第二十三話 猿帝国軍の脅威
猿帝国の第一の要塞攻略後、同盟軍は勝利を祝い合っていた。そんな中、各国軍隊の責任者たちは集まり、作戦会議を行った。彼らにも要塞攻略成功の安堵が見られたが、兵士たちのように浮かれている様子は見せなかった。
「結局、ここには一人もサル族が居なかったのか」
「この要塞は全て機械によって制御されていたようだ。この機械を理解することは我々には不可能だから、機械は停止させておいた」
「一体何がどうなっているのか、さっぱりだぜ」
「とりあえず、その話は置いといて次の話を進めよう。この要塞の他に国境付近にはあと二つほど要塞がある。この二つの要塞を攻略してしまえば、首猿帝国の都へと直行できるだろう」
「その二つの要塞がここと同様なら対処が簡単なのだが……そういえばそろそろ三十日経ってしまうな」
「奴らの言葉なんてどうでもいいが、危険を避けて行動する為にゆっくりと進軍するべきだと考える」
サイ族のリレイラスはそう発言し、他の者たちは彼の言葉に従うことにした。同盟軍は一日その要塞で休息し、次の日に要塞を出発した。目的地である次の要塞までは一日足らずで行ける距離であったが、猿帝国の攻撃を警戒しながら進んだ為、到着に二日ほどかかった。その間、猿帝国の兵士は一人も見当たらず、パンドルスたちは不審に思っていた。同盟軍は先の要塞での経験から要塞には近付かず、それなりに離れた所に陣地を築いた。その日の夜、同盟軍は偵察隊を派遣し、要塞の周囲を探らせたが、要塞が無人なのか有人なのかはわからずじまいであった。
翌日、同盟軍の責任者たちは集合し、作戦会議を行っていた。その時、辺りに聞き覚えのある声が鳴り響いてきたので、彼らは話を中断して聞き耳を立てた。
「同盟軍の者たちよ、今日は約束の三十日後だが、貴様らに降伏の意志はないとみえる。それと先日貴様らは我々の無人要塞を攻め、大きな被害を出したようだな。だが、我々は本日より本格的な攻撃を開始し、その被害の何十倍もの被害を一日で出すだろう。もはや、貴様らに残された道は一つしかなく、後戻りは許さん。私は貴様らが一人残らずいなくなるまで戦い続け、その果てにある未来へと辿り着く。猿帝国軍の者たちよ、出撃し、奴らに全てを知らしめよ」
その言葉を最後に声は途切れてしまったが、その声は以前、各国に鳴り響いた猿帝国皇帝エプリフィアの声と同じであった。パンドルスたちはその声が聞こえなくなってもしばらく黙り込んでいた。そして、その沈黙を破ったのはそこにいた者たちではなく伝令の為、駆け込んできた兵士の声であった。
「失礼します。たった今、猿帝国の軍が行動を開始したようで、目の前の要塞からサル族の姿が確認できました」
「そうか、ご苦労だった。下がっていいぞ」
伝令を下がらせるとパンドルスたちは重々しい空気の中、作戦会議を再開したが、少しすると別の伝令が彼らにもたらされ、それは彼らを驚愕させた。伝令兵によると猿帝国のある方角より複数の飛行物体が彼らの頭上を通過し、各国の都のある方角へと向かって行ったそうだった。
「馬鹿な、見間違いじゃないのか」
「彼の目は確かだ、俺が保証する」
「トリ族は目がいいからな。それにしても無音で上空を飛び回ることができるなんて……」
「無人の要塞に苦戦した俺たちが本気になった奴らに勝てるのか?」
「本国が狙われる可能性があるのなら、そっちを守るべきだろ。俺は国に帰る」
「お前ら落ち着け」
各国の責任者たちは皆動揺していたが、パンドルスやレオ、シェドアンなどはその動揺を隠して皆を落ち着かせることにし、彼らはひとまず落ち着いたが、問題は解決していなかった。
「本国が狙われることは最初から考慮しておいただろ。その為に戦力を半分にして一方は守りに置いてきた。彼らを信じよう。それに俺たちが猿帝国を倒せなければ結局戦いは終わらない。だから俺たちはここで戦い続けよう」
パンドルスは皆に呼びかけ、皆彼の意見をもっともな事だとし、目前の敵に集中することにした。とは言え、彼らは猿帝国軍の事は殆どわからなかったので要塞へすぐには攻撃しなかった。偵察しようにも敵の索敵能力が不明であったので慎重に行動する必要があったが、気の早い者たちは不服そうにしていた。そしてパンドルスも気の早い者たちに属しており、彼はレオやカルバトロスと口論していた。
「早く俺たちが猿帝国を倒さないと本国がやられちまうぜ」
「そう焦るな」
「でもよ」
「パンドルス、俺たちは勝たなくちゃいけないんだろ。ここで相手について全く知らないのに戦って負けたらどうなる?」
「それはやってみなくちゃわからないだろ」
「確かにそうだが、俺たちはなるべく最悪の状況を避けるべきだ。その為にはこうして敵を知ることが最善だ」
「うーん。それで敵について何かわかったのか?」
「殆どわかっていないが、ここから奴らがどれほど隠密行動に優れているかがわかった」
「そんな事がわかってもよ。やっぱり、俺が一当たりしてくるぜ」
パンドルスがレオとカルバトロスの制止を振り切って飛び出そうとしていた時、そこへ他の責任者たちが現れた。彼らもパンドルスの出撃を押しとどめたのでパンドルスは出撃を取り止め、彼らと会議を開始した。
「猿帝国軍について新たにわかったことがある。彼らはやはり我々と比較すると兵数がかなり少ないが、それを兵器によって補っているらしい。それと要塞に立て籠もっている兵士たちは守備に注力しているようで、彼らに攻めの意志はないだろう」
「なるほど、なら俺たちは安全だな」
「今だけだ。こうしているうちにも俺たちには危険が迫って来ている」
「敵の兵器がどのようなものなのかわからないが、攻撃をしてみるしかないか」
「そのようだが、まずは敵の戦力を測る為、軽く当たってみよう」
「よし、なら俺が行くぜ」
「パンドルス、君一人では難しいだろう。だから俺も一緒に行く」
「カルバトロスと一緒か。いいぜ」
明日の作戦を決めた所で彼らは解散し、それぞれの兵士たちに明日の作戦を伝え、準備をさせた。パンドルスはカルバトロスと念入りに準備をし、明日の作戦に備えていた。彼は準備を終えると横になってしばらく空を見て何か考えているようだったが、いつの間にか寝てしまっていた。
翌日、パンドルスは目を覚ましたが、彼は中々起き上がらず、しばらくしてやっと起き上がり、歩き始めたが足取りはフラフラとしていた。彼は他の責任者たちとの待ち合わせ場所へと向かったが、そこには彼と同じように体調が悪そうな責任者たちがおり、その中にはアルクルフ、レオ、フィポリタスが見えず、彼らは寝込んでいるらしかった。その場にいた者で元気そうだったのはトリ族代表のアギライムとシェドアンだけであった。
「どういうことだ?こんな時に、皆揃って体調不良かよ」
「他の兵士たちに君たちのような症状は見られない。おそらく特殊能力を持つ者たちだけ体調不良となっている」
「何!?まさかこれは猿帝国の仕業か?」
「それはわからないが……とりあえず今日の作戦は中止だ」
「俺は、戦えるぜ」
「そんな体で戦場に出てみろ、すぐに死ぬぞ。そして、兵士たちに迷惑をかける。止めておけ」
「リレイラスの言う通りだ。パンドルス、今日は止めておこう」
パンドルスは不服そうであったが、彼はとても戦えそうになかった為、それが最善であると言えた。それにパンドルス以外の者たちは皆、作戦の中止に賛同した為、パンドルスもまたそれに同意することとなった。そうして特殊能力者たちは一日中寝込み、その日は終了してしまった。
翌日も特殊能力者たちは体調不良であったが、さすがにこのままでは良くないと考えたシェドアンたちにより能力者不在の中で作戦が行われた。同盟軍の兵士たちは猿帝国の要塞に近付き、敵の情報を探ろうとしたが、猿帝国軍の攻撃を受け、多数の死傷者を出した。それでもなんとか敵軍の情報を入手することに成功し、要塞とそこにいる猿帝国軍の戦力についてなんとなくわかるようになった。
翌日、特殊能力者たちは昨日までの体調不良が嘘だったかのような復調を遂げ、彼らは集まって会議を行い、兵士たちが昨日入手した情報から作戦を立案していた。前回の無人要塞との時とは異なり、猿帝国軍の兵士たちが要塞内にいる為、彼らのことも考慮して慎重に作戦を考える必要があった。しかし、作戦会議を行っている責任者たちは皆、それなりに焦っており、多少強引な攻めもやむを得ないとして、全軍に命令を下し、総攻撃を開始した。
同盟軍は様々な方向に散らばって猿帝国の要塞へと攻撃を仕掛けたが、猿帝国軍は見事な対応を見せ、同盟軍を要塞に寄せ付けなかった。同盟軍は要塞から放たれる砲弾を回避しながら進む必要があったが、砲弾は正確に同盟軍の兵士たちを打ち抜き、着弾地点では様々なものが飛び散り、凄惨な様子を見せていた。また要塞からは砲弾の他に小銃の弾丸なども飛んできて同盟軍の兵士たちの体を打ち抜き、多くの死傷者を出していた。半日が経過した頃になっても猿帝国軍の優位は崩れなかったが、要塞にかなり近づきつつある同盟軍の者たちがいた。彼らの中にはパンドルスやリレイラス、フィポリタスなどの特殊能力者がおり、彼らは特殊能力で無理やり要塞に辿り着こうとしているのだった。
「リレイラス。あんたの能力は守りに向いているな。敵の攻撃をここまで防ぐなんて」
「俺の力は金属を操る力で、自前で金属を発生させることもできる。俺に限界が来るまでは奴らの攻撃が俺たちに当たることはないが……」
「さすがのお前もそろそろ限界か」
「うーん、この辺り一帯の地面にも爆弾が埋まっている。また俺の力は役立たずか」
「そう落ち込むなよ。要塞に近付いたらお前の出番だからよ」
彼らは励まし合いながら少しずつ要塞へと近付いていたが、遂に要塞まであと数十歩ほどの距離となった時、要塞から一台の装甲車のようなものが出て来た。パンドルスたちがそれを注意深く見つめているとその装甲車から光線が伸びてきてパンドルスたちに照射された。その光線自体には何も害はなさそうであったが、次に装甲車から異様な音がしだし、徐々にその音は高まっていった。それを聞いていたパンドルスたちは嫌な予感がしたのか、兵士たちにその場から離れるように指示した。直後、装甲車よりエネルギー弾のようなものが発射され、パンドルスたちは激しく吹き飛んだ。
「馬鹿な、俺の防御が……」
「あと少しだったが、あれは危険だ。退避しよう」
「ここまで来て、引き下がれるかよ」
そこにいた同盟軍の兵士たちの半分ほどはエネルギー弾により死傷し、生き残った者たちの半数は装甲車に恐怖し、自陣へと逃走してしまった。それでもパンドルスは先へ進もうとしたので残った者たちも彼に続いた。パンドルスは装甲車に炎を浴びせたが、効果は無く、装甲車の自動小銃から無数の弾丸が放たれた。パンドルスは回避に成功したが、彼の近くにいた兵士たちは皆やられてしまい、パンドルスは悲痛な表情を見せた。
一方、フィポリタスとリレイラスたちはパンドルスから少し離れた所にいた。彼らはフィポリタスの力によって作った塹壕に身を隠していた。
「パンドルスは無事か?」
「どうやらあいつだけは無事らしい。どうにか助けたいが……」
「……リレイラスは残存兵と共にパンドルスの所へ行き、協力して少し時間を稼いでくれ。装甲車は俺がやる」
「どうするつもりだ?」
「地中に埋まっている爆弾を俺の力で上手いこと動かしてあれにぶつける」
「そうか。では任せたぞ」
リレイラスはそう言うと兵士たちを率いて塹壕から飛び出し、装甲車へと突撃していった。標的が増えたことで装甲車のパンドルスへの攻撃はやや減り、パンドルスは何とか助かったようであった。リレイラスはパンドルスに作戦を伝え、彼らは装甲車をできるだけその場所から動かさないようにした。装甲車の攻撃は激しく、兵士たちは次々と倒れ、その兵士たちを守ろうとするリレイラスとパンドルスもかなりの傷を負った。そして、リレイラスの体に複数の銃弾が当たってしまい彼は動けなくなった。装甲車はリレイラスに向けてエネルギー弾を浴びせようとしたが、突然地面が盛り上がり、装甲車は地面と共に打ち上げられ、さらに土が装甲車を包み込み、土が激しく動き始めると土の中にあった爆弾が起爆し、装甲車を爆散させた。こうして彼らは装甲車を倒したが、夜が近く、さらに疲労に耐えられなかったので自陣へと帰還し、その日の戦闘は終了してしまったのである。