道化師は笑いたい
ヴァルハラ学園を統括する老人ウォーデン。あれは大神オーディンの生まれ変わりである。
(ラグナロク以前の者であれば一目で分かる。)
あの強大な魔力と覇気、隠しきれない程の神力。隠す気がない。いや、隠す必要がないのだ。
(豪胆なことだね。神々が世界に存在しないからとその力を垂れ流しにしている。)
入学手続きを済ませ、学園長であるウォーデンと少しばかり話をしたが、こちらの存在には気付かなかった。
「_________耄碌したな、オーディン。」
全盛期程の鋭利さはもう残ってはいないのだろう。一応は七英雄の一人と数えられる「賢者」の職業適正を得ている筈だが、最早、どうでもいいことだ。
(脆弱なおじいちゃんと成り下がった君には期待しない。だが、君の設立したこの学園の生徒達が神話の時代に通用するだけの勇士達となり得るのか、この目で確かめることにするよ。)
もし学園が期待に沿わない無能な教育機関であれば、ラグナロクの再来を解放し、世界の行く末を観察するのも悪くない。
「______________僕はロキ、『道化師』の職業に選定されたちょーと悪戯づきなエルフ♪」
入学日当日、ホームルームを終え、『ζ』組での自己紹介が始まる。
「退屈は窮屈でつまらない!自由を愛そう!遊戯を楽しもう!刺激ある学園生活に祝杯を!」ひっひっひ
愉快で奇抜な挨拶をする。周囲は奇怪なものを見る目で自分を見るが構いはしない。自分は道化師なのだから。
(.............視線。この銀鉄装備の冒険家、僕を警戒しているのか?)
隣に座る冒険家の男、一瞬だが、自分へと警戒の目を向けた。奇怪なものを見る目ではなく明確な警戒を持って。
(形は変えているけれど、その兜は『エギルの兜』で間違えない。恐らくネーデルラント侯爵家の者だろう。)
戦士としての感か。あり得ない。ではなぜ警戒する。
(このウートガルザ・ロキを知っているとでも言うのか?)
それこそあり得ない話だ。ラグナロク以前でさえ、この姿を知るものはいなかった。
(名前は確か、ジークフリートと自己紹介をしていたが..........面白い。興味が出てきた。)
隣に座るジークフリートについて色々と思考を張り巡らせていると、昼休みの鐘が鳴る。そして鐘が鳴ると同時に席を立ち上がり、逃げるように教室を出ようとするジークフリート。逃がすつもりはない。直ぐに自分も立ち上がり、彼の行く手を塞ぐように前に出る。
「___________銀狼兜の冒険家!喜劇か悲劇かはたまた奇劇か!旅はお好きかい?冒険は大好きかい?ファフニールのお宝は見つけたかい♪」
驚いた表情を兜の下で見せるジークフリート。だが直ぐに冷静さを取り戻し、自分と言う未知の存在への対応策を考えていると言った様子だ。
「僕は退屈が嫌いだ。黄昏が見たい。叶えたい。混乱と混沌、交わるは破滅なのかそれとも.........君は答えを知っているんじゃないのかい、ジークフリート?」
探りを入れてみよう。この男は何かを知っている。
「..........そんな面倒なことよりも今日の昼飯が気になるよ、俺は。」
めんどくさそうに欠伸をしながら答えるジークフリート。警戒が解けた?
「んんん!愉快で痛快な解答だよぉジークフリート!ひっひっひ、お昼を共にしても?」
いいや、わざと警戒心を解いた。この男は自分の存在に確実に気付いている。
「.....................あぁ、構わないぞ。」
ウートガルザ・ロキとしての側面を知っている。その拭いきれない畏怖がいい証拠だ。
(だがいつだ。いつ気付かれた........職業適正による恩恵か?)
冒険家に『鑑定士』のような性能はない。ならば、大国アルフヘイムの英雄王が持つ『未来視(魔眼)』と同質のものをこの男は秘めているのか。
「それは僥倖!銀狼兜に幸あれ!世界は幸福で溢れていた!」
「ふふ、一々と大袈裟なやつだ。俺は学食だけど、弁当持って来てたか?」
いいや、あの目は世界に祝福されたものにしか与えられない特別な代物。目の前の人間が持っている筈はない。
(違和感を拭いきれないのはなぜだ.........)
..........異質なものを見る目が親しいものと語り合うような目に変わった。
「勤勉なのは偉いことだ!金を得たいなら蓄えよ!浪費は毒、疲労は猛毒!生活基盤は節約家に在れ!」
言葉遊びをする自分に呆れずに会話を楽しんでいるようにも見える。
「あ、弁当なのね。」
くすりと笑う声が兜の中から聞こえてくる。なんだ、このむず痒い感覚は。幻惑のルーンでも掛けているのか。
「餓死は悲境、食は愛楽______「恵与」「寄贈」「進上」「献上」「進呈」「贈呈」「奉呈」「恵与」「譲与」「譲渡」しよう、ジークフリート。」
「あ、分けてくれるのね。ありがとう、ロキ。」
ドクンと胸が鳴る。何かしらの精神攻撃を受けた形跡はないが。
(今の感覚は..........)
...........嫌な感覚ではない。寧ろ居心地がいいとまで感じてしまった。
「今日は良い天気だし、空気もいいな。最高の弁当日和だよ。」
言われて見ればそうだ。天気は快晴で、空気も綺麗だ。
(ウルズの泉が一望できる場所で喉かにも人間とお弁当を食べている。)
食事を他者とするのは何百年ぶりだろうか。石ベンチへと腰かけ共に弁当を食べているだけだというのに、心が暖まる感覚に陥る。
「賛同しよう!世界は明るい!特別な日!奇跡の日!輝かしい日だ!」
(くそ......なんでこんなに気分がいいんだ。)
道化師の自分が何故、こうも感情を揺さぶられる。
「ははは、本当に面白い奴だな。」
大袈裟に振る舞う自分に笑い声を出す。
「お前みたいな友達が出来て良かったよ。」
嘘偽りがない心からの言葉。
(..........なんなんだ、お前は。)
警戒や畏怖を向けていた癖に、一緒に食事を取れば友人だと口にするのか。
(この僕を欺くつもりか、人間?)
このウートガルザ・ロキに友など必要ない。
「友達...........」
そんなものいたことない。孤高な一匹狼、幻術を得意とする神の一柱だったんだぞ。
「お、おい.........大丈夫か?」
その心配とした感情を自分に向けるな。畏怖、警戒、恐怖、尊敬、盲信は数えきれない程に向けられて来た。だが、心配などと弱者に向けられる感情は向けられたことがない。
「ジークフリート..........今、僕を友達って呼んだのかい?」
だけど、もっと知りたいと思ってしまう。この胸の高鳴りをもっと感じたいと。




