第67話 共喰い
プレイアズ王国郊外。
ドロミテ大樹海。
A級ランクの危険なモンスター――サンダージョーと比べたら雑魚なモンスターが跋扈するその地帯の地下には、地上からは決して立ち入りできない完全に閉じられた地下空間がある。
雷丈家ご用達のテレポーターを利用した貿易拠点だ。
亜人を並べるためにそれなりの広さが担保されたその空間には、亜人が収容された大量の檻と10名の人間が存在した。
10名の人間の内訳は、雷丈正人とゴルド・ジョンソンの2名。その護衛の懲罰逆十字隊――雷丈家の裏の仕事をこなす秘密部隊。平均レベルは70~80――が5名。その取引相手のブートン・プレスザーメス大公が1名。その護衛の聖浄使徒―エルロード聖国に認められた聖人に仕える総勢12名の強力な魔符士。通称使徒―が2名だ。懲罰逆十字隊のリーダーを含めれば使途はこの場に3名いることになる。
正人やブートンも含めたこの場にいる全ての人間が強力な魔符士だ。国際法を犯す取引への強い警戒の現れだ。だが、サンダージョー以上の魔符士は一人もいなかった。
「どういうことだブー、正人」
ブートン――豚みたいな見た目の人間が正人に詰め寄る。正人も結構豚みたいな見た目をしているため共食いのような光景だ。もし性的な共食いを行ったら地獄のような光景が展開されることだろう。
「堕天使を捕まえられなかっただトン? そりゃないブー。ブートンのここ、見るブー。……大きくなってるブー? それだけ、この日を楽しみにしていたんだトン! ちょっとやそっとじゃこの高まりは治まらないブー。……正人、ちゃんと責任、取ってくれるトン?」
「も、もちろんです、ブートン大公。ちゃんと埋め合わせの用意はしてあります。こちらをご覧ください! えっと、カチャ、カチャっと――よし、開いた!」
「ブ?」
正人は白い布のかかった檻にブートンを案内し、鍵を差し込んで扉を開いた。
「かき分けて入ってください。私のとっておきですよ。きっとご満足いただけるかと思います。どうぞご堪能ください」
「ブフー。正人のとっておきなら間違いないブー。でも、この白い布、邪魔だブー」
「これも、演出ですよ。中身を輝かせるための、ね」
「かきわけるなんてまどろっこしいブー。一気に剥ぎ取ってやるブー。ブッブー♪」
ブートンは檻の白い布を一気に剥いだ。そしてその中に隠されていたものを見て目を見開いた。
「……天使だ、ブー」
檻の中には天使の美少女がいた。
エルロード聖国ですら人権を認められた――いや、崇拝の対象でさえある数少ない亜人。
誰もが口を揃えて答える世界で最も美しい存在。
それが天使。
堕天使と違い迫害されていないにもかかわらず同じくらいの希少種。そしてその価値はもはや値段などつけられない。
金以外のものでなければその存在価値には到底釣り合いはしない。
例えば、取引を反故にされて尚それを許し、後援を取り付けるといった、金では測れない価値を持った約束などでなければ、とても。
ブートンは笑った。正人は苦笑いを心中に隠した。天使は正人にとってできれば切りたくないとっておきだった。けれど、そうも言ってられない状況になった。だから断腸の思いで切った。サンダージョーにしこたま殴られた顔が治ったはずなのに、また、痛んだ。そして胸も痛んだ。
数時間前の1件はまさに雷丈家の苦境を象徴するような出来事だった。雷丈家の光だったサンダージョーの乱心――正人はなぜかあれ以降、顔だけでなく胸も痛んで仕方なかった。数々の親不孝を働かられたせいだろう。心が痛むのも全く無理のない理屈があった。
ふいにまた、胸が痛み始めた。その痛みを誤魔化すように正人はブートンに揉み手を作った。
「気に入っていただけましたか?」
「ああ、気に入ったトン。正人、お前はやっぱり最高だブー!」
「はは、私はブートン大公の犬ですから……ところで、後援の続き、していただけますか?」
「もちろん、OK牧場だブー♪ こういうことをしてくれる限り、これからも僕と正人はトントンの関係だトン。とんとことん饅頭並みにトントンだトン。さて、それじゃそろそろ花みたいに可愛い魅惑の天使ちゃんを――」
――天井が、突如としてぶち抜かれた。
誰もが凍り付いてそちらへと視線を送る。あまりにも高威力かつ直線の攻撃でぶち抜かれたために破壊は天井と床の直線穴のみに収まり天井が崩壊することはなかったらしい。その事実はむしろ侵入者の実力をこれ以上なく際立たせるファクターでしかなく、天井が崩壊しなかった安堵よりも恐怖を産んだ。
土煙が晴れて段々と侵入者の姿が露わになっていく。シルエットが判明した段階で正人とその部下たちの背筋に稲妻が突っ込まれた。土煙の中から声がする。プレイアズ王国の国民ならば聞いたことのないものはいない怪人物の声が。
「――おいおい、天使の取引って、そりゃ重罪中の重罪だろうよ。とうとう動かぬ証拠を掴んだ。やったね。正人、あんたはもう終わりだよ」
マギサ・オロロージオの声が。
反射で正人は叫んだ。ブートンも。
「っ! 殺せぇえええええええええ!」
「殺すブゥウウウウウウウウウウウ!」
計10名分の魔法がマギサに集中する。命中する。
「やったか!?」
誰かがそう叫んだ。土煙でマギサの姿は見えない。
「マジック・ボール」
ブートンの隣にいた聖浄使徒の腰から上が消し飛んだ。背後の壁を果てなく球形の穴が貫く。ブートンが悲鳴をあげて尻もちをついた。土煙が払われてマギサの姿が露わになる。
マギサは無傷だった。高すぎる抗魔力が殆どの魔法攻撃を寄せ付けないのだ。
学生時代と何も変わらない理不尽さだと正人は思った。正人が魔符士ではなく魔工技師を目指すようになった切っ掛け。同年代のあらゆる人間の心をへし折った才能の権化。当時の美貌はもう影も形もないが強さだけは何も変わらない。いや、衰えているのだろうが、高みにあり過ぎて凡人には違いが分からない。正人は震えた。使徒が3人いようが12人揃っていようがマギサには勝ち目がないことをこの場の誰よりも正確に理解していたからだ。
正人以外の人間は尚も抵抗を続ける。魔法の攻撃の嵐を受けながらマギサは顔色一つ変えず部屋を見渡す。
「――あの子のタレコミ通りの状況。あれがテレポーターか。転移魔法。いやはや、大したもんだ。雷丈正人。相変わらずあんたは魔工技術者としては天才だねぇ。パチンコやスロットも開発したし。その才能をこんな醜悪なことにしか使えない歪んだ人格が残念で仕方ないよ。学生時代からずっとあんたの才能は認めていたが人格は大嫌いだった。……やっぱりこういう末路になったねぇ」
正人はマギサの台詞を最初の一文以降聞いていなかった。耳に入らなかった。マギサの言葉が頭の中でずっとぐるぐると回っていた。あの子、あの子、あの子、あの子、あの子――。
子。
子供。
サンダージョー。
正人の中で全てが繋がった。
正人がサンダージョーに抱く思いが憎しみだけになった。
(――ジョー坊か! ジョー坊がタレこんだのか! それ以外あり得ないッ! 私をしこたま殴ったあと、マギサのところに全て暴露しに行ったに違いない! あの、クソガキが! 知ってたのか! 雷丈家の裏の家業を。マギサに売ったのか! この、聖人たる私を! 糞、糞、糞ォッ! 許さない……絶対、許さない。ジョー坊。いや、クソガキ。絶対、貴様も、地獄に送ってやる。絶対に、道連れだ!)
「んー……やっぱ、抵抗は避けられないかぁ。だから私に頼んだんだねぇ。じゃあ」
マギサがADを構える。
「予定通り、一旦全員殺すか」
その後に起こったことは戦闘ではなかった。
虐殺だった。
「ちょっとだけ、話をしようか。旧友として、あんたにね」
「……話すことなどない」
「私にはある。どうしてあんたこんなことになっちまったんだい。学生時代は、屑だけど今よりは大分まともだったのに」
正人は皆殺しにされた同族たちを見る。この場に雑魚は一人もいない。使徒さえいるのだ。何の抵抗も叶わず負けるなど普通はありえなかった。
ありえなかった。
理不尽だった。
そして羨ましかった。
マギサの才能を正人は学生時代からずっと妬んでいた。そう、誰よりも妬んでいた。学生時代から知ってるその人間を超越した才能。正人がずっと憎んで憎んで仕方なかった才能。欲しくて欲しくて仕方なかった才能――!
「……っざけるな」
正人は70年分の思いをマギサにぶちまけた。
「……ふざけるな! 理不尽、過ぎるだろうが! この化物が! 貴様がいるから私は魔符士としての道を諦め魔法研究家への道を歩んだんだ! お前が私を狂わせた! お前さえいなけりゃ私はもっとまともな人間に慣れたんだ! この才能だけのゴミが! 人格破綻者が! 貴様みたいな屑に生きる価値はない! さっさと死んで世の中に貢献しろ! 私は貴様みたいな何の努力もせずして才能だけで他を圧倒する人間が見てて一番虫唾が走るんだ! 貴様から才能を抜いたら何が残る。人並以下の劣悪な人格だけだろうが! このゴミが! じゃあ死ねよ。死ね! 死ね! 死ねよ~~~~~~ッ!」
「大丈夫。あんた程ゴミじゃない。ま、耳に痛い言葉なのは認めるけどね……それでも今更私を曲げられるかい。それに、あんたにだって、才能はあるじゃないか。ある意味私なんかよりよっぽど凄くて世のために立つ才能が」
「なんだと」
「転移魔法。歴史が変わる程の大発明だ。あんたにだって魔法研究家として比類ない才能があったじゃないか。パチンコやスロットだって作ったしね。その才能を」
マギサは酷薄な表情で正人に告げる。
「こんな醜悪な用途でしか使えないあんたは私なんて関係なくどうせ屑になってただろうが。罪をなすりつけんなよ正人。サンダージョーの100倍醜悪なゴミが。今も昔も私はあんたがこの世で一番大嫌いだったよ」
「それはこっちの台詞だ! 今も昔もお前のせいで私はぁあああああああああああ!」
「ああ、やっぱ話す価値なんてなかった。あんたもうどうしようもないね。全く」
マギサは正人にADを向ける。
「今更被害者ぶるんじゃないよ。加害者が」
そして殺した。




