第14話 試験開始
試験で使うカードの購入を終え教室に戻るとサンダージョーが教室中央の席に陣取るように座っていた。目が合うと、にこやかな表情が一瞬崩れる。だが、すぐに取り繕うように笑顔を浮かべる。笑顔を浮かべなければいけない教義でもあるのだろうかと玄咲は訝しんだ。
「っ……!」
隣でシャルナの表情が陰る。因果関係は明白。玄咲は真剣に悩む。
(後顧の憂いを断つために殺しておくべきか? 偶然とはいえ手合わせした感じ、別に殺せない相手ではない。レベルによる身体能力への補正がどんなものかと恐れていたが――補正はかかるが微細。精々素人がオリンピック選手並みのアクロバティックが出来るようになる程度という設定の通り大した補正ではない。見た目と乖離した奴の筋力にはそりゃちょっとは驚いたがな……いや。いやいや。よく考えたら元居た世界と違ってこの世界では殺人は犯罪か。今は我慢するしかないか……)
現状維持を選択して玄咲は自分の席についた。
「……そろそろか」
生徒の揃った教室で、クロウが壁にかかった時計を見ながら呟く。教室の時計の針が午後12時を指そうとチクタクチクタクと動く。少しずつ、しかし着実に。
時計の針が午後12時を指した。それと同時、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。クロウが号令をかけた。
「試験開始だ。試験終了は18時のチャイムが鳴るまで。チャイムが鳴ったら一旦教室に集まるように。以上」
生徒達が一斉に立ち上がる。そして対戦相手を求めて各々行動し始めた。
生徒が行き交う、あるいは対戦相手を求めて会話し合う廊下を玄咲は迷いなく歩く。後ろにはシャルナ。てくてく玄咲の後をついてくる。尋ねる。
「どうするの? 自信、ありげだけど」
「B組に行く。そこにカモがいる」
「カモ……」
「ちょろい相手という意味だ」
「知ってる」
そんな会話を交わしながら廊下を歩いていると前方から1組の男女が歩いてくる。知ってる顔。玄咲は見なかったことにして廊下の端を歩き接触を回避しようとしたが、生憎と向こうから声をかけてきた。
「あ、いた! 天之玄咲! 朝の痴漢男!」
玄咲の肩がビクリと震える。よりにもよってシャルの目の前で。そんなことを思いながら必死の抵抗を試みる。
「ひ、人違いだ……」
そう言ってみるが、
「んなわけないでしょ! あんたみたいに目つきの悪い人間2人もいないわよ!」
「そうかそれじゃあ――」
適当に流して声をかけてきた女性――神楽坂アカネの横を通り抜けようとするが、
「待ちなよ天之玄咲くん」
その玄咲の前に一人の男が立ち塞がる。苦々しい思いで玄咲はその男の名を呼んだ。
「……光ヶ崎、リュート……」
リュートが、神楽坂アカネと一緒にいる。つまり、神楽坂アカネはリュートとペアを組んだのだろう。主人公であるはずの玄咲を捨てて、メインキャラであるが脇役のはずの光ヶ崎リュートと――玄咲の胸の内で苦い感情が広がる。
(NTR。これがそれか。全然興奮しないぞ。むしろ普通につらい)
「君を探してたんだ。真の戦士、そう見込んだ君をね」
「そうかそれ」
じゃあ――と適当に流そうと口を開きかけた玄咲に、ビシィッ!と指を突き付けて光ヶ崎リュートが宣誓した。
「君に、カードバトルを申し込む! 正々堂々勝負だ!」
「却下だ。それじゃあ――」
「はぁ!? ちょっと待て!」
横を通り抜けようとした玄咲の肩をリュートが掴む。玄咲は煩わし気にリュートを見た。
「なんだ。断ったのが聞こえなかったのか」
「カードバトルを断るとか普通ありえないだろ! 魔符士としての誇りはないのか!」
ゲームと同様誇りに拘る奴だなと思いながら玄咲は答える。
「ないよそんなもの。大体」
「大体、なんだ」
「今の俺と君では勝負になるはずがないだろう」
「――なん、だと」
リュートの表情が凍る。その表情の機微には気付かず玄咲は思考する。
(確かこの時点でのリュートの魂格は17。俺は1。そしてレベル以外の条件がほぼ横並びなんだ。ジャイアントキリングなんか起こりうるはずがない。勝負になんかなるはずがない)
「まぁ、もう少し魂格を上げたら勝負してやる。そしたら決闘でも何でもして完膚なきまでに叩き潰してやるよ」
「!? 決闘、だと。それ程の自信があるというのか……!?」
(ん?)
決闘という言葉に過剰反応するリュート。それを見て、玄咲はCMAの人間の価値観を思い出す。
(ああ、そう言えば決闘は非常に神聖で、易々とは口にも出さない程だったな。ちょっと軽率な発言だったか。まぁ言ってしまったものは仕方ない。今度から気をつけないと。とりあえず今は、これ以上ボロを出さないようにそれっぽく纏めて会話を切り上げるとするか)
「そうだ。分かったか。今戦うメリットが俺にはない。分かったら道を空けてくれ」
「……メリットがない、か。ふふ、分かった。道を空けよう。だが、覚えておけ。いつか必ず僕が君を倒すと」
「ああ、覚えておく。それじゃあな」
適当にそう言って、玄咲は光ヶ崎リュートの横を通り抜ける。シャルナもそのあとに続く。神楽坂アカネもリュートももう何も言ってこなかった。その二人の反応に玄咲は少し違和感を覚える。
(シャルナを見て何の反応もしないのか? ああ、イケメンと美少女だから、美貌に耐性があるのか。俺とは大違いだな……)
「あの人に、痴漢、したんだ」
心臓が跳ねる。ギ、ギ、ギと後ろを振り返る。シャルナが何を考えているのかよく分からない白い瞳で玄咲を見ている。無表情。だがそのさまがかえって不安をかきたてる。嫌われたくない一心で玄咲は言い訳を述べる。
「その、シャル。違うんだ。誤解なんだ。不幸な事故なんだ。わざとじゃなかったんだ。俺は痴漢なんかしてないんだ。俺は変態なんかじゃない!」
「おっぱい、大きかったね」
「そうだな。彼女はすさまじくおっぱいが大きい。そうじゃない! 俺は、えっと、俺は――」
眼を回して、言葉に詰まり、口をパクパクさせるばかりでとうとう玄咲は言い訳すら言えなくなる。その玄咲をさらに動揺させるようなことをシャルナは口にする。少し笑って、
「私にも、痴漢、してみる?」
「!!!!!?」
頭からつま先までの衝撃の稲妻が玄咲の体を駆け抜けた。今、なんと言ったのか? 痴漢。痴漢してみると言ったのか? それは何を意味しているのか。地獄か? 天国か? 正気か? 自分はどうすればいいのか? 何を言えばいいのか? それだけははっきりしていた。混乱の只中にありながらも、それでも玄咲は即座に断言した。
「するわけないだろう!? 俺はそんな屑じゃない! 君は何を言っているんだ!」
「冗談、だけど」
「冗談……」
冗談になってない。冷汗を流して玄咲はシャルナを見つめる。シャルナは淡々と言う。
「玄咲のことを、信頼してるから、言った」
「お、俺を、信頼?」
「わざとじゃ、なかったんでしょ。事故、だったんだよね」
「! そ、そうなんだよ。信じてくれるか!」
「うん」
コクリ。
「玄咲に、痴漢する度胸があるとは、思えない」
なにか、下手に痴漢したと思われるよりも男として不名誉なことを言われたような気がした。ポジティブに考えれば実直な男と思われてる証。そう割り切りそれ以上深くは考えないようにする。深く考えない方が上手く行く。そういう事例が世の中には5万とあることを玄咲は実体験からよく心得ていた。
「ま、まぁ信じてくれたならそれでいい。ありがとう」
それだけ言って玄咲はB組への歩みを再開した。
「あいつ、やっぱり強いみたいね」
おそらくペアなのだろうこれといった特徴のない女生徒とB組に向かう玄咲を遠目に睨みながらアカネがリュートに言った。
「ああ。僕の情報を狂気的な域まで調べ上げた上で相手にならないと言い切った。正直、少し屈辱だったよ。だが、言い返せなかった。決闘まで持ち出されたらね――僕にできるのはただ強くなることだけさ」
「特待生のリュートにそこまで言わせるなんてあいつ何者なの」
「分からない。だけど、彼は強いよ。武人――ではないな。そう言う雰囲気ではない。だが、戦闘者としてこの上ない高みにいる。立ち振る舞いを見れば分かる。僕の師に匹敵する、いや、あるいは凌駕するかもしれない――それほどの完成度だ。全く隙がない。おそらく僕と同じ近接タイプの魔符士だろう。悔しいがレベルは大分差があるようだけどね……」
「天之玄咲、要注意ね。少なくともこの試験中は戦わない方が良さそうだわ」
「ああ」
「ところでこれからどうするの? あいつとまず戦うっていうリュートの目論見は外れちゃったけど」
「そうだなぁ。退学がかかった試験とはいえ、出来れば高め合えるような強い奴とカードバトルがしたい。とりあえず各クラスの特待生に声をかけて――」
「おやぁ? これはこれは。光ヶ崎家のお坊ちゃんではないですか」
一見朗らかな、しかし拭い難い湿り気と粘り気が底に張り付いた声を後ろからかけられた。神楽坂アカネは悪寒に駆られた。それはリュートも同じだったようで二人は全く同じタイミングで反射的に後ろを振り向いた。
いかつく輝く黄金色の髪を照明に輝かせ胡散臭い笑顔を浮かべる、不吉な印象を静電気のように纏い振りまく見てると不安になる、顔立ちだけは整った男がそこにはいた。リュートが声を荒げ食ってかかる。
「お前は雷丈家の――サンダージョー! 貴様もこの学園に来ていたのか!」
「特待生枠で招待が届きましたのでね。僕もちょっと学園に興味があったのでせっかくなのでお邪魔することにしました。これから3年間よろしくお願いします」
サンダージョ―がペコリと頭を下げる。所作も言葉遣いは丁寧。しかし、間違いなくそれは上っ面だけのものだろうと確信できる負の何かがサンダージョ―にはあった。初対面のアカネにはその正体は分からない。しかし本能的に、サンダージョ―に+方向の感情を抱くことは一生ないのだろうという確信をアカネは抱いた。リュートはサンダージョーと何やら確執があるのか、アカネや、あの痴漢男にさえ見せない剣幕を見せている。
「七霊王家筆頭雷丈家――貴様の家の生業を我が光ヶ崎家は同じ七霊王家として決して許容しない。いつか必ず雷丈家の闇を暴いてやる!」
「エルロード教国に認められた正当な生業なのですがねぇ……闇も何もありませんよ。といっても、貴様みたいに不信心な輩は吐いて捨てても吐いて捨てても湧いてくるんですよねぇ。いい加減、うざいうざい」
サンダージョ―が薄目を見開く。ひりつくような威圧感が裾を広げたようにぶわっと広がる。とても同学年とは思えない可視化できそうなほどの濃密なオーラ――高魔力の魔符士が感情が昂った際に魔符士の殻だから放出される魔力波――にアカネは思わず二の腕を抱いた。
「カードバトル、しましょうか。ちょっとだけ本気で躾けてあげますよ」
「望むところだ……!」
眼と眼が合い、火花が散る。アカネはそんな光景を幻視する。3人はバトルルームへと向かった。




