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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第1話:ペドロフ・チイチャイコスキーとひみつのようじょ
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冒険者ギルド 2

「なぁんだ、本当に聖堂騎士じゃないのか」


 執務机に腰かけ、足をぶらぶらさせたズカベルがつまらなそうに言う。


「『ああいうのは本当に迷惑ですから止めてください。公国のスパイを疑われて捕縛されたら困ります』」


「その時は差し入れしてあげるよ。甘いものとしょっぱいもの、どっちがいい?」


「『そういう問題ではない』」


「……なんか、すいません」


 なりゆきでこの場にいるギルド職員のリリアーヌが申し訳なさそうに頭を下げ、3級冒険者のギルクークがそんな彼女を気遣う。そして見つめ合い頬を染める二人。


「……まあ、年甲斐もなく若いギルド職員にのぼせ上がっちゃった勘違い中年の【万年1級】がこんな光景見せられたら、頭のネジの一つや二つ、飛んでも不思議じゃないね。その点だけは同情するよ」


「「ええっ!」」


 ギルとリリアがそろって心外だとアピールする。


「『その点については私も同感だ』」


「フィルさんまで……」


「今はあんなんだけど、冒険者に成りたての頃はピンクの頬の可愛い奴らだったんだよ。ただ、努力とセンスと品性と強かさと才能と運が足りなかっただけさ」


「そんだけ足りないんなら、ダメじゃん」


「ダメですね」


 若い二人はダメ人間に堕した二人の中年冒険者に冷たかった。


「『幸い被害は出なかったのだ。その辺も考慮して処分を決めてくれ』」


「被害はない、ねぇ」


 頬杖をついたギルドマスターの言葉にフィルは、なにか、と応じる。


「そろそろ種明かしをしてくれてもいいんじゃないかい。あの二人だって性格はともあれ、十分に中堅以上の実力がある。万年とはいえ伊達に1級じゃあない。そんな二人を相手に【爆発】魔法を無力化し、メイスで峰打ちするという離れ業までやって見せた。それで唯の吟遊詩人ってのは通じないよね」


「『能力は冒険者の生命線。例えギルドであっても明かす必要はないと思いますが?』」


「ギルドマスターとしての“命令”じゃあないけど、ギルドマスターとしてのお仕事さ。いや、冒険者の本懐と言った方がいいかな? それに僕個人も興味があるしね。僕のご機嫌を取るのは君にとっても無駄ではないんじゃないかな、ん?」


 そう言ってズカベルは紹介状をひらひらと振って見せた。


「因みに君の欲しい情報を僕は知らない。知るわけがない。だから、この国で可能性があるとしたら王宮の大書庫ぐらいだろうね。大書庫の閲覧申請ぐらいなら僕の名でやってあげるよ……僕の機嫌が良ければね」


「『……大したことじゃない』」


 フィルは虚空に手を差し入れ、そこからモールを取り出した。


「【ストレージ】が使える戦闘系職業スキルか。盗賊系? でも短剣ならともかくメイスってのは知らないな。ましてや【手加減】持ちなら騎士系。騎士団の輜重隊に居たら重宝しそうだね」


「『残念ながら【手加減】スキルではないし、レアスキルでもない。ただの【ポーター】さ』」


 ズカベルの頬杖がズルっと外れて顔がカックンと落ちる。


「はあ? 荷運び人(ポ-ター)なんて非戦闘系の最たるものじゃないか。そりゃ【ストレージ】はあるけど、っていうか【ポーター】の有用スキルは【ストレージ】だけと言っても過言じゃない底辺クラスじゃないか。【ポーター】を取るならまだ【行商人(フリートレーダー)】の方がよっぽどましだよ。第一、【ポーター】で、どうやってあんな真似を」


「『まあ、あまり引っぱっても仕方がないですネタばらしをしましょうか。簡単なことです。【ポーター】スキルの一つ、重い荷物を運べる【重量軽減】でモールを扱っています。体感で羽のように軽くしているので、拳の速さでモールを振るえます。また【爆発】魔法は【ストレージ】に収納しました。今も私の【ストレージ】内には爆発途中の魔法が収納されています。後で適当な場所で開放して起きます』」


「時間経過無しの【ストレージ】は容量制限が厳しくなるが、発動直後の魔法ならば容量自体は極小……確かに理論上は可能だ。でも……どんだけの熟練度を貯めたらそんな真似が……」


 ズカベルがブツブツと自分の考えに埋没する。


「じゃあ、山ほど魔法を収納してまとめて開放すれば、魔獣を一気に殲滅したり、とか」


 いいこと思いついた、と言わんばかりのギル。


「『魔法自体の制御はできないのですから、そんな威力を一気に開放したら近くにいる私が死んでしまいます。それに一度に一つづつしか出し入れできませんから、現実的には難しいでしょう。【爆発】魔法の開放にも危険を伴いますから、それなりの準備をしてから行います』」


「……でもすげぇ。【ポーター】なんて非戦闘系スキルにそんな使い方があったなんて」


 ギルは単純に感心し、その横でリリアが大きく頷いている。


「……【手加減】の方は?」


 面白がるような空気が鳴りを潜めたズカベルが続きを促す。


「それも【ポーター】スキルで取得する【事故補償 (対人無制限)】です。私が運ぶモールという“荷物”が荷崩れして人と接触事故が起きても保護される。次回更新時に保険料(コスト)が上がってしまうのが珠に瑕ですけどね」


「「なるほどぉ」」


 説明が良く理解できていないが、とりあえず頷くギルとリリア。似た者同士のようだ。


「……リリアーヌ」


 ギルドマスターは何事か書面を書きつけ、リリアにそれを渡す。


「主計課に連絡して、その額をペドロフ殿にお支払いしろ。スキルの情報料だ。ペドロフ殿、アクティベートはお済みか?」


 ズカベルの口調も改まったものに変わっていた。


「『いいえ、まだです。本日はそれもあってこちらに伺ったのですが、あの騒ぎでしたので』」


「そうか。では先にアクティベートをしてきてください。その上で今回の情報提供に応じた貢献度を〝ペドロフ・チイチャイコスキー”殿に加算します。アカシックレコードへの情報の書き込みはギルドで行います」


 一瞬、フィルの表情が歪む。


「あ、あの、マスター!」


 二人の会話にギルが口をはさみ、二人の視線を受ける。特にズカベルの視線が冷たい。


「……なんだい?」


 上司と取引先の会話に口を挟んだ新入社員のように、ギルは震えあがるが、それでも声を上げる。


「フィ、フィルさんは真名で呼ばれることを好んでいません。なんでも真名に呪いが掛かっているとかで。だからフィルさんのことはフィルさんと呼んでください。お願いします」


 そう言って頭を下げるギルに、虚を突かれたズカベルだった。だが、少しづつ、その表情は柔らかくなっていく。


「教えてくれて、ありがとう、ギルクーク・ラットリア君。それはできないが考慮はしよう。それでよろしいかな、吟遊詩人殿」


「『承知しております。ご配慮感謝いたします、ズカベル殿』」


 頑なにフィルと呼ばないズカベルの態度に、ギルは少し不満を覚えるが、フィルが何も言わないので、それ以上口を挟むことは控えた。


「差し支えなければ好まない理由をお伺いしても?」


 情報を得ることに貪欲なズカベルの〝性分”にギルクークは鼻白むが、フィルは苦笑するだけで不快感を覚えている様子はない。


「『仕事熱心ですね』」


「当然さ。僕ほど真面目な冒険者ギルドマスターもそうはいないよ。みんな、中々それが判ってくれないんだよ」


 芝居がかった様子で大げさに嘆くズカベルを、ギルドの有望株と職員、二人の若者が懐疑の目を向ける。


「『察しはついているのでは?』」


「確定情報が欲しい」


「『紹介状にある通りです。【カース】魔法ではないが、呪いというのも比喩ではない。私は不幸が起こるのを避けたい』」


「そのためとはいえ、僕らに()()のことを尋ねるなんて君もいい根性をしている」


「『なりふり構っていられる状況ではありませんので』」


「僕にはそこまでの問題とは思えないけどね。むしろ君のやろうとしていることの方がヤバイと感じるよ、僕は。まあ、いい。()()は君の真名と繋がっているんだね?」


「『ご明察の通りです』」


「……判ったよ、吟遊詩人殿。リリアーヌ、追加だ。吟遊詩人殿は登録名で呼ぶようギルド内に通知しろ。理由は〝彼の名は呪われている。その名を呼ぶものに災いあれ”だ」


「『ちょ、ま』」


「「そうなんですか!」」


 ニュアンスの変わった言い方に慌てるフィルと驚きを隠しきれないギルとリリア。


「無論嘘だ!」


 ズカベルの言葉にずっこける二人の若者と手で顔を覆うフィル。


「そのくらい言わないと、面白がる馬鹿が出るだろう? 人の嫌がることが大好きな奴なんて吐いて捨てるほどいるからね。例えば僕とか。だから、禁止したって逆効果さ。脅しつけないと」


「『感謝します、ズカベル殿。それとギルも。ありがとう』」


「いや、いいんだ。オレとリリアを爆発魔法から守ってくれた。その恩を少しでも返したかっただけだから。それにフィルさん、ホント辛そうだったし」


「『それを言うなら、君こそ娘……を守ってくれたじゃないか。礼を言うのはこちらの方さ。ギルクーク・ラットリア。君の勇気ある行動を私は尊敬する。ありがとう』」


 男の真摯な言葉に、まだ少年っぽさの残る青年は、はにかんだように笑った。


「ああ、そうだ。最後にもう一つ、教えてくれ。ここまでの話から察するに君の本来のメインスキルは【ポーター】なのだろう。なのになんで吟遊詩人を名乗って隠すんだ? カバーのつもりかい? でもそれでは熟練度が無駄になるだろう」


「最後にもう一つ、って性格の悪い警部みたいだな」


「“ケイブ”? なんだいそれは?」


「失敬、こちらの話さ。別に難しい話ではないよ」


「と、言うと?」


「私は吟遊詩人でありたいと思っている。これは損得の話ではないんだ」


「なるほど、なるほど。君はエンジョイ勢なわけだ」


 あっはっはっ、とズカベルは快活に笑った。


 …………………………………………


「魔法を収納するなんて、繊細な操作、いったいどれほど熟練度をためればそんな真似ができるっていうのさ。そんなのガチ勢もガチ勢じゃないか。まだなんか隠しているに決まっている。その上、真名に結び付いた【称号】なんて、よっぽど世界(アーカーシャ)にエコヒイキされてるんだね。本人はそれを望んでいないから粘着されてる、呪われているってことなんだけど。一体どんなヤツの仕業か、興味が尽きないねぇ、ふふふ」


 男装の麗人は一人、ワイングラスを傾けた。




■ ガジェットTIPS

スキルと職業スキル

 スキルには個別の能力を持つ通常スキルと複数能力を持つ職業スキルとに大きく分けられる。

 例えば【剣術】はスキルであり、【剣士】は職業スキルである。

 どちらの場合も手に入る【剣技】などの特殊能力は同じである。

 違いがあるとすれば、【剣術】の方が必要熟練度が少なく、ランクを上げやすい一方、【剣士】は【筋力上昇】や【鎧術】など、【剣術】以外のスキルも合わせて取得できる点にある。

 実はそれらの個別スキルを全部取得した方が、【剣士】スキルよりも必要な熟練度は低く抑えられる。しかしメインスキルに登録する関係から、個別スキルを取るメリットは少ない。


今週の連続投稿はここまで

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