師匠は弟子を鍛える
「『f』ランク冒険者である君を一年で『c』ランクまで引き上げる。それが今後の課題だ。」
今現在、ジークフリートとエル・ミアはエル・ミア邸の外庭にいた。彼女はやはり『s』ランク冒険者であり、世間一般に言う成功者であった。辺境の地であれ、大きな豪邸を構えるのだ。
(『s』級冒険者.........流石と言うべきか。)
貴族ではない冒険者がバトラー、メイド、庭師、馬車使いを雇っている姿を見るにやはり平民からすれば冒険者とは夢のある職業なのだろう。
「あぁ、一応言っておくが私も貴族ではあるよ。随分と昔に名誉貴族なる称号をこの国から与えられてね。騎士爵より一個上の男爵位さ。領地を持てない代わりに豪邸を貰ったんだ。」
ジークフリートに長棒を構えさせ、エル・ミアは木剣を手に持つ。
「さぁ、そろそろと掛かっておいで。君の実力を知りたい。」
「...........はいっ!行きますッ!!」
ジークフリートは腰を低く落とし、長棒をエル・ミアの顔面目掛け、突き放つ。
「いきなり美女の顔を狙うとは豪胆な事だ。だが、その躊躇のない攻撃は嫌いじゃない。」バシッ
「あっつ!?」
首を少し動かし、長棒をスレスレの位置で避ける。そしてそのまま長棒を持つジークフリートの甲を木剣で叩きつけた。ジークフリートは痛みのあまり、長棒を地面へと落としてしまう。
「ふむ、太刀筋は悪くない。流石は【冒険家】の職業適正だね。基礎性能として『下位の職業適正の技能を模倣する』能力を持っていたかな。今の突きも過去に誰かの技を見て盗んだものなのだろう?」
ジークフリートは長棒を直ぐに拾い上げ、エル・ミアから距離を取る。
「俺の実力はこんなものじゃないですよ、師匠。」
威勢を張るジークフリートの姿にエル・ミアは口元が緩みそうになる。
(はぁ.........ころころと表情が変わって可愛すぎかよぉ。何この生き物。アルフヘイム人は長寿故に性欲が薄いなんて言われているけれど...........私、アルフヘイム人じゃないかも知れない。バリバリ性欲が迸っているのだが。自分がここまで欲物だったのかと困惑するまである。)
だが、エル・ミアはジークフリートに表情がバレないように気を引き締め真っ直ぐと彼の目を見た。
「ならば君の全力を見せてみろ。全てを受け入れてみせよう。」
ジークフリートはその言葉と同時に駆け出す。そして一足の間にエル・ミアの懐まで近付き長棒を振るう。
(これは職業適正【槍使い】が持つ基礎能力の一つ、超加速。)
エル・ミアは右足を出し、長棒による攻撃を受け止める。そして再びジークフリートの甲を狙い木剣を振り下ろす。
「___________同じ手は二度は喰らいませんよ。」
ジークフリートは木剣が完全に振り下ろされるよりも早く、エル・ミアへと蹴りを放った。
(完全に入った!)
攻撃の手応えを感じ、ジークフリートはエル・ミアの顔へと視線を上げる。だが、彼女は優しく笑っていた。
「油断は良くないな、弟子。」
蹴った場所は木剣ではない反対の手で受け止められていたのだ。そしてそのまま投げ飛ばされる。
「いだッ!?」
背中を打ち付けたジークフリートは痛みに悶える。
(うわぁ....痛そうな表情も可愛すぎかよっ.........)
エル・ミアはポーカーフェイスを作りつつ、倒れたジークフリートへと手を伸ばす。
「基礎は出来ている。流石はネーデルラント家と言うべきか。だが、圧倒的に実戦経験が乏しい。これからは毎日、私との戦闘訓練を行って貰う。それ以外では座学を叩き込もう。知識の有無が時に勝敗を分けるからね。」
手を取ったジークフリートを引っ張り上げ、休憩にする事にする。
「___________ジークフリート、君は大神オーディンが残した『職業適正』について何処まで知識として知っている?」
職業適正というシステムを理解していなければ話は始まらない。
「『職業適正』とはその人に最も合った職業適正職を世界より伝えられる天啓のことです。」
「そう__________十の歳になったときにご丁寧に世界から教えてくれるあれだ。その職業適正を伸ばして生きていけば人生で絶対に失敗はしない。」
職業適正に沿って生きていけば路頭に迷う事はない。それ程までにこの世界で職業適正と言うものは人に取って大切な歯車と化しているのだ。もし大神オーディンがこのシステムを残していなければアングルボサの呪いに抵抗できる戦士を今程厳選出来ていなかったであろう。
「それでは『職業適正』には何段階の能力が秘められているか知っているかい。」
「...........それは『覚醒能力』の事ですか?」
『職業適正(基礎能力)』には『覚醒能力』と呼ばれる二段目の能力が存在する。基礎能力を高水準に鍛え上げ、職業適正を真に開花させた際に発現する強大な力。
「そう。覚醒能力へと至り、その覚醒した能力を支配出来た者はもれなく歴史に名を残している。私も例外ではない。そしてヴァルハラ大陸で覚醒能力に目覚めている者は二割にも満たない。」
それ程までに二段階に至る事は難しいのである。
「強い刺激が覚醒を促す。絶体絶命に陥ればいい。それが切っ掛けになる。」
命の危機に陥れば生きたいと言う糧を通し、覚醒へと導くとエル・ミアは言う。
「とはいえ、覚醒能力はまだまだ先の話だ。今は堅実に基礎能力の向上を目指していこう。この私が君を鍛えるんだ、君は強くなるよ。」