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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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接触 2

 予定通り男は翌々日の深夜にテントに戻ってきた。

「あ、おとーさん」

 と、反応の薄い幼女と違い、少女の反応は劇的であった。

 丸一日以上、絶食していたような有り様で、髭の男に抱き着き、ワンワンと泣き出したのだ。男の手が思わず少女の頭を撫でそうになるが、それを堪えて少女を引きはがす。

「なんて有り様だ。今晩、発つつもりだったが、その様子では無理だな。もう一日、」

「ダメ! わたし、大丈夫。大丈夫だから。今日しっかり休む。ご飯も食べる。着いてく。だから置いて行かないで」

「誰も置いていくなんて言っていない。それより置いて行かれたくないならさっさと食べて飲んで寝ろ!」

「はい!」

 突き放すような男の厳しい口調の命令を、少女は嬉しそうに受諾した。


 少女がしっかりと食べて横になったのを確認してから、男も横になりすぐに眠りについた。

 しかし当の少女はと言うと、いよいよ迫った出発を前に、横になったはいいがなかなか寝付けずにいた。

 幼女や小悪魔妖精、それに亀トカゲも心得ているかのように、グズりもせずに男の指示で横になり、すぐに寝息を立てはじめていた。そうした旅慣れた様子に少女は感動すると共に、軽い嫉妬を覚える。

 しかし嫉妬は直ぐに自分の不甲斐なさに向く。足手まといになりたくないから体力を蓄えておかなければならないのに、不幸な未来像を妄想して不安になり、食事も喉を通らず丸一日食事を抜いてしまった。結局迷惑をかけてしまい、その自責の念が自分を責め続ける。

 その上、いよいよの出発……冒険の旅路に対する気の高ぶりで、眠ることができず、余計に焦り、一層眠りを遠ざけ、それが更に焦りとなって一向に眠れない。

 ふと、あることを思い立った少女はそっと男の背中に寄り添い、その背中に額を押し付けた。男の鼓動と匂いと体温に意識を集中させた少女は、やがて眠りに落ちていった。


 …………………………………………


 フィルが静かに目覚めると、背中に少女の吐息を感じ、緊張に身を固くする。


 幼いころから知り、信頼していた者達に裏切られ、危機から逃れ、死にかけていたところを救われた少女ハティリア。

 (くだん)の冒険者たちから話を聞き、一部主張に齟齬はあったが概ね少女が体験したことは、少女の言葉通りであることが裏付けられた。

 そんな体験をした彼女が、助けてくれた(フィル)を英雄視し、また依存するというのは自然なことであり、フィルにもそれは理解できた。

 しかし、少女の自分に対する執着が、そうした当たり前の理由だけでないことをフィルは察していた。


【ちいちゃいこすき】


 フィルが持つ【称号】の力は、フィル自身が“ちいちゃいこ”を好むようになるだけでなく、“ちいちゃいこ”の方でもフィルに心を許し、その身を委ねようとしてくる。

 だからこそ、少女の弱みに付け込み“手懐け”てしまわないよう、少女と一定の距離を取ろうとしていた。

「【鑑定】」

 男は冒険者カードではなく、自らのスキルを用いて少女のステータスを確認する。

 更に男は少女を起こさないよう小さな声で魔術を詠唱する。

「【虚空接続(アーカーシャアクセス)】」

 スキルとは異なる力……魔術でアカシックレコードに不正アクセスし、鑑定魔法よりも詳細な少女の情報を読み取っていく。


 称号:【不幸体質8】


 意識のない彼女を拾ったときの称号は【不幸体質7】であった。ちょうど上がる間際であったのか、この短時間で称号の熟練度を大きく増やす何かがあったのか。

 そこまで考えて男は嘆息する。

 少女やガッタスら冒険者たちなど、明らかな死の危険にあるならば、できる範囲で手を差し伸べることもしよう。だが、しょせん行きずりの旅人に過ぎない男には、それ以上のことはできない。してやれることはとても少ないのに、無責任に干渉する必要などないし、すべきではない。

「……いまさら、か。彼らを探し出し、事情を聴こうとした時から、もう引き返せないところまで足を踏み入れてしまったのかもしれない」


--自分の手の届く範囲で力を貸してやろう。お節介だが、そう考えた方が楽だ。主に自分の精神衛生の上で。


 自分に言い訳して、お節介の継続を決めてから起床することにした。半端な時間だったが、出発の準備もあるし丁度いいだろう。

 気持ちを切り替え、起き上がろうとするが、軽く引かれる感触に振り返る。見ると男のシャツの端を少女が掴んでいたのだ。

 安心しきった顔で寝息を立てているが、目の周りに少し涙の跡が見える。何か悲しい夢でも見たのだろうか?

「……おとうさん」

 聞こえるか聞こえないかの小さな寝言に思わず少女の頭を撫でそうになった。しかし危うくその手を止め、そのまま空を切った右腕でガリガリと頭をかく。

「くっそ!」

 男は向ける先の判らない憤りを覚えた。


 …………………………………………


 昼の精霊が眠りにつくと荒野の気温は急速に下がっていった。

 地面はまだ熱を帯びているが、急激な温度変化に、ピシッ、パシッ、とあちこちで岩が音を立てていく。

 男は慣れた様子でテントを畳み、既に荷造りを終えていた背負子に畳んだテントを縛り付けていく。

 背負子に固定された荷物は、縦に長い四角形で、細長い箱のように見えた。さらにそれを背負った大柄な男の姿は、遠目には大きな箱が歩いているかのように見えた。

 亀トカゲを荷駄代わりに使うのかと思ったが、予想に反して空荷のまま男の横に並ぶ。

 幼女はどうするのかと思ったが、男はまるで猫の仔のように摘まみ上げて、背中の荷物の上に載せた。

「力持ちなんですね」

「【ポーター】スキルだ。冒険者を続けるつもりなら取得しておいて損はない」

 蝙蝠の羽の妖精も幼女と共に男の荷物に載り、ぴょんぴょんと踊っている。

 そして最後に精霊の祠に感謝の祝詞を捧げてから、髭もじゃの大男と少女と幼女と妖精とトカゲは、夜の荒野に踏み出した。


 恐慌状態で逃げてきた少女には道案内ができないが、男の歩みにためらいは感じられなかった。

「この辺、詳しいの?」

「予め偵察しておいたからな」

 一口に荒野と言っても高低差はあるし、天然の落とし穴のようになっている危険な個所もある。わずかなランタンの明かりを頼りに、そんな夜の荒野を歩くのは自殺行為だが、男の歩みは着実で、自信があるように見えた。


 初めのうちは、そんな会話をする余裕もあったが、数時間もすると少女の息が上がってきた。

 だが、病み上がりなことを考慮すれば、随分と頑張った方だろう。

 男もそう考え、夜中を少し過ぎたあたりで大きめの岩を探し、テントの設営を開始した。

「まだ、時間があるよ。もっと進んだ方が」

 少女は自分のせいで歩みが遅くなることに我慢ならず抗議するが、男は首を横に振る。

「テントがあると言っても最初から日陰があるならそれに越したことはない。その点この岩ならば十分だ。時間ギリギリになってから設営場所を探し、もし見つからなかったら昼の精霊の光に晒されることなる。その方が危険だ」

「でも、」

「冒険と無謀は違うぞ」

「!」

 リスクの低い冒険者ギルドの依頼の数々を“真の冒険じゃない”とバカにしていた少女は、返答に詰まる。

 テントを設営し、軽い食事をとった男は、幼女と共に待っているよう少女に言い含めてからテントを出る。

「どこいくの?」

 ここは既に例の冒険者たちの居る場所に近いはずだ。それを思うと少女は落ち着きをなくし、一刻も早くこの場所から離れたい気持ちと、彼らと対峙したいという矛盾した気持ちが募った。

「明日のルートの確認だ。少し偵察してくる」

「だったら、わたしも!」

「お前は休め。それにこいつらのお守りがお前の仕事だ」

 焼いたトカゲ肉をモグモグと食べる幼女を指す男の言葉に、少女は不満そうではあったが小さく頷き、魔法の紐が繋がった首輪をしっかりと掴む。

「頼んだぞ」

 男は無意識のうちに少女の頭を撫でたが、すぐにバツの悪い顔で手を引っ込めてテントから出ていった。

 残された少女は、一瞬びっくりした顔をしたが、撫でられた感触を思い出し、笑みが込み上がってくるのを止めることができずにいた。

 しかし満面の笑みを浮かべるその表情に反して、その瞳は絶望を目の当たりにしたかのように力のない暗い瞳で男の背中を見送った。


      *     *     *


 洞窟で足止めを食っていたガッタス達の下に少女ハティリアを保護しているという髭の男がやってきたのは数日前。

 幾ばくかの食料と引き換えにガッタス達から事情を聞き出していった。

 洞窟から出られないガッタス達は自由に出入りできる男に一緒に連れ出すことを頼むが、また来る、とだけ言い残して男はそのまま出て行き、追いかけたがすぐに見失ってしまった。

 ガッタス達はいまも、洞窟に囚われたままであった。


 そして数日後、約束通り髭の男は再び洞窟を訪れた。

 冒険者たちが警戒していたにもかかわらず、まるで空気中から溶け出てきたかのような唐突さであった。

「土産だ」

 数頭のヒートリザードと一羽のフレイムバードを冒険者たちに渡す。食料が心もとない冒険者たちは素直に喜び、それを受け取り早速、解体を始める。

 時刻は深夜であったが、冒険者たちは皆起きていた。なんでも変な夢を見るので、寝るのが怖いとのことであった。

「明日、陽が落ちてから、彼女……ハティリアを連れてくる。それで君たちの軟禁生活も終わりだ」

「本当か!」

「ああ、その予定だ。不測の事態が無ければ……いや、すまん。不測の事態が起きたようだ」

 男の視線の先、洞窟の入り口に、絶望に暗く沈んだ瞳と歪な笑みを浮かべた少女、ハティリアがいた。


1時間後に次話投稿予定

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