王子様は逃げる
グンテル公爵家、そしてネーデルラント侯爵家の捜索隊から追われる。ジークフリートは休む暇もなく辺境の地を目指し走り続けた。
「はぁ........はぁ.........」
このまま捕まれば元通りの生活へと戻ってしまう。クリームヒルトとの甘過ぎる狂気に満ちた日々へ。
(捕まってなるものか........)
それにクリームヒルト・グンテルの側に居ればいる程、彼女は成長が出来なくなる。
「それだけは駄目だ........彼女はいずれ、世界を救う英雄となる女性だ。」
公爵家に生まれ、七英雄の一角である『覇王』に選定された選ばれし人間。そんな特別な存在が自分にかまけ、腐っていく姿を見るのは忍びない。
「______________ジークフリート。」
森の先を抜け、街道を歩いていると、ネーデルラント家の刺繍が入ったマントを羽織る銀髪の美男が待ち構えていた。
「..........シグルド兄さん。」
シグルド・ネーデルラント。七英雄に数えられる『勇者』の職業適正を冠するヴァルハラ最強の戦士。現代の魔剣『グラム=バルムンク』の所持者である。
「逃げられると本気で思っていたのか?」
「.........それでも逃げないと駄目だと思ったんだ。」
シグルドは街道を照らすランタンに視線を一瞬向け、再びジークフリートへと向き直る。
「グンテル公爵令嬢に嫌気が察したか。それとも、貴族社会にうんざりしたか。いずれにせよ、両家の追っ手からは逃げられはしない。気付いているんだろう。」
「それは............」
兄シグルドの言う通り、両家はこの国で大きく権力を持つ大貴族。子供一人見つけ出すことなど造作もない。
「そんな顔をするな。私はお前を連れ戻しに来たわけではないのだからな。」
兄シグルドはあるものを投げ渡して来た。
「______________『エギルの兜』。」
『対峙する者を恐怖に陥れる』という特殊な効力を有すネーデルラント家の秘宝の一つだ。
「銀色狼風に加工を施して見たのだが、存外格好いいだろう?」
元々は無骨な兜であったが、銀狼フェンリルのように力強く、美しい兜姿へと形を変えていた。
「___________これより北へ、ただ進み続けろ。バルドル辺境伯が統治する領地へ着く筈だ。」
兄シグルドは自分を逃すために誰よりも先に此処まで駆け付けたのだ。
「兄さん........」
「外出をする時は必ずエギルの兜は装備しろ。お前の容姿は目立つからな。」
兄シグルドは自分の背中へと手を起き、前へと軽く押す。
「さぁ__________旅立ちの時だ。後の事は私がどうにかする。お前はお前の好きなように生きればいいさ、ジークフリート。」
背中を押された自分は兄シグルドへと振り向かず、北を目指し歩きだす。