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第14話 ラップバトル4 ―アルルVSシャルナ―

「できるのか?」


 失礼だと思いながら玄咲はシャルナに尋ねる。シャルナは喉に障害がある。以前より改善したとはいえまだその言葉はたどたどしい。ラップバトルは無理があるのではと思わずにいられなかった。


「多分、できる。だから、ビートかけて」


 シャルナは玄咲の前に進み出てアルルにビートを要求する。その無表情から自信の程は伺えない。しかし仕草に躊躇いもない。アルルはにやりと口元を歪める。


「……OK! やろうか! 僕は来るもの拒まず! バトルはいつでもWelcomeだよ!」


「うん。やろう」


「それで、先攻後攻どっちがい? その選択権くらいハンデとして君にあげるよ」


「先行」


 シャルナは即断した。アルルが驚く。


「決断早いね。でも、先行でいいの? さっき彼に説明したように基本は後攻有利だけど」


「先行でいい。私には分かってる。本当は先行有利、なんでしょ」


「……なんで?」


「3つ、理由がある。まず1つめ」


 シャルナが人差し指を立てる。


「相手にわざわざ後攻有利だと、教えるのが怪しい」


「うん。勘ぐり過ぎだね」


「2つめ」


 シャルナが中指を立てる。


「戦いは先手が有利。これ絶対。間違いない」


「……まぁ、基本はね。カードバトルとか。でもラップバトルは基本後攻有利なんだよ」


「そして、3つ目」


 シャルナがピースサインをトライデントにする。


「現に、玄咲は負けた。先行有利だったから」


「シャルナちゃん。仮に彼が先行取ったとして本当に勝ってたと思う?」


「……」


 シャルナは無言で目を逸らした。玄咲は傷口に塩を塗られた。


「とにかく、私が先行を取る」


「こだわるね。まぁ先行にもメリットはあるし状況次第では全然ありだね。ネタでも仕込んでるの?」


「そんなものない。この髪の色と同じで、頭の中も真っ白。完全即興で、あなたを倒す」


「!」


 アルルの目の色が変わる。


「いいね! 面白い! OK! じゃあ君が先行。僕が後攻でやろうか。4小節×2。ルールの再説明はいる?」


「いらない」


「じゃ、早速ビートかけようか! ビートはどうする? ちょっとスローテンポな曲にしようか?」


「いい。玄咲と同じビートでやる」


「OK。じゃ、ビートチェックはいらないね。シン・ピーター『Arise』で再びバトルスタートだ!」


 アルルがビートをかける。シャルナがたどたどしくマイクにバースを吐き出す。



 キュルキュルキュル、キュン!



 ちょっとDisられ 耐久ショート

 心の未熟さ 焼き付く詩と音

 音ノリだけの 退屈フロウ

 それじゃCDも即 回収コース



 シャルナはゆっくりと、丁寧に、音に言葉を嵌め込んでいく。無理せず、自分のペースで、しっかりと意味を通しながら、タイトに韻を踏んでいく。スローペースながら詰まることもなく、綺麗なラップを披露する。玄咲は驚いた。シャルナが、これだけしっかりとラップ出来るとは思わなかったのだ。


(……いや、思えばシャルは文章はしっかりと書ける。あまり多くの言葉を喋れないから、普段はあえてシンプルに喋ってるのかな? 意識すれば複雑な物言いもできるんだな)


 かつてシャルナの書いた文章を思い出しながら、しかしそれでも普段の言葉遣いとのギャップで驚きは尽きない。そして、アルルもまた玄咲と同じく驚いていた。


 最初は興味半分、といった感じでシャルナのラップを聞いていたアルルの表情が段々と輝き出す。玄咲のラップを聞いていた時とは大違いの反応。どうやらシャルナのラップはアルルを満足させるにたるクオリティだったらしい。うずうずとゴールデンマイクを握り締める。シャルナのバースが最終小節に入る。


 そして、音源をDisった。


(! まずい! アルルのコンプレックスに触れた!)


 焦る玄咲。しかしアルルは特に変わった反応は示すことなく、笑顔でバースを蹴り出した。



 Rep!



 固く韻踏む Like a rifle

 想定外のスキル So delicious ill!

 退屈フロウ? Non Non Time to stop!

 時をも忘れる Zone of Accel!



 相変わらずの流暢な英語フロウでタイトに韻を踏みながらアンサーを返すアルル。玄咲はあれ、と思うも、すぐに自分とシャルナの違いに気づいて納得した。


(そうだ。アルルは音源は批判されても文句は言わない。イマイチな自覚があるからだ。だが、才能不足を自覚した上で心血を注いでる音源制作行為自体を否定されると、例えば、やめろとか言われるとキレるんだ。そうか。俺は絶妙に、針の穴を通してアルルのコンプレックスを刺激していたのか。そうか、そうか――っと、落ち込んでいる場合じゃない。バトルに集中しないと)


 ネガティブを振り払い、玄咲はシャルナを見る。シャルナは険しい顔をしていた。どうやら形勢の悪さを感じているらしい。素人目にも、アルルのフロウと英語韻の方が、聞いていて凄味があった。シャルナは深く息を吸い込む。そして、アルルのバースが終わると同時、一息にバースを吐き出した。



 Rep!



 横文字 騒々しい 乗り(ノリ)物酔い 程々に

 物々しい 襤褸綴じ 綻び そこここに 

 その音ノリ 音取り横取り 相当容易

 All of dis Not for me Song for him Lock on kill You



「!?」


 アルルが笑顔のまま目を剥く。明らかな動揺が表情に見て取れた。それも当然だろうと玄咲は思う。


 シャルナは一つの押韻連打のみで最後までバースを踏み切った。しっかり意味を繋げて、しかも加えて、最終小節でアルルの英語韻と英語フロウを真似した。英語フロウは少々拙いし意味も怪しいが、しっかりと音で韻を踏んでいる。カウンターアンサーにもなっている。高等技術だった。最終小節最後の台詞で、マイクを持たない方の手で銃を模しバキュンポーズをアルルに決めるシャルナを玄咲は驚きの目で見る。


(シャルナにはこんなスキルがあったのか。意外だ。意外過ぎるスキルだ。そしてノリノリだ。あんな仕草もするんだな。どうやら会心の出来だったらしい。ちょっと楽しそうだ。そしてアルルは――まだ、動揺してるな)


 全く予期せぬ攻勢。アルルは露骨に動揺し次のアンサーが定まらない様子。しかしシャルナのバースが終わればターンが入れ替わる。アルルはマイクを握り締め、迷いを振り切るかのように勢いよくバースを吐き出した。



 Rep!



 アクセントにあくせくと悪戦苦闘

 猿真似フロウはやめてよえっと

 あーごめん詰まったでもShow must go on!

 こっから巻き返す意地でもOverdose!



 殴りつけるような勢いでラストバースを吐き出し、ビートが鳴りやむと同時、アルルは天井を見上げた。ふー、ふー、と薄開きの目で天井に息を吐いたあと、目を瞑って、そしてため息を吐いた。


「――僕の負けだ」


 悔しそうに唇を噛みながら、アルルは確かにそう言った。シャルナがキョトンと自分を指さして言う。


「私の、勝ち?」


「うん、君の勝ち。嚙んだのが致命傷だったかな。Overdoseは意味も繋がってないしね。でも、それ抜きにしても見事なスキルだったよ。まさか君がここまでやるとは思わなかったな――とにかく、おめでとう」


 悔しがりつつも、それでも笑みをたたえて、アルルは拍手でシャルナの勝利を祝う。祝いながら、シャルナに近づき、マイクを持ってない方の手を差し出した。


「ナイスファイト」


 シャルナは数秒差し出された手を見返した。そして、己もまたマイクを持っていない方の手でアルルの手を握り返した。


「ナイス、ファイト」


 その顔には笑みがあった。





「シャル」


 ラップバトルの後片付け後、地面に胡坐をかいて背を向けて1人反省会をするアルルを視界の端に収めながら玄咲は尋ねる。


「なに?」


「もう結構流暢に喋れるんだな。驚いた」


「――うん。喋れるの」


 恥ずかしそうにシャルナは頷く。何故普段から、とは聞かない。慣れもあるが、玄咲が好きだと言った前の喋り方に合わせてくれていることを知っているからだ。なので、そこには触れない疑問をもう一つ尋ねる。


「言葉も、色々知ってるのにいつも結構シンプルな言葉を選ぶよな。なんでなんだ」


「文字数の節約、もあるけどね」


 微笑んで、シャルナは言う。


「自分の想いを、伝えるのに、複雑な言葉は、必要ないんだよ」


「――そうだな。回りくどいと分かりづらいだけだもんな。CMAもさ、子供向けゲームだからテキストが分かりやすくて、それも俺が嵌まった理由の一つなんだよ。文章は簡潔明瞭が一番いいと思っている」


「そだね。それが一番」


 シャルナとの言葉に対する会話が一段落ついた頃、アルルが立ち上がった。


「よし! 反省会終了! 待たせたね2人とも! もうばっちり元気を取り戻したよ!」


 反省会は負けて沈んだ気分を整える役目も兼ねていたらしい。手を挙げて近づいてくるアルルにシャルナが尋ねる。


「ところで、なんで、ラップバトル、したの?」


「天之玄咲の人柄を知りたくてね。僕、バトルすると相手のことがよく分かるんだ」


「!」


 シャルナが顔を強張らせる。アルルが雑に手を振る。


「ああ、そういうんじゃないから。シャルナちゃんは特殊嗜好だってことを自覚した方がいいかな」


「――」


 シャルナが胸を撫で下ろす。玄咲は2人の会話を不思議がった。


「どういう意味だ?」


「うんうん。君は鈍感で自己否定意識が強すぎるね。少し改善した方がいいよ」


「!? ほ、本当に相手のことが分かるんだな……」


 玄咲が以前メンタルカウンセラーに受けたのと全く同じ指摘。アルルは本当にラップバトルした相手のことがよく分かるらしかった。


「さて、それじゃ――もう一つのバトルの方も始めようか」


 アルルは手の中のライブ・マイクをくるりと回して、玄咲に突き付ける。


「天之玄咲。僕とカードバトルだ」


「OK。やろうか」


 玄咲はカードケースからカードを取り出して答えた。

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