第二十六話 悲痛なる思い
パンドルスは要塞の上部からうっすらと見える緑色の明かりのもとへと向かう為、階段を駆け上がっていた。彼が階段を上り終えると緑色の炎がはっきりと見え、そこには女王レナキュアがいた。パンドルスは彼女を目にするとその日一番の笑顔を見せ、涙をこぼしながら彼女のもとへと駆け寄った。辺りが暗く、近付くまでパンドルスは彼女や近くの様子がよく見えていなかったが、近付いてみると彼女は酷い怪我を負っていることがわかった。そして、彼女の傍にはユキヒョウ領主ミムレドとチーター領主ゲラピッドがおり、二人も深手を負っていて、彼女は二人を治療しているようであった。彼女は集中しているのかパンドルスが声を上げて近付いてきても返事をしなかった。そこで、パンドルスは彼女の目の前に回り、自身の姿を見せつけ、話しかけた。
「女王様、ご無事でしたか。パンドルスです」
「……パンドルスですか。よかった」
そう言って答えた女王の声は弱く、彼女は酷く衰弱しているようで、無理やり笑っているように見えた。パンドルスはそれを見て少し悲しそうな顔をして言葉を続けた。
「女王様、早くここから移動して治療しましょう」
「いいえ、残念ですが、私はもう限界です」
そう言い終えると女王はよろめき、床に倒れそうなったが、パンドルスが彼女を抱きとめ、さらに彼女を励ますように言葉を発した。
「何を言っているのですか。あなたはまだ生きている」
「私は皆と一緒にあの飛行物体と戦いましたが力及ばず、皆傷つき倒れてしまった。けれど、この二人は微かに息があったので私の力で命を繋ぎ止めることにしました。それは成功したみたいですが、私の命は尽きてしまったようです」
「なぜそんなことを。戦いは我々兵士に任せておけばいいのに、なぜあなたが戦ったのですか?」
「私もあなたたちと一緒に戦いたかった。皆が血を流しながら戦っているのに私は玉座に座っているだけ。私にも力があるのに王という称号のせいで今まで戦うことが不可能でした。しかし、今日という非常事態においてやっと戦う機会が巡ってきたのです。それを逃すわけにはいかないでしょう」
「あなたはそんなことをしなくても十分働いていました。まだ間に合います。さぁ、俺につかまってください。王都まで行きましょう」
「心配してくれてありがとう。これでパンドルスも私があなたを心配する気持ちがわかったでしょう。ですが、さっきから言っているとおり、私の命はもう間に合いません。私よりもゲラピッドとミムレドを運びなさい。私がいなくなった後のことは頼みましたよ。特に我が子はまだ幼く、大体のことは大臣たちが良いようにしてくれるでしょうが、あなたからも愛情を注いであげて下さい」
「そんな……いや、まだ何か方法が……」
女王の言葉を聞いたパンドルスは先ほどよりも悲しみを強めたが、まだ諦めきれない様子であった。しかし、女王が弱っていくのを彼も感じ取っており、彼女の言葉が正しいことも分かっていた。それでも諦められないのかパンドルスはうつむき、涙をこらえながらも必死に何か考えていた。
「パンドルス。最後にお願いをしてもいい?」
「最後なんて……言わないでくれ。俺はもっとみんなと一緒に楽しく暮らしたい。だから……」
パンドルスはそのように自身の願いを吐露していたが、その願いとは裏腹にレナキュアはもはや限界を迎えようとしていた。そこで、パンドルスは仕方なく彼女の最後の願いを聞くことにした。しかし、彼女は驚くべきことを口にした。
「パンドルス。私にとどめを刺して」
「……えっ!?な、何を言って……」
「理由は誰よりもパンドルスが一番詳しく知っているはずです。特殊能力者は同族の他の特殊能力者を倒さなければならないのでしょう」
「なっ!?何故あなたがそれを」
「以前、私とあなたは二人でトラ領主の館へ行き、そこでデミラトを倒しましたね。あの時、私もあなたと同じ記憶を見ていたのです」
「そんな、まさか……じゃあ、俺は姉さんが既に知っていることをずっと言い出せずにいたのか……情けないな」
「それは私も同じ。私も、あなたのことを思うあまり、知らせない方が良いという選択をしてしまいました」
「……何故、俺が?どうして俺が、姉さんを殺さなくてはならない!ミムレドやゲラピッドでは駄目なのか?」
「私はパンドルスに生き残ってほしいの。私にとどめを刺せば、パンドルスに私の力が宿るでしょう。そうすれば、あなたは誰にも負けないはず」
「姉さんは他の特殊能力者を倒すという運命を受け入れているのか!俺には受け入れられない!誰かを倒して得る力なんて俺は要らない!何故だ、何故こんなことに。何故俺の力は他人を害することしかできないんだ!俺に姉さんみたいな治癒の力があれば……」
パンドルスは悔しさをこらえきれず、涙を流しながら床を何度も殴りつけていた。
「パンドルス。早くこの苦しみを終わらせて。私がこのまま死ねば、別の者に能力が渡り、また新たな苦しみを生み出すでしょう。あなたがこの苦しみを終わらせるの。どうしても私の言うことが聞けないのならば、女王」
「わかったよ、姉さん。俺が姉さんにとどめを刺す。だけど、これは俺が宿命を受け入れたからではなく、宿命に抗う為にする行動だ。そして、必ずこの世界から苦しみを無くしてみせる」
パンドルスはレナキュアの言葉を遮るように発言し、その言葉からは覚悟が感じられたが、彼の顔は悲しみに溢れていた。パンドルスの言葉を聞いたレナキュアは安心したような笑顔を見せ、感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、パンドルス。私のわがままを聞いてくれて。私はあなたの事が大好きです」
そう言い終えるとレナキュアは静かに目を閉じ、自らの最後の時を受け入れる覚悟を示した。パンドルスはそんな彼女を見ながら最後に一言、自身の思いを吐き出した。
「俺も大好きだよ、姉さん」
パンドルスはレナキュアを抱きしめると、震える手でレナキュアにとどめを刺し、彼女は安らかな顔のまま灰となってしまった。パンドルスはその灰を見ながらしばらく泣き続けていた。
その後、パンドルスはミムレドとゲラピッドを王都へと運び、生き残っていた兵士や大臣たちと話し合いを始めた。
「女王様が……亡くなられた!?パンドルス様、それは真実ですか!?」
「真実だ。女王様は俺の目の前で死んだ」
「こんなことがあってよいのか。おのれ、猿帝国め」
「奴らの生き残りは捕らえております。見せしめにしますか?」
「待て。彼らは我々よりも多くの事を知っているだろう。彼らから話を聞こう」
「わかりました。ではこちらに連れてきます」
兵士はそう言い残すとその場から去り、しばらくして猿帝国の兵士を数人連れて戻ってきた。猫王国の者たちはそのサル族の者たちに罵詈雑言を浴びせるばかりで話が中々進まなかったので、パンドルスは大臣たちを黙らせ、サル族の者たちに質問をし始めた。
「あの飛行物体はなんだ?」
「あの飛行物体は我々の管理する物ではなく、あれには我々の敵が搭乗している。今、奴らは弾薬を補充する為に姿を消しているが、明日再び姿を現すだろう」
「敵とは?」
「人だ」
「人とは私たちのことではないか。何を言っているのだ。それに、私たちとお前たちを一緒にするな」
大臣がサル族の者の発言に突っかかってきたが、サル族の者は黙っているだけであった。その為か大臣は怒り、さらに言葉を続けようとしたが、周りの者になだめられ静かになった。場が静かになるとパンドルスは質問を再開した。
「さっきの大臣がいうように人とは俺たちのことではないのか?」
「俺は雑兵だから詳しいことは知らされていないが、我々とは違う人だ」
「この話は進展がなさそうだから別の話をしよう。猿帝国は今、俺たちの味方なのか?」
「そうだ。我々はお前たちの味方だ。元々、俺たちが各国に派遣されたのもお前たちを守る為であった。だが、我々はその任務に失敗した。申し訳ない」
そう言ってサル族の兵士は頭を下げ、彼は本心から謝罪しているようであった。しかし、猫王国の者たちは彼らを猜疑の目で見ており、サル族の者たちに再び罵詈雑言を浴びせた。サル族の者たちはそう言われても仕方がないというような表情で静かに耐えていた。しかし、パンドルスが猫王国の者たちを黙らせたことで、サル族の者たちは罵詈雑言から解放された。そしてパンドルスは会話を再開した。
「あんたらの本国は今どうなっている?」
「こうして捕まる前に通信してみたが反応がなかった。おそらく敵に占領されてしまったのだろう」
そう言ったサル族の者の表情はどこか悲しそうであり、その顔をパンドルスはじっと見つめていた。すると彼は何を思ったのか急にサル族の者の拘束を解き、こう言った。
「わかった。俺は君たちを信じる。だから共に戦い、敵を排除しよう」
パンドルスの行動と言葉にサル族の者は驚いていたが、猫王国の者たちはサル族の者以上に驚いていた。大臣らはパンドルスの言動が理解できなかったのか、様々な質問や諫めの言葉を発したが、パンドルスは何も答えなかった。そのままパンドルスは明日の敵の襲撃を迎え撃つ為の準備を始め、大臣たちも仕方なく彼に従うこととなった。パンドルスはサル族の者から敵に関する情報を集め、それをもとにして作戦を練ろうとしていたが、敵については殆どわからず、有効な対策を立てられずにいた。そこへミムレドとゲラピッドが現れた。二人は現れてすぐに女王の安否を尋ねてきたが、パンドルスから女王の死を伝えられるとその場で泣き崩れてしまった。
「女王様は僕らをかばっていた。僕がもっとしっかりしていればこんなことには……」
「申し訳ございません、パンドルス様。あなたが出兵した際、私は必ず女王様を守ると約束したのに……」
「俺もお前たちも他の者たちも、皆辛いが、今の俺たちに悲しんでいる余裕はない。俺たちで女王様の無念を晴らすんだ」
二人共、自責の念に駆られていたが、パンドルスはそんな二人を励まし、敵の襲撃に備える為の準備を手伝わせることにした。ミムレドとゲラピッドは自分たちがいた要塞に敵に有効な兵器があると言ったのでパンドルスは兵士たちにその兵器を取りに行かせた。その兵器はサル族が開発したもので地対空誘導弾と呼称されており、猫王国の者は扱えなかったので猿帝国の者たちにその使用を委ねた。そうして彼らは敵を迎撃する用意を整えると短い睡眠を取り、明日の戦いに備えた。
パンドルスは短い睡眠を終えると兵士たちを指揮し、作戦行動を開始した。彼らは配置につき、敵の襲来を待ち受けていたが、彼らの本心としてはそれが来ないことを望んでいた。しかし、夜明けと共に大山脈を越えてくる複数の飛行物体が確認できた。兵士たちはそれを見て最後の覚悟を決めたように自身に気合を入れていた。パンドルスは見晴らしの良い場所で敵の襲来をいち早く確認していたが、飛行物体の数が昨日の二倍ほどとなっていることに気付き、憎々し気にそれを睨み付けていた。彼の横にいた兵士もそれに気付いたようでパンドルスに問いかけてきた。
「パンドルス様、どうしますか?」
「今更、作戦を変更したところで間に合わない。このままいく。作戦開始の合図だ」
兵士はパンドルスの言葉を聞くとそこから少し移動して狼煙を上げた。それを見た猫王国の者たちと少数の猿帝国軍の者たちは飛行物体へと攻撃を開始するのだった。