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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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道理と動機 1

■ 道理と動機 ■


 おじさんは厳しいけど優しい。

 甘やかさないで、キチンと教えてくれる。

 甘やかされると、次の瞬間それが壊れてしまいそうで不安になる。

 だから、厳しくされると安心する。厳しさの向こうに優しさを感じると嬉しい。

 優しくされると怖い。裏切られるに決まっているから。


 そんなおじさんが頭を撫でてくれた……途端に怖くなった。

 甘やかすのは、下心があるから。甘やかして、信用させて、裏切るための布石。


 ハティリア、かわいいよ、ハティリア

 ハティリア、愛してる

 ハティリア、俺のものになれ。俺が一生守ってやる

 かわいいハティリア、いとしいハティリア


 怖い、恐い、こわい、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、コワイ


 甘やかされて、信じさせて、裏切られるよりも、ヒドイことされる方が安心する。裏切らないで、ヒドイことして。甘やかさないで、信じさせようとしないで、裏切らないで。ヒドイことしてもいいから、裏切らないで。ヒドイことして、ヒドイことして、ヒドイことして………………わたしを愛さないで


 愛される(裏切られる)ことが一番こわい


 …………………………………………


「やっぱり裏切られた。あー、やっぱりだ。おじさん、グルだったんだ。最初っからぜーんぶ計画どーりだったんだ。わたしがひどいことされたのも、逃げ出したのも、行き倒れたのも、それを助けたのも、冒険者たち(こいつら)とぜーんぶ仕組んでたんだ。外国人のふりしてたのもその為なんだね。スゴイよ。大作戦だ。あ、わかっちゃった。今回の依頼もそうなんだ。わたしが冒険に憧れてるのを知ってて仕組んだんだ。ギルドもグルだ。姐さんも仲間なんだね。みんなして、わたしを信用させて裏切るために何年もかけて仕組んでたんだ。なんて、なんて不幸なの! わたしを虐めてそんなに楽しい? わたしを裏切って嬉しい? あー、わたしは不幸だ、不幸だ、不幸だ、不幸だ」

 少女の叫びに、若い冒険者が腰を抜かしたようにへたり込む。最後に彼女を見た時に怯んだのと同じ理由で怯えていた。

 他の冒険者たちも多かれ少なかれ同じであった。少女の姿に恐れを感じていた。

「だったら、どうしておまえはいま、笑っている?」

 髭の男の言葉に、少女は思わず自分の口元を抑えた。

「自分は不幸だと嘆くのに、どうしてそんなに嬉しそうなんだ、おまえは」

「わた、わたし、は」

 不幸であると思えば思うほど、心に広がる安らぎを自覚して、ハティリアは狼狽えた。

 そんな少女の姿にガッタスの胸に思慕の情が溢れだす。

「ハティリア、もうやめにしよう」

「やめろ」

 髭の男の静止も聞かずに冒険者たちは口々にハティリアに対して訴えかけていく。

「俺の女になれ。食わせてやる。お前を愛してるんだ」

「お前にヒドイことなんかしない」

「冒険者なんかやめろ、平穏に暮らせ。働き口は探してやる」

「オレは、オレ達はみんな、お前を愛してるんだ」


「……………………………………愛?」


 これまでになく暗い声でハティリアが応え、その地獄の窯の蓋が開いたかのような声音に冒険者たちは口を噤み、息を呑んだ。


「愛、無償の愛、代償のない利益、一方的な取引。ああ、そんな信用させて裏切るためのお為ごかしを誰が信じるか! 世の中タダほど高いものはねーんだよ。ああ、なのに、わたしはおじさんを信じちゃった。おじさんの厳しい優しさにキュンキュンしちゃった。ああ、おじさん、愛してる。お返しなんかいらない。わたしが全部尽くしちゃう。わたしにヒドイことして。わたしが与えるだけの一方的な取引をしようよ。わたしを搾取してよ。わたしを不幸にして。わたし、おじさんが好き。だからおじさんに不幸にされたい。ああ、すてき、すてき、本当にステキ。見返りなんかいらない。期待して裏切られるぐらいなら、最初っから無い方がいい。大好きなおじさんに尽くして尽くして、おじさんからヒドイこといっぱいされて、おじさんの手でわたしが不幸になるの。ああ、とっても……いい」


 少女の熱い愛の告白に髭の男は手で顔を覆い、大きくため息を吐くが、そんな気のない仕草に少女は更に身悶えた。

 一方、冒険者たちはと言うと。

「俺の、俺達にハティリアちゃんに手を出しやがってー!」

 と、嫉妬の炎を炎上させて武器を抜き、魔法スキルを準備する。冒険者たちの目はみな、初恋にとち狂った少年のようであった。

「仕方がない。()()()

「はーい、ナカちゃんでーす!」

 ハティリアは言いつけを律儀に守って今も首輪を手にしたままだ。当然それに繋がれた二人と一匹もこの場に来ていた。

 その中の金髪金瞳の幼女が元気に手を挙げた。

()()()いいぞ」

「わーい」

 幼女が大きな口で……一瞬、洞窟全てを丸呑みにするほど大きくなったように見えたが錯覚であったのだろう。


 ばくん


 その空間から空間(アーカーシャ)に遍く満ちたエーテルが消えた。無論、アカシックレコードに記述された“スキル”も無効化され冒険者たちの身体が重くなり、魔法スキルも発動を止めた。

 その隙に髭の男は詠唱を終え、魔術を展開した。


「イセリアルライト」


 男の手の中に生まれた光に照らされた洞窟の中、いくつもの影がパニックになったように飛び回り、逃げ場を探す。万物に宿るエーテルの光は、物質世界と重なり合うように存在するイセリアル界をも照らし出した。

「ナカコ。妖精たちは勘弁してやれ」

「えー」

「ナカコ、ステイ!」

「はーい」

 幼女ナカコがぷっぷっぷっ、とスイカの種でも吐き出すように口から妖精たちを吐き出していく。その数は数十に及び、到底幼女の口の中にいたとは思えない数であった。

 そして、エーテルの光によって逃げ場を失い、飛び回る妖精たちの中から、髭の男が一人の羽妖精をつかみ取った。

「なにすんだよ、はなせよ」

「今回の騒動はコイツのせいだ」

「ど、どういうことだ」

 ハティリアを含め、呆気にとられた冒険者たちを代表して、ガッタスが尋ねる。

「妖精薬【恋の媚薬】を盛ったんだよ。こいつが、君達に」

 髭の男の手の中で少年のような羽妖精が悔しそうにしていた。


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