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第47話 ラブコメ4 ―本音―

「――逃げ、る?」


「うん。最初、からね。そう言う、つもり、だった」


「……なぜ?」


「……サンダージョーは、多分、玄咲が、思ってる、より、強い。きっと、負け、ちゃう。……カードバトル、じゃ、勝てないよ。だから、逃げよ?」


(なるほど、そういう思考回路か)


 負けると思われてる辺りにもやもやするものはあったが、シャルナのロジックを玄咲は飲み込んだ。


「――しかし、逃げるったって」


 飲み込んだ上でシャルナの正気を疑う。


「この世界で決闘から逃げたら」


「うん」


 頷く。


「死罪。でも、必ず、死ぬわけじゃない。逃げ切れば、いいだけ。だから、私と、逃げよ?」


 決闘から逃げる人間は少数だが存在しない訳ではない。作中ではそういった人間の悲哀も描かれる。無様な生を選んだ人間の末路も。


「大丈夫、私、尽くす、から。山なら、住み慣れてる、から、山奥で、暮らそ。人間の、いない、とこで」


「……俺も一応、人間なんだがな」


「玄咲は、いいの。私ね、人間、嫌い、でもね」


 頭を、こすりつけるようにすり寄せてくる。動物のような仕草。昔友達だった犬を思い出す仕草。あの犬は懐いてる人間にだけそうした。


「玄咲は、別なの」


 シャルナも、そうなのだろう。


「玄咲だけは、別なの」


 ――正直、とても嬉しい申し出だった。

 

 他の人間のいない場所で2人きりで暮らす。


 あるいはそれも幸福の一つの形なのかもしれない。


一つの楽園なのかもしれない。


だからこそ強烈に惹かれるものはあった。


 だが、


「――とても魅力的な未来予想図だがそれを受け入れる訳にはいかない」


絶対に肯んじる訳にはいかない。


「……どうして?」




「それでは君の夢が叶わない」




「――あの、ね」


 震える声で。


「私、本当は、何もかも、怖くて、仕方ないの」


 シャルナは語り出す。


「夢が、叶わない、こと」


 1つ。


「迫害、される、こと」


 2つ。


「嬲られる、こと。痛い、こと。強く、なれない、こと。死別する、こと。生きる、こと」


 3つ、4つ、5つ、6つ、7つ――シャルナの口から次々に怖いことの正体が飛び出す。玄咲は驚いた。捉えどころのないシャルナの内心がこれだけの恐怖に塗れていたことに。怖いことの羅列がさらに続く。


「退学に、なる、こと」


 そして。


「――符闘会の、優勝、叶わず、浄滅、される、こと」


 最後の怖いことを吐露し終えて。


「全部、全部ね、本当は、怖くて、仕方ないの……! だって、思い出し、ちゃったの……!」


 さらには恐怖心の根源までもをシャルナは明かした。




「この世界は、アマルティアンに、とっての、地獄だって……!」




 シャルナは泣いた。触れ合う肩を震わせて、生白い膝に顔を埋めて、握らば折れそうなほど華奢な体をギュッと、痛いほど、痛々しいほどに玄咲に寄せ押し付けて、嗚咽を漏らし続ける。


「ごめん、ね。甘えて。学園長室、では、意地、張ってたの。感情が、ちょっと、麻痺、してたの。でも、解放、されて、落ち着いたら、ね。もう、駄目、なの。駄目になったの。私、私ね……!」


 シャルナは、叫んだ。思いの丈を全て口から解き放った。


「すっごく、怖かった! すっごく、痛かった! なのに、誰も助けて、くれなくて、それも、怖かった。もう死んじゃう、って思った! ううん、玄咲が、いなかったら、私きっと、死ぬより、酷い目に、あってた……! ごめん、ごめんね、玄咲、甘えちゃって。こんな、みっともない、姿見せて。でもね――私を、嫌いに、ならないで……!」



 ――思えば、シャルナは部屋に入ってからずっと様子がおかしかった。妙に甘えたがった。身体的接触が激しかった。それだけ距離が縮まったのかと勘違いしていたが、それもあるだろうが、本当の理由が今ようやく分かった。


 シャルナはずっと怯えていたのだ。過去に、今に、未来に。浄滅法の大義名分のもと無条件で殺される、囚われる、犯される、アマルティアンの宿命に。


 シャルナの気持ちが玄咲には上手く想像できない。玄咲はアマルティアンではない。それに、強い。物理的な障害なら大抵のことは腕っぷし一本で片づけられる自信があった。もし片づけられなくても満足いくだけの抵抗はできる。死んだらそれまでと諦められる諦観もある。なにより男だ。負けたって精々拷問されるだけだ。


 シャルナは違う。


 シャルナはアマルティアンで、か弱くて、女の子だ。種族が違う。強さが違う。性別が違う。その命が背負う宿命の過酷さも。その腕で薙ぎ払える困難の限度も、その身に注がれる悪意の質も数も、玄咲の非ではない。その白き眼に映る世界はきっと玄咲の瞳に映る以上の地獄に違いなかった。


(……怯むな。天之玄咲。ここは勇気の出しどころだ)


 これから玄咲が行おうとしていることは、玄咲の常識に照らし合わせてみれば暴挙と呼ぶより他ない、平時なら絶対しないことだ。


 だけど玄咲はそれをするべきだと判断した。


 そうと判断したならもう躊躇わない。二度と退かない。


 呪いのように自分に課しているから。


 助けるべきだと思った時には、全ての通俗的観念を蹴散らして助けるべきなのだと。


 そうでないとまた大事なものを喪ってしまうから。


(――大丈夫)


 それに、玄咲はシャルナとそれなりの信頼関係を築けている自信があった。こうやって内心を吐露して甘えてくれているのがその証拠だ。だからこれから行うことはきっとシャルナにも受け入れてもらえる。

 

「シャル――」


 だからあとは玄咲の勇気の問題なのだ。


 つまりもう障害は何もなかった。



 心のままに動けばいい。











「――玄、咲?」


 


「――大丈夫。安心してくれ。もう何も怖がらなくていい」



「え――?」



「俺が君を一生守る。この世界《地獄》の全てから」




 玄咲はシャルナを抱きしめた。


 羽のように軽い体が両の腕の中に全くの伸縮をせぬままにぴったりと納まった。




「――やっぱり、玄咲、だ」


「? シャル、今、なんて」


「なんでも、ない――それより、初めて、だね」


 シャルナが腕に手を重ねてくる。


「玄咲から、こんなこと、してくれたの」


「……俺はやるときはやるんだよ。そうでなければ生きてこれなかったからな」


「そう、なんだ……うん。確かに、いざという、ときは、いつも、玄咲は、私を守って、くれるよね」


「当り前だ。俺が君を守るというのは、晴れた大空から光が降り注ぐのと同じくらい当たり前の、自然の摂理とでも呼ぶべき行為だ。……朝、間に合わなかったこと、本当に申し訳なく思っている。今でも思い出すと心胆が沸騰しそうになる。本当にすまない。俺が愚かだったせいで、君をあんな目に合わせてしまった。本当に、本当に、すまない」


 抱きしめる力を強める。シャルナは抵抗しない。ただギュッと腕を握ってくる。


「いいよ。最後は、助けて、くれた、もん。そして、今、こうして、抱きしめて、くれてる。謝る、必要、なんて、ないよ」


「それでもだよ。すまない。……他に、して欲しいことはないか。君のためならなんだってする」


「……強く、なりたい」


 真っ先に口から滑り出た言葉。それはきっとシャルナの心の底からの本音なのだろう。


「もう、弱いのは、いやだから」


「分かった。なら俺がシャルを強くする。鍛えてやる。俺の持ちうる技と知識の全てを使って」


「うん……お願い。玄咲は、強いから、きっと、私も、少しは、強くなれる。……ね、玄咲」


「なんだ?」


「玄咲って、なんで、あんなに、強いの?」


「……そうだな。狂気じみた訓練を受けさせられたり、実戦で技術を磨いたというのもあるが、結局一番は才能だろう」


「才能?」


「ああ」 


 いつかもこんな台詞を言ったなと思いながら玄咲は答える。



「俺は戦闘の天才なんだよ。他に何の才能もなかったけど、戦闘の才能だけはあったんだよ」



「――なんか、ね」


 シャルナが目を丸くして振り返る。


「その台詞、聞いたら、自分でも、驚く、くらい、安心した。なんでだろ?」


「え? さ、さぁ……」


「きっと、玄咲が、抱きしめながら、言ってくれた、から、だ、ね……」


 段々と声が小さく、勢いが弱く、顔が赤くなっていくシャルナ。


「どうしたんだ?」


「この、体勢、冷静に、なると、凄く、恥ずかしい、ね……」


「……」


 色々な感情に蓋をして無理をしているのに急にそんなことを言わないで欲しかった。体温やら、柔らかさやら、動悸やら、生のシャルナの感触をその言葉を切っ掛けに急激に意識してしまう。心臓の鼓動が過去最速のビートを刻む。当然それはシャルナにも伝わる。背中越しに、シャルナの心臓もドクンと跳ねたのが伝わる。心臓の鼓動のリズムはそのまま思考の混乱のリズムだった。完全に同期していた。ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン――。


 もう、限界だった。


「お、落ち着いたんならもう必要ないな! うん! は、離れようか!」


「う、うん。そうだ、ね! 少し、離れ、よっか!」


 玄咲はシャルナを抱きしめていた手を解く。その動きに呼応してサッとシャルナが玄咲の足の間から立ち上がる。スカートが翻る。


「!!!!!?」


 シャルナが玄咲の隣に腰を下ろす。そして不思議そうに聞いてくる。


「どう、したの? 固まって」


「な、なんでもない。ただ、まだドキドキしてるだけだ」


「あ……うん。そう、だよね……私も、まだ、ドキドキ、してる」


「そう、ただそれだけのことなんだ……」


 偶発的に見えてしまったものについては決して口にしない。言ったが最後、さらに気まずい空気になることは目に見えている。そもそも見えたからと言って見えたよと口にするのは単純に狂気の沙汰だ。玄咲は狂人ではなく常識人なのだ。地雷を踏み抜く趣味はない。だから今見た光景は永遠に脳裏に留めておくべきであり――。


「んしょ」


 ピト。


 ……。


「シャル。なぜ、肩を、くっつけて」


「嫌、だった?」


「嫌じゃない」


 玄咲は即答した。


「だよね。大好き、だもんね」


「う……ああ……」


 体勢が変わっただけで距離感は変わっていない。物理的にも、精神的にも。近すぎる。だが、それが嫌じゃない。嫌なわけがない。だから玄咲は曖昧な相槌を返すだけに留めて、物理的にも、精神的にも、シャルナを遠ざけるようなアクションは一切行わなかった。シャルナの勢いに押し流されるように状況に身を任せた。

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