プロローグ 女王と王女
「7人目の精霊神のカードの所有者、ですか。これは、調査が必要ですよねぇ……」
プレイアズ王国王城。
女王執務室内。
プレイアズ王国女王プライア・プレイアズは光の束のような髪を後頭部で両手で抑え、書類の束などが乱雑に散らばった机に両脚を組んで乗っけた実に行儀の悪い体勢でそう呟いた。
光そのもののような絶世の美貌を持つプライアに過剰な幻想を投影している民衆には絶対に見せられない姿。人前で自分を取り繕うストレスからプライアにはプライベート空間では少し過剰なまでにだらしなく振舞ってしまう悪癖がついていた。
「ふぁ……雷丈家のごたごたでしばらく張り切りすぎましたね。少し眠い……でも、この件は後回しに出来ない。何らかの対処を打ってからでないと仮眠は取れませんね」
片手を後頭部から外してあくびをしながら、突如としてプレイアズ王国内に現れた件の人物についてプライアはさらに思案を進める。
「何者なんでしょう。過去の経歴は一切不明。不自然なくらいに情報がない。明らかに意図的に過去を消している。マギサに試験のビデオを見せてもらいましたが、あの戦闘技術。そして殺人的な目つき。明らかに裏の世界の人物です。そんな人物がプレイアズ王国に潜入し、ラグナロク学園に入学したのは何のため? ……分からない。全く分かりません……恐ろしい」
プライアは天之玄咲を警戒している。
【悪魔神バエル】のカードを所有する、明らかに尋常じゃない身分の謎の男。国を預かる女王として警戒しない訳がなかった。なにせ、そんな謎の男がこの世に10枚しか存在し得ない精霊神の、その中でも単純な力だけならぶっちぎりで最強と言われる封印されし悪魔神バエルのカードを持っているのだ。しかもマギサに伝え聞くところによると、補正値999のADまで持っているらしい。信じがたい話だがカードの話でマギサは嘘をつかない。本当だと信じるしかなかった。そしてそれ故にプライアの天之玄咲への警戒心は、国内でも5指に入る程に短期間で跳ね上がっていた。
「……本当は禁止カードを使ってでもその身の上を明かしたい所なのですが、マギサに釘を刺されてしまいましたしねぇ……どうしましょう……」
マギサはプライアの手口をよく知っている。故に釘を刺された。曰く「私のお気に入りの生徒に手を出したら殺す」。最強の防波堤だ。その発言でプライアは天之玄咲への私的な干渉をすっぱり諦めた。この国の人間でマギサに歯向かえる人間は女王たるプライアを含めて一人もいはしない。能力的にも、国にもたらした功績的にも。
プライアは頬に手を当て傷ついたかのような顔をして呟く。
「全く、マギサは私を警戒し過ぎです。私は見た目も中身も20代なぴちぴちの清楚系美女――いや、それは流石にキモイですね。だって私、本当は――っとイケないイケない。実年齢に想いを馳せてしまうところでした。私は心も体も20歳の精霊人。それでいいのです」
精霊と人間の相の子たる精霊人のプライアは、実年齢は80歳に達するにも関わらず20歳から外見年齢が変化していない。人間の寿命に精霊の外見という精霊人の種族特性の影響だ。亜人には各々種族特性が備わっている。例えばエルフなら高い魔力感受性、バナナモンキーならバナナを食ってるだけで生きていられるほどのバナナ適正――種族特性は亜人毎に千差万別で、カードバトルにも大きく関わってくる重要なファクターだ。
プライアの愛娘のアルルも符合魔法――魂と相性のいいカード――と種族特性がベストマッチした結果、ラグナロク学園に特待生で入学するほどの力を得た。
「んー……せめて人柄だけでも知りたいです。敵対する可能性はあるのかどうか見極めないと。どうしたものか――あ!」
プライアは机の上で組んでた足を勢いよく地に着け、机に手をついて立ち上がった。パン、と顔の前で手を叩いて破顔する。
「アルルがいるじゃないですか! 彼と同学年のアルルが! アルルに彼の調査を頼みましょう! アルル―! あなたの大好きなママが今行きますよー!」
プライアは世界で一番愛する愛娘たちの中でも特にわんぱくかつプライア似で愛おしいアルル・プレイアズの部屋へと駆け足で向かった。
「アルル―? いますかー?」
プライアはアルルの私室の扉をコンコンと叩いた。カード魔法で防音加工の施された特殊な材質の金属扉だ。だが、反応はない。プライアはため息をついてポケットに手を突っ込んだ。
「あの子、またやってますね。えっと、耳栓耳栓――あった! 装着っ、と。じゃ、改めて――」
プライアはポケットに常備している耳栓をつけてドアノブに手をかけた。
ガチャリ。
「アルル――」
「Rhyme and Flowで殴るGolden Mic! ライバルも退学も乗り越えてGoal in Survive!」
プライアの鼓膜を耳栓をしても尚五月蠅い爆音がキーン……と揺らした。壁一面に取り付けられた特注の黒いサウンドスピーカーから最大音量でかき鳴らされるバトルビートが、それに負けず劣らずの大音声で繰り出される巧みなフロウで紡ぐライムを踏んだ即興のバースが、ドアを開けた瞬間爆風のように室外に溢れた。プライアは反射的に耳を抑えかけるも愛娘への愛でいつものようにその動作は堪えて、冷汗を1つ流すのみで笑顔を維持した。
「んー? なんか音の通りがおかしいなー。急に薄らいだ、みたいな。マイクチェック1、2――あ!」
マイクから顔を離し首を傾げた、赤白色の帽子を被った光色の髪の美少女――アルル・プレイアズが、ふと何かに気づいたように入口を振り返る。その美しい顔をプライアに見せる。学生時代のプライアに瓜二つの容姿。けれどその性根はどちらかというと陰気なプライアと異なり、アルルは性根から太陽のように明るい。瓜二つの容姿ながら印象はまるで別人。プライアがなりたかったプライア。だからこそプライアはアルルのことが大好きだった。周りが引くくらいに溺愛していた。
そのアルルの口が動く。
「げっ! ママ!」
「げっ、とは何ですか。げっ、とは」
唇の動きだけで二人は会話し合う。慣れたシチュエーション、気心の知れた相手。ゆえに台詞の想像も容易だった。
アルルがため息をついてリモコンのスピーカーを操作し、ビートを消す。一瞬で別世界のように静まり返った室内。プライアはようやく耳栓を外してアルルに笑顔で歩み寄る。
「アルルー。ママからアルルにお願いがあるんですけどー」
「うっ! やっぱお願いかぁ……」
「はい。あなたも王女である以上はたまには国益に貢献していただかないと。それくらいは当然のことです」
アルルは一瞬嫌そうな顔もする。だが、傍のテーブルにマイク型のADを置き一つ息を吐いて、それで気持ちを切り替えた。プライアに笑顔で向き直って尋ねる。
「まぁ、ママにはいつも我が儘を許してもらってるからたまのお願いくらい聞かなきゃだよね。なに?」
「アルル、あなたの学校の天之玄咲という生徒がいますよね?」
「ああ……学校一の有名人の彼。彼が、どうかしたの?」
「その、彼の、そうですね……人となりを調べて欲しいのです。出来る限りでいいので」
あまり深く突っ込むとマギサがいる以上死にはしないだろうが危険な目に合うかもしれない。そう思って、プライアは本当は根掘り葉掘り性癖まで調べて欲しい所をその程度で妥協した。
アルルは即答で了承した。
「いいよ。ママの頼みだもんね」
「いいのですか? 私から頼んでおいて何ですけど、偉くあっさりと了承しましたね」
「うん。実は僕、ちょっと彼に興味あるんだ」
「は?」
「ママが何か言わなくてもバトルしてみようと思ってたんだ。彼がどんな人か気になるからね。相手を知るにはバトルが一番だよ!」
「やめなさい」
「え?」
プライアはアルルの肩をガシッと掴んで凄んだ。
「アルルにはそういう感情はまだ早いわ。あなたはママだけ見ていればいいの。分かるわね? ごめんなさい。あなたを利用しようとしたママが悪かったのよね」
「……ママ」
「なんですか?」
「いつも言ってるけど、そういうの、少し気持ち悪い」
「ぐふっ!」
言葉の矢で抉られた心臓を抑えるプライアにアルルが言う。
「確かに精霊人は近親愛が強いけどさ、僕は2世だからママほどじゃないんだよね。だから、その、ママのことは大好きだけど、あくまで家族愛……。……うん、家族愛、だからさ。その、僕にそういう感情抱くのは、正直やめて欲しいかなって……」
「う、うぅ、ごめんなさいアルル……」
「そ、そもそも、彼への興味は恋愛的な意味じゃなくて、ただの好奇心だから心配しなくていいよ。そもそも彼にはもう恋人がいるしね」
「そうなのですか?」
「うん。間違いないよ。例の堕天使の子だよ」
「ああ、だから助けたのですか……なら、問題ありませんね。改めて、頼みましたよ。アルル」
「うん! 僕に任せてよ!」
アルルはバチン、と星の飛ぶようなウィンクを1つ。プライアはアルルのその仕草にときめき心洗われ、日々のストレスが全て浄化されていくのを感じた。
(ふふ。可愛い。食べたいくらいに可愛い子。本当、食べたい。早く食べたい。私はいつだって準備OKですよアルル……ただ)
「――それにしても」
天之玄咲についての話が一段落した後、アルルにせがまれて取り付けた壁一面の黒々としたスピーカーを見てプライアはため息をついた。もはや矯正を諦めた趣味について、諦め交じりに尋ねる。
「アルル。ラップの方は相変わらずですか?」
「うん! 勿論だよ! 生涯ラップ一筋だよ!」
アルルはテンションを跳ね上げて答えた。プライアは額を指で押さえて再度ため息をついた。
「悪いことばかりではありませんがね。それでもどうしてと思わずにはいられません。どうして、アルルはラップにここまで嵌まってしまったのでしょうか……幼い頃からクラシックやオペラやゴスペルなど私が大好きな音楽をたくさん聞かせてあげたのに、私はそっち方面に関心を持って欲しかったのに……」
「伝説のフリースタイラーのシン・ピーターのフリースタイルを見た日から僕はずっとラップの虜だよ! あのバイブスに溢れたライミングの連打! 精霊人として生まれたなら惹かれないはずがないね!」
「だからといって符合魔法がラップ魔法になるほどに嵌まる精霊人がありますか……。今からでも嗜好を変えませんか? あなたの符合魔法が精霊魔法からラップ魔法に変わったように、符合魔法は魂の状態に応じて後天的に変化します。アルルのためなら私、有名な楽団を毎日王宮に呼んであげますよ? 今巷で大人気のエルヴィスのロックミュージックだって、聞けますよ?」
「いくらママでもその頼みだけは聞けないね!」
韻 The Rhyme――赤を基調とした帽子の白い額のスペースに赤い糸でそう縫われた、シン・ピーターのファングッズの帽子の唾をピンと弾いて、アルルは太陽のような笑顔を浮かべる。
「Forever My Soul In The Rhyme――シン・ピーターの座右の銘だよ。格好いいよね。僕はシン・ピーターみたいな最強のフリースタイラーかつ伝説のラップ・スターになるんだ! この思いは誰にも止められないよ!」
「はいはい、分かってます。言ってみただけですよ。もう止まるとは思っていませんとも……」
「いい? ママ。僕が符闘会で優勝したら優勝報酬でラップを義務教育にしてもらうからね! 国民みんながラップをするようになるんだ! きっと楽しい世界になるよ!」
「はいはい、優勝できたらね……いや、本当に頼みますよ。資源に乏しいこの国を貿易に制限かけられたまま運営するのは本当に限界がきてるんですから。アルル。あなたにも期待していますよ」
アルルはプライア程ではないが大きな胸を叩き、夢と希望に煌めく黄金色の瞳でウィンクを飛ばした。
「任せてよ! 僕、強いんだから!」




