主人公は助けられる
夕暮れ時の森の中、ブリュンヒルデという少女は木に背を預け、座り込む。
「ブリュンヒルデは..........ここで死んじゃうの..........」
彼女の身体は血塗れで、思うように身体を動かせない。周りには無数の狼型の呪いたちが彼女を取り囲んでいた。最早、助かる術はない。
(死にたくない......死にたくない......死にたくない.....)
ただ、その感情だけが思考を支配する。涎を垂らし、嘲笑うかのように見つめる呪いの瞳がとても恐ろしい。
「いやだ......いやぁ.........死にたくない.......」
ジリジリと近付いてくる足音。まるで死へのカウンタダウン。
「ママぁ........パパぁ.............」
涙を流し、この場にいないであろう両親へと救いを求める。
(助けて........)
呪いの牙がブリュンヒルデの肉を裂こうとした刹那、その呪いの頭部は血飛沫を上げ、地面へとストンと落ちた。
「_______________な、に?」
その際に舞った魔物の血が頬へと付く。
「_______大丈夫か?」
状況を確認しようと顔を上げる。すると眼の前にいたのは全ての狼型の呪いたちを瞬きをする間もなく葬った一人の勇士様だった。夕陽を背景にその勇士様は剣についた血を振り払い、鞘へと戻す。その動作に目が奪われる。
「........貴方は」
母が昔、読み聞かせてくれた絵本に登場する王子様の様に眼の前の勇士様はとても美しく、凛々しいお方だった。
(ブリュンヒルデは生きている........)
安堵のせいか意識が遠退いていく。とても眠たい。瞼がゆっくりと落ちていくのを感じられる。
「王子.......さ....ま......」
ブリュンヒルデは深い眠りにつき、夢を見る。
「____________どんな職業適正になるんだろう。」
彼女が生を受けたのはバルドル領の辺境に位置する最北端の村だった。
「お父さんと同じ【パン職人】だったら良いなあ。」
十歳になれば職業適正が天啓により伝えられる。そしてブリュンヒルデが授かった職業適性は【聖女】であった。
(..........ブリュンが、聖女。)
聖女はヴァルハラ大陸に置いて七英雄と呼ばれる最上級の職業適性に数えられる。
「勇者」「聖女」「聖者」「賢者」「英雄」「覇王」「魔帝」
仰々しい名を冠したものばかり。
「...................ヴァルハラ学園?」
成人したブリュンヒルデはヴァルハラ学園と呼ばれる大陸最高峰の教育機関に入学しなければならない。
「そうか、ブリュンヒルデも十五になれば行ってしまうのか..........」
高貴な血筋かつ優秀な職業適性を持つ者しか入学が許されないヴァルハラ学園。
「七英雄に選ばれた者は必ず通わなけばならない。」
大陸全土が定めた法。七英雄の入学は絶対であるのだ。もしこれに逆らえば人類の敵対行為と見なし各大国から指名手配を受ける事になる。そんなことになれば家族に多大な迷惑を掛けてしまう。
「そんなの絶対にいや.........」
自分の職業適性を憎んだ。なんで自分の様なパン屋の小娘が【聖女】などという大職に選ばれたのか。何故、自分の自由を職業適正などで剥奪されるのか。信仰する大神オーディンを心底恨んだ。
「.........もうすぐだな。」
父は涙を浮かべ、優しく自分を抱擁する。母もまた強く自分を抱き締める。
「湿っぽい別れ方はいやだよな、はは。父さんな、ブリュンヒルデの活躍を願って『薬草パン』なんてものを作って見ようと思うんだ。」
「聖女様はどんな傷も癒やすと聞くわ。なら、私たちも聖女様の父母として人を癒やすパンを作ってみましょうって考えたのよ。」
父と母はニコニコとブリュンヒルデの頭を撫でながら話す。出来る事ならば離れたくない。パン屋さんをずっと手伝っていたい。だけど、それはもう叶わない。聖女に選ばれた以上、ヴァルハラ学園に通い、勇士としての素質を上げなければならないのだ。
(だけど、ヴァルハラ学園に行く前に親孝行がしたい。)
数日後には旅立ってしまう身。ブリュンヒルデは薬草を探す為に森へと足を踏み入れた。だが、薬草は中々見つからない。
「......全然見つからないなぁ...」
森に不馴れな為に薬草が見つからない。けれど、ブリュンヒルデはこのままでは帰れないと、少しだけ奥へと足を踏み込んでしまう。
「........う、そ.........そんな........」
【アングルボザの呪い】と呼ばれる呪いがブリュンヒルデの前へと姿を現す。その呪い達は狼の姿形をした呪いであった。
「なんでっ、いや、来ないでっ!!」
それらは群れをなし鋭い牙を覗かせる。ブリュンヒルデは走った。自分の持てうる限りの力を振り絞って呪いから逃げようと走り続けた。けれど逃れられない。
【ガゥ】【ガヴァ】【グルル】【ガゥウ】
追いついた狼型の呪いは弄ぶようにブリュンヒルデへと噛みつき、直ぐに牙を放す。弱らせて遊んでいるんだ。
「.....ぐっ.....痛いよぉ.....はぁ.......はぁ..........」
この呪いたちからは逃れられない。けれど、ブリュンヒルデは足を引き摺りながらも前へと足を進めた。少しでも生き残れる可能性があるなら這ってでも進んでやると。
(.............なんで.......なんでッ!!)
七英雄の職業適性は最上級職。一騎当千たる力を秘めている。だが、正当な適正訓練を受けていないブリュンヒルデには聖女の基礎能力を引き出す事は出来なかった。
「ブリュンヒルデは聖女じゃないの!?」
職業適性を受けて今まで一度たりとも聖女としての力を開放出来た事がない。
「治って.....お願いだから治ってよぉ!!!」
癒しの力を何度も唱えるが、何も起きない。木を背にもたれ掛かり、下を俯く。
「ブリュンヒルデは..........ここで死んじゃうの?」
グルルとお腹を空かせた呪い達が迫っている。自分は助からないだろう。そう諦めようと覚悟した刹那_____
「___________________大丈夫か?」
呪いを瞬きをする間もなく一振の剣で斬り伏せる勇士様の姿が写った。
「王子.......様......」
鮮明に先程の出来事を夢見る。それ程の衝撃を自分は受けたのである。
「_____________起きたか。」
目を覚ますと、勇士様に背負われていた。それに何故か兜をしている。
「安心していい。応急処置はしておいた。」
自分は助かった。死ななかった。
(パパ.....ママ.......会える........また、会えるんだ。)
涙を拭い、生き延びた幸運を噛み締める。
(勇士様が現れなければブリュンヒルデは死んでいたんだ。)
恩返しをしなければ。この身に出来る事があれば彼の望みを叶えて上げたい。
「勇士様.........お名前を伺っても宜しいでしょうか。」
命の恩人なのだから名前を知らなければならない。
「ジーク、通りすがりの冒険者さ。」
ジーク。英雄しい名前であり彼にとても似合う。
(見つけた..........ブリュンだけの王子様........)




