魂の響き
夜明けの光が差し込む塔の一室で、ガルディムは古い魔道書を広げていた。
「姫様、エルリックの状態について分かったことがございます」
カトリーヌは窓辺から離れ、老術師の元へ歩み寄った。エルリックは部屋の隅で、まるで人形のように直立したまま動かない。
「失われた魂は、完全には消えていないようです。あの宝石が、彼の魂の核となる部分を守っている」
「でも、どうして...」
「それは、宝石に宿る先代の女王―あなたの母君の愛。そして」ガルディムは意味深な眼差しでカトリーヌを見つめ、「あなたの想いが、彼の心を繋ぎ止めているのでしょう」
その時、エルリックの首の宝石が微かに輝いた。
「エルリック様の中に残っているのは」ティムが小声で言う。「きっと、姫様への想いなんです」
カトリーヌはゆっくりとエルリックに近づいた。銀色の瞳は虚空を見つめたままだ。
「覚えている?私たちが初めて出会った日のこと」
彼女の声は柔らかく、まるで子守唄のように優しい。
「私が八歳の誕生日に、城の庭園で迷子になって。あなたが見つけてくれた」
エルリックの瞳が、わずかに動いた。
「そうよ。あの時あなたは、泣きじゃくる私に白い花を差し出して、『姫様の涙より、笑顔の方が美しい』って」
宝石が強く明滅し始める。エルリックの体が震えた。
「カト...リーヌ...」
その声には、かすかな感情が宿っていた。
突如、塔が激しく揺れ始める。ガルディムが窓の外を見て、顔色を変えた。
「まさか、上級トロルが...!」
轟音と共に、巨大な拳が塔の壁を破壊する。現れたのは、先ほどのトロルを遥かに超える巨体の怪物。その背後には、反乱軍の軍旗が翻っていた。
「逃げろ!」
ガルディムの叫びと同時に、エルリックが動いた。彼は躊躇いなくカトリーヌを抱き寄せ、崩れ落ちる瓦礫から守る。
「エルリック!」
彼の背中に大きな石が直撃する。しかし、エルリックは微動だにせず、ただカトリーヌを守り続けた。
「私は...守る...」
その声は機械的ではなく、確かな意志に満ちていた。宝石が青く輝き、その光は彼の体全体を包み込んでいく。
「これは...」ガルディムが驚きの声を上げる。「魂の共鳴...」
カトリーヌの胸から温かいものが込み上げてきた。彼女は、エルリックの冷たい頬に手を添えた。
「エルリック、私...」
言葉が紡がれる前に、巨大な手が二人に伸びてきた。エルリックは咄嗟にカトリーヌを突き飛ばし、自らはトロルの手に掴まれた。
「エルリック!」
握り潰されながらも、彼の銀色の瞳はカトリーヌを見つめ続けていた。そして、かつての温もりを取り戻したような声で、呟いた。
「たとえ魂を失っても...私の想いは、永遠に...」
宝石が眩い光を放ち、エルリックの体が青白い炎に包まれていく。これは、魂の最後の輝きなのか、それとも新たな力の目覚めなのか。