禁断の誓い
雪が舞い散る塔の窓辺で、カトリーヌは静かに夜空を見上げていた。銀色の髪が月明かりに照らされ、その姿は儚く、まるで一瞬にして消えてしまいそうだった。
「姫様、お寒くはありませんか?」
エルリックの低い声が部屋に響く。カトリーヌは振り返ることなく、小さく首を振った。
「大丈夫よ、エルリック。それより、あなたはもう決心がついたの?」
その問いに、エルリックは一瞬言葉を詰まらせた。ガルディムから渡された小瓶が、外套の下で重く感じられた。
「はい。私の命など、姫様の安全に比べれば取るに足らないものです」
「やめて!」
カトリーヌは突然振り向き、エルリックに駆け寄った。その目には涙が光っていた。
「私のために魂を差し出すなんて...そんなの許されないわ。あなたは私の...私の...」
言葉が途切れ、カトリーヌは俯いた。エルリックは静かに姫の肩に手を置いた。
「姫様、私は決して後悔はしません。幼い頃から、姫様の笑顔を守ることが私の誇りでした。そして今、それは私の使命となった。たとえ魂を失っても、この身体が動く限り、姫様をお守りします」
「でも、エルリック...あなたが変わってしまうのなら...私は...」
カトリーヌの声が震えていた。エルリックは思わず姫を抱きしめそうになったが、身分の違いを思い出し、一歩後ろに下がった。
その時、塔の下から物音が聞こえてきた。ガルディムが階段を上ってきて、二人に告げた。
「トロルの足音が近づいている。もう時間がない」
エルリックは小瓶を取り出し、決意を固めた瞬間、カトリーヌが彼の手を掴んだ。
「エルリック、約束して。必ず...必ず私の前に戻ってきて」
「姫様...」
「もう姫様なんて呼ばないで。最後だけでいいの。私の名前を呼んで」
エルリックは深く息を吸い、震える声で告げた。
「カトリーヌ...私は必ず戻ってまいります」
その瞬間、カトリーヌは踵を上げ、エルリックの唇に優しくキスをした。塔を揺るがすトロルの咆哮が響く中、二人の間に流れる時間だけが永遠のように感じられた。
「行って、私の騎士様」
カトリーヌの言葉に頷き、エルリックは小瓶を開けた。漆黒の液体が喉を通り過ぎる時、彼の脳裏には幼い日々から守り続けてきたカトリーヌの笑顔が浮かんでいた。
魂の代償と引き換えに得る力。それは愛する人を守るための、彼の最後の誓いとなった。