表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

残された心


轟音と共に、トロルの拳がエルリックの立っていた場所を打ち砕く。しかし次の瞬間、青い光が閃いた。


エルリックは間一髪で身をかわし、トロルの腕を駆け上がっていた。その動きは人間離れしており、まるで風のようだ。


「あれは...」ティムが目を見開く。「エルリックさんの剣が、トロルの魔力を吸収している」


ガルディムが静かに頷く。「秘薬の効果だ。魂を失った代わりに、あらゆる魔力を取り込める器となった」


「でも、それは人として...」


カトリーヌの言葉を遮るように、エルリックの剣が青白い光を放った。トロルの魔力を吸収した剣が、凄まじい一撃となって怪物の首筋を貫く。


巨体が崩れ落ちる音が、雪降る夜空に響き渡った。


反乱軍の兵士たちは、恐怖に満ちた表情でエルリックを見つめている。彼らの前に立つのは、もはや人間ではない。魂を失った戦士、完璧な殺戮の機械。


「撤退...撤退だ!」


敵兵たちが逃げ出す中、エルリックはゆっくりと塔の方を振り向いた。その銀色の瞳に、カトリーヌの姿が映る。


「エルリック!」


カトリーヌは塔を駆け下り、雪の積もる中庭へと走り出た。ガルディムが制止の声を上げる。


「危険です!彼はもう...」


しかし、カトリーヌは止まらなかった。エルリックの前まで走り寄り、その胸に飛び込んだ。


「よかった...よかった...」


涙で濡れた頬を、エルリックの胸当てに押し付ける。しかし、彼の体は冷たく、心臓の鼓動さえ感じられない。


「私は...任務を完遂しました」


機械的な声で告げるエルリック。その腕は、カトリーヌを抱き締め返すことはなかった。


「違うわ...あなたは約束したでしょう?私の前に戻ってくるって」


首に掛けられた青い宝石が、かすかに明滅する。エルリックの瞳が一瞬、揺らいだような気がした。


「カト...リーヌ...」


その時、遠くから角笛の音が響いてきた。ガルディムが叫ぶ。


「敵の増援です。この場を離れねば」


エルリックは無言でカトリーヌを抱き上げ、塔の中へと運んだ。その仕草は、かつての優しさの名残のようでもあり、また純粋に効率的な行動のようでもあった。


「師匠」ティムが声を潜める。「エルリックさんの中に、まだ何かが残っているのでは?」


「気付いたか」ガルディムは青い宝石を見つめながら答えた。「あの宝石には、先代の女王の加護が宿っている。それが、彼の失われた魂の欠片を...繋ぎ止めているのかもしれん」


カトリーヌは決意に満ちた表情を浮かべる。


「エルリックの心は、必ず取り戻せる。母様の宝石が教えてくれているわ」


彼女の言葉に、エルリックの銀色の瞳がわずかに震えた。それは感情の残滓か、それとも単なる光の乱反射か。


雪は二人の間に静かに降り続け、やがて夜明けの気配が空を染め始めていた。戦いは終わったが、本当の試練はここから始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ