第三十話 再戦
竜祖や亜人たちは人間の星襲撃後、自分たちの星に戻って来て、エプリフィアの話を聞く為、彼の言葉通り猿帝国の都中央の建物へと向かい、そこでエプリフィアが来るのを待っていた。その場にいた誰もが緊張しているのか、一言も発さずに待機していた。そこへようやくエプリフィアが現れ、彼は着席してすぐに話を始めた。
「ラミマルブは死んだが、彼は我々の為にいくつかの物を用意してくれた。その一つがこれだ」
そう言ってエプリフィアは机の上に何かを置いた。彼以外の者たちはそれがどのような効果を発揮するのかわからなかったので、彼に質問した。
「それは何だ?」
「これは対象を倒さずに魂の合一を完了させることができる道具だ。しかし、七回分しかない。この場には魂の合一を終えていない者たちが九体おり、魂の分裂数はイヌ、クマ、サカナ、カバ、トリが2、サイ、ペンギンが3、ネコ、ゾウが4で、全員に使用する場合、必要な数が15だ。つまり、この道具を使用できる者たちには限りがあるが、誰か使いたい者はいるか?」
そのようにエプリフィアは亜人たちに問いかけたが、それに答えられる者はその場にいなかった。彼らは互いを思うが故に自分から言い出すことができなかったのである。しかし、その沈黙を破り発言した者がいた。
「それは俺たち猫王国には必要無い」
そう言ったのはパンドルスであったが、他の亜人たちは彼の発言に驚きの表情を見せていた。特にカルバトロスはその発言が信じられないようで席を立ちながら、パンドルスに問を投げかけた。
「何故だ、パンドルス。君は他の特殊能力者を倒すことにためらいがないのか?」
「ないわけではないが、俺たちは既に覚悟を決めている。それに俺は最も愛していた者を手にかけた……これ以上の悲しみなどありはしない」
パンドルスの言葉は強く、彼の顔からも彼の決意が感じられ、カルバトロスはそれ以上何も言わずに力なく着席した。するとパンドルスに触発されたのかピスキュラも発言を開始した。
「俺は元々、この宿命を受け入れてきた。しかも俺の相手というは親交の薄い者で、他の者と比べれば彼を倒すのはそれほど苦ではない。だから俺にもその道具は必要ない」
そのピスキュラの発言に続いてカバ族のパポベルドも道具の使用を辞退した。彼はどうやらフィポリタスと仲が悪いようでむしろ彼を倒したがっていた。ゾウ族の亜人テリファンナはゾウの魂分裂数が一番多く、自分たちに道具を使用するのはためらいがあると言って辞退した。サイ族の亜人リレイラスはかなり苦しそうな表情をしていたが、覚悟を示し、道具の使用を辞退した。
これにより残りはイヌ、クマ、トリ、ペンギンとなって、彼らが必要とする道具の数は5つであり、道具の使用可能回数を下回っていた。そこでエプリフィアは再度、道具を使用したい者がいるか尋ねたが、シェドアンやカルバトロスが突然、道具の使用を辞退しようとした。しかし、パンドルスが立ち上がってそれを制止した。
「あんたらは残り一体で、その相手が大切な者だろ。あんたらはこれまで十分働いてきた。だから、無理はしない方がいい」
「だが、最後だろうと俺たちだけが苦しみを免れるのは気が引ける」
「俺はむしろ、あんたらの最愛の者が死んでしまうことの方が辛い。それと残り2つはゾウとサイに使うべきだと思う」
「パンドルス、お前……」
パンドルスの意見に反対する者はおらず、道具を使用する者たちは決定した。道具を使用することになった者たちは道具を使用しないことになった者たちに感謝した。
その話が終わるとエプリフィアは次の話題について語りだした。
「ラミマルブは我々の為、人祖や他の祖たちについて色々調査をしており、我は彼から情報を受け取ったのだが、彼の口から直接聞くことはできなかった。今は記憶装置の中にある情報を解析中なので少し待ってくれ」
「なら、お前の話は終わりか?」
「いや、お前たちに伝えておくことがある。お前たちは十日以内に魂の合一を完了させよ。それが終わった後にラミマルブの情報について語ることにする。それと我に何か質問があったとしても魂の合一を終えてからにしろ。魂の合一を終えれば過去の者たちの記憶が復元され、色々わかるだろうから、一々我に尋ねる必要はなくなる。……そういえば、言い忘れていたことがある。魂の合一は今ここにいる本流だけが可能なのではなく、支流であっても可能だ。つまりお前たちが支流に倒されれば、支流が本流となる」
亜人たちは不服そうな顔をしていたが、エプリフィアの言葉に従うことになった。彼らはそのまま解散しようとしていたが、竜祖がそれを押しとどめ、話し始めた。
「俺はお前たちの話をずっと聞いていたがよくわからなかった。でも俺とお前たちは仲間ってことでいいのかな?」
「そうだ。今は亜人を代表して我が返事をしよう。我はあなた方が我々の窮地を救ってくれたことに感謝している。共に戦う者として今後も仲良くしていきたいと考えている」
「おう、そうかそうか。俺たちは仲間か。じゃあ何か困ったことがあったら言ってくれ。俺たちは今まで海の上の孤島で暮らしてきたが、あそこでは不便だから、移動させてそこらへんにくっ付けておく。じゃあ、これからよろしく」
そう言って竜祖は虫祖とドラファティアを連れてその場から立ち去った。その後、亜人たちも解散し、それぞれの国へ帰ることとなり、彼らは猿帝国の移動機械を使用してその日のうちに帰国することができた。
パンドルスが猫王国王都へと向かうとそこでは猫王国の者たちと猿帝国の者たち、さらに竜たちがおり、彼らは協力して復興作業を行っていた。それを見たパンドルスは僅かに微笑んでいたが、彼を呼ぶ声が聞こえてくると彼は再び無表情となってしまった。その声の主はレオであり、二人は互いに歩み寄ると会話を始めた。
「パンドルス、お前が無事でよかった」
「俺もレオが無事で安心したぜ。だけど女王様は……」
「女王様は皆を守る為、命を捧げたのだ。後悔は無いはずだ……俺たちも見習わなければな。それとこんな知らせは聞きたくないと思うが……」
「俺は全てを受け入れるつもりだ。遠慮せず、話してくれ」
「そうか、では話そう。ヒョウ領の領主リーダス、彼の副官ジェラヘッド、他にも君の知る多くの者たちが今回の戦いで戦死した」
「……そうか、ありがとう。レオ、ゲラピッドとミムレドを呼んでくれないか。話がある」
そう言ったパンドルスは少し目をつむっていたが、すぐに真剣な表情へと戻った。レオはその時、パンドルスを見つめ、彼の覚悟を感じ取ったようであった。そこでレオはパンドルスの願い通り、ゲラピッドとミムレドを連れて来た。パンドルスは彼らに解放者や魂の分裂、合一などの話をした。彼らはパンドルスの話に驚いていたが、その話を疑うことはしなかった。話が終わると彼らはパンドルスへと覚悟を述べた。
「私はパンドルス様の為にいつでも死ねます」
「僕も同じ気持ちです」
「俺も……と言いたいところだが、俺はまだパンドルスとの約束を果たしていない。二人共、それが終わってからでもいいか?」
レオはそう言ってゲラピッドとミムレドに頼み込み、二人はそれを了承した。その後、レオはパンドルスと二人で王都から少し離れた空き地へと移動した。
「レオ、俺とお前で何か約束をしたか?」
「忘れてしまったか。だが、無理もない、お前は多忙であったからな。お前は俺にリベンジすると言っていただろ」
「あっ!そういえばそうだったな。何だか懐かしいぜ」
「さて、俺やミムレド、ゲラピッドがここでいなくなっても後任の者たちはそれなりに育っているから憂いはない。だが一つ聞いておきたいことがある。女王様を倒したのは……パンドルス、お前なのか?」
「……そうだ。俺がこの手で殺した」
「そうか……ではパンドルス、決着をつけようか」
二人はそこで会話を止め、しばらく向かい合って相手の出方を探り合っていたが、先に動いたのはパンドルスであった。パンドルスの攻撃は素早かったが、レオはそれを見事に回避し、青い炎で応酬した。パンドルスは黒い炎を体にまとわせ、それをガードし、赤い炎を拳にまとわせ、レオに連撃をお見舞いした。レオはその攻撃をかわしきれずダメージを負ったが、青い炎を爆発させ、パンドルスとの距離を取った。爆発のダメージを受けたパンドルスであったが、彼は緑色の炎で自己回復をし、それを見ていたレオは微かに微笑んだ。レオはその後、青い炎を空に打ち上げ、炎の雨を降らし、さらに地面にも炎を走らせパンドルスを攻撃した。パンドルスはその二つの攻撃に対処し、見事防いで見せたが、レオはその隙を狙って突撃してきた。レオの攻撃が当たる直前、パンドルスは自爆し、互いの距離を再び離した。パンドルスは赤い炎をレオへと投げつけたが、レオは回避しながら接近してきた。パンドルスはレオの攻撃を避ける為、黒い炎をまといながら後方へと下がったが、突然彼の近くで爆発が起こり、激しく吹き飛んだ。
「何だ、今のは?」
「驚いたか。今のは俺の力だ」
「予め罠でも設置しておいたのか。ちょっとずるいな」
「大体あっているが、少し違う。これも特殊能力だ。どういう仕組みなのかは教えないがな」
軽く会話をすると二人は何だか楽しそうな顔をして戦いを再開した。パンドルスは先ほどの攻撃に警戒し始めたせいか動きが悪くなり、レオが優勢となった。パンドルスが少しでも警戒を怠ると突然爆発が発生し、パンドルスにダメージを負わせ、厄介そうなものであった。しかし、パンドルスは何か気付いたようで爆発を回避し始めた。それを見たレオはまたも喜びを表し、パンドルスもそれにつられたように笑顔を見せた。そこで彼らは再び会話を始めた。
「これは無色の炎か?それで予めそこらへんに設置しておいて任意のタイミングで爆発させることができるような能力か」
「さすがはパンドルス。気付いたか。しかし、俺はもう一つの炎をまだ隠している」
「そいつは楽しみだ」
話を終えるとレオは紫色の炎を発生させ、パンドルスはそれに警戒し、攻撃を躊躇していた。レオはそんなパンドルスに突撃し、パンドルスは赤い炎で迎え撃とうとしたが、紫の炎が近付くと急に変な顔をして動きが悪くなり、レオの攻撃が直撃してしまった。
「おえっ。なんだその炎、気持ちわり」
「この炎は激臭かつその匂いを嗅いだ、もしくはその炎に触れた者を弱体化させる力がある」
「そんな丁寧に説明してもいいのか?」
「大丈夫。お前はこれで終わりだからな」
そう言ってレオは座り込んでいるパンドルスに突撃してきた。パンドルスは緑の炎により回復を行っていたが、間に合いそうになかった。
「レオ、実は俺も力を隠しているんだ。解放者の力ってやつでな。まだ完全ではないけど、見せてやるぜ」
そうつぶやくとパンドルスは何を念じるような顔をし始めた。レオは彼が何をしようとするのかわからなかったが、構わず突撃した。直後、地面より巨大な植物の幹と思われるものが伸びてきてレオは宙に吹き飛ばし、さらに地面に叩きつけた。レオはそのまま動けなくなり、パンドルスはゆっくりと彼に近づいて来た。レオは倒れ伏しながら笑顔でパンドルスへと語りかけた。
「お前も力を隠していたとは……意外だ」
「特殊能力って言うのは噴出口のエネルギーがもとになっているらしいが、そこを利用できるのは祖だけで、俺たちは本来使用不可だ。しかし、解放者たちは世界樹との契約により特殊能力の行使が可能となり、さらに世界樹、つまり植物の助けを借りることも可能となった。今のはその力だ」
「なるほど、少し難しい話であったが、何となくは理解できた。それよりも俺はやはりこういう戦いが好きだ。命の取り合いでは無く、自分と相手との肉のぶつかり合いや技の競い合い。ここから得られる高揚感は何ものにも代えがたい。パンドルス、俺はお前に会えてよかった。それにこうしてお前と最後の時を過ごせてよかった。それと最後になってしまうが、パンドルス、俺たちの子を頼む」
その言葉を終えるとレオは空を眺めながら、今までにないくらい晴れやかな顔をした。パンドルスはその顔を見て耐えきれず、泣き始めてしまった。その様子を見ていたレオは軽く笑みを浮かべ、パンドルスへ言葉をかけた。
「やはり、お前は無理をしていたか。今日は最初に随分とたくましい顔を見せてくれたが、変に強がる必要はない。前へと進む為には悲しみ、苦しみなども必要なものだ。悲しみを悲しみと捉えることが出来なければ、一生そこに留まることになる。それでは駄目だ。しかし、お前はそれをしっかりと感じ取ることができ、解消しようとしてきた。それは正しいことだ。お前こそが我々の希望の炎となり、皆を、いや世界を照らし導いてくれ」
そう言い終えるとレオはぐったりとして灰となってしまった。パンドルスはその灰にうずくまり泣き続けていたが、しばらくすると泣き止み、一人決意を語りだした。
「わかったぜ、レオ。俺は過去の記憶の奴のように強くなろうとするのは止める。俺は俺だ。俺は世界をあるべき姿へと導いてみせる。俺たちのこの炎で!」
その後、パンドルスはゲラピッドとミムレドの所へと向かい、彼らとの対決に臨んだ。二対一であったが、パンドルスの力はすでに圧倒的であり、瞬く間に二人を倒してしまった。二人はパンドルスに亜人の未来を託し、灰となった。パンドルスはそこでも涙を見せたが、立ち止まることは無く、進み続ける意志を示した。
こうしてパンドルスは魂の合一を完了させ、解放者の力を手にしたのだった。