃ。」
「ん、油断大敵。」
「地上まで私達も最大限に警戒しろと言う事ではないでしょうか。」
「妾達に不埒な行いをすると言う事ではなさそうなのじゃ。」
大きく咽たカインを見たニーナ達から、一歩前に出たミリアンが無言で頭を下げた。少し遅れてニーナとティアも頭を下げると、小さな声でお願いしますと告げた。
カインの持つギルドカードに笑いの絵文字が並び、眉間の皺が一段と深くなったカインが右手を挙げて承諾の意思を示した。
地上へと帰還するために、ニーナ達は城の数々の部屋を廻った。少なくはない金貨や宝石は、始終しかめっ面のカインに感嘆の溜息を吐かせた。宝物庫から調理場、私室に至るまで、全ての部屋から持ち出せるものを、全てカインはマジックバッグに収納して見せた。
「私達もマジックバッグを持っていますので、こちらのアイテムの収納をお願いします。」
「ん、ない。」
「ティア、ここにあったのじゃ。ゾンビ熊のぬいぐるみ。」
不安そうに今にも泣き出しそうなティアは、ニーナの声と共に渡された緑色の継ぎ接ぎだらけの熊のぬいぐるみを抱き寄せた。
大きな溜息を吐くカインは、三人の準備に数時間を費やした。
「地上へ向けて出発するのじゃ。」
空♂:うにゅう、想定と違う展開になっているのだ。
ア♀:だから、行き当たりばったりは駄目だと言っているでしょ。
空♂:ある程度、乗って来るとニーナ達が暴走し始めるのだ。
ア♀:はぁ、まだまだ、続くの?いえ、続きます。続けさせます。