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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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道理と動機 2

「いっつもはさぁ、無視してたよ。ここは妖精界とも繋がってる僕達の遊び場なんだけど、来るのはおっさんたちばっかで、悪戯しようにも面白くなさそうだったもん。そしたら、今回は女の子がいるじゃん。男と女が揃えば恋のラブモーション、ひかっきまわせばリボリューション。つがいができてみんなハッピーハッピー、僕たちそれ見て大笑い、あいたっ」

 ハティリアの鋭い平手がパックと名乗った妖精の頭をひっぱたいた。


 妖精パックの使った【恋の媚薬】の効果は既に消えている。

 無論せっかく仕掛けた悪戯の成果を素直に解くわけがない。

 フィルが妖精パックをつまんで幼女の前でブラブラさせると、幼女はわくわくした目でそれを見つめた。

「おとーさん、たべていーい?」

 その一言で、妖精パックは降参して妖精薬の効果を解いたのだ。


「ところが妖精パック様演出の一大喜劇が始まるかと思いきや、主役が逃げ出して尻切れトンボ。いやあ、妖精の迷路を張ってんだけど、全部の罠をスルーして抜けてくんだもん、彼女。あの逃げっぷりはすごかったなぁ。そっちの髭のおっさんもまるで妖精眼を持ってるみたいに迷路抜けてくし。でも、やっぱりせっかくの見ものが台無しになったのが悔しいじゃん。だから腹いせに、迷路はそのままにして、こいつらは、そのまんま閉じ込めといたんだ」


 とケラケラと笑う妖精パックに対し、俺達がどんな思いで、と冒険者たちが抗議するが馬の耳に念仏、カエルの面にしょんべん、妖精に説教。


「彼女からは仲間達にレイプされたと聞いていたが、彼女が処女であることは確認済みだ。だから彼女の虚言か妄想、または幻覚の類だろうことは判っていた。事情を聴くために前にこの洞窟に訪れた時に妖精の気配を感じていたから、妖精の悪戯が原因だと判ったわけだ」

「ねえ、確認ってどういうこと、ねえ」

 少女が本筋と関係ないことを食って掛かる勢いで追及する。

「方法の説明が必要か?」

 髭の男の一言で、少女は真っ赤になって俯いてしまう。実際はアカシックレコードに記述されたステータスを確認しただけなのだが、勘違いさせたままにしておく。

「妖精のせいだって知ってたなら、前もって教えてくれれば」

 非難交じりの冒険者の言葉に、仕方が無かったんだ、と説明を続けるフィル。

「前もって話せば、こいつらに気取られ、逃げられてしまうかもしれない。そうなれば媚薬の効果を解くこともできなかっただろう。媚薬の効果を受けている全員が揃うまで何も気づいていないふりをしておき、一気に解決する必要があったんだ」

「……理解した。俺達が妖精薬のせいでおかしくなってたのは解った。じゃあ、こいつ(ハティリア)は? あれはどう見ても恋ってんじゃないだろ」

「……ハティリア」

「ひゃい!」

 赤面していたハティリアは、フィルから初めて名を呼ばれたことで座ったまま飛び上がり、正座して男に向き合う。

「君は【称号】持ちだ」

 しかし、その言葉はハティリアだけでなく冒険者たちはよく判っていないかのような表情を浮かべるだけだった。一方、妖精たちは俄かに騒がしくなり、パックなどは大笑いしている。

「……称号ってのは貴族からの受勲とかそういう奴か?」

「それも称号の一種だが、ここで言っているのは世界から与えられたほうだ。やはりベテランの君たちでも知らないのか、驚きだな。本来なら冒険者ギルドで調べることができるし、説明も受けるはずだが……ああ、メンヒルが無ければそれも無理か。まあ、いい」

 何やら語りだしたが、脱線していることに気づいて髭の男が咳払いして、話を元に戻す。

「称号と言うのはその者の行為や外聞、または気まぐれで世界から付与される“レッテル”だ。彼女は自身の鑑定技能が低すぎて自分のステータスも満足に確認できず気づけずにいた。また他人の称号を見るには最低でも【鑑定5】が必要で普通は無理だ」

「……あんたはそんなに高位の【鑑定】持ちなのか? そんな高位のスキルがあるのにレベル1ってことは無いだろ」

 疑わし気にガッタスが睨む。目の前の髭の男はガッタス達の鑑定ではレベル1の吟遊詩人に過ぎないのだ。

「ま、色々あるんだ」

 そう言いながらフィルは虚空に手を突っ込み、酒瓶とチーズを取り出し、自分のカップに注ぎ、チーズをつまみに一杯やり始めた。合わせてチーズは切り分けて器に盛って幼女の前に置いてやる。

 すかさず幼女ナカコがその器を一人で抱えてむしゃむしゃ食べ始めると、小悪魔妖精と亀トカゲが腕の隙間から首や手を突っ込んでチーズを取り合う。

「そ、それってストレージか? アンタ、吟遊詩人じゃなかったのか?」

「だから言ったろ? 色々あるんだよ」

 髭の男はそう言って、物資不足で困窮している冒険者たちの前で旨そうに酒を味わう。

「あー、わかった、わかった。アンタにも“色々”隠し玉があるんだな。言うことを信じるよ。で、ハティリアの称号ってのは一体何なんだ」

 言いつつ自分のカップを取り出したガッタス達に、男は酒を注いでやる。

 荒野の向こうでは一般的なデタバクと言う穀物で作った蒸留酒で、強い酒精に冒険者たちは驚きつつも、久々の嗜好品を楽しむ。

「彼女のプライバシーにかかわるので詳しくは話せないが、彼女の人生に悪い影響を及ぼす称号だ。どういう経緯でその称号が付いたかは判らないが、確実に彼女の考え方に影響を与えているだろう。そこに【恋の媚薬】という、やはり心に影響を与える魔法薬が加わったことで、効果が歪められ、思春期特有の性的な妄想まで絡んで暴走した、というのが私の見解だ」

 人に知られたくないデリケートな部分を開陳されたような、明け透けな言い方に少女の顔は更に赤くなって俯く。

「そーそー。面白そうな称号してたから、これだ! って僕も張り切っちゃった、あいたっ」

 妖精パックの頭を口を引き結んでプルプルと震えているハティリアが容赦なくひっぱたく。

「……ねえ、おじさん。わたしの称号って、いったいどういうの?」

 話が一段落したところで、少女は意を決して髭男に尋ねた。

「……それを伝えることが正しいことなのか、私には自信が持てない。知ることで君が余計に引きずられてしまう危険もある」

「でも知ってれば、備えられる。戦える。未知を明らかにしてそれに立ち向かう。それが、わたしの考える冒険者なんだ。わたし、()()がしたい。おねがい、おじさん。教えて」

「それは……」


「ふこーたいしつ……不幸体質、なんでしょ?」


 髭の男の逡巡の隙を突くように少女が切り込んだ。虚を突かれた男は、顔をしかめて幼女に目をやる。

「……目ざといな」

「そうしないと生きていけなかったから」

「……キミはいい冒険者になれる。間違いなくその素質を持っている。だが、称号と言う自分の特性を知ることで、君は自分の夢を諦めなければならないだろう」

 そう前置きして、称号【不幸体質】の説明を読み上げていく。


称号【不幸体質】

 不幸な状況を招き寄せる運命にある。

 不幸な状況ほど判定にプラス補正がつく一方、幸福な時ほど判定にマイナス補正がつく。


 …………………………………………


 ネガティブな称号を与えられた者は多くの場合、その称号通りのネガティブな人生を歩むことになる。称号による衝動や、称号が引き起こすシチュエーションを当然のことと受け止め、それに合った形に自分の心を作り変えていってしまうのだ、

 立場が人を作るというが、称号は強制的にその人の立場を決めてしまうものだ。

 ハティリアの称号が生まれつきのものかどうかは判らない。だが称号が引き起こすシチュエーションの数々によって彼女は不幸な時ほど物事はうまくいくという成功体験を重ね、それに適合していったのだろう。またその逆に幸せと感じる時ほど物事はうまくいかず、そうして積み重ねられた失敗体験から、幸福を畏れるようになっていく。


 安定した状況に安心を覚えるより、それを失う(失敗する)ことを想像して不安になる。その一方、不安定な状況に不安を感じつつも、同時に(成功体験による)充足を感じ、結果として自ら望んで不幸な状況に身を置くようになる。

 チェロ(chero)……喜びや幸せを意味するその言葉を世界から与えられたことは、ハティリアにとって。なんと皮肉なことだろうか。


 …………………………………………


「あー、なんかすっごいシックリくる。ある日突然、親に捨てられ、救護院に引き取られ、そこでもいろんな目にあったけど、なんやかんやこの歳まで五体満足に生きてこれた。不幸だったからこそ、上手い事切り抜けられたんだね」


 その一方、里親に引き取られても、致命的な失敗をしてチャンスを台無しにしてしまったり、先方に突然の不幸が続いてご破算になったこともあった。

 ハティリアは自分の人生と、称号の説明とが一分の狂いもなくカッチリと噛みあっているように感じて、可笑しさすら感じていた。

 サッパリした様子で自分の不幸を笑い飛ばす少女とは対照的に、冒険者たちは言葉を失っていた。


 少女は不幸を招き寄せる存在であり、それでいながら不幸な状況になるほど自身の生存確率が高まっていく。つまり彼女自身は不幸な環境でも生き残る可能性が高いことを意味する。では、彼女の不幸に巻き込まれた周囲の者は?


「……大丈夫か?」

「やめて!」

 強がっているように感じた男が気づかわし気に声をかけるが、少女はそれを拒絶した。

「優しくしないで。どうせ旅人のおじさんはすぐ居なくなっちゃうんだ。それが判っていても優しくされたら嬉しくなっちゃう、幸せな気持ちになっちゃう。だから、」


「おとーさん、たべていーい?」


 チーズを食べてしまった、ナカコがそんなことを言い出すが、それどころではないフィルは無言で自分用のつまみのチーズを幼女の前において、好きにしろ、とハティリアから目を離さず、ぞんざいに答えた。

「いっただっきまーす」

 幼女の明るい声に、ハティリアの口元が思わず綻ぶ。その笑顔のまま、大好きな……大好きになった熊みたいな髭のフィルおじさんを見つめる。

「大丈夫。これまでと何にも変わんない。ギルドで仕事貰って生きてくだけ。どんな時に有利か判っただけまし」

「不幸な環境に身を置けば称号の熟練度が上がると予想される。逆に幸せを感じる環境に身を置けば熟練度が減り、称号を無力化できる可能性がある。失敗が致命的な悪影響を与えないような普通の生活をすれば、」


「無理だよ」


 キッパリと言い切るハティリア。


「わたしの周りで不幸な出来事が起きるって噂してる人、結構いるんだ。でも、あくまで噂話だから、気にしない人は気にせず付き合ってくれていた。でも称号っていう確かな情報が出てきちゃったからね。根拠のない未知への恐怖(ホラー)が、根拠のある既知の恐怖(テラー)に変わったんだ。そんな、わたしと暮らしたい人なんていないよ。それにわたし自身、それを黙って他人を巻き込みたくない」


 畏れの視線を向ける冒険者たちに、達観した目を向ける少女。


「……すまない。私が不用意に明かしたせいで」

「おじさんのせいじゃないよ。わたしが無理やり聞き出したんだから。うん、おじさんのせいじゃない」

「じゃあ、もしかして、妖精どもの悪戯に巻き込まれて、俺達が死にそうになってたのも、そのコイツのせいか?」

 若い冒険者の呟きが、妙に大きく響いた。


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