第二十九話 待ち望んだ時
竜祖による座標移動により亜人たちは猿帝国の都から別の場所へと一瞬で移動した。そこは辺り一面が金属に覆われており、用途不明のケーブルがあちこちに張り巡らされ、機械がたくさん稼働を続けていた。
「ここが人間の潜んでいる星か」
「うん、失敗だな。ここは世界樹の中だ」
亜人たちはそこが目的の星だと思っていたが、竜祖によると、どうやら違うらしかった。
「おい、竜祖とやら、どういうことだ?」
「いやー久しぶりだし、元々得意じゃないし、正確な座標もわからなかったし、仕方ないか」
「一人で納得しないでよ。そもそも、そんな不確かなこと、どうしてやったの?」
そう言って竜祖を詰ったのはペンギン族の亜人ペタギュレアであったが、彼女の真剣な様子とは対照的に竜祖はゲラゲラと笑っていた。
「俺ならいけると思ったのだ。でもここなら丁度良かったな。ここは人間が作った軌道エレベーターって言う施設の中だ。世界樹はそれに絡みついている巨大な植物で、彼が植物祖なのだ」
「世界樹については薄々そうだろうと思っていたが、エレベーターとは何だ?」
「俺も詳しいことは知らないのだが、物凄い上下移動が可能な機械らしい。これを使って上に行って、そこでもう一度座標移動すれば、今度こそ上手くいく」
「随分と怪しい話だが、他の方法はないのか?」
「ない」
「やれやれ、仕方ない。その軌道エレベーターとやらを使うか。それにしても俺たちがなろうとしている祖っていうのはこんないい加減な者なのか?」
「おいおい、俺は座標移動以外にも色々できるのだぞ。座標移動は偶々、俺の苦手な分野だっただけだ。例えば祖は不死身なのだ」
「それは大層な能力だが、それは他の奴らとの違いがあるのか?」
クマ族の亜人ベアドルムはそのように竜祖に問いかけたが、それを受けた竜祖はしばらく考え込み、やっと答えを導き出し、答えた。
「ないな」
竜祖はまたしてもゲラゲラと笑っていたが、亜人たちは皆肩を落としていた。竜祖の隣には彼の最愛の子であるドラファティアと彼の友人と見られる虫祖がいたが、二人は無表情であった。パンドルスはその時、虫祖に目を向け、彼に質問した。
「あんたも祖だったよな。あんたも座標移動は苦手なのか?」
「いかにも」
虫祖のその答えの内容は不甲斐ないものであったが、彼はむしろそれを誇るような顔を見せていた。亜人たちは皆呆れ顔であったが、虫祖はそれを全く気にしていないようだった。
その後、竜祖や亜人たちは軌道エレベーターへ乗り込み、エレベーターはすぐに終点へと到着した。
「ここは何の為に作られたんだ?」
「元々は人間が故郷へ帰る為に建造したものらしいが、昨日まで俺たちの星の様子を監視する為の施設として活用されていた。奴らはここを軌道ステーションって呼んでいたっけな。よし、ここからなら行ける」
そう言って竜祖は何かを始めた。それを見ていた亜人たちは彼が何をしているのか理解できなかったので、彼に質問した。
「何をしている?」
「座標計算だよ。この世界の座標は予め全て創造主によって定められているが、その正確な値を俺たちは知らない。だから、こうやって自分が知っている座標と比べて計算しなければならないのだ」
「そういう仕組みだったか。座標とは距離の事か?」
「たぶんな」
「この星の座標は?」
そういう風にエプリフィアは竜祖と座標について語り始め、他の者たちはポカーンとしていた。エプリフィアは計算が得意らしく、竜祖は彼の言うことに一々感心していた。そして竜祖は計算を終えるとエプリフィアに感謝し、早速座標移動を開始した。
「さぁ、俺に近寄ってくれ。今度は絶対に上手くいく」
「その言葉信じさせてもらうぜ」
竜祖は自身に満ち溢れていたが、亜人たちは若干不安な顔をしていた。その中でパンドルスは竜祖を信じているような言葉を発していたが、彼の顔にかつてのような明るさは見られなかった。
彼らは竜祖の座標移動により、今度こそ目的地へと辿り着いた。そこは人間により建造された星であり、彼らが住んでいた星とは様相がかなり異なっていた。その星は機械技術によって形成されており、祖によって作れられた物ではなかった為、星としては不完全であった。
「ここは星というより、馬鹿でかい機械の中だな。あいつらはよほど機械の事が好きらしい」
「ここには人間がどれくらい居るんだ」
「人間たちの多くは俺たちの星に攻め込んできたが、全員殺したからな。ここにはもうあまり人間はいないだろう」
「我々は今、十六体いる。効率良く探索する為、ここからは四体ずつに分かれて行動しよう」
そのエプリフィアの提案に反対する者はおらず、彼らは四組に分かれた。パンドルスはエプリフィアとシェドアン、ベアドルムと同じ組となった。他の組も彼らと同じく亜人同士の組となっていたが、一組だけ竜祖と虫祖、ドラファティア、タヌキ族の亜人タボラッグという組み合わせになってしまった。タボラッグはかなり不安そうにしており、それを和らげようと竜祖が親しげに話しかけていたが、彼は尚更不安そうな顔をしていた。タボラッグは今まで他の亜人たちと親交がなかった為か互いに何も言い出せず、そのまま探索が開始された。
パンドルスは探索を始めるとすぐにシェドアンに話しかけた。
「シェドアン、あんた特殊能力者だったのか。おまけに記憶持ちとは」
「黙っていてすまない。僕は特殊能力者の宿命に気付いていたがそれを認めたくなくて、ずっと逃げていた。ベリキシアも特殊能力者であり、彼を殺したのは僕なんだ。彼とは色々あってね。彼は僕を奮い立たせる為に僕に自分の命を捧げたんだ。特殊能力者で残っているのはアルクルフだけになったが、僕は彼女を手にかけることができなかった」
シェドアンはそのように語ったが、彼の目には涙が見られた。パンドルスはその涙を見て悲しそうな顔をしていたが、すぐに表情を戻してシェドアンを励ました。
「大丈夫だ。これから会いに行く、俺たちを生み出したラミマルブって奴に別の方法を教えてもらおう」
「そうだね。きっと別の方法があるはずだ」
「そういえば、シェドアンはレオと一緒にいたか?」
「あぁ、彼なら無事だよ」
その時のパンドルスの表情からは喜びが見て取れたが、同時に悲しみも見て取ることができた。エプリフィアは二人の会話を静かに聞いていたが、表情に変化がなかった。それを見たベアドルムがエプリフィアに向かって質問を投げかけた。
「おい、お前は見た所、他の解放者たちと違って、人と竜と亜人の戦い以来、生き続けてきたようだな。つまり、魂を分裂させていないということだ。お前はそれで生物に関する知識とやらを集めることができたのか。それにどうやって今まで生き続けてきた?」
「我は人間の残した技術を用いて無理矢理自らに延命処置を施し、亜人たちの生活の様子も人間たちの技術を用いて多く学んだ。しかし、これらは色々と問題があり、本来は使用するはずではなかった。これらは一人分しかなく、成功確率も低かった。そこで我々は魂の分裂を行うことになり、我は計画を見守る役目を引き受け、しばらく彼らを見守った後、魂の分裂を行う予定であった。しかし、彼らは記憶を失い、勝手な行動をし始めたので、我はそれを修正する為、延命処置を自らに施し、活動することになった」
「何故お前がその役目を果たすことになった?」
「それは……我が解放者の中で最も年若い個体であったからだ」
そう言ったエプリフィアはどこか悲し気に見え、ベアドルムも何か感じ取ったようで少々態度を改め、言葉を続けた。
「お前には俺たちのような苦しみが無くて楽そうに見えていたが、そうでもなく、お前にはお前の苦しみがあったようだな。それにしてもお前は、そんなヨボヨボな体で戦えるのか?」
「お前たちには及ばないが、それなりに戦うことは可能だ」
そうして彼らが話しながら探索していると人間たちが現れ、彼らを攻撃し始めた。彼らはすぐに応戦し、人間たちを始末した。そのまま先に進んで行くと二つの道があり、二手に分かれることになったが、ベアドルムはエプリフィアと一緒に行くことを拒絶し、シェドアンも嫌そうな顔をしていたので、パンドルスがエプリフィアと共に行くことになった。
パンドルスとエプリフィアは互いに無表情であり、一言も発さずに探索を続けていた。すると突然、異様な雰囲気をまとった一人の人間が現れ、二人に襲い掛かってきた。その人間の放った一撃はパンドルスを狙っていたが、彼はそれを見事に回避して見せ、回避後に火球を放った。しかし、人間は彼の火球を回避し、今度はエプリフィアにナイフを投げつけた。エプリフィアはその刃が彼の体に突き立つ直前で受け止めてみせた。エプリフィアは何気なくその刃へと目を向けたが、その時、彼の顔に動揺が走った。パンドルスは人間から目を離さず、次の行動に出ようとしていたが、その人間は今投げつけたナイフの持ち主は自分が殺したとだけ言い残すと、煙幕のようなものを発生させ、消え去ってしまった。
「逃げやがったか。……あんたはいつまでそんなものを見ている」
パンドルスはエプリフィアが先ほどの人間が投げつけたナイフをじっと見つめている様を見て、やや呆れたような表情を見せた。
「これはラミマルブの物だ。それにこの血はまさか……」
エプリフィアはそうつぶやくと先ほどの人間が出て来た方へと急に走り出した。パンドルスはエプリフィアを追いかけようとしたが、人間たちが彼を妨害してきた。パンドルスはそれらの人間と戦い、全て倒し終えるとエプリフィアの方へと再度向かった。パンドルスは少し行先に迷っていたが、何とかエプリフィアを発見し、彼の方へと向かった。その時エプリフィアは誰かを抱いて体を震わせていた。パンドルスがエプリフィアの間近へと寄ってみると彼の腕の中には一人の人間らしき者が倒れており、彼はその者の体に涙をボロボロとこぼしていた。それを見たパンドルスはすぐさまエプリフィアに問を投げかけた。
「まさか、その人がラミマルブじゃないよな……」
「……いや、この人がラミマルブだ」
「それ、死んでいるよな。あんた何か聞けたのか?」
「話は後だ。今はこの星から脱出するぞ」
そう言ってエプリフィアは涙を振り払うと駆けだし、パンドルスもその後を追った。二人は駆けながら会話を始めた。
「何故急ぐ必要がある?」
「この星はもうしばらくすると爆発し、消滅するらしい」
「何!皆に知らせないと」
「この星には放送施設があるから我がそれを使用して皆に知らせる」
「わかった。俺は出来る限りをやってみよう」
パンドルスはエプリフィアと別れ、他の者たちを探し始めた。彼はカルバトロスやリレイラスと合流し、星が爆発することを伝えた。その直後、放送が入り、エプリフィアの声が聞こえ、星の消滅が告げられた。その後、亜人や竜祖たちは一か所に集合し、座標移動によって自分たちが住んでいる星へと移動しようとした。
竜祖の座標移動は成功し、彼らは自分たちの星に帰って来た。彼らが帰還してすぐに空で爆発が見られ、彼らが先ほどまでいた星が跡形もなく消え去ってしまった。彼らはその光景を見届けるとエプリフィアに質問をしようとしたが、彼は猿帝国の都へと帰ってから話すとだけ言ってその場から移動したので、他の者たちも彼と同じく猿帝国の都へと向かったのであった。