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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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接触 1

■ 接触 ■


 やんちゃな昼の精霊が遊び疲れて眠りにつき、宵闇の精霊から夜の精霊に世界の主導権が移り変わった頃、

「少し周囲の偵察に出る。明後日の夜明け前には戻る予定だ。3日後になっても戻らなければ君一人であとは何とかしろ。こいつらのことはそのまま放っておいてくれて構わない」

 髭の男、フィルはストレージから水瓶や、食料などを出してオオカミ少女ハティリアに押し付け、精霊の祠で結界の念押しをしてから、夜の暗闇に姿を消した。

 少女はその背中を追いかけたい衝動にかられたが、ぐっと我慢して見送り、男は北に向かっていった。おそらくダザムの街に向かう進路の確認に行ったのだろう。

 だがそれは同時に例の冒険者たちに近づくということも意味する。


 当初の計画では片道10日、最低20日の工程のはずだ。単純に考えて18日目までは例の洞窟に滞在しているはずだ。

 あれから何日経ったか指折り数えたが、また18日は経っていないはずであり、男たちはまだ、あの洞窟に居る可能性は高い。それとも適当な理由をでっちあげて既にダザムの街に帰還してしまったのだろうか?


 不安な想像ばかりが少女の心に浮かんでは消えていく。その想像の中で髭の男は殺され、冒険者たちがこのテントを強襲し、自分と美幼女はあの男たちに犯され、ぼろ雑巾のように捨てられるのだ。

 不安が不安を呼び、希望に溢れた想像すらそれが裏切られる想像を重ねていった。

 そんな少女を、幼女は金色の瞳でじっと見つめていた。


「ふこーたいしつ」


 幼女がボソリと呟くと、大型犬ぐらいのトカゲの亀のような目が薄く開き、小悪魔みたいな妖精がやってられないというように肩をすくめた。

 そして幼女の宝石のような……いや、ガラス玉のような感情を宿さぬ瞳が不安に苛まれる少女を見つめていた。

 この世のものならざる美しき幼女の視線に気づくことなく、自らの妄想が生み出す不安に拘泥する少女の口元には笑みが浮かんでいた。


      *     *     *


 その冒険者の名をガッタスと言う

 冒険者ギルドでは中堅と呼ばれ、ダザムの街に限って言えばトップクラスの冒険者である。

 今回のような冒険者ギルドから直接依頼される任務は、ハイリスクのわりにローリターンな割に合わない任務が大半だが、ランクアップを狙うガッタスは断ることができなかった、

 それに死の荒野の調査任務と言うのは、ガッタスにとっては“慣れたいつもの仕事”で安全マージンも十分だ。その意味ではローリスクローリターンな“普通の仕事”に過ぎない。

 加えて今回の任務には領主も絡んでいる。領主の覚えがめでたければ今後の後ろ盾やあわよくば名誉騎士の称号だって得られるかもしれない。

 それは中年に差し掛かり、引退を含め、今後の身の振り方を考えなければならないガッタスにとっては逃すことのできないチャンスであった。

 だが……


「どうしてこんなことに……」

 ガッタスは、洞窟で手をこまねいたまま、10日以上を無為に過ごしていた。

 奥に湧き水がある洞窟は、これまで何度も利用してきた場所であった。

 これまでと異なる点があるとしたら素人同然のお荷物の少女を同行させていたことぐらいだ。

 小さいころからよく知る、うっとうしいガキだ。ガッタスの冒険者パーティメンバーは子供に泣かれたり、怯えられたりするのが日常茶飯事な連中ばかりだが、何度邪険に追い払われても少女は子犬のように付きまとってきた。

 そのせいで、うっとうしいガキだが、娘のように……とまではいかないが、それなりに情も感じている。

「冒険者に向いていない」

 それはギルド職員も含めた周囲の大人たちの少女に対する共通見解だ。

 親からスキルを学べず、何度も仲間を失い、それでも“冒険”に憧れる少女の姿は危なっかしい。

 綺麗でかっこいいだけじゃない“冒険”というものを見せて、諦めさせよう。そんな風に考え、特に深く考えずに同行を許可した。

 洞窟に到着し、少女の憧れる冒険のカラクリを話すと、少女は酷いショックを受けたように見えた。当然だろう。少女にとってガッタスたちは憧れであり、目標だったのだ。

「今回の仕事が終われば、そこそこまとまった金が手に入る。冒険者なんかやめてそれで別の仕事を始めろ」

 ガッタスの言葉が聞こえないかのように茫然としていた少女はそのまま一人膝を抱えていた。


 異変はその日の晩に起きた。


 一番若い冒険者が少女を暗がりに連れ込んだのだ。ソイツは少女が成長し、手足も延び女らしさが増してきたことをことあるごとに残念がっていた。だからこれ以上成長する前にモノにしようとしたのだろう。

 幸い、少女の悲鳴でガッタスたちがすぐに駆け付けたため未遂で終わり、若い冒険者はこっぴどく叱られただけで済んだ。


 しかしそれを契機に少女はより一層自分の殻に閉じこもり、誰とも会話をしなくなった。


 そんな落ち込む少女を痛まし気に見ていたガッタスだが、仲間たちの様子がおかしいことに気づいた。先の未遂男だけでなく、ガッタスともそう変わらない歳の古株たちまで妙にそわそわと落ち着きを無くし、奇妙なねばりつくような視線を少女に向けるようになっていたのだ。

 そして今度は、そんな古株の男が少女に襲い掛かった。

 最近、女っぽくなってもうすぐ食べごろだ、などと酒の席で少女のことを評していた男だ。


「何かがおかしい」


 ガッタスの理性はそう主張するが、少女の姿を見るとガッタス自身、少年のように身体が昂ぶるのを感じた。

 そして、ガッタスまでも少女に襲い掛かった。大人の男でベテラン冒険者のガッタスと、スキルも持たない少女とでは、初めから勝負にもならない。

 荒々しく少女の服をはぎ取る自分の行動を、ガッタスの意識はまるで俯瞰するような冷たく見つめていた。


「何かがおかしい」


 しかしガッタスの身体はそんな意識など無視して動き、今まで止める側に居たガッタスの凶行に、他の仲間達も加わっていった。


 少女はこれまで何度か、年の近い者たちとパーティを組んでいた。だがその全てが不幸な事態に巻き込まれ、深い傷を負ったり、死者を出し、解散している。

 少女自身、親がいない。噂では捨てられ、このダザムの街に置いて行かれたらしい。だが、そんな目にあっても少女自身は無事で、今もこうして生きている。

 そして今、少女を加えたガッタス達のパーティは、異常な事態に巻き込まれている。…


「こいつのせいなのか?」


 わずかにガッタスの狂気が晴れ、理性を取り戻したガッタスが少女を見やり、そしてその身を固くする。

 親のような歳の男に乱暴される年端もいかない少女は涙を流しながら……嗤っていた。


「うわぁああああああっ」


 ガッタスは申し訳程度に下着の残る、裸同然の姿の少女を突き飛ばした。恐怖からだ。

 そしてゴロゴロと転がった少女は小さく呟く。

「……やっぱり」

 なにが、と聞き返す暇もなく、少女は弾かれたように洞窟の出口に向かって駆けだした。

 止めようとした若い冒険者の表情が怯えたように怯む。恐らくガッタスと同じものを見たのだろう。その手を潜り抜けて少女は夜の荒野に出て、そのまま姿を消した。

 ベテランの【野伏】が後を追ったのだが、なぜか方向感覚を失い、少女を見失い、這う這うの体で洞窟に帰還した。


 あれから幾日も経ったが、ガッタス達は少女を探しに行くこともせず、かといってダザムの街に帰還することもせずに洞窟に留まり続けていた。

 洞窟内に湧き水はあるが食料は尽き欠けていた。補うために狩りをしようにもそれもできないでいた。

「一体全体、何が起きてるんだ」

 洞窟を出た【野伏】が疲れた顔で戻ってきた。

 狩りをしようにも獲物一匹みかけず、洞窟から離れようと進んでも進んでも進むことができず、諦めて洞窟に戻ってきたのだ。

 ガッタス率いる冒険者パーティは、この洞窟に囚われていた。


 そんなガッタス達の前に、口髭と顎髭に覆われた熊のような大男が姿を現した。

「ハティリアという少女を保護している。君たちは彼女の仲間で間違いないか?」

 死んだと思っていた少女の名にガッタス達は色めき立った。


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