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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
29/30

物語の終わりと…… 2

 5年後。

「ハティ、本当に行くの?」

「姐さん、もう何度目だよ」

 あちこちに傷があり使い込まれた革鎧に短剣と弓を佩いたオオカミ系セリアン(獣人)少女は、姉のように慕うギルド職員に呆れたように目を向ける。

「あれから随分経ってるんだよ。もう見つかりっこないよ」

「大丈夫。だって、わたしは“ハティ”だから」

 そう言って少女はニヤリと笑う。


 “あの人”のおかげで少女はメインスキルを得たが、真の変化はセリアンがセリアンスロープ、つまり獣化できなくてもいいんだと教わったことであった。

 自らの在り様を自分で決めてよいと知った少女は、その才能を開花させていった。まるで前衛職のように魔獣とクロスファイトをしながら至近距離で魔法を打ち込む近接戦魔法士と言う独自の戦闘スタイルを確立し、メキメキと頭角を現していった。

 ソロで多くの危険な依頼をこなす“死にたがり”などと揶揄されるが、成功失敗はあっても、その全てで生きて帰ってきた少女は、まだ幼さを残しながらも一目置かれるようになっていた。


 “あの人”と数日を過ごした精霊の祠にはあの後、何度も訪れている。

 そこでメインスキルを入れ替え、ポータースキル他、多くのスキルを鍛え、自身の生存性を高めていった。

 また、見よう見まねで精霊に供物を与えていると、たまに人化した精霊がやってきて、様々な事を教わり、その代わりに精霊の依頼でお使いをして交友関係(精霊の友)を増やしたりもしていた。


「【鑑定】」

 自身を鑑定することで、冒険者カードでステータスを閲覧するより多くの情報が得られる。

 彼女の種族はセリアン種の【ハティ】。彼女自身の名前の一部にもなっている彼女の存在を表す名。恐らくは両親とも異なる先祖返りか突然変異。


【ハティ】

 オオカミ系セリアンの一種。月を破壊した咎人の末裔。憎む者、追う者。


 自身の“種族”を理解した途端、“あの人”の残り香を感じた気がした。

「あの人の“真名”を知っている。()()()追える」

 当人以外には理解しえない理由で追える、追いかけられる、追いつけるという確信が少女に芽生え、旅立ちを決意した。


 そして、彼女の【鑑定】は、もう一つの彼女の本質をも映し出した。


称号【不幸体質】

 不幸な状況を招き寄せる運命にある。

 不幸な状況ほど判定にプラス補正がつく一方、幸福な時ほど判定にマイナス補正がつく。


 称号があると知って【鑑定】すると、確かにそれがあった。“あの人”の言葉が正しいことと、自身の呪われた宿命を確かめる結果になった。

 しかし【鑑定】結果の一部に読めない部分があった。その文字化けを【鑑定】しても情報なし。そして彼女の異変はそれだけではなかった。


 チェロフ・ストームブリンガー


 幸福(チェロ)嵐を呼ぶ(ストームブリンガー)という、名は体を表す彼女の真名もまた文字化けし、変質していた。

 世界(アーカーシャ)から与えられた真名が途中で変わるなど、聞いたことが無いらしく、人化したアカシックレコードの司書の精霊がわざわざ会いに来るほどのレアケースらしい。

 原因は全くわからないらしいが、彼女は変化後の真名に心当たりがあった。確信と言ってもいい。

「“これ”はきっと、“あの子”がわたしをそう呼んでいたから。ならばこれはディスティニー(運命)。再会はジャスティス(正義)

 かつて“あの子”が彼女をそう呼び、その呼び名のままに変質した今の彼女の真名を持って少女は旅立つ。。

「じゃあ、姐さん。行ってくる」

「いってらっしゃい、ハティ」

 恐らくはこれが二人の今生の別れとなる。それでも姉貴分は少女の背中を押し、少女は振り返らない。


「おじさんは考え違いをしている」

 記憶を取り戻してから何度も考えたことを、改めて口にする。

「あのとき、ガッタスさんとの会話を、聞いていたんだ」

 頭を打ち、意識は朦朧としていたが、セリアンの鋭い聴力が二人の会話を捉えていた。



「どうして、とか、なぜ、とかどうでもいいんですよ。媚薬の効果であれ、魔法による魅了であれ、称号による衝動であれ、他人から強要されたのであれ、貴方自身の意志であれ、貴方が彼女を傷つけたことに変わりはない」



「……うん、そうだよね。おじさん」



「君の今の気持ちは気の迷いだ。命の危機に際し助けてくれた相手に保護を求める本能と称号の影響を受けて、君の心が手懐けら(グルーミングさ)れているだけだ」



「うん。おじさんの言う通りだ。救ってくれた人に縋っただけ、称号の力で心を操られていただけ、優しさに手懐けら(グルーミングさ)れただけ。

 でも、どうして、とか、なぜ、とかどうでもいいよね? そんなのどうでもいい。【不幸体質】に影響された私だって“私”であるように、【ちいちゃいこすき】に影響されて、おじさんを好きな私もまた“私”なんだよ」



「私には、君のような“ちいちゃいこ”……子供に好意を抱く衝動が常に働いている。同時に子供もまた私に好意を抱く」



「だから、5年待った。追いつけるまでにきっと何年もかかる。でもそれでいい。大人になった私とおじさんなら、きっといい関係になれる。なってみせる。私が絶対おじさんのこと、幸せにしてやるんだから。待ってなさい、フィルおじさん!」


 少女はそう決意し、先を見据える。

 少女の前に多くの苦難が待ち受けるだろう。

 少女の名はハティリア。

 かつて称号【不幸体質】を持っていた少女。しかしその称号は真名同様、文字化けを起こし、変質し、新たなそれに変化していた。


称号【ストームダンサー】

 トラブルに巻き込まれる運命にある。

 平時は判定にマイナス補正がつく一方、逆境においては判定にプラス補正がつく。

 嵐の時には外で踊りたくなる。


 少女の真名()はハテネ・ストームダンサー。かつてある“幼女”が彼女をそう呼び、その呼び名のままに変質した今の彼女の真名。


「ドンとこい、トラブル。全てハティの牙で食い破り、必ずフィルおじさんに追いついてやる! 運命なんぞに負けてたまるか!」


 少女は一人、拳を振り上げ、世界(アーカーシャ)に戦いを挑むことを誓った。




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