第21話 夢のような
水野ユキのHPゲージが0になる。玄咲は水野ユキの後頭部を氷に叩きつけるのをやめ、拘束を解いて立ち上がった。
【WIN】
SDに大きく表示される勝利の3文字。ポイントを確認すると1000ポイント入っていた。その確認を以ってようやく玄咲はカードバトルに勝利したと実感した。
(――なんとか、なった)
息を吐く。
シャルナに勝利報告ができる。勝ってまず何よりも一番そのことにほっとした。緊張がほぐれてゆく。
(しかし、もはやゲームのカードバトルとはまるで別物だ。これは、カードの知識を1から洗いなおす必要があるか――)
薄々感じていた、しかし自分の優位性を否定することになるため認めがたかったことを、玄咲はようやく認めた。得手である戦闘を介することでようやく冷静な頭でそう判断することが出来たのだ。
(けど、これはこれで面白い。というか、これこそが俺が夢見ていたカードバトル――!)
歓喜と興奮を拳の内に握り込む。自然と口元が笑みの形に歪んだ。
(さて、シャルナに勝利報告を――)
「うぅ、ひっく!」
「……」
見下ろす。水野ユキはずっと顔を腕で覆って泣いていた。対戦中の、勝利にどこまでも執着するあの姿。負けた悔しさも一塩だろう。玄咲は眉尻を下げた。
(勝者が敗者にかけられる言葉はいつだってただ一つ――沈黙。それだけだ)
玄咲は黙って背を翻した。
「あ……どうだった」
シャルナは後ろ手を組み適当な壁にもたれかかって玄咲を待っていた。バトルルームから出てきた玄咲の接近に気付くとそう声をかけてくる。
「勝ったぞ。見ろ」
玄咲はSDを操作しポイントの項目を見せた。対戦前は0ポイントだったその項目に今は1000ポイントが入っている。勝利の証。シャルナはそれを見て顔を綻ばせる。
「よかった」
無垢な、表情。天使、そのもの。自分はこの笑顔が見たくて必死に戦ったのかもしれない。そう思いながら玄咲は受け答えする。
「とりあえず一戦してみた感じこの後も問題なく勝ちを重ねていけそうだ。何の不安もない。一切心配無用だ」
「そう? じゃあ、これからは、別行動、だね」
「え?」
思わず間抜けた声が出る。シャルナは極めて真面目な顔で言った。
「私に、いい考えが、ある」
「そ、そうか……」
「じゃあ、またあとで」
そう言ってシャルナはバトルセンターから出ていった。未練がましくその背を見えなくなるまで目で追う玄咲。完全に見えなくなってから、ため息をついた。
「……そりゃ、ずっと一緒にいてくれるわけないか。引き留めるわけにもいかないしな。まぁ、いい。シャルがいない間にもっともっとポイントを稼ぐか。ふふ、きっと喜んでくれるぞ。そうと決まれば――」
玄咲はSDの強制マッチングの項目をタッチした。口頭で誘うことなどもはや一考だにしなかった。
リーン、ゴーン、リーン、ゴーン――。
1日目の試験終了の鐘がなった。バトルセンター7号館の待合室。玄咲は強制マッチングの項目に伸ばしかけた指を止め、息を吐いた。
「試験終了、か。教室に戻るか」
玄咲はバトルセンターを出た。
7号館前。
バトルセンターを束ねる道を玄咲は校舎の方向へとSDを眺めながら歩く。
「13連勝。13000ポイント。試験合格となる15000ポイントまであと2000ポイントか。アイス・バーンなんか使わず相手のカードをADごと奪って使った方が時間効率がいいともっと早くに気付いてれば、あと2、3勝はいけたかな? まぁ、十分な戦果だろう。魂格も結構上がったしな」
SDを操作しステータスの項目を見る。【魂格8】。それが今の玄咲の魂格だった。
「魂格が上がるにつれて動きのキレは良く、魔法は強くなっていく。ふふ、魂格上げは楽しいな。分かりやすく強くなれる。なんて素晴らしいんだ」
魂格1の頃と比べて軽くなった体。誰もいない空間に向けてパンチを放つ。空気を切り裂く拳。キレが良い。
それだけだ。岩をも拳で砕けるような現実離れした手応えはない。だが、それがいい。
「ゲームの設定通り身体能力の向上はごく僅か。まだ低レベルの俺にとってはそれがありがたい。レベル差を体術で埋められるということだからな。これがガッチガチのレベル至上主義の純正RPGならこうはいかなかった。カード魔法が主役というコンセプトのもとレベルの設定が捻ってあるCMAの世界に転生して本当に良かった。CMA、万々歳だ」
「なにが、万々歳なの?」
「うおっ!?」
背後から声をかけられる。足を止めて振り向くとシャルナがいた。どこか陰のある、しかし天使のような美貌の少女。人目を引く容姿の割に妙に存在感の薄い不思議な子だった。
「驚いた。いつから俺の後ろに」
「たった今、だけど」
「よくこんなに早く見つけたな」
「6号館から、出てきたら、丁度目の前に、玄咲がいた」
「……独り言、どこから聞いてたんだ」
「万々歳って、所だけ」
「そうか。それならいい」
独り言のメタ的な部分を聞かれていなかったことに玄咲は安堵した。
歩みを再開する。シャルナが当然のように玄咲の隣を並んで歩く。それだけのことが、何だか心を許してくれているようで玄咲にはとても嬉しかった。
「で、なにが、万々歳なの?」
「何でもないよ。気にしなくていい」
「気になる」
「……これだ」
正直に言うわけにもいかず、少し考えてから玄咲はSDを操作しポイントの項目をシャルナに見せた。インパクト重視で誤魔化す目論見。果たしてシャルナは目を見開いて驚いた。
「13000ポイント……すごい。戦績は?」
「13連勝だ。全勝だぞ。凄いだろう」
「うん。すごいよ。ほんとに、強かったん、だね」
シャルナが笑う。玄咲の心が雲のように浮つく。
「そ、そうか。すごいか。ふ、ふふ、本当はもっとポイントを稼ぐ予定だったんだがな。誰もレートを引き上げてくれないから13000ポイントしか稼げなかった。明日はもっともっと稼ぐぞ。この試験で稼いだポイントは試験が終わったあともそのまま学内通貨として使えるからな」
「え? そうなの」
「知らなかったのか?」
「そんな説明、なかったから」
「……そうだったかな」
「うん」
調子に乗って本来知るはずのないことを喋ってしまった。どう誤魔化すか迷った末、玄咲は試験内容が前年度と同じであるという設定に目を付けた。
「開始時期こそ早まったが今年の試験内容は前年度と同じなんだ。だから今年も前年度と同じルールだろうと推測したんだよ」
「へー……確かに、可能性は、あるね」
「そうだろう」
無事誤魔化せたことに玄咲は安堵する。さらにダメ押しの話題転換を行う。
「ところでシャルの戦績はどうだったんだ。いい考えがあるとか言ってたが」
「見て」
少し自慢げにシャルが自分のSDを見せてくる。白く細い指でピッピとSDを操作しポイントの画面を表示した。
「6000ポイント!?」
「うん、頑張った。玄咲ほどじゃ、ないけど」
「戦績は」
「7勝1敗。1回、負けちゃった」
「……シャル、君、割と強かったんだな」
言った直後、玄咲は思い出す。割とどころか、ゲームでのシャルナは相当強性能のキャラだったことを。ゲームでの性能を思えば7勝1敗という戦績は全然不思議ではなかった。
しかし、玄咲の賛辞に、シャルナは頷かない。微妙な顔をして首を捻る。
「うーん……どう、なんだろう?」
「なぜ、疑問形なんだ」
「その、玄咲が」
「俺が」
「対戦、断られた、人達と、戦ってたから。言ってた通り、雑魚ばっか、だった、けど、かっぺくんは、強かった」
「畑耕士くんは雑魚じゃないぞ。むしろ学年有数の実力者だ」
「うん、記憶が、ごっちゃになって、勘違いしてたの……強かった」
しみじみというシャルナ。2回も言うあたり余程強かったらしい。
「しかし、そうか……俺の玉砕は無駄じゃなかったんだな。なんか報われた気分だ」
「だから、言った。無駄じゃ、ないって」
「……」
(無駄じゃないってそのまんまの意味で言ってたのか。俺を励ます意図はなかったんだな……)
玄咲は少しがっかりした。
「しかし、シャルは意外と勝利に貪欲なんだな。好んで雑魚狩りをするとは思わなかった」
「私には、夢があるから」
毅然と。
シャルナはそう言い切った。
「夢、か」
「うん。だから、ここを、退学になる、訳にはいかない。なんとしてでも、生き残る」
「……そうだな。全ては生きることから始まる。生がなければ夢もない。何もない」
「……ちょっと、話が、食い違ってる、よ?」
「いや、食い違ってない。俺は今まさに夢の中にいるんだ。夢の中に生きてる。そうでなければ世界は地獄だ。今を生きる――大事なことさ」
「はぁ……」
「正直あまり現実感がない。全てに対してだ。目が覚めれば全てが消えてなくなってしまうんじゃないか。そんな気さえしてる。だけど、だからこそ、俺はこの夢を守るためなら何でもするよ。この夢だけが俺の希望――生きる意味なんだ」
「よく、分かんない。けど、大事なこと、言ってるん、だろうね。あなたに、とっては」
「ああ――正義さ。平和な夢、あるいは夢のような平和が俺の正義なんだ」
「――それだけは、同感。平和が、いいよね」
「ああ」
平和が、いい。
全ての生物が願う当然の真理。
けれど決して現実にはならない。
なぜなら、
(世界は地獄だから。けど、この世界は違う――違うよな?)
祈るように。
玄咲は元の世界と同じような橙色の空を見上げた。




