第38話 クゥ・クロルウィン
時は戻って昼食後。
玄咲がシュヴァルツ・ブリンガーを武装解放した直後。
「はぁ、はぁ。格好いい。格好いいぜシャルヴツ・ブリンガー。じゃなかった。シュヴァルツ・ブリンガー……!」
シュヴァルツ・ブリンガーに頬擦りし、撫でまわし、舐めまわそうとして周囲を確認し、人はいないがそうこうしてる内にちょっと冷静になって、結局は普通に撫で回す。悪魔の目が光って見える銃口が何よりのチャームポイント。バエルを思わせて可愛くて仕方がない。そこを重点的に愛おしげに撫で回す。シャルナ(精神的支柱)がいない精神不安はそうでもしないと誤魔化しようがなかった。完全に精神のバランスを欠いている。その自覚はある。だが自覚があるからと言って修正できないのが精神病というものだった。数多くの精神病を経験してきた玄咲はその事実をよく知っていた。こういときは心の命ずるがままに動くのが最善。だから心の命ずるがままに玄咲はシュヴァルツ・ブリンガーを愛でる。
「ハァ、ハァ、グルグル、グルグル、頭がグルグルする。グルグルだからだ。ふーっ、落ち着いてきた。もしかしなくても俺はカードよりADの方が好きみたいだな。ふ、ふふ、格好いいぜシュヴァルツ・ブリンガー……」
ポーン、ポーンとADを手首のスナップでお手玉する。目の高さに跳ね上げる度クルクルと回転するADが目を癒す。段々と平常心が戻ってくる。気分が良くなってくる。玄咲は10度目のお手玉で、ADをキャッチ。そして素早く、遠方の的――並び立つ木へと向けた。天之玄咲をその的に重ねて――。
「――バン」
頭部を撃ち抜く。銃を横へ。次々に、的を撃ち抜いていく。
「バン。バン。バン」
無造作に。子供が遊んでいるようにしか見えない適当さで。しかし実弾が放たれていたなら確実に1mmも狙い違わず的に着弾していると、見るものが見れば分かる悪魔的な正確さで。
「ふ、ふふ……」
玄咲は段々とテンションが上がってきた。的がいいからだ。5本の木を左から順番に撃ち抜いていく。頭の弱い玄咲、メンタルの弱い玄咲、精神不安定な玄咲、アルルに嫌われた玄咲、シャルナの腸の危機に気づけなかった玄咲、そいつらの頭をぶち抜いていくとまるで自分の弱さを殺しているような気分になれた。強くなった錯覚を覚えた。玄咲は躁鬱の躁状態にある自覚がなかった。テンションが上がる余り、叫ぶ。
「ははははは! この世の天之玄咲は全て俺が撃ち抜く!」
背後。最後にシャルナといつも木陰の下で弁当を食べる木に地球時代の天之玄咲を重ね合わせてその心臓をぶち抜こうとして。照準を見て合わせるまでもなく振り向きざまに引き金を引こうとして――。
「バ――」
少女に銃口が合った。
「……」
「……」
やや毛量のある巻き毛の緑髪を後ろで一本の三つ編みに纏めた、眼鏡をかけた静謐な雰囲気の美少女だった。眼鏡の奥のエメラルド色の瞳は鋭い。そして人のものではない。鳥の鋭い目だ。翼と並ぶ鳥人族の証だ。少女に翼は見えないが、その鋭すぎる目つきが少女の種族を雄弁に物語っている。しかし目つきに反して纏う雰囲気は穏やか。牧歌的と言ってもいいかもしれない。中々特徴的な容姿、そして雰囲気の美少女だった。そしてそんな美少女がただのモブである訳がない。
少女はCMAのヒロインだった。
(ク、クゥ・クロルウィン! 孤独を好む銃と自然と鳥好きのバーディアン! な、なんでこんなところに――あ、人気がないからか)
「……」
「……」
(……死にたい)
狂乱姿を絶対に見られたくない相手の筆頭。その相手の前で物凄く恥ずかしくて幼稚で痛くて病んだ姿を見せてしまった。絶望の帳が心に降りる。玄咲は力なく銃口を下ろして地面の蟻を見つめた。よくヘルシーフード焼きラーメンのカスなんか運べるなと思った。偉いなと思った。自分とは大違いだなと思った。蟻の巣に頭を突っ込みたいと思った。思考が現実逃避を極めていた。自分より先に巣穴に突っ込もうとした蟻を踏みつぶして、ちょっと巣穴を爪先で広げようとして砂で入口を埋めてしまう。自分の入る穴がなくなってしまいうろたえる。瞳をもやもやさせて激しい精神不安に陥る玄咲に少女が、
「……すごい」
「え?」
眼鏡の奥の瞳をキラキラさせて、好意一杯に話しかけた。
「あなた、木々に重ね合わせた仮想の的を全て撃ち抜いてたよね? 照準に全くブレがなかった。そして一定の規則性に基づいていた。銃口が必ず一定の高さのド真ん中へとブレなく向いていた。一見適当な動きなのにね。凄いよ。適当にやってもそんな芸当ができる程に銃に精通しているってことだもの。私には分かる。あなたの凄さが。あなた程の使い手、見たことない!」
「!」
玄咲は一瞬で気分を良くした。自己否定感に常に苛まれている玄咲はストレートな誉め言葉に弱かった。クゥがさらに玄咲の手を握ってブンブン振る。
「ね、ね! 私と、友達になろ!」
「いいよ」
玄咲は即答で応じた。
「やった! ねぇ、あなたさ」
クゥがもじもじと少し恥ずかしそうにはにかむ。
「人間って絶滅した方がいいと思うよね?」
「ああ」
玄咲は即答した。
「やっぱり! 私もね! 人間って大嫌い! 私の故郷をね、滅茶苦茶に荒らしたの! たくさんの動物や自然を破壊したの! プライア女王はね、私が天下壱符闘会で優勝したら私の故郷の自然破壊を絶対止めるって約束してくれたの! それで私、この学園に来たの! でも、気が合わない人ばっかで孤立してたの。やっと! 分かってくれる人に出会えた! 嬉しい!」
「う、うん。君が嬉しいと俺も嬉しいよ」
玄咲の心臓はずっとヤバい心音を立てている。天然素材100%で構成されているかのようなクゥのナチュラルな表情と態度は玄咲を果てしなくドキドキさせた。クゥが熱い眼差しで玄咲を見る。玄咲もクゥを熱過ぎる眼差しで見る。シャルナがいないので玄咲のヒロインへの愛情を止めるものは誰もいない。ヒロインがヘロインのように玄咲に染み入る。玄咲は幸福の真っただ中にいた。クゥは玄咲の手を握って、瞳を揺らす。
「あのね。私ね。あなたと」
「う、うん……」
「射的勝負したい」




