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第28話 1日目、終了

 ラグナロク学園本校舎が遠ざかっていく。



 夜道。多くの生徒に紛れて玄咲とシャルナも下校している。寮への帰り道は意外と長く、校舎と寮の間に、施設従業員用の寮や、カード倉庫や、学内特殊施設など、様々な施設が並んでいる。登校の風情を残すためにあえてそういう作りになっている。そのお陰で、帰り道は色んなルートがあり、また色んな店なども並び、ワイワイと活気に満ちた楽しい下校が遅れるようになっている。


 もちろんラグマも寮と校舎の間にある。玄咲とシャルナは当然帰り道見かけたラグマに吸い込まれるように入店した。


「いらっしゃいませ」


(ッ! ミカエラ店長……!)


 黒田ミカエラ。一定確率でレジに立つラグマの店長。とんとことん饅頭が好物で自分のために発注している。銀髪の長髪。浅黒い褐色の肌。そして彫像のように整ったキリリと引き締まった顔。ヒロインではないがヒロイン級に可愛いキャラだ。ゲームでも殆ど主人公と関わりのないサブキャラにも関わらずかなりの人気があった。美少女だからだ。商品購入画面の選択肢でスマイルを要求すると最初は「は?」とマジギレされるが、ちょっとしたサブイベントを何個かこなすと「今回だけですよ」という台詞と共に毎回スマイルを見せてくれる。100回程連打するといい加減にしてくださいとむくれ顔を見せてくれるおまけつき。CMAは美少女の作りこみに定評があるゲームだった。玄咲は吸い込まれるようにカップラーメンを手に取りミカエラの担当するレジに向かいかけて、


「あっち、行こ」


「え? あ、うん……」


 シャルナに5つある他のレジの一つに誘導されてそこで会計を行った。店員は【ジョー】という名札をつけた画風濃い目の暑苦しい男だった。本名ジョー・(なにがし)。接客と顔がやたらと暑苦しい。それ以外のゲーム内情報は皆無。そのジョー・某が玄咲に接客する。


「いらっしゃいませェッッ!!!!」


 玄咲は手短にシャルナの分の会計も済ませてレジを去った。玄咲から訓練を頑張ったシャルナへのプレゼントだ。玄咲は今日はカレー味、シャルナはいつもシーフード味。それぞれの容器に店のポットでお湯を注ぎ、店の外でカップラーメンを並んで食べた。


「美味ひいね」


「うん」


「幸せだなぁ」


「……そうだな」


 カップラーメンを食べ終えた後は容器をゴミ箱に捨て、下校を再開する。少し人通りの少ない道を行く。通学路を何ルートか選べる道がある。何となく、2人ともそういう気分だったのだ。


「……」


「……」


 しばらく2人とも沈黙し合いながら歩く。時々、シャルナが口を開きかけるが、


「えっと、その、バトルルーム……その、なんでもない」


 言いかけて、結局黙ってしまう。玄咲は少し考えた。


(……友達、か)


 実の所。


 玄咲だって今のシャルナとの関係がただの友達関係だとは思っていない。


 なにせ、今日一日で、友達というには大きすぎる好意を抱擁という形で何度もぶつけられたから。玄咲だって流石に気づく。シャルナがたった今言いかけたのも、昼休みやカードショップでのそれと違ってもはや言い訳の効かない一番最後の抱擁についてに違いない。その訳を何度もいい淀んでいる。


 何か言いたくない理由があるのだろう。ただ、気まずいだけか、堕天使の負の種族特性に関わる理由か――どうでもいい。どんな理由だって関係ない。シャルナが言いたくないと思っているなら、玄咲の取るべき行動は一つだ。玄咲はやや勇気を振り絞って語り出した。


「――バトルルームでの訓練の話なんだけどさ」


 ビクッ、とシャルナは体を震わし身を縮こまらせた。やはり、触れて欲しくはない話題らしい。思いながら、玄咲は当初の予定通りの言葉を続ける。


「――やっぱりさ、シャルナには凄い才能があるよ。ゲーム通りと言ったら失礼かもしれないけど――今日一日訓練して改めて思った。それに何より向上心が凄まじい。凄い集中力と意欲だった。そうでなければ才能があってもあれだけの速度で上達はしない。その意思をずっと抱き続けることができればさ、きっと符闘会にだって届くよ。夢だって叶うさ。いや、叶えよう。俺も――全力でサポートする」


「――」


 シャルナは俯いた。地面に一滴、雫が零れる。玄咲は気づかないふりをしながら、話を締めくくった。


「えっと、それだけだ」

「……それだけ?」

「それだけだ」

「……うん」


 ギュッと。


 シャルナは玄咲の手を固く固く握りしめた。絶対に離さない。そんな決意さえ感じさせる強さだった。玄咲も少し躊躇った後、シャルナと同じくらいの強さで手を握り返した。シャルナがちょっと言い訳する。


「と、友達なら、これくらい、普通だよね?」

「う、うん。これくらいは、普通だと思う。小学生だって男女で手くらい繋ぐし」

「だ、だよね! 小学校通ったことないけど!」

「う、うん。俺も小学校以降のことは知らないけど」


 そのまま、2人で手を繋いで会話しながら下校した。


「――あの、さ。今日は、楽しかったね。凄く」

「――うん、今日は、楽しかった。人生で一番楽しかった日かもしれない」

「わ、私も! 特にさ、カードショップ、行ったのが、一番楽しかった! カードパック、剥くのって、楽しいね。でも、嵌まりそうだから、もうやらない。ギャンブルって、怖いね。でもね、凄い楽しかった」

「俺はやっぱりグルグル工房に行ったのが一番楽しかったな。ADを実際に作ってる所が見れて感無量だった。オリジナルAD、完成するのが楽しみだ。しかし、グルグルは可愛かったなぁ……」

「やっぱり、美少女だったね。そんなこと、だろうと、思ったんだよ。嘘なんて、つかなくていいのに……」

「いや、本当に俺はグルグルの素顔を知らなくて」

「はいはい。そういうことに、しといてあげるよ? でも、ま、グルグルはいい子だね。私、グルグル、好き」

「そうだろう! グルグルは本当にいい奴なんだ! ただ……」

「? グルグルが、どうかしたの?」

「いや、グルグルは関係ないんだ。ただ、アルルに嫌われたのだけはやっぱりショックだったなって。うぅ……アルル……何で俺を嫌いになったんだ……」

「……分からない?」

「……なんとなくわかる。俺が魔符士の誇りに反する行いをしたからだ……」

「……いや、普通に怖かったんだと思うよ。玄咲の本気って、かなり迫力あるからさ」

「えっ」

「自覚、なかったの?」

「……うん」

「やっぱり。……仲直り、したい?」

「もちろんだ。でも、俺には無理だよ。一度嫌われたらさ、人間関係の修復って本当難しいんだ。難しいんだよ」

「大丈夫」

「え?」

「私に秘策がある」

「ッ!?」

「内容は」


 ごにょごにょごにょ。


「……それで本当に仲直りできるのか」

「うん。信じて。大丈夫。私も協力、するから」

「……分かった。やってみる」

「うん。頑張って」


 シャルナが微笑む。それだけで勇気が出てくる。明るい気持ちになる。気まずさはいつの間にか霧散していた。そして再び今日一日の楽しい出来事を振り返る。そうしている内に気まずさは完全に霧散し、楽しい気分だけが満ち溢れていく。シャルナの声はだんだんと弾力のあるボールのように弾んでいく。


「あの、さ! もう一回言うけど、さっ! 今日、凄く楽しかった、よねっ!」

「うん。世界で一番楽しかった。今日俺より人生を謳歌した人間は世界に一人もいないと思う」

「だよね! 私も! 私、生きててよかった! こんな日が、あの地獄の先に、待ってるなんて、思いもしなかった! 全部、玄咲がいてくれたからだよっ! ありがとねっ! 私ね、今、幸せだよっ!」

「ああ、俺も幸せだよ。シャルが隣にいてくれて、それで笑ってくれて、大好きな世界で一緒に一杯楽しいことをして、こんな、幸せな日が、うぅ、俺の人生に、訪れるなんて、思いも、しなかったっ……!」

「あはは、玄咲、泣いてる! そんな、幸せだったんだ!」

「ああ、幸せだった。シャルが隣にいてくれるから、楽しくて、幸せだったんだよ」

「――うん! 私も、同じ気持ち! ね! ね! 玄咲玄咲! あのねあのね! こんな、こんな一日がさ! こんなに、幸せな日々がさ!」


 シャルナはテンションが上がるあまりくるりと回って、白い瞳を太陽のようにらんらんと輝かせて、両翼のように両手を広げて、玄咲に向き直った。街灯の下、声を弾ませ、白い光を目一杯浴びて両手を広げるシャルナの姿が刹那玄咲には本物の天使のように見えた。シャルナが、今日一番の笑顔を玄咲に向ける。


「ずっとっ、続けばっ、いいね――!」


 玄咲の隣で、天使になる。


「――ああ、こんな日がずっと続けばいい。というか、続くように、俺たちは今、頑張ってるんだ」


「うん! そうだったね! 頑張ろうねっ!」


 シャルナが眉根を上げて拳を胸の前でグッと握りガッツポーズを取る。過去を振り切って、昔に戻りつつある今のシャルナらしい、シャルナの母の言葉の通りちょっと元気過ぎるほどの勇ましい仕草。その仕草を見ているだけで玄咲もまた幸せに、元気になる。友達だけど、今はそれでいい。恋人ではないけど、互いに落ち着くこの距離感を、幸せな友達関係を、玄咲はもう少しだけ続けたいと思った。


 だけど。


「――その、シャル」


「なに?」


 少しだけ手を伸ばしてみる。今度は自分から。友達と恋人の境界線に。


「寮まで、手を繋いで帰らないか。友達なら、それくらい普通だろ」


 シャルナの手に。


「――うん。そだね」


 シャルナが頬を染めて、嬉しそうに、一度離れた玄咲の手をそっと掴む。その手を握り返す。暖かな熱が、微熱が、友達という温度で両の手を温める。優しく。優しく。2人は寮に辿り着いて玄咲の部屋の前で別れるまでずっと手を繋いで歩き続けた。



 幸せな、一日目だった。

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