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三題噺もどき―よんひゃくごじゅうろく。
小さな電子音で目が覚めた。
「……」
なり続ける時計を叩く。
すると音は掻き消え、しんとした朝の気配が部屋を満たす。
静かで心地のいい朝だ。
「……」
ぼんやりとした視界の中で、滲んだ数字の並びを眺める。
いつも通りの時間、見慣れた時間。
決まった通りのこの時間にいつも起きる。
休みだろうと何だろうと関係なく。
「……」
ほんの少しズキズキと痛み出す頭。
おかげで最悪な目覚めになってしまった。
同時に思考も冴えていくので、何とも言えない気持ちではあるが。
というか……
「……」
まぶしい。
どこから入り込んできているんだ。カーテンはしっかり閉めたはずなんだけど。
どこかに隙間でもあいていただろうか…。
まぁ、寝る直前の記憶なんて曖昧なんだが。
「……」
うつ伏せになっていた体をくるりと回して、ゆっくりと上体を起こす。
頭痛は多少マシになってきたが、煩わしいことに変わりはない。
いつものことではあるが、慣れたくはないものだ。……なれたけど。
「……」
起き上がった視界に入り込むのは、見慣れた小窓。
そのサイズに合わせた少し小さめのカーテンは、水色のシンプルなもの。
その隙間から、光が漏れていた。
「……」
細く小さく差し込む光に、思わず顔をしかめてしまう。
あまりにも眩しすぎる……いっそ布団にもぐりなおしてもう一度寝てしまいたい。
が、もう、起きて動き出さないといけない時間なのだ。カーテンを閉じるわけにはいかないのだ。さっさと動いて、今日も生きなくてはいけない。
「……」
ベッドの上から足を下ろし、少し軋む床を歩く。
小窓の方へと近づき、眩しさに耐えながら、カーテンを引く。
片方だけを払うように。
「……」
一気に流れ込む光量に思わず目を閉じてしまうが。
すぐになれた視界は、いつもの景色を写し出す。
沢山の家が並ぶ住宅街。遅刻でもしたのか小走りでかけていく学生服。犬の散歩をしているご老人。子供を抱いている母親。
「……?」
なんとなくそうして見慣れた景色を眺めていると。
風景の中に見慣れないものが飛び込んできた。
町中のどこでも見るものなので、全く見慣れないと言うものでもないのか。
しかし、こんな間近で見ることはない。
「……」
小鳥だ。
小さな鳥。
スズメかと思ったが、あの茶色っぽい感じではない。
詳しい名前は知らないが……この辺りではよく見る小鳥だ。
「……」
小窓のへりにとまった小鳥は、きょとんと首をかしげるようなしぐさをする。
それから、ちょこちょことあっちへこっちへと跳ねている。
飛べないわけでもないのに、飛ばずにそこに居座っている。
いつも憂鬱な朝に、つかの間の癒しを与えてくれているように思えた。
「……」
ぼんやりと眺め、思わず頬が緩むのを感じた。
そんな時間はないのに、可愛いなぁなんてぼんやりと思う。
小鳥を飼いたいと思ったことはあまりないが、こうも可愛いと。
確かに鳥籠の中に入れて、愛でたくはなるかもしれない。
―なんて、そんなことをぼんやりと思った瞬間。
ビクン――
と、小鳥の動きが止まった。
「――」
固まった体のまま、そこで立ち止まり。
先程まで跳ねていたのが嘘のように。
小さなくちばしからは泡のようなものがあふれてきた。
―まるで毒薬でも飲まされたのかとでも言うような。びくり、びくりと体を震わせ。あふれる泡はとまらない。
「――」
『死』
という明確な言葉が、頭の中に浮かぶ。
明滅するその言葉は響き。
ズキズキと痛みを伴って重なりだす。
ドクドクと心臓が喚きだし。
手が震えているのが分かる。
「――」
どうしよう。
どうしたら。
私は。
また。
命を見捨てるのか。
どうにもできないまま。
手を刺し伸ばせもしないまま。
そんなことはもう。
あの仔のようなことはもう。
やらないと決めたのに―
―――――」
視界が一気に開ける。
汗をかいていたのか、朝の空気に冷やされていき。
少し寒気がする。
「――」
なんで。
そう思って。
無意識に視界はカレンダーへと向く。
「――」
あぁ、そうか。
もうすぐ。
あの日だ。
お題:毒薬・明確な言葉・小鳥