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第20話 グルグル博士

 ラグナロク学園魔工学科校舎内。


 ゲームより遥かに広く部屋数の多いその迷路じみた内装に迷子になった玄咲は、何人かの魔工学科生に道を尋ね、その度に「えっ? あいつを?」的な怪訝そうなリアクションをされながらも、なんとか目的地に辿り着いた。


 玄咲たちは扉の前に立っている。1学年第15番工房の、1学年第15番の部分に上からテープで張り紙をして、【グルグル】工房と改名されたネームプレート。扉の上部に飾られたそのネームプレートを見て、玄咲はようやく安堵の息を吐き出した。隣に立つシャルナに紹介する。


「ここがグルグルの個人工房だ」


「学内に自分の工房を持ってるの?」


「ああ。魔工学科の学年上位15位以内の生徒は個人工房を与えられるんだ。これはその内のグルグルに割り当てられた工房。最新の試験結果次第で工房の主は入れ替わる。退学試験こそないものの魔工学科にもしっかりとラグナロク学園らしい競争原理が根付いているんだ」


「さっきの人、だから12位って成績をあんなに自慢してたんだ」


「個人工房持ちは魔工学科におけるステータスだからな。彼女ももちろん個人工房を持っているはずだ。さて、じゃ、早速入ろうか。失礼します」


 玄咲は扉をノックした。返事はすぐにあった。


「誰―?」


(ん? 想像と少し声が違うな)


 無邪気で明るい、少年の響きを帯びた声。だが、想像よりも舌ったらずで甘みがある。女の子っぽい声。


(まぁ、想像は想像か。一応女の子だし女の子っぽい声なのも当然か)


 思いながら応答する


「俺は魔符士科の1年生の天之玄咲です。グルグル博士にAD制作を頼みたくて尋ねてきました。よろしいでしょうか」


「オッケー。入ってー」


 家主の許可を得た玄咲は扉を開けて、シャルナと一緒にグルグル工房へと足を踏み入れようとして、ピタリと立ち止まった。


(うっ……ゴミ山だ……)


 工房の中は足の踏み場もないほどにぐっちぐっちゃだった。現実のいかなる工具にも当てはまらないこの世界オリジナルの工具、飲みかけのドリンク、モンスターの生体部品、チューリップ・カスタード・ケーキなる謎の商品の空き殻、カニカマの缶詰、歪んだり汚れたものも多い謎のパーツ類、食べかけのお菓子、×や赤文字塗れの投げ散らされた設計図、折れ曲がったり錆びたりしてる見たことのないリード・デバイス、壊れたAD、汚れたカード――とにかくその殆どがゴミにしか見えないグルグルの私物が床一面に散らばっていた。絶句する玄咲とシャルナに、そこだけは一面綺麗な鉄床の上――作業場――に溶接された幾つもの不可思議な器具が置かれた作業台の傍らの椅子に腰かけ、金属擦過の火花を散らしながら壊れたADと折れ曲がった謎の部品を弄っていた少女が、ふと気づいたように床を、それから入口を向く。


 少女は白の長髪、低身長に白衣を纏って、眼鏡をかけている。前を留めることなく開けた白衣の内側には黒いインナーが覗き、それを盛り上げる胸部は身長からしたらアンバランスなまでに膨らんでいる。そして、外見的な一番の特徴である眼鏡は、レンズの中に眼を完全に覆い隠すナルトのような渦巻きが描かれたグルグル眼鏡。グルグルの異名の元にもなった少女――グルグルの代名詞だ。凄まじい度数であり、グルグルはこのメガネがないと殆ど視力を失う。「眼鏡、眼鏡―、眼がねぇー」状態になる。そのグルグルが玄咲たちに大きな声で指示を飛ばす。


「真ん中のジャンクを適当に両脇にどけながらこっちまで来て―! あ、踏んじゃ駄目だよ。危険なものも混じってて、魔法が暴発するかもしれないからー!」


「!? わ、分かりました……」


「ご、ゴミ拾いで、変人だ……」


「……」


 シャルナの言葉を否定することなくグルグルの言われた通りにジャンクをどける玄咲。シャルナもそれに倣う。シャルナは右に、玄咲は左に、二人でゴミ山に道を開拓しながら玄咲は思考する。


(ゲームだと一応ゴミ山が左右に分けられてプレイヤー用の道があったんだがな。やはりゲームと現実は違うな。グルグル――90年代に流行ったグルグル眼鏡をかけた天然系天才の博士キャラを地で行くキャラ。全プレイヤーの大恩人。性格はゲーム通りなようで、そこは一安心だな。そうだ、久しぶりにプロフィールでも思い出してみるか。まだ覚えてるかな。えっと、


 名前      グルル・イコールズ(滅多に本名で呼ばれることはない)

 魔力属性    土

 符合魔法    発明魔法

 使用AD     自作AD

 種族      ドワーフ族

 職業      学生

 年齢      15歳

 生年月日    AW42年5月5日

 性別      女

 身長      123cm

 体重      40㎏

 血液型     AB型

 好きなもの   発明・ジャンク

 嫌いなもの   金

 趣味      ジャンク収集

 特技      リード・デバイス制作(特にAD制作)

 好きな食べ物  カロリーメッツ チューリップ・カスタード・ケーキ

 嫌いな食べ物  A級高級品(B級以下しか口に合わない)

 コンプレックス ホームレス時代の困窮。お尻が大きいこと


 うむ、完璧だ。ヒロユキのような爺ならともかく好きなキャラのプロフィールは全て完璧に覚えている。アルルのプロフィールも完全に覚えている。どれ、思い出して――いや、やめておこう。つらい記憶まで思い出してしまう。ああ、アルル、なんで俺を嫌いになったんだ。ゲームではあんなに愛してくれたのに――)


「玄咲、玄咲」


「なんだ、シャル」


「終わったよ。手が空ぶってる」


「え? あ、本当だ」


 手が何もない空間を掘り返している。いつの間にか作業場に辿り着いていた。足が鉄床を踏んでいる。


 作業場は長方形の鉄床とその上に溶接された作業台、そしてその周囲にこれまた溶接されて供えられた大仰な魔工器具、そして鉄床の上に点在する道具箱で構成されていた。魔工器具の使途はCMA作中では全くのブラックボックス。魔法を発生させる機械の仕組みなど考えつくはずもないからだ。ゆえに玄咲にとっても全くの未知の領域の世界。シャルナと同様に全く無知の状態で興味深げにあちこちへと視線を這わす玄咲にグルグルが話しかける。


「ちょっと待っててねー。これあと少しで完成するから。えっと、これをチューニングして、シンクロさせて――」


 グルグルが椅子に座って手を伸ばす作業台の上では壊れたADと壊れたパーツが魔工金属擦過の火花を散らしてなにやら加工されている。ポカンと、その手慣れた素早い専門的な動きに圧倒される二人の視線の先、グルグルが手を止める。火花が止む。満足げに額の汗を拭い、足元の道具箱に手を伸ばす。


「あとはここに魔法陣を刻んだ部品を嵌め合わせて、っと」


 いつの間にか綺麗に組み合わさって互いの破損個所が補填されていたADに、新たに道具箱から取り出した謎のパーツを嵌めこむ。ガキン、と硬質の音がする。ただはめ込んだだけでなく、何らかのパーツを固定するギミックが働いたらしい。玄咲には何が何だか分からないが凄い光景だった。少年ハートをくすぐられる光景だった。シャルナもうずうずと心の何かしらをくすぐられている様子。グルグルが手に握るADを360度から見渡し、何度か叩き、各部パーツを手で弄り、それからようやく笑顔を見せて、天高くADを掲げて快哉を叫んだ。正方形の箱に先端に丸い宝石のついた杖を貫通させたような見た目のADだ。


「出来たー! スーパージャンクAD【ワンハンドレッド・ライズ・ロッド】!」


 玄咲とシャルナは何となくパチパチと拍手をしてグルグルを祝った。グルグルが腰のカードケースから1枚のカードを取り出す。この世界の人間は魔符士に限らず大体カードケースを装着している。そしてワンハンドレッド・ライズ・ロッドにインサートし、玄咲とシャルナの方を見て、顔を輝かせて言った。


「見ててねー! 見ててねー! 凄いからねー! 行くよー! 行くよーーー!」


 グルグルが天井にワンハンドレッド・ライズ・ロッドを向ける。そして、詠唱した。


「アース・ライト!」


 グルグルが握る取っ手から茶色の光が先端へと立ち昇っていく。その光が正方形の箱に達する。正方形の箱がそのスリットから猛烈な光を放ち始める。明らかに光が増幅されている。光は眩く増幅されたまま先端部へと向かい、とうとう先端の宝石部分へと辿り着いた。宝石が目も眩むような光を放つ。そして――。


 光が、爆発した。あまりの光量に玄咲とシャルナは目を瞑って抑えて顔を背ける。以前授業で見たクロウのダーク・ライトを彷彿とさせる光り方だった。


 光が止む。玄咲は目を開けてワンハンドレッド・ライズ・ロッドを見る。もう光っていない。ADとして相当な逸品なのは間違いなかった。流石グルグルと尊敬の眼差しを送る玄咲の視界の中。


 ワンハンドレッド・ライズ・ロッドの正方形の箱がピカッと光った。それを切っ掛けにガラガラと崩れていく。幾つものパーツに自然分解しながらガシャガシャと鉄の床に落ちて行く。ポカンとその光景を見つめる玄咲とシャルナの視界の中、グルグルがADをぶんぶん振って言う。


「うーん、流石に耐久性が足りなかったか。もうちょい補強する必要があるか。でもさ、凄かったでしょ!?」


 グルグルがそのメガネの向こうの瞳はキラキラと光ってるんだろうなと確信できる表情で玄咲とシャルナに同意を求める。


「う、うん。凄いAD、だね」


「でしょ!?」


「確かに、凄かった。一体そのADの補正値はいくつなんだ?」


「10だよ」


「10?」


「うん。でもね、このAD出力機能が壊れてるんだ。暴発的に魔力が暴走するようになっちゃってて、そのせいでカードの魔法陣に魔力が上手く流れず発動できなくなってる。それで不良品扱いされて捨てられちゃったんだ。補正値10の武装解放機能もついていない強化もされていないしかも壊れたADなんていくらの値もつかないからね。それを拾って、この正方形の箱型の魔力循環系クーラーのジャンクを合体させたんだ。ゴミ処理代を出したくなかったのかな。これも壊れて捨てられてた。無意味にグルグルと魔力を循環させるばかりで肝心のクーラー機能が働かなくなってたんだよ。でも、それがこのADの制御にはぴったりでね。暴走した魔力を循環させてる内に安定させて、しかも暴発現象が魔力を際限なく高める。安定させつつ魔力を増幅させてしまうんだ。幸いこのADとクーラーは一部汎用構造が共通していたからね。それを基軸に繋ぎ合わせて、合体させて、補助パーツで無理やり安定させた。そしてクーラー内部の魔力が貯蔵限界ギリギリまで溜まったら指向性を持つ、つまり杖の先端部に集まるようにして、カード魔法が発動する仕組みになってるんだよ。大体補正値100くらいの威力になるんじゃないかな? ワンハンドレッド・ライズ・ロッドって名前はそこからきてるんだ」


「? ? ? ああ、うん。凄いな」


「う、うん。凄いね。よく分からないけど」


「けど、少し見積もりが甘かったね。クーラーが魔力に耐えきれず壊れちゃった。元々負荷が大きいから1日に1度しか発動できない計算だったんだけど、その計算が間違ってたみたいだ。ちょっと合ってるかどうか不安なところがあったんだよねー。せっかくのジャンクに悪いことしちゃったなー。ちゃんとリサイクルしないと……」


 グルグルが足元の壊れたクーラーのパーツを拾い集める。シャルナが玄咲に耳打ちする。


「ねぇ、壊れちゃったけど、補正値10が100って、凄いね」


「ああ。そして多分シャルナの想像よりも凄い」


「え?」


「リスクを背負った。だから補正値が上がる、って程単純な代物ではないんだよ。ADは。リスクを背負ったらADの性能が上がるなら、補正値500の限界なんて瞬発的にならとっくに超えてる。つまりそれだけ補正値を上げるのは難しいんだ」


「……つまり、物凄い、凄腕ってこと?」


「ああ、補正値10のADをこんなふざけた材料で補正値100まで高められる人間なんてグルグル博士くらいだろう。やはりグルグル博士は天才だ。凄いぞ……!」


「あはは、お兄さんADに詳しいね」


 パーツを拾い集めてADごと空の道具箱に突っ込んだグルグルが嬉しそうに笑う。


「博士呼びなんて大袈裟だよ。でも、そんな風に素直に褒められたのこの学校に入ってから初めてだから、凄く嬉しいよ。ありがとね。お兄さん」


「お、お兄さん?」


「うん。お兄さんって、お兄さんって感じだから、ボク、お兄さんって呼びたいな。ダメ?」


「!」


(お兄ちゃん。大きくなったら、結婚しようね。留美ね。優しいお兄ちゃんのこと、大大大好き!)


 玄咲の脳裏に幼き日の妹との甘い思い出が蘇る。元シスコンの玄咲は兄呼びに猛烈に弱かった。だから即答した。


「いいぞ」


「私も、呼んでいい?」


「! い」


「冗談」


「あ、うん」


「あははー、お兄さんたち仲いいねー。うんうん、仲良きことは美しきかな。そういえばお兄さんたち、名前は?」


「そういえば自己紹介がまだだったな。紹介しよう」


 玄咲とシャルナはグルグルに向き直って言った。


「俺は天之玄咲。魔符士科の1年だ。それでこっちが」


「シャルナ・エルフィン。同じく、魔符士科の、1年です。よろしく、お願いします」


 ペコリとシャルナは頭を下げる。礼儀がなってなかったなと玄咲も慌てて頭を下げた。グルグルが笑って手を振る。


「いいよいいよ。そんなに畏まらなくても。ボク形式とか気にしないタイプだから。何事でもね。天之玄咲に、シャルナ・エルフィン、ね。うん、覚えたよ。じゃあ、今度はボクの番だね」


 その白衣と黒インナーの上からでも分かる大きな胸に手を当ててグルグルが自己紹介をする。


「ボクの名前はグルル・イコールズ。グルグルでいいよ。みんなそう呼んでるしボクも気に入ってる。魔工学科の1年生で、ドワーフ族。物作りが得意なことで有名な種族。種族特性は直感工作。なんか直感でこうしたらこうなるってのが分かっちゃうんだよね。ドワーフ以外の人には理解できない感覚らしいけど。専攻はAD工学。そして勿論特技はAD制作。特にね」


 グルグルは玄咲たちが掻き分けて通ったゴミ山へと自慢げに両手を広げて言った。


「ジャンクを使ったボクオリジナルで、ボクオンリーのAD改造の技術【ジャンク改造】が一番の売りかな。ジャンクの扱いなら誰にも負けないよ!」

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