第二十五話 パンドルスの憂慮
パンドルス、リレイラス、フィポリタスがいた町が爆撃を受ける数刻前、同盟軍は猿帝国第三の要塞を攻略しようと攻撃を続けていた。第三の要塞はこれまでのものよりもさらに強固であり、同盟軍は悪戦苦闘していた。同盟軍の特殊能力者たちはなんとか現状を打破しようと奮闘していたが、戦況は簡単には覆らなかった。そんな時、大山脈を越えていく複数の飛行物体が姿を現した。新たなる敵戦力の投入に同盟軍の兵士たちは絶望の表情を見せた。そして、飛行物体のうち二機ほどが彼らのもとへと向かって来てしまった。同盟軍の兵士たちは恐怖と混乱により自陣へと逃走を開始したが、何故か猿帝国の要塞からの攻撃が飛行物体へと向けられたので、同盟軍の者たちは訳がわからなくなった。
「なんで猿帝国は味方を攻撃しているんだ」
「もしかしたら、あいつらの国で反乱があったのかもしれないぞ」
「よくわからないが、今が好機だ。あの要塞を奪取しよう」
同盟軍の兵士たちはそのように現状を解釈し、勢いを持ち直して要塞へと向かい、攻撃を再開した。しかし、シェドアンやカルバトロスは何か別の考えを持っているようであり、自陣への退却を指示しようとしていた。けれどこの時の同盟軍は統制を失って戦場に散らばっており、速やかな行動は不可能であった。
一方、要塞からは飛行物体に向けて砲弾や銃撃が浴びせられていたが、飛行物体はそれを全て無効化し、要塞へと接近。飛行物体はある程度、要塞へ接近すると飛翔体を発射し、それが要塞へと命中すると、激しい爆発を発生させ、要塞の半分を消し飛ばしてしまった。飛行物体はさらに要塞へ攻撃へ攻撃を続け、砲台を沈黙させると同盟軍の方へと進路を向け、彼らの頭上に何かをバラバラと降らせてきた。同盟軍の兵士たちはそれを自分たちに向けた補給物資だと勘違いしたのか、それを手に入れようと落下地点へと移動した。その近くにいたカルバトロスは危険を感じていたのか、兵士たちをそれから遠ざけようとしていたが、間に合わなかった。落下物は突如爆発し、周りに群がっていた兵士たちを爆散させた。他の地点でも同様の事が起こり、兵士たちは恐怖し、あちこちに逃げ始めた。飛行物体はそれらの兵士たちを上空から射撃して次々と倒していき、さらに先ほどとは別の爆発物も使用して同盟軍を絶え間なく攻撃した。同盟軍はなすすべもなく逃げ走り、特殊能力者たちも敵わないと判断したのか退却を開始した。飛行物体はあらかた戦場を荒らした後、どこかへと飛び去って行った。
そうして要塞方面で飛行物体が飛び去って行った頃、パンドルスたちは犬共和国の町において別の飛行物体によって爆撃を受けたのである。飛行物体は爆撃後、どこへと飛び去ってしまったが、町は悲惨な状態であり、生存者は殆ど見られなかった。パンドルスたちがいた所にはがれきの山ができていたが、飛行物体が飛び去った後、そのがれきの山が吹き飛び、そこからパンドルス、フィポリタス、リレイラスの三人が姿を現した。
「一体何が起こった?町が……」
「あの飛行物体の仕業だ。あれは別の方角にも飛んで行ったぞ。本国が危険だ!」
「現状把握は後回しだ。俺は猫王国に戻る」
「俺とフィポリタスも本国へ向かう。前線も気になるが、今はそちらを優先しよう」
三人は本国へ向かう前に町に生存者がいないか調べていたが、生存者はごくわずかであり、皆負傷していた。三人はそれらの者たちに軽い手当てをした後で、本国へ向かうこととしたが、彼らには一つの問題があった。それは今から本国へと向かってもかなりの時間がかかってしまうことであった。そこで彼らは猿帝国の移動機械を探していたが見つからず、彼らは仕方なく徒歩で向かうことになった。三人が町から出てしばらく走っていると森の中から声が聞こえてきた。彼らは急いでいたが、確認の為、森の中へと入っていった。三人は味方が居るものだと考えていたが、そこにいたのはサル族の者たちであった為、驚いていた。三人はサル族の者たちに警戒しながら質問を投げかけた。
「お前ら、こんな所で何をしている?」
「我々は皇帝の命を受け、敵を攻撃する為にここで待機をしていた」
「なら、今から戦うか?」
「お互いにそんな余裕はないはずだが。それに敵はお前たちではない。あの飛行物体に搭乗している者たちだ」
「ふん、お前の言う通り、今は余裕がないが……」
「お前たちは本国へ行きたいのだろ。ここに我々の飛行機械がある。これに乗ればすぐに目的地に辿り着けるだろう」
「何故そんなことを。お前たちは何を企んでいる?」
「乗るのか、乗らないのか。はっきりしてくれ」
三人はかなり迷っていたが、時間がないこともあり仕方なく彼らの飛行機械に乗ることにした。三人に操縦は不可能であったのでサル族の者たちが操縦することになった。フィポリタスとリレイラスは同じ機体に乗って自国へと向かい、パンドルスは一人でサル族たちの飛行機械に乗って猫王国へと向かうことになった。飛行機械は離陸後、かなりの速さで飛行を始めた。パンドルスは飛行機械の中から地上を眺めていたが、どこの町もボロボロになっており、彼が以前いた猫王国のヒョウ領も壊滅状態に見えた。パンドルスはそれらを見て心中穏やかではなさそうであったが、移動中彼が口を開くことは無かった。
飛行機械は恐ろしい速さであり、その日のうちに目的地の近くへと到着することができ、移動中サル族の者たちは特に不審な動きを見せなかった。パンドルスは飛行機械から降りると素直に彼らに感謝し、王都へと向かった。飛行機械が降り立った場所は王都からそれなりに離れた場所であったが、それは敵の飛行物体の攻撃を避ける為であった。また敵に気付かれないように移動してきた為、王都がどうなっているのか上空から見ることができなかった為、パンドルスは終始不安そうにしていた。
パンドルスは王都を目指して一直線に走り、丘を越えた辺りでやっと彼は王都を見ることができた。彼がその時見た王都は彼が今まで何度も見てきた王都ではなく、王城が半壊して、その周りの建造物も原型を失い、あちこちから火の手が上がって空を赤く染め上げているというものだった。上空には数機の飛行物体が見え、王都全体への攻撃を継続していた。それを見たパンドルスは恐ろしい形相をして先ほどよりも早く走り始めた。彼は精一杯走り続けていたが、彼の目の前では破壊活動が続けられ、彼にはそれもどうすることもできなかった。それに悔しさを感じたのか彼は走りながら涙を流し、それは彼の走る動作によって宙に振りまかれていた。
パンドルスは王都へ向かう途中、いくつかの町を通過した。それらの町はやはり壊滅的な被害を受けていたが、ちらほらと生存者が見受けられ、彼らは助け合いながら必死に生きようとしていた。パンドルスはそれらの者たちを見ていたが立ち止まらず、王都へと走り続けていた。
そうして、パンドルスは走り続け、ようやく王都へと到着したが、飛行物体の姿は消えていた。王都の街は他よりも酷く破壊されており、悲惨な光景であった。しかし、建造物は見る影もなくなっていたが、住民はそれなりに生き残っていた。どうやら王都には地下に避難施設があり、住民たちはそこで飛行物体の攻撃をやり過ごしたらしかった。パンドルスはやや安心した顔を見せ、王城の方へ走っていると一人の大臣に話しかけられた。そこで、パンドルスはその者にこれまでの事情を聞くことにした。
「女王様と女王様のお子様はどこにおられる?」
「女王様のお子様は王都地下の避難施設にて匿われていますが、女王様は王城の地下通路を通って王都の外へ向かわれました」
「お子様は無事か。だが、その地下通路は何処に続いている?」
「王都の北東です。しかし、あの辺りは猿帝国軍に占拠されていました。なので、女王様がそちらに向かおうとなさった際に私たちはお止めしようとしましたが、女王様はお聞きにならず、進まれてしまったのです」
「猿帝国の奴らのもとに行っただと。その時女王様に付き従った者は誰だ?」
「ユキヒョウ領主ミムレドとチーター領主ゲラピッドをはじめとした兵士数十人です。その後に五十人ほどの兵士を向かわせましたが……」
「そういえば、飛行物体は何処に行った?」
「すみません。飛行物体は突然姿を消してしまって見失いました」
「そうか。俺は女王様の所へ行く。ここはお前たちに任せてもいいか?」
「もちろんです」
パンドルスは大臣との会話を終えると進路を王都の北東へと変更し、再び走り出した。彼は廃墟のようになってしまった王都の街を通り抜け、北東へと向かった。王都を出ると北東には見慣れない要塞があり、その上空には飛行物体も見え、飛行物体は要塞を攻撃していた。パンドルスは出来る限り急いだが、やはり徒歩では時間がかかった。彼が走っている最中に飛行物体は攻撃を止め、どこかへと飛び去ってしまった。パンドルスは足がもつれそうになるぐらいに走り、ようやく目的地へと辿り着いた。要塞の傍には猫王国の兵士や猿帝国の兵士たちが静かに横たわっていた。パンドルスは恐怖の表情を浮かべながらも暗く静かな要塞の中へと足を踏み入れた。その要塞は大雑把に言えば双三角錐のような形をしていた。パンドルスはまず、上の方を探してみたが、生存者は確認できず、次に下の方を探してみることにした。要塞の至る所に猫王国の兵士と猿帝国の兵士の死体があったが、彼らは彼ら同士で戦っていたような死に方ではなく、どうやら協力して飛行物体と戦っていたような死に方をしていた。パンドルスは自らの力で生成した炎を明かりとし、要塞の地下へと進んで行き、最下層と思われる場所へと到達した。そこにも兵士たちの死体があり、パンドルスはそれらの兵士の顔を一人ずつ確認していたが、彼の探している者は発見できなかった。彼は失望の表情を浮かべ、そこから立ち去ろうとしたが、突然、小さな声が聞こえてきた。パンドルスはすぐさまその声のもとへと駆け寄るとそこには猿帝国の兵士がいた。パンドルスはその兵士を治療しながら質問を浴びせた。
「あんた、俺たちの国の女王を知らないか?」
「すまない。本当は俺たちが守るべきはずであったのに逆に守られてしまった」
「何を言っている。女王はどこだ?」
「君たちの女王は我々兵士を守る為、自らを犠牲にしてしまった。彼女は敵の攻撃が激しくなると、ここから飛び出して行って要塞の上部へと行き、敵の攻撃を自分に集中させたのだ」
「上だと……」
パンドルスはその兵士の言葉を聞くとそこから走り出し、要塞の上へと向かった。彼は女王がそんな危険な場所にいるはずはないと考え、そこを詳しく調べてはいなかったのである。パンドルスがその要塞の中で一番高い地点へと続く階段を上っていくと見覚えのある緑色の明かりが見えてきた。それを目にしたパンドルスはその日一番の笑顔を見せ、残りの段を駆け上っていったのである。